幻想にキコエル
第三章 子どもたちは恐れを知らない【1】
 第三章 子どもたちは恐れを知らない

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 ねぇ、いつまで、こんなことを続けるの。
 こんなことって、何?
 こんなことは、こんなこと、だよ。
 意味わかんない。何が言いたいわけ?
 君にだけは言っておくけど、このままじゃだめだと思うんだ。
 だから何なんだよ。
 つまり、ぼくたちはもうすぐ大人になるんだよ。子どものままじゃダメだ。
 遊ぶのを止めようって、こと?
 そういうことじゃないけど。ちゃんと、将来のためになることをしようよ。
 
 ――ねぇ、そうするべきだろう、ケースケ。

 ○

 穏やかな目覚めだった。最初から寝てなかったみたいに、目は自然と開いて、天井の白を何の苦もなく見つめることができた。布団に入ったまま深呼吸をして、起き上がる。カーテンを引いて、窓を開けると、夏にしては涼やかな風が吹き込んで、大きなコンテナの群れが目に飛び込んできた。
 日差しを受けたせいか、二段ベッドの下にいたユウが寝返りを打った。二段ベッドの上はアルが寝ている。ケースケは空いたスペースに布団を敷いて寝ていたのだ。
 ここはホドモエのポケモンセンター。スクール対抗大会の二回戦が終わって、一夜明けたその早朝。夢を見ていたことは覚えている。でも、それが何の夢だったのかは早々に忘れてしまった。思い出せないその欠落感を求めて、ケースケの脳内は忙しく活動している。
「よう。早いな、ケースケ」
 窓の外を眺めていると、乾いた声が聞こえた。アルが眠そうに上体を起こしている。
「なんか変な夢を見たんだ。思い出せないけど」
「夢なんてそんなもんだろ。俺だって覚えてる夢なんて、綺麗なお姉さんが出てくる夢くらいだ」
「覚えてるじゃん」
「それはもう夢じゃなくて、綺麗なお姉さんだからな」
 アルの自説はお姉さんに優しすぎだ。
 そんなふうに話していると、今度はユウが起き出した。眠そうに目を擦って、枕元に置いたオタマロ型の時計を手に取る。
「まだ七時前じゃん……。ぼく、もうちょっと、いや、もっと寝てるから」
 返事を待たずに再び寝息を立て始めた。
「アルはどうすんの。もっかい寝る?」
「いや、もう目覚めちまったからな。散歩でも行こうぜ」
「いいよ。じゃあ、案内頼む」
そう言って出てきたはいいものの、ホドモエシティには冷凍コンテナくらいしかない。そうでなくても今は早朝の六時半くらい。本当にただ散歩をするだけになりそうだ。ケースケはそう思って、歩き出したのだが、アルは目的地がしっかり決まっているのか、確固とした足取りで前を進んでいく。
「どこ行くの?」
「ん? ほら、そこ」
 指をさした方向を見て、ケースケは納得した。ポケモンセンターからほど近いそこは、ホドモエマーケットだ。確かに早朝からやっていてもおかしくない。
 簡素な入り口をくぐると、色々な店が様々な商品を並べているのが見えた。早朝でも賑わっていて、祭のようですらあった。
 すごいな、と素直な感想を呟くと、だろ、と返ってくる。物を買う予定がなくても、見ているだけで楽しめる光景だ。
「ここにはさ、色んな人がいるんだよ」
 アルが店を眺めながら話し始める。足を止めないので、ケースケはその後ろをついていく。
「ほら、特産品ばっかりだろ? 色んなところから人が集まるから、見たことない商品だっていっぱいある。日によって並ぶ商品が違うんだ」
 アルは漢方を手に取った。それを見てケースケも近くにあった漢方を取ってみると、薬の強い臭いがして、顔をしかめながら元の位置に戻す。
「だからさ、ホドモエスクールには各地から色んな生徒が集まる。そん中で、俺は頂点に立って、代表になって、スクール対抗大会に出て、一回戦は圧勝だ。でも、二回戦でお前に負けた。その、つまりさ」
 そう言ってなかなか続きを言わないので、
「分かってる」
 と言葉が浮かんでこないアルに助け船を出す。
「アルの代わりに優勝してくればいいんだろ?」
「お、おう。なんだよ、分かってるじゃねえか。絶対負けんなよ」
 そう言ったアルは照れくさそうだった。目を合わせようとしない。それから照れ隠しに笑い始める。つられてケースケも笑った。なんだか、懐かしいような楽しさがあった。
 マーケットには、朝日が差し込んでいる。

