INSANIA











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原罪の灯
第百四十話「奔る」

 炎が舞い落ちていく。

 燐光が迸り、一閃したかと思うと一瞬だった。

 ダイゴは膝を落としたