鳴らない鐘が響く時
39 【23時45分】
 


――ん……
 まぶたが重い。自分は何をしていたんだろう。たしか式典の間で何かが光って目の前が真っ白になったと思ったら……。
 そこでテレーゼは急激に頭が覚醒し、ぱちりと目を開けた。そして横向きに倒れている姿勢になっていることに気づき、むくりと起き上がる。同時に自分が思わず気圧されてしまいそうな大風に晒されていることが分かる。少し体を動かすと服の下で何かがべたつくのを感じた。なんだろうと思い恐る恐るべたつく部分に鼻を近づけると、それは甘い蜜の香りがした。あっ、とテレーゼは思い当たる。ラッフルからもらった三つ目の玉だ。はじめに使った黄色い玉には『しびれごな』、次に使った青い玉には『ねむりごな』が入っていた。三つ目の紫の玉には何が入ってるのだろうかと思っていたが、これはきっと『あまいかおり』だったのかもしれない。いつの間にか髪留めが外れており、テレーゼの栗色の髪の毛は風の流れるまま乱されていた。乱暴に暴れまわる髪の毛を押さえつけ周囲を見回すと、そこはまるで闇の中に取り残された浮島であった。セメントの張られた床がきれいな正方形を形作り、その一辺は十五メートルを少し上回る程度か。床の中央には金属の枠に板を貼り合わせた戸のようなものがあった。四隅にはレンガを重ねたどっしりとした柱が構えてあり、それが天に向かって手を伸ばしている。
 そのときテレーゼは違和感を覚える。見たところここは何かの建物の中のようだが、どうにも不自然だ。四隅にそれぞれ柱はあるのにそれが支える天井も屋根もなく、それによく見たら柱のうち隣り合う二本は崩れたように大きく抉れたあとがある。それにこの正方形の床だが、それに接する壁もなければ、床が切れた向こう側には地面も見えない。ここはどこなのだろうと、テレーゼはおずおずと立ち上がった。コロンと何かを足で蹴る。見下ろすと、月明かりに照らされたそれは木材の破片。しかし一瞬ではそれが木材とは気づかなかった。なぜならそれは焼けて真っ黒になっていたのだから。胸に言いようのない不安を抱え、テレーゼはレンガの柱にもたれかかりつつ、床の向こう側へと目をやった。
 はるか下方にいくつもの明かりが瞬いている。それは街灯の明かり、家々のランプの明かり。いくつもの屋根が見えた。満月の煌々とした明かりにもとに広がる街は、ほとんどの建物がこの地方特有の赤レンガで建てられている。少し前にテレーゼは似たような光景を目にした。あのときはこの月明かりに照らされるこの街を、本に出てきた水の底に沈む古代の街のようだという感想を抱いた。その感想は今も一瞬よぎる。しかしそれ以上に疑問が湧き出す。あのときはラフトの上に乗っていたのだ。じゃあ今は? 決して何かに乗って空を飛んでいるわけではないこの今、なぜこんな光景が目に入るのか。しかしテレーゼの中ですでに答えは出ていた。王都広しと言えどもあたかも空を飛んでいるようなこんな高い場所は、街の誰に問おうとも一箇所しかありえなかった。
「いい眺めだろう」
 這い寄るようなその低い声に、弾けるようにその方向へ向くテレーゼ。月明かりがあるといえど、すっかりその者は闇と同化していた。しかしたとえば写真の中に小さく意外なものが写り込んでいるとして、見ている側は最初は何も気づかないが、一旦その意外なものの存在を認識してしまうともう意識せずともそれの存在をしっかり確認できるように、闇の中で一旦その者の存在を認識するともう目から離れなかった。全身を覆う黒い体毛の中から血のような赤がはっきりとにじみ出している。
 ゾロアーク。母、レオノーラ女王に化け、アルゴス侯爵とともにこの国を危機に晒した張本人。
「初めてここに来てみたが、なかなか壮観だな。あんたも初めてかい? 王女さんよ」
