第二章 子どもたちは剣を交わす【4】
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外は静かだった。少し寒いような気もする。それは冷房の余韻か。それとも漂う緊張感のせいか。五人は声を出さないまま街の外れに向かって歩いて行く。街中で襲撃されてしまったら、一般人を巻き込んでしまう可能性がある。
周りはコンテナだらけだ。視界に人の姿はないが、気配ばかりが漂っている。確実につけられていた。
少し広めの場所に出た。それから振り返る。
「囲まれた。そろそろバトルの時間だ」
茶髪を掻きながらアルは言った。楽しそうに笑っている。
足音が聞こえた。一つ、二つ。敵が姿を現してくる。試し岩で襲ってきた敵と同じ格好をしている。何も言葉を発しないまま、十数人もいる彼らは周りを囲み、最後に一人の男が出てくる。それには見覚えがあった。ケースケは、またか、と思った。
「久しぶりだね、諸君。プラズマ団の意思を継ぐ組織の象徴的存在、そう、ぼくが――」
「あ、マゾヒストだ」
「そう、M……じゃない! 三元院だ!」
三元院は憤った。相変わらず服のコーディネートはモノトーンで統一されている。夜に混じってめんどくさいから正直やめてほしい。
「それはそうと、今日は重要なお知らせがあってね」
周りをしっかり囲っておいてそれはないだろう、と言ってやりたかったが黙っておく。
「ついに我らが組織の名前が決まったのだ! 聞いてひれ伏せ! 我らはプラズマ団の意思を継ぐ――サンゲン団だ!」
三元院の隣にいたやつが思いっきり吹き出した。
「何がおかしい!」
三元院はケースケたちに向かって叫ぶ。だが、五人が笑いもせずに引いているのを確認して、隣にいたやつが笑っていたのだと分かると、「笑うな!」と言って叩いていた。なんだか可哀想になってきた。
「なぁ、帰りたい」
アルがそう言うのも無理はない。なぜならケースケも帰りたかったからだ。
三元院が咳払いをした。
「さて、サンゲン団の象徴的存在のぼくが、二度も出張ってきたのには訳がある。君たちの勧誘だ。どうだい、ビジネスをやる気にはなれないかい」
「やだ」
ケースケは試し岩の時と同じように即答した。
三元院も答えを予想していたのだろう。さして感情の起伏があるわけでもなく、指をパチンと叩いた。
「仕方ないな。やっぱり君たちには消えてもらうしかないようだ」
そこら中で光が生まれた。夜の幕を切り裂いて、コンテナの外装を照らし出す。出てきたポケモンはレパルダス。あの時、芸がないと言ったのはイオだったか。確かに芸がない。しかし数が多い。
「甘いな。もっとだ」
三元院が周囲を見渡して、コーヒーに砂糖を入れるかのような調子で言った。さらに光が生まれる。ケースケたち五人もポケモンを出して対抗する。
「俺たちも二匹くらい出した方がいいな。三匹になると慣れてないだろ」
アルが言ったのを合図に、二匹目を繰り出していく。相手はレパルダスとワルビルの群れ。対するこちらは、ケースケのエテボースとプテラ、アイのコジョンドとゴチルゼル、ケイのムーランドとメブキジカ、ユウのチラチーノとエルフーン、そして、アルのマラカッチとペンドラー。
「なかなかの精鋭揃いだな」
アルが味方のポケモンを眺めて息を吐き出した。
「さぁ、かかれ!」
三元院の指示が飛ぶと同時に、ワルビルとレパルダスは一斉に襲いかかってくる。
試し岩の時とは違う統率された動きだった。陣形がある。ケースケの左目が夜の闇色を反転させた。音が消える。
白の中でレパルダスが動く。同時に動き出すのではなく、タイミングをずらしての波状攻撃を目論んでいるようだ。それならば素直に一匹ずつ叩いていけばいいだろう。恐らく一匹一匹の能力は大したものじゃない。その弱さを数で補おうとしているようだ。
地上をエテボースに任せ、跳び上がるレパルダスにはプテラが対応する。ワルビルは誰かに任せよう。相手が仕掛けてくる手順、動き、そこから導き出される攻撃の答えを覚える。
さぁ、戦闘の開始だ。
再び周囲に闇が満ちた。音が戻る。
地を蹴ったレパルダスをエテボースが迎え打つ。爪を振って闇を裂く、つじぎり。ヘッドセットを指示が通った。エテボースは地面に這いつくばるようにして避けて、下からのダブルアタック。舞い上がるレパルダスを無視して、敵が集まっているところに突っ込む。その行動は意表を突いた。陣形を作って襲いかかるはずのレパルダスは、いきなり突っ込んできたエテボースに戸惑っている。近くにいた敵めがけて、得意技を当てる。状況に対応し始めたレパルダスが背後から襲おうとするのは予測済み。エテボースはしゃがんだ。頭上を辻斬りが通り過ぎて、振り返りざまにローキック。素速さを落とす技だ。レパルダスの動きが鈍くなり、その背後を取ってダブルアタック。レパルダスの周りをちょこまかと動くせいで、相手も同士討ちを懸念して攻撃を躊躇う。その隙を突いて、エテボースは自らの速さを最大限に利用する。手のような尻尾で地面を掴み、あり得ない態勢から次々と攻撃を繰り出し、レパルダスを叩いていく。しかし、相手もそこまで弱いわけではない。一撃で沈めることはできない。だから、仕上げが必要だ。
