第三話−2
シュナはまた足を前に向ける。同時に昨夜のことを語り始めた。自分がこのヒース湖にやって来たのはこの湖で幽霊が出るという噂を耳にしたから。その噂を確かめるためにここへ来たら、サングラスを掛けた謎の男に連れ去られようとした。なんとか逃げ、その途上で例の幽霊に会った。
「昨日言ったこと憶えてる? 『ニーアって知ってる』かって訊いたよね」
「そういやそんなこと言ってたな」
「幽霊はそう名乗ったの。でも実際は全然幽霊なんかじゃなくて……ここで会ったの」
そう言うとシュナは足を止めた。そこはつい半日前にニーアという女に遭い、そしてアルスと逢った場所だった。遊歩道から十メートルばかり外れた林の入り口。地面から生え伸びた草がこの辺り一帯にわたって倒れ、昨夜の戦いの跡として刻まれている。しかしそれ以外は何も他と異なることのない、静かな場所だった。
「サングラスの男から逃げる途中、ここに青白い光が浮かんでるのが見えたの。すぐに『噂の幽霊』だって思った。最初はぼんやりとした……なんだかハッキリしない形だったんだけど、わたしが近づいたら急に人の形に変わったの。それがニーアという女の人」
シュナは出来る限りその時の状況や、ニーアの表情、口にした言葉などを思い出しながら語る。
「あの人言ってたの、『ちょうどいい時に約束が果たせる』って。でも同時にそれはわたしとの約束ではない、とも言ってた」
まるで舞台で一人芝居を演じているような気分になるシュナ。自分の中で考えをまとめるため同じ場所でぐるぐると歩きまわり、時折身振り手振りでもって状況を説明する。たった一人の観客であるカイリューはここまで何も言わずじっと聞いていた。しかしこの先のくだりでこの舞台と客席の境は曖昧となり、彼は舞台上の人物の一人となるだろう。ここに来て再びシュナに躊躇が襲った。それは昨夜のように未だに自分にあの状況を的確に表現する自信がないせいもあったが、アルスに対していらぬ混乱を与えるのではないかという危惧のためでもあった。しかしその迷いはアルスの声で否応なく断ち切られる。
「どうしたんだよ、いきなり黙って」
「ううん、なんでもないよ。……それでね、ここからなんだか説明が難しくて、あの人の横から急に光が溢れて思わず目をふさいだの。そしたら目を開けた時、そこに君が居たの」
「なんだそりゃ?」
目を皿にするアルス。当然の反応だった。
「わたしにも分かんない。なんだか卵みたいなものの中に入ってて、殻みたいなものにはなんだか見たこともないような文字のようなものがびっしりついてたわ」
シュナはその文字のようなものがどんな形を成していたかを懸命に頭の中で再現する。確かどの文字にも共通して中央に点のある丸が描かれていた、まるで目玉のような……。シュナはしゃがみこむと適当な木の棒を手に取り、草の生えていない露出した地面にその文字の内で何とか思い出せるものを幾つか書きだす。
「こんなのよ。何か思い出さない?」
シュナに促され、地面に書かれた文字を覗きこむアルス。
暫くの間、彼はその文字を穴が開くほどに凝視していたが、やがて一歩下がると一言。
「わかんねえ」
投げやりな口調でこぼしつつも、アルスもアルスなりに何か思い出さないかと努力するように小首を傾げていた。
「俺、ホントにそんなふうに出てきたのか?」
疑うような目でシュナを見るが、少女は首を縦に振るしかない。
「うん。でも正直わたしも自信ないのよ。あれが本当に現実だったのかどうか……。でも現にアルスは今ここにいる。ここにいる以上やっぱり夢でも幻でもない現実だったんだと思うしか無いじゃない」
シュナはアルスを見上げながら肩をすくめた。
「俺のキオクか……」
アルスは深い枝葉越しに空を仰ぎ、こぼすように呟いた。
風が吹いた。空気の流れが森の木々をざわつかせる。