 そう言うとゾロアークは青く光る目より放たれる視線をテレーゼへと注ぐ。テレーゼは胸を両手でおさえ、思わず後ずさる。トン、と背中が四隅の柱の一つにぶつかる。それから視線を四角の床が途切れた先の地上へと向いた。
「ここは、時計塔の上なのね」
 テレーゼはすでに理解している。ここは王都のシンボル、セントラル大教会の時計塔の上。しかもこの周囲の荒れ様、そしてただ屋根を支えるだけにはあまりに無骨な四隅の柱。この場所は先の火災で焼け落ちた最上層部の大鐘楼だった場所だ。地上から実に七十メートルほども離れる高さは今立っているこの床が心もとなく思えるほどだ。
「見てみろよ、あそこの通りなんてニンゲンどもがうじゃうじゃ蠢いてまるで小っちぇえ虫が這いまわってるみてえじゃねえか」
 ゾロアークは地上に向かって指をさし、嘲るような声で言った。しかしテレーゼはその方向へは目をやらない。じっとゾロアークを見据える。
「あなたは……」
 テレーゼはぎゅっと手のひらを握りしめ、思いを声にしようとする。恐怖はあった。このゾロアークがここまで自分を連れ去ったことは分かっている。なんのためかは分からないが、少なくともなんらかの危害を加えようとしていることは分かる。しかしテレーゼは思う。今ここで怖気づいてはいけない。気持ちだけでも負けてはいけない、と。
「あなたは、なにが目的なの?」
 ようやくテレーゼはその言葉を絞り出した。
「お母様に化けて、アルゴス侯爵といっしょにこの国をどうするつもりだったの?」
 さっとゾロアークがこちらに体を向ける。目や口にある隈取がまるで返り血を浴びているように、まわりの黒い体毛以上にどす黒く見えた。そしてそのどす黒い色に縁取られた口元がにんまりと笑う。そのとき、ゾロアークが両足に何か力を込めたと思ったら、次の瞬間あたかも疾風の如き速さでテレーゼの目前にまで迫った。まさに目にも止まらぬとはこのことだ。声にならぬ小さな叫び声を上げてテレーゼは後ろに倒れ込み、尻餅をついた。そのままの姿勢で見上げるとゾロアークは大きく裂けた口を開き、片方の手の爪をテレーゼの喉元へと近づけた。声にならない喉の音をたてるテレーゼ。その引きつった表情を見るのが何よりもの楽しみであるかのように、ゾロアークの口端が釣り上がる。
「別にセルゲイ――いやティトゥスが何をしようとどーでも良かったさ。ただオレはなってみたかったんだよ」
 大風が吹きすさぶ。先を水晶のような珠で留めてあるゾロアークの鬣が大きくなびいた。切れ長の鋭いまぶたの向こう側にある青い目が光る。テレーゼは思考が白濁とした。ゾロアークの発した言葉の意味を考えることもできず、ただ口がぽかんと開くばかり。
「ニンゲンを支配するって立場にな。楽しいもんだったぜぇ。姿形さえ本物と同じならちょっと下手なことしたくらいじゃ誰も偽物とすり替わったことに気づかねえ。テメエも指輪の一件さえなけりゃ気づかなかったろ。実の母親が別人になってるなんてよお?」
 ゾロアークは意地悪く侮蔑的な笑いをテレーゼに見せつける。
「そんなこと……」ない――、と続けようとしたところに、その上からゾロアークが大笑いをかぶせる。
「『そんなことない』ってか? 笑わせるなよ。何度だって聞いてやったんだぜ。テメエがオレに向かって『お母様』『お母様』って言ってくるそのセリフをよ。こっちはそのたびに笑いをこらえるのが必死だったぜ。所詮テメエらニンゲンは本物と偽物の区別もろくにつきゃしない大マヌケってことだよ!」