 ○

 朝食が終わる頃には、もう次の目的地が決まっていた。とりあえずヒウンシティ方面に戻ろうということになった。大会で勝ち上がったケースケとアイは、準決勝までの時間をどこかで潰さなければいけない。ただ待っているだけでも勿体ない。だったらやっぱりジム戦しかないだろう、ということで、戦い忘れていたシッポウジムに向かうことになった。サンヨウジムのバッジは既に手に入れている。ヒウンシティ出身のケースケは、既にヒウンジムのバッジも持っていた。ジムバッチを集めることが目的ではなくて、修行が目的だから別に拘りはない。けれど、どうせなら揃えたいよね、とアイは言った。
「そういえばさ」
 ホドモエの跳ね橋を渡り、そろそろライモンシティに入ろうかという頃だ。アイが口を開く。
「ていうか、いつまでついてくんの?」
「ん? 俺のことか?」
「決まってるでしょ」
 そう、何故かアルはついてきていた。マーケットで別れの言葉めいた応援でさようなら、ってことにしておけば感動的ですらあったかもしれないのに、アルはちゃっかり旅の一行に加わっていた。
「ごめんなさい、私もついてきてしまって……」
「あ、ケイちゃんはいいの」
「なんで俺はダメなんだよ」
「なんか、むかつく」
 ひどい扱いだ。それからしばらく、アルに対する理不尽な扱いは続いて、ようやく認められたのはヤグルマの森を抜けてからだった。スカイアローブリッジを歩くときに、意外と楽しそうに歩いていたことが、アイの認める要因になったらしい。なんだそれ。
 結構歩いたおかげで、もう夕暮れ時だ。前に来たときと同じように、夕食をとるためカフェソーコに入る。入ると同時、拍手が起きた。もちろん拍手が向けられた先は、ケースケたちの方ではなく、相変わらず一段低いステージの方だ。そこにいるのは、茶色で硬質な短髪の頭に、タンクトップと短パンを合わせた少年。逆立ちをしている。その横にはカポエラーが居て、これからパフォーマンスを始めようといったところ。
 その光景を見て、ユウの目は輝いた。
「イオ!」
 嬉しそうに叫んで、パフォーマンスもそっちのけで駆け寄っていく。それに気づいたイオも逆立ちのままユウの名を呼ぶ。
「変わった知り合いがいるんだな」
「おう。前もここで会ったんだ。あれ、そういえば、ダンスグループに合流するとか言ってたんだけどな」
「それなんだけどな」
 イオが割って入る。
「実はダンスグループっていうのは、オーディションのことだったんだ。見事に落ちちまったよ、ははは」
 と、楽しそうに笑うイオは相変わらず陽気だった。ひょい、と逆立ちを軽々やって、パフォーマンスを再開する。邪魔になると思ったのか、ユウは距離を取った。
 木の実が宙に舞う。一個、二個、三個。前回は三個までだっただろうか。四個目が今、宙に舞う。
「今日はとっておきだ!」
 イオが叫ぶと五個目が飛んだ。それをカポエラーとイオが、足を使ってお手玉のように器用に弾く。そして、六個目だ。あれだけ陽気に振る舞っていても、オーディションに落ちたことがショックだったのかもしれない。前よりもパフォーマンスが向上しているのは、悔しさを誤魔化すためにした練習のせいか。
 ケースケは観客の方を見る。イオを見つめる観客の表情はどれも楽しそうだ。子どもがおもちゃ箱を覗き込むような、童心に返った表情。
 そうか、とケースケは思う。イオはパフォーマーだ。だから、たとえ辛いことがあったとしても、彼が誰かに喜びを届けるためには、彼自身は笑っていなければいけないのだ。
 強いな、と思う。強い。それが、イオの能力であればいいのに。