エテボースが敵を一通り叩いたのを確認する。最後に、向かってくるレパルダスに向かって、とんぼがえりを繰り出した。一カ所にまとまったレパルダスを尻目に、エテボースはケースケの手元に返ってくる。
それまで大人しくしていたプテラが上空で大きく羽ばたいた。直後、中空の闇に生まれた岩の塊。それらは雪崩となって容赦なくレパルダスの集団に降り注ぐ。いわなだれ。その一撃でケースケが相手にしていたレパルダスは一匹残らず倒れた。
「くそっ、ますます仲間に引き入れたいね……」
三元院の声は震えていた。
ケースケが相手をしていたレパルダスだけじゃない。他のレパルダスも、ワルビルも、あっという間に倒されていく。これが能力者の実力だ。能力者と一般人ではこれほどまでに差が生まれる。
「さぁ、これで仕上げだ! マラカッチ、はなびらのまい!」
アルの叫び声を合図に、宵闇を背負って紅い花びらが舞う。残っているのはワルビルのみ。これを受ければ確かに終わりだ。それを悟ったワルビルたちは、技が発動する前にマラカッチを潰そうと試みる。
だが、間に合わない。
風の音がした。空気の引き裂かれる音、それからワルビルの悲鳴が続いた。
舞った花びらが鋭利な刃物のようになって、ワルビルを襲っていく。一匹も近づけない。近づかせない。優雅に舞う花びらが、ワルビルの身体を削っていく。風が止んだその時に、立っていられるワルビルはいなかった。
ふぅ、と誰かのため息が聞こえた。涼しいと思っていた夜は、すっかり暑くなっている。
少しの沈黙を破って、三元院が口を開いた。
「一度やられているだけあって、仕方ないね。ここまであっさりやられたのは、残念だけど。まぁ、収穫がなかったわけでもない。また何処かで会おうじゃないか」
――子どもたち。
三元院はそう言い残してテレポートでさっさと消える。
用意周到に現れて、それでもあっさりやられて帰って行く。彼の目的は本当に勧誘をすることなのだろうか。それはもちろん、三元院の頭の中にしか答えがない。
残された下っ端たちも慌てて逃げていった。もはや追いかけるのも馬鹿馬鹿しい。
ケースケは、その場に座り込んだ。空を見上げると、月が出ていることに気づいた。
○
「結構強いね」
ポケモンセンターのソファに沈み込みながら言ってみると、マラカッチが「はなびらのまい」で敵を蹴散らす場面が浮かんだ。確かに強かった。相当レベルが高いに違いない。
「強いに決まってるだろ。ホドモエスクールの代表だからな」
「えっ、なんだって」
ソファから顔を離してアルを見る。彼は、してやったり、と言うかのようにほくそ笑んだ。やはり同い年だったのだ。それも、限りなく近い存在の。
「ていうことは、別に旅をしていたわけじゃないんだね」
ユウが話に入ってくる。ユウが言うように、なぜか旅をしていて、たまたま立ち寄っているのだと思い込んでいた。考えてみれば、街で会った人は普通ならば街の住人であると考えるのが当然で、旅をしている人だと考えるのは、感覚がずれてきている証拠でしかなかった。自分が旅をしているからって、同年代の他の子どもが旅をしているとは限らないではないか。
「あ、そうか!」
ユウが勢いよく言った。
「マラカッチだ! 一回戦のときにアイと同じ時間の組み合わせだったやつ!」
アルが満足そうに笑う。
控え室のモニタ。アイのコジョンドが奮闘する横のモニタで、マラカッチがハーデリアを無傷で倒しているところが浮かぶ。トレーナーの顔ではなくマラカッチがズームで抜かれていたのを覚えている。
「あの時のか……」
「あら、皆さん、もしかしてスクールの代表なんですか?」
「えっと、ぼく以外は代表みたい。しかも一回戦は余裕で勝ち上がってる」
ケイの問いにユウが答えると、アルの表情から笑みが消えた。
「お前らも代表だったの? なんだよ、スター気分に浸れると思ったのに」
「性格悪いな。さっきのバトル見ただろ。俺たちは強いよ」
「強いのは認めるけどな。俺が性格悪いっていうのは認めない」
「ねぇ、ちょっと」
口を挟んできたのはアイだった。笑っていない。
「そんな悠長に言い合いしてていいの? 私と同じ時間にやってた試合ってことは、アルの次の相手ってケースケじゃない?」
え、と思わず驚いてしまったのはアルも同じ。アイを相手にする前に思わぬ強敵が立ちはだかった。同じ能力者。つまり、能力は使えない。
おもしろくなってきたじゃねぇか。アルが笑いきれない表情で言うけれど、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
また、負けてしまう?
そんな不安が、ずっと胸の内側に貼り付いてはがれない。