#001 出会いはあまりにも唐突で
イッシュ地方南西の小さな町、サンギタウン。
この日、若きポケモントレーナーが旅立ちの日を迎えていた。小柄な少女とすらりと背の高い少年の、いわゆる凸凹コンビだ。
少女の方は、紫色のシュシュで濃い茶色の髪をポニーテールにまとめている。服装は、白いインナーの上にデニムジャケット、茶色のショートパンツと可愛らしい顔に見合わずボーイッシュだ。そんな顔の両サイドでは、小振りでシンプルなピンクのイヤリングが揺れている。よく見ると、黄色のウエストポーチも腰に着けていた。
少年はというと、性別を見間違うほどに中性的な顔立ちだった。はっきり言って、今ナレーションしている私も作者から渡された資料が無ければ、間違いなく彼の事を女だと思って誤植やらかしただろう。……って、前回「自重する」と言ったそばから何やってるんだか。
……ええと、容姿はやや癖っ毛のライトブラウンの髪に、グレーの長袖パーカー、やや色褪せているジーンズ。そして、肩にはロイヤルブルーのショルダーバッグをかけている。
彼の容姿で最も目を引くのは、透き通るように蒼い瞳だろう。その蒼は、さながらサファイアやラピスラズリを彷彿とさせる。
彼らは出発に際して、思い出の場所に暫しの別れを告げていた…………。
【Side a girl】
「……こことも、暫くお別れか」
アタシは、二人だけの秘密の場所で呟いた。サンギタウン北の木立の中にその場所……「誓いの林」はある。
「かつて人間と激しく争った三体のポケモンに関係ある場所」という理由で、町の大人達の間では「禁断の場所」みたいな扱いを受けている。だから、ここを遊び場にしているのはアタシ達ぐらいだった。
「珍しいね、そんな風に感傷的になるなんて」
さっきの呟きが聞こえていたのか、これから一緒に旅をする幼馴染みの声がした。
「べ、別にいいじゃんか、思い出に浸るぐらい」
「悪いとは言ってないよ」
知らない人が見たら確実に性別を間違えるであろう中性的な顔に微笑みが浮かぶ。
だが男だ。 この誓いの林には、奥に大きな岩がでんとそびえている。その岩には、縦一本と斜め二本のこれまた大きな裂け目が交差して、雪の結晶のような形を作っている。
この岩を見ていると、不思議と勇気というか、強い意思というか、そんな感じの何かが心の底から湧いてくる。アタシ達はこれを、「誓いの大岩」と呼んでいる。……まんまなのは分かってるよ。
二人で大岩の前に立ち、改めて旅立ちの意思を固める。
「「……行ってきます」」
「せーの」とか言ってないのにこの綺麗なハモり具合。向こうはどう思ってるか分からないけど、少なくともアタシは「いつも我ながらすごい」…と思う。
【Side a boy】
「「……行ってきます」」
予備動作など一切無しに見事にハモり、旅立ちの決意を改めたボクら二人。
ふと思い立ち、空を見上げる。雲一つない澄みきった青空。門出には最高の天気だ。この空とも、暫しの別れ……か。
「……?」
そんな澄みきった空に、ボクは妙な黒い一点を見付けた。その「点」は、徐々に大きさを増していく。
鳥ポケモンや虫ポケモンの類いではない。彼らは、滅多な事では落ちてこないから。
やがて、その「点」の全容が分かってきた。同時に、それより小さいもう一つの「点」も視認できた。
落ちてきていたのは……
人だった。
信じられない事態だけど、かといって固まってる場合じゃない。
「ち、ちょっとちょっと!!」
「ん?どうしt」
「上を見てよ上を!!」
「上……って!えぇええっ!?」
どうやら彼女も事態に気付いたようだ。
二人で目配せし、同時にモンスターボールを投げてそれぞれのパートナーを呼び出す。……といっても、二人とも呼び出したポケモンは同じ種族。
白いワンピースを着た女の子のような見た目だけど、人間でいう脚と髪にあたる部分は黄緑色。頭の赤い角は、人やポケモンの気持ちを感じ取る。ボクらが呼び出したのは、かんじょうポケモンのキルリア。ちなみにボクの個体は♂、彼女の個体は♀。
落ちてきている人と地面との距離は、もうかなり近付いて来ていた。もう一つの「点」の正体も、ここで分かった。
火の付いた茶色い何かだ。
恐らくポケモン……だろうけど、ボクの推測が合っているならちょっと不思議だ。その種族は、イッシュには生息していないとされるポケモンだから。まあ、その点はキルリアも同じだけど。
再び、ボクら二人のハーモニーが誓いの林に響く。
「「キルリア、“サイコキネシス”!」」
【Side ミコト】
………………うう……。
どうやらあの落下の途中で失神していたらしい。あれだけの高度から落下していたにも関わらず、体の痛みは一切無い。
……まさか、ここはあの世か?全く、のっけからとんでもない目に遭わされた。というか、リアルすぎる悪夢だ。
内心でぼやきつつ、閉じたままだった目を開く。
「……あ!気が付きました?」
「……あ、ああ一応」
おれの頭上には、男だか女だかよく分からない顔があった。
ゆっくりと、慎重に体を起こす。そして、周囲の状況を確認。
見えたもの一覧
・上:木立と、その隙間から青空
・下:草がまばらに生えた地面
・右:木立をバックにポニーテールのロリっ娘一名とキルリア一体
・左:同じく木立をバックに先述の人物とキルリアがもう一体
・左斜め下:気絶しているヒコザル
結論:ここはさっき言われた通り、「ポケットモンスター」の世界
「いやー、よかったよ怪我とか無くて!」
「そりゃあ“サイコキネシス”で受け止めたら無いって……」
嬉しげに話すロリっ娘に、どっちか分からんのがツッコミを入れる。
そうか、それでか。
恐らくはこのキルリア二体の“サイコキネシス”でヒコザル共々キャッチされていたのだろう、痛みが一切無いのも納得だ。
「……二人共、あんがとな」
若干照れ臭いため、ぼそっと言っておいた。
「……ところで、君の名前は?」
いきなりロリっ娘の質問が飛んでくる。
「人に名前を聞く前に、自分が名乗れ」
こう返しておいた。少なくとも、それが礼儀だと思うぞ。
「オッケー、じゃアタシからいくよ!」
「アタシの名前はミオ!よろしくね!」
ポニーテールのロリっ娘……ミオがそう言うと、左側のどっちか分からん奴も名乗った(おれの予想では女)。
「ボクは、ハヤトっていいます。……今のうちに言っておきますけど、
ジムリーダーとは関係ありませんので」
……今絶対、「ジムリーダー」云々を強調してたな。そしておれの予想は、大ハズレのガーターへドボン。「ボクっ娘」どころか
男だった。その動揺が顔に出ていたのか、ミオにこう聞かれた。
「ひょっとしてハヤトの事、女の子って思ってた……?」
「……ああ」
「……よく、初対面の人には間違われるんです」
さて、この二人が名乗ったからにはおれも自己紹介しなくては。
「……おれはミコトだ。ほら、これでお互い名前は分かったろ」
いきなり別世界に放り出されてパラシュート無しのスカイダイビングと、どうなる事かと思ったがまずは安心した。とはいえ、おれは内心で呟くのであった。
……「帰りたい」と。