「ニーアは誰かとの約束のためにここでわたしを待っていた。その相手は誰で、どんな目的だったんだろう」
自問するように口にすると急に悪寒が走り、シュナは肘を抱いた。全身をこわばらせて必死に寒さから逃れるように、その場にうずくまる。
「どうしたんだ?」
「ごめん。こんなこと君に言っても仕方ないけど。なんだか、……怖いの」
その声はか細く、まるで絶壁の先に立たされているかのように孤独に切迫していた。
「わたしを襲った男のことも、ニーアという女の人のことも、自分の知らない間に何かとんでもないことが起きてる気がして。なんでいつもわたしの知らない所で大事なこともが決まっちゃうんだろう」
最後の一言は感情を押し出すように荒く熱が入った。直後、不意に感情的に鳴ったことうぁじラウ用に口元に手を当てる。それから深く息を吸い込み、つっかえを一緒に外すように吐き出した。それから改めてアルスの方へと向いたその表情には自嘲気味な苦笑が混じっている。それから迷うような間がわずかに開くと、シュナはそれを振り払うようにカイリューの切れ長の目を見上げた。
「ねえアルス」
「なんだ」
「改めて教えて欲しいんだけど、アルスはこれからどうするつもり?」
尋ねたシュナの目は何かを期待するような色がにじんでいた。「そうだなあ」とアルスは頭を掻き、視線を上へ下へと泳がせる。
シュナにはアルスがここに来て“記憶が無い”という事実に煩悶しているように見えた。記憶が無いということはこれまでの経験に基づく自身の行動規範が見いだせないということだ。やがてそれを証明するようにアルスは匙を投げるため息混じりの声を上げた。
「ったく、気持ち悪りぃな何も憶えてねえって。そりゃあこのまま好き勝手生きてくってのもいいかもしれねえが……でも俺は嫌だな。このまま何も思い出せねえって」
「だったら――」
シュナは一瞬逡巡するように唾を呑み込むと、アルスの丸みを帯びた鼻面に浮かぶ二つの鋭いまなこを眼光の向こう側まで抜けるように見つめた。
「これから……一緒にいてくれない?」
静寂が場を支配した。開いた間はほんの三秒程度のものだっただろう。しかしシュナにはその三秒間が実際の十倍にも感じられた。心の中の隅でこんなことを言った自分に慄然とした。
昨夜の一幕でシュナ胸中には己でも気づかぬ内に心細さが広がっていた。その心細さは元をたどればもっとずっと前の“あの時”からずっとシュナの中に潜み続けていたものだった。彼女はずっとそれを振り払おうとしていた。だから昨夜あんな眉唾な噂のために、この湖へと出向いた。
その時、サッと目の前に影ができた。アルスがシュナに顔を近づけようと屈みこんだため、彼の顔で太陽が隠れたのだ。
「いいな、それ」
アルスは大きな口の両端をニンマリと持ち上げる。
「どうも俺とおまえはなにかカンケーがあるみてえだし、おまえの側にいたらひょっとするとキオクが戻るきっかけがあるかもしれねえしな」
逆光のはずだというのに、破顔するアルスの顔が眩しく感じた。ポケモンは種によっては人間のように表情豊かな者もいるという。きっとカイリューもその一種なのだろう。そういえば出会ってからこんな風にアルスのきちんとした笑顔を目にするのは初めてだった。
「本当に?」
シュナはおずおずとアルスに目を合わせる。
「ああ、どっか行くあてもねえからな」
昨夜シュナは、アルスは記憶が無いことについて全く頓着していないような印象を受けたが、これは改める必要があるなと感じた。やはり彼は失った記憶を取り戻すことを求めている。ただ表にあまり悩ましい色を見せないだけなのだと。
「でもゆうべみたいにまた襲われたりしたら、アルスも危ない目にあうかもしれないよ」
「お前のほうから言い出しといて変な奴だな。んな奴ら俺がちゃっちゃとぶっとばしてやらあ」
シュナはあっけにとられた。同時に胸中からなにか暖かいものが血液の流れに乗って全身に広がっていくような感覚を覚える。陽の光に暖められた空気が風とともに頬を伝う。風の中の草の匂いが鼻孔をくすぐった。
「ありがとう」
視線が徐々に下がりながら、シュナは言った。そしてモンスターボールを取り出し、ひょいと足元に転がすと中からコリンクが光とともに元気よく飛び出す。地面に着地するとぷるぷると顔を振り、嬉しそうに主人の脛に身体をすり寄せた。シュナ屈みこんでそっとコロンの頭に手を被せる。するとコロンはシュナの横にカイリューが立っていることに気づく。コリンクほどの小さいポケモンにとっては建物のようにも感じるほどのカイリューの巨体を、コロンは見上げる。
「コロン、これからアルスと仲良くしてね」
アルスとは違いきちんと意思疎通できるわけではないのでコロンは最初主人の言わんとしていることが分からず、きょとんとした表情でシュナを見つめた。しかしシュナと隣のアルスとを交互に視線を移していく内に、やがて意図を理解し始め、それに比例してコロンの表情は険しくなっていく。やがてコリンクはガウガウと抗議するようにうなり声をあげる。シュナは申し訳無さそうに苦い笑みを浮かべた。今度はコロンの背の方に手をすべらせると、手のひらにピリピリとした小さな放電を感じた。
「どうやら俺は嫌われてるみてえだな」
アルスが高い視線から見下ろしながら笑った。
その時シュナはコロンの顔を左右からそっと掴み、顔を寄せた。そのまま無言でコロンの瞳に視線を注ぐ、まるでシュナが自分の目とコロンの目とを溶合わせて一緒にするように。そっと、馥郁とした微笑みを投げかける。コリンクの金色の瞳から、少しずつ不快感が失せていった。やがてコロンは「きゅぅ」と喉を鳴らし、丸い耳を垂れさせた。そんなコロンに、シュナは抱擁を与える。
「ありがとう、分かってくれて」
そして立ち上がるとコロンと一緒にアルスを見上げた。コロンもその視界にカイリューを映すが、目にはやはりまだ挑戦的な色をにじませている。「まだお前のことを認めたわけじゃないんだぞ」と訴えかけているようだ。
「まあ、すぐには難しいだろうから、これからゆっくり……ね」
シュナはそんなコロンの自分に正直な態度にどこか羨望を感じる。
どこか茂みの奥で虫が鳴き始めた。
「そういやさ」
一瞬ぼんやりとしていたシュナはハッと目が覚めるようにアルスへと振り向く。
「話は戻るがそのニーアって女、他になんか言ってなかったのか?」
ああ、シュナは間の抜けた声で返した。どこまで話したんだったかな、と頭の巻き戻しボタンを押して振り返る。
「そうね、アルスをどこからともなく出してきて、わたしが呆気に取られてたの。だってそうじゃない、何もない所から君みたいな大きなカイリューの体が出てきたんだから。そんなとき、あの人こう言ったの。『あとはお前たち次第』、それからあとは……『楽しませてもらう』みたいなことも言ってたと思う」
言いながら、改めてニーアという女性はいったい自分たちに何をさせようとしているのかという疑問が頭をもたげた。その問いはアルスもまた同じように抱いたらしく、腕を組みながらフンと鼻息を漏らした。
「気に食わねえなそいつ。まるで俺たちを操ってるみたいじゃねえか」
実際その通りのような気がした。ニーアはある約束のためにここでシュナが来るのをずっと待っていた。ここで自分とアルスを逢わせるために。その約束が誰とどのように交わしたものなのかも気がかりなところだ。
「たぶんニーアとはまた会うことになると思う」
「ホントか?」
「うん、最後に言ってたの『これから何度も会うことになる』『また会おう』って」
コロンが自分も聞いたよ、と言うようにガゥと吠えた。
「ならその時にでもとっ捕まえて全部聞き出しゃいいな!」
アルスは口の端から牙をちらつかせ、両の拳をぶつけ合わせる。
「そういや、お前はニーアとかいうやつのことはなにか知らねえのかよ? そいつお前に会いたがってたんだろ?」
「それは――」
シュナは胸に手を当ててうつむき加減にかぶりを振った。
「分からない……」
「『分から』ねえってどういうことだよ」
「だってただでさえ夜で暗かったし、おまけにあの人帽子を目深に被ってて目元が全然見えなかったから」
自信なさげに語尾がしぼんでいく。しかし直後何かを思い出したようにシュナは顔を上げた。
「でも、あの人はわたしのことをよく知ってるみたいだった」
シュナは両手を前で組み、後ろに高く幹を伸ばすポプラに背中を預けた。幹のゴツゴツとした肌触りが服越しに感じる。うつろに空を仰ぐ目にはゆうべニーアがほんの僅かな間に見せた、あの不思議な笑みが映っていた。
「あんまりあの人が一方的にワケわかんないことばっかり言うから、思わず大きな声出してやったのよ。どういうことなのか説明してくれって。結局答えらしい答えは最後まで言ってくれなかったけど、その時見せた表情が――といっても口元しか見えなかったんだけどね――その……」
言葉が濁るシュナ。それは自分でもあの時見たニーアの笑みをどう解釈すればいいか、未だ迷っていることを意味していた。思い出すだけであの不思議な笑みに自分が吸い込まれそうな感覚になる。やがて頭の隅に明かりが灯るように生まれた言葉を口にした。
「まるで……心配してくれてるような。とにかくそんな風に見えた」
視線を落とすとコロンがこちらを見上げて草叢に座り込んでいるのが目に映った。
あの自分のことを心配してくれてるような、不可解な笑みを目にしてから、シュナは既に何度か心当たりの人物が居ないか己の記憶に尋ねていた。しかしどう思い出そうとも頭をひっくり返そうともそんな人物には行き当たらなかった。せめて目元をもっときちんと見ていれば何か分かるかもしれない。
だが、それ以前にニーアと名乗ったあの人物は本当に人間なのだろうか、という考えもシュナの中で大きい部分を占めていた。幽霊と噂されるような青白い光の中から現れ、何もない所からカイリューを出現させ、さらには跡を何も残さず煙のように自分の目の前から消え去った。到底人間がやって出来るような芸当とは考えられない。しかしポケモンというにもあまりに人間的な姿をしていた。世の中には人間の体型に近いポケモンの種族も存在するらしいが、それを考慮に入れたとしてもあれは人間の姿だったとシュナは断言できる。まさか噂どおりに本当に幽霊だったなんてこともあるまい。
考えれば考えるほど思考が先に辿った道にもどり、堂々巡りを延々と繰り返していた。
その時、上から「おい」という声が降ってくる。
「なに難しい顔してんだよ」
こちらを覗きこむようにじっと視線を注ぐアルス。
「とにかく今は分かんねえんだろ? ならそれでいいじゃねえか。次会った時に聞き出しゃいいだけだからな」
ふわりと空気がうねった。木々が揺れ動き、葉や枝の擦れ合う音が鳥や虫たちの声との合奏となる。
シュナは思わず知らずしかめていた口元をほころばせ、軽く息を吐いた。
「それもそうね。『また会おう』って向こうから言ってきたんだしね」
よりかかっていた樹の幹から背中を離す。休めるために背を預けていたはずだのに、離してみるとむしろ荷を降ろしたように背中が軽かった。
「じゃあもう行くけど、アルスはどう?」
「構わねえよ。思い出せることも無えしな」
なんとなく投げやりな口調で返すアルス。その眼はどこか知らない遠くをじっと見つめているようだった。
アルスはどこから来て、記憶を失う前はどこでなにをしていて、なぜ記憶を失ったんだろう。シュナはカイリューの眼を見て改めてその問いへ思いを馳せた。
「行こっか」