 テレーゼは煮えたぎる湯を飲まされるかのようだった。身体の中で熱くどろどろしたものがうねる。しかしそれを言葉にして返してやることができない。ゾロアークの言う通りだったのだから。たしかに母親の様子が何やらおかしいということは薄々と感じていた。言動の変化や急な人事の入れ替え。しかしテレーゼはそれでも約ふた月もの間、まさにあの指輪の一件が起こるまで母親が偽物と入れ替わっていることに気づけなかった。母親の目の前にまで近づき、その手に触れたことさえあったというのに。それが何よりも悔しかった。
 顔がカッと熱くなるとともに、折れるかと思うほどに奥歯を噛み込む。全身がワナワナと震え、目尻から熱い涙で満たされていった。泣いちゃいけない、こんなところで泣けばそれこそ相手の思う壺だ。そう言い聞かせれば言い聞かせるほど涙は並々と眼窩を満たし、間もなく決壊しようとした。
「あんたなんか……!」
 ようやくそう絞り出すのが精一杯であった。怒りと憎しみと屈辱のあまり「あんた」などという今まで使おうと考えたことさえない言葉までが現れる。
 次の瞬間ゾロアークの手がテレーゼの首を掴み、そのまま後ろの柱へと抑え込んだ。後頭部を打ち、テレーゼの視界に星が飛ぶ。声にならぬ呻きを上げ、獣の手を掴んで離そうとした。しかし人間の少女がどれだけ渾身の力を込めようと獣の腕が剥がれることはない。
「あとちょっとだったってのになあ。あとちょっとでみんな騙せたってのによ。テメエさえ邪魔しなけりゃ全部うまくいってたんだ」
 ゾロアークは空いている方の腕を構えた。その先より刃物のように尖った爪が伸び、月明かりに反射して光っている。
「さあ、テメエをどうしてやろうかな?」
 そしてゾロアークがゆっくりと爪の光る腕を振り上げる。テレーゼは次にゾロアークがそれをどうするつもりなのかありありと想像できた、その時に自分がどうなるのかも。しかし想像ができてもそれを防ぐすべは今や彼女は持たなかった。身体は少しも動かせず、首を掴まれて声も出せない。テレーゼは目をつむった。
 その時だった。ゾロアークが何かを察知したかのように視線を顔ごと横へ向けた。テレーゼも動かせる範囲でその視線の後を追う。王宮のある南の方の方角から何かが迫る。ゾロアークはすぐにテレーゼから手を離し、弾けるように大きく跳躍した。刹那、今しがたゾロアークが立っていた場所を狙うように南から来た何かが猛スピードで通過していった。ヒュンと風を切る音の直後、テレーゼはそのものから発せられた突風を浴び、柱へと思わずしがみついた。やがて突風が過ぎ去ると首から滞っていた血液がどっと頭の方へ流れるのを感じ、激しい動悸とともにその場へと座り込んだ。一体何が起きたのか考えることもできない。その時混濁した意識の中で何かが肩を触れるのを感じた。
 ようやく動機も収まり、少しずつまぶたを開くと月が見えた。すぐそこ、文字通り手の届くほど近くにある二つの月。やがてそれは二つの目に宿る瞳の輝きなのだと気づく。姿形は同じゾロアーク。しかしいまテレーゼの前で腰を下ろし、そっと彼女の肩に手をかけているのは色の違うゾロアーク。
「ロビン……」
 それが本当の名前ではないと分かっているにも関わらず、テレーゼはその名で呼ぶ。
 "ロビン"は笑っているようなはにかんでいるような、不思議な表情でコクリと頷いた。その時近くで笛が鳴った。テレーゼは見上げると夜の空に紛れて何かが時計塔の周囲を旋回しているのが見えた。思わず声が出た。ラフトだ。
 "ロビン"は立ち上がり、旋回するムクホークを見上げ、もと来た方向へ指を差し何かの合図を送る。するとラフトは旋回をやめ、その方向へと大きく羽ばたき飛び去った。
「大事な依頼人を傷つけるのはやめてもらおうか」
 "ロビン"が赤のゾロアークを睨む。赤のゾロアークは二人の対角線上にある柱の上にいた。くっくっ、と喉を鳴らすような笑い声をあげ、ゾロアークは柱から飛び降りた。