 ○

「なんか、前回来たときみたいだよね」
 二段ベッドの上からアイが言う。
「なんでこうなってるのか、俺にはさっぱり分からないけどね」
 二段ベッドの下にはケースケがいる。もちろん部屋にいるのはその二人だけだった。ユウが前と同じようにカフェソーコでイオと一緒に泊まり、何故かアルがケイと同室がいいと言ってきかなかったため、ケースケとアイが同室になった。別に二人になったからって、どうということはない。だから、気にしないのだけれど。
「ねぇ、イオってすごいと思わない?」
 沈黙が気まずいのか、さっきからアイは他愛もない話題をぽんぽん振ってくる。それにケースケも適当に答える。
「イオね。すごいと思う。オーディションに落ちたの、絶対悔しいはずなのに」
「それもそうだけど、私たちって、バトルしかできないのに、イオはダンスもできる。それでもやっぱり、悔しかったよね」
 ステージの上ではあれだけ巧くダンスを披露できるのだ。それなりに自信もあったに違いない。ケースケだってアイに負けて挫折を味わった。あの時の悔しさが蘇ってくる。その感覚と同質のものをイオだって感じていたはずだ。悔しくないはずがない。
「なぁ、能力って何だと思う?」
 アイは唸る。しばらく考えてから答えを出した。
「私たちを守ってくれるもの。自分を守ってくれるもの。だから、それが崩されたとき、心も一緒に崩れてしまう。私に負けたときの、ケースケみたいに」
 恐らく、答えは一つじゃないのだろう。事実、アイの答えは正しいのかもしれないが、ケースケの答えとは異なるのだ。
「ケースケはどう思ってるの?」
 少し考えてから答えを返す。
「たぶん、能力って、誰でも持ってるものなんだよ。さっきのイオを見て気づいたんだ。辛いことがあっても陽気に振る舞えるのだって、能力なんじゃないか。俺たちみたいな特殊な能力はさ、そういう在り来たりな能力と、ほんの少し違うだけなんだ。きっと、それを特別だと思っちゃいけないんだよ。能力に頼ってしまったら、それだけ自分自身を弱くしてしまうものなんだ」
 能力に頼りすぎるな。それはアルが言ったことだ。彼とバトルしたときに、思い知った。自分の持った能力が通用しない場合を想定しなければいけない。これから先、そういうことが多くあるのだ。きっと。
「私たち、大人になったみたいだね」
 ふふっ、とアイがおもしろそうに笑う。
「そうだよ、俺たちだって、もう大人さ」
 ケースケも笑い返した。
 大人になるということは、こうして自分について考えを巡らせて、強くなっていくこと?
 分からない。分からないけれど、少しだけ前進できたことには間違いないのではないだろうか。
 その時、ノックもなしに部屋のドアが思い切り開いた。
「ケースケ! 今すぐロビーに来い!」
 アルがほとんど叫ぶような勢いで声を張る。慌てて起き上がってベッドを出る。アルは既にロビーの方に走り出していた。
「アイも行こう!」
「わかってる!」
 二段ベッドの上から降りてきて、二人は急いでロビーに駆ける。
 ロビーには人が集まっていた。誰もが中央にある大型テレビを見上げている。
 ケースケとアイも、テレビの正面に回り込んで見上げる。
「まただ」
 隣に来たアルが言った。
 まただった。画面には三元院が映っている。それは犯行声明だった。

 ――我々は、人間に捕われたポケモンたちを解放するために行動する! プラズマ団の残党、サンゲン団である! まずは、多くの捕われたポケモンが集まる、各地のポケモンセンターから救済していく。同士たちよ、是非協力してほしい! 人間に拘束されたポケモンに、自由を与えるため!
 


浅香 ( 2011/10/08(土) 12:21 )