自転車も回収しなければならないことだし、とシュナが一歩踏み出した。その瞬間、早々に出鼻をくじかれる。一歩前に出した足が何か筒状の硬いものを踏みつけ、ずるっと身体が前のめりに傾く。「わっ!」と素っ頓狂な声とともに、視界が地面を向く。反射的に腕で身体を守り、転倒に備える。が、次の瞬間後ろから服の襟の部分から引っ張られ、倒れかかったからだが止まる。首が締まって息苦しさを感じて振り向くと、アルスが倒れそうになったシュナの襟首を掴んで呆れ顔を見せていた。
「なに地面に飛び込んでんだよ」
「違うよ。なんか変なもの踏んづけちゃって……」
忌々しいものを見るように顔をしかめ、シュナは踏みつけたものを視界の中から探し出す。その瞬間「あっ……」と声が漏れ、転びそうになったことへの怒りは風船の空気が抜けるようにしぼんでいく。
それは懐中電灯だった。昨夜シュナが明かりとして持ちだしたものだ。電池の蓋が開いており、電球は無残にはじけて真っ黒になっている。
なんとなく拾い上げると、その時シュナに遅れて懐中電灯に気づいたアルスが「あー」と間の抜けた声をあげた。
「どうしたの?」
シュナがなにごとかとアルスの方を振り向くと、彼はなぜかどこか決まりが悪そうに目線を泳がせていた。
「ゆうべすっかり言うの忘れてたんだがよ。あの時ゴーストの分身に囲まれた時、ショージキどれが本物か分かんなかったんだよ」
珍しくアルスの口調はなんとも歯切れが悪い。それに何か言いたいことをわざわざ遠回りしているように感じた。アルスはわざと身体を横に向けて、そして横目でちらりとシュナとコロンを見やる。やがて彼はらしくない自分に腹を点てたのか頭をブルっと震わせると、そらしていた顔を少女とコリンクの方へと向けた。
「ありがとな。俺の方こそあん時ゃ助けられたからな」
ああ、とシュナは得心し足元のコロンと顔を見合わせた。確かにあのときゴーストの【影分身】を破ったのは懐中電灯を向けたシュナと、その懐中電灯に【影分身】を破るほどの強烈な電流を流したコロンだった。
なにか涼しい流れのようなものがすぅっと通り抜けていく。
途端にシュナはなんだかおかしくなり、憚ること無く吹き出した。
「なんで笑うんだよ!」
大口を開けて声を荒げるアルスの顔には若干の朱がさしているように見えた。
「だってそんな照れくさそうに言うんだもん。それにアルスの口からお礼が出てくるなんて思ってなかったし」
「俺が礼を言っちゃ悪いかよ」
「全然。むしろ嬉しくなっちゃった。ただちょっと見た目に似合わないなって思っただけだから、気にしないで」
「なんだよそれ!」
そんなアルスを尻目にシュナはコロンを手招きし、軽く屈みこんだ。それに答えてごきげんに跳躍するコロン。シュナはそんなコリンクをしっかりと抱きとめる。ちょっぴり重いがこうしているとコロンも自分もなんだか気分が弾んだ。
ゆうべの男やニーアのことを思い返すとやはり不安はつきまとったが、横で顔を赤くしているアルスを目にすると、なにも悪いことばかりじゃないかもしれないと思った。
「ねえアルス」
「どうした?」
「改めて、これからよろしくね」
するとアルスは目を細め、ひとつ大きな鼻息をつくと短い返事で一言。
「おう」
「あとね……」
シュナは逡巡するような間をわずかに作り、なんとなく目が横にそれていった。
「出来れば『お前』じゃなくて『シュナ』って名前で呼んでほしいな。友達はみんなそう呼んでくれるから」
すぐには応えが聞こえてこなかったため、シュナは逸らしていた目線をアルスへ向け直す。すると彼はニンマリと口角を持ち上げて口の間から牙を光らせていた。
「そうか、分かった。よろしくなシュナ」
思わずシュナもつられて笑顔を返す。すると続けてアルスは口にする。
「これで俺も友達か?」
友達。シンプルにしてなんて気持ちのいい言葉だろう。
目から光が溢れるような思いだった。
シュナはアルスの目をしっかりと見据えて、力強く頷いた。
「うん!」