「やはり来たか。王女さんを餌にしたのは正解だったな」
「わたしを……餌に?」
 テレーゼはまだ違和感の残る喉を押さえて咳き込みながら問うた。
「そうだよ。あそこじゃ邪魔が多すぎたし、今日この街はどこ行ったってニンゲンだらけだ。ゆっくり話せるのはここしか無えと踏んでな」
「別に俺はお前と話をしたくて来たわけじゃない」
 "ロビン"はぶっきらぼうにそう答える。
「まあ聞けって。別に悪りぃ話じゃねえと思うんだがな。なあ、オレとお前と組んでみねえか?」
 テレーゼは思わず"ロビン"へと目をやる。しかし彼はテレーゼから見て背を向ける形となっており、その表情は窺い知れない。
「オメェの幻影(イリュージョン)、ずっと探偵のふりしてやってたんだろ? 大したもんだよ。オレとオメェと組んだらもっとデカイことが出来ると思わねえか。それこそこの国だけじゃねえ。世界中のニンゲンどもを騙してやるんだよ」
 テレーゼは背筋にゾクリと寒気が走るのを感じる。それは決してこの風に晒されて寒いからという理由だけではない。赤のゾロアークの目になにか純粋に楽しんでいるような色を見た気がしたからだ。楽しんでいたというのか。人を騙し、傷つけ、その周囲の人々をも不幸にすることを。
「『ギデオン』。ティトゥスの奴がつけた名前だがなかなか気に入ってるよ。ま、オレたちに取っちゃ名前なんてどうでもいいか。オメェのロビンってのも化けてたニンゲンの名前だろ? さしずめ『イロチガイ』とでも呼ばれてたか」
 赤のゾロアーク――ギデオンは"ロビン"を下から覗き込むような体勢でにじり寄るように言う。テレーゼは"ロビン"が『イロチガイ』と呼ばれたとき、わずかにだが背中の端がピクリと動いたように見えた。ギデオンの赤に対する"ロビン"の青に近い紫。そのときテレーゼは気づく。よく見たら"ロビン"の肩が上下していることに。前方にいるギデオンと比較してみてもその背中から疲労のようなものが滲んでいるようだった。考えてみれば当然だ。"ロビン"はこの数日間テレーゼの依頼のために各地を奔走し、寝る間すら惜しんでいたかもしれない。長距離を何度も移動し、走り、そしてどんな手段を使ったかは分からないがアルゴス邸より母を救った。いくらゾロアークが人間よりも圧倒的に体力があるとしても、ここまでやって疲れを覚えぬはずがなかった。しかし"ロビン"はまるで方の上下を誤魔化すようにため息混じりにかぶりを振った。
「残念だが俺はお前の下らないお遊びに付き合うつもりも無い」
 瞬間、"ロビン"はその場に影だけを残すように飛び出し、尖った爪の光る腕を同時に振りかぶった。そして振り下ろしたその時、刃物同士がぶつかり合うような音が響く。ギデオンはあらかじめ予測していたのか、"ロビン"の攻撃を己の爪で受け止めそのまま彼を弾いた。
「ま、そう言うよなあ。というわけでさ……」
 その時"ロビン"は思わず顔をしかめた。テレーゼもまたなにか恐ろしいものを前にするような感覚を覚える。ギデオンの全身の毛が逆立ち、その目から隠すような気色もなくあからさまな敵意と怒りを放出した。今まで隠されていたギデオンの感情が空気を伝ってくるようだった。
「死ねよ」
 あまりに直球なその言葉にテレーゼは小さな悲鳴を上げる。
「屈辱だ。あんな屈辱は生まれて初めてだったよ。あんな大勢のマヌケなニンゲンどもの前でオレの完璧な幻影(イリュージョン)を剥がされるんだからな。ああ許せねえ、テメエも王女さんもよォ!」
 ギデオンは月に向かって吠えた。天空から見下ろす満月はただこの戦いの場を見下ろすばかり。そしてギデオンは両の腕を高々と振り上げた。掲げた両手からは月の光を消し去るような闇色のエネルギーが蓄積される。
 『ナイトバースト』の構えだ。そう直感した"ロビン"は瞬時に同じ構えを取る。そして両者の腕はほぼ同時に振り下ろされた。ふたつの闇色のエネルギーは轟音を伴ってぶつかり合い、あたりの塵を舞い上がらせ、そして消滅する。テレーゼは塵が目に入りそうになり、腕で顔を覆った。そしてようやく目を開けたとき、二体の化け狐はまさにぶつかり合っていた。舞い振られる爪、それを可憐に避ける。どちらかが技を繰り出すともう一体が別の技で対抗する。
 テレーゼは二体の獣の動きを目で追うのがやっとだった。しかし、テレーゼは気づく。"ロビン"の動きが僅かだがギデオンの遅れを取っていることに。やはり確実にこの数日間の奔走は"ロビン"から持ち前のスピードを奪っている。
 そのとき"ロビン"がギデオンを腕を掴み、そのまま柱へと押さえ込む。背中を打ち付けられたギデオンは小さく唸った。
「何をしてるテレーゼ。早くそこから逃げろ」
 "ロビン"がギデオンを押さえつつ、横目でテレーゼに睨み、吠えた。そこでようやくテレーゼは夢現のような感覚から覚め、視線を"ロビン"の指すものへと走らせた。それは中央にある蓋のような木の扉。下層へと行き来するために設えてあるものだ。
「でもロビン――」
「いいから早く行け」
 "ロビン"はさらに吠える。
 思わず両手を胸の前でギュッと握るテレーゼ。そして意を決して扉へと走り、取っ手へと手をかけた。普段ここに出入りするものはいないのか、蝶番が雨風によって若干錆びている扉はギリギリと思い悲鳴を上げながら開く。その下から石の階段が口を開けた。
 そしてその石の階段を降りかけたとき、重い音とともに「ぐわっ」といううめき声が響き、耳にしたテレーゼの足を止めた。ギデオンが"ロビン"の押さえ込みを付き返し、同時に踏込んでいた足をバネに"ロビン"へと体当たりをかましたのだ。"ロビン"は後ろ向きに転がり込むが、そのまま体勢を立て直し、そのまま立ち上がる。
 テレーゼがその名を叫ぼうとしたとき、それを予見していた青のゾロアークは覆いかぶさるようにまた叫ぶ。
「構うな。行け!」
 びくりと一瞬の硬直を覚える。そして表情に葛藤をにじませながらテレーゼはそのまま階段を降りていった。バタンとまた蓋が閉じる。
「どうした? 思ったより動きが鈍いじゃねえか」
「ああ、確かに。ちょっと疲れてたもんだからな。だが俺はお前のように弱いつもりは無い」
「んだと?」
 ギデオンの眉間にシワがより、同時に目の端がピクリと痙攣するように吊り上がる。
「お前にも何かの理由があったことは疑わない。人間の言葉を自在に操れる程にまでなっているのだからな。だが結局お前は自分の力に酔いしれ、騙すことを楽しむことが目的となってしまった。分かるか? お前は俺たち化け狐が一番やっちゃいけない禁忌を破ったんだ」
 しばし両者に沈黙が降りた。二体ともに身じろぎもせず、風でたてがみをたなびかせていた。
 やがてギデオンが顔に手を当てて笑いを含んだ。やがて口の端からその笑いを漏らし、しかし目線はしっかりと"ロビン"へと注いだ。
「それでテメエはこう言いたいんだな? オレは『自分の欲望に勝てねえ弱い奴』だって」
 やがて小さかった笑いは避けた口を大きく開けた高笑いとなり、王都の空へと吸い込まれていった。
「じゃあさ、俺からも言わせてもらおうか?」
 笑いが静まったとき、ギデオンの青い目はしっかりと"ロビン"を捉えた。怒り、憎悪、滑稽さ、様々な感情がないまぜとなり、それを目の端からにじませつつ、ギデオンは口を開いた。
「俺のやったこととテメエのやったこと。いったい何がちがう?」
 ガコンと下の方で重い機械音が響いた。大時計の針がひとつ動いたのだ。

わたぬけ ( 2016/10/06(木) 22:47 )