#004 麦わら帽子と英雄への憧憬、そして……
【Side ミコト】
ヒイロを正式に手持ちに加えて、おれは誓いの林を出た。ミオとハヤトはあそこにもう少し残るつもりらしい。確かに、思い出の場所には少しでも長く留まりたいよな。わかるわかる。
町中を歩いていると思う。
ゲームのマップとは比べ物にならないほど広い、と。当たり前っちゃ当たり前だが。取り敢えず、こういう時は案内板的なものを探すのが先決だよな……?
どこかにあるだろう案内板を探して右往左往。端から見ると迷子……というかほぼそうだ。
あちこちを移動していると、急に強い風が吹いた。と言っても、時々吹くような「ちょっと強い」くらいの風だ。
刹那。
おれの顔面に、風に乗った何かが飛んできた。
「!?」
すぐに顔からそれを取ると、感触で飛んできた物の正体が分かった。
それは、麦わら帽子だった。蝶結びにされた黄緑色のリボンが付いているから、一目で女物と分かる。
「すみませーん!」
前の方から声が聞こえた。なんだかハヤトの声に似ている気がしなくもない。なけなしの音感が「音はこっちの方が高い」と告げているが。
「その帽子、あたしのです〜!」
駆け寄ってきた声の主は、ミオより少し年上っぽい少女だった。
二つ結びにしたオレンジ色の髪に、ハヤトみたいな青色の瞳。白い半袖シャツの上に茶色のベストを前開けで羽織っている。背中には黄色いリュック。赤いベルトがビビッドなベージュのズボンにオレンジ色のスニーカー。
全体的に、動きやすそうというか活動的な服装だ。
「これ、お前のだったのか」
手に持ったままの麦わら帽子を、少女に手渡す。すると、彼女は受け取ってすぐ「待ってました!」と言わんばかりに帽子を被り直した。
「ありがとうございます!さっきの風で、飛んで行っちゃったんですよ。」
あー、やっぱりな。
この帽子、ゴムとか付いてないから迷子になりやすそうだ。
「捕まえるの、大変だったんじゃ……」
「いや。捕まえたというか、おれの顔面に飛んできた」
「え」
麦わら帽子の持ち主は、ポカンとして固まった。……さっきのおれも、こんな感じだったのか?
さすがにフリーズさせてるままはよろしくないので、目の前で手をひらひらさせる。
「おーい」
「あ、すいません。そんなマンガみたいな事、あるんだなーって思って」
そんな事言ったら、おれの方がよっぽどマンガ的な展開だ。目が覚めたら異世界だぞ?想像つくか!?
……失敬、取り乱した。
「あの……」
突然、麦わら帽子の持ち主に声をかけられる。
「……あなたの手持ちポケモン、見せて頂けますか?」
「ほー、図鑑のデータ集めを」
「はいっ!…でも、ちょい誤算でした」
「ヒコザルはイッシュに生息してないからな……協力できなくてごめんな」
「いえいえ、こっちこそわざわざ付き合ってもらっちゃってすみません、ミコトさん」
この麦わら帽子の少女――名前はミズホというそうだ――は、イッシュ地方のポケモン研究の権威であるアララギ博士にポケモン図鑑のデータ集めを依頼されて、遠路はるばるカラクサタウンからやって来たんだとか。
確かカラクサタウンって、イッシュの南東に延びる半島の町の一つだったよな?そして、ここサンギタウンは南西の半島にある町、要するに海を挟んで反対側。
「…ミズホって、何気にタフなんだな」
「え?」
「いや、だって博士の手伝いでイッシュの向こう側から1人で来たんだろ?」
恐らくおれと3〜4歳くらい違うのに、そんな距離を1人で行けば心細いに決まってる。
しかし、返ってきた答えは……
「大変ではありますけど……でも、ポケモン達といればへっちゃらです!それに……」
「それに?」
トレーナーの鑑のような一言に感服していると、ミズホは言葉を濁らせた。
「……あたし、ポケモンと旅するのが夢だったんです。トウヤさんみたいに」
トウヤ……ああ、BWの。という事は、この世界の時間はBW2かそれ以降か……。
おれが思考するそばで、まくし立てるようにミズホが喋り出した。
「2年前に、プラズマ団の『ポケモン解放』に騙されて、沢山のトレーナーさんがポケモンを自ら手放したり、プラズマ団に賛成していく中で、トウヤさんは自分の意思を貫いて……」
「ミズホ。とりあえずもちつけ、じゃない落ち着け」
「……あ、すいません。トウヤさんの事を考えるとつい」
段々と早口になり始め、聞き取りが困難になってきたので一旦ストップをかける。おれはリスニング系の問題が一番嫌なんだよ。英語もそうだが国語も。
「……と、とにかくトウヤさんは、あたしの憧れなんです」
「なるほど、な……」
確定事項。この世界の時間はBW2。
しかし、よっぽど憧れてるんだな。ネットスラングで言うところの「///」みたいに頬を赤らめるミズホを見て、おれはそう思った。
「見つけたぞぉーーーーっ!!」 そんなほのぼのとした空気を、怒号にも近い大声が切り裂いた。
「もう、しつこいってば……!」
声のした方に視線を向けたミズホがフワンテよろしくむくれる。
「どうしたんだ…?」
「……ちょっと、追われてるというかなんというか」
「てへぺろ」みたいな感じでミズホが言う。
おいおい、「追われてる」ってただ事じゃないだろ。
とか突っ込んでる間に、ぞろぞろと似たような格好の男達がおれ達の周辺に陣取った。
どいつもこいつも黒ずくめの、「いかにも悪役」な雰囲気の軽装だ。胸元には、アルファベットの「C」のようにも見える彗星マークをあしらったエンブレム。
「最初に言っておくけど…あたしの考えは変わらないよ、カセキ泥棒軍団っ!」
「いい加減正式名称を覚えろ!我々は……」
観察をしてる間にも、おれの理解を越えるスピードで事態が展開していく。何なんだ、このロリコンどもは。あと、「泥棒」とか言われてたな?
「……『コメット団』だ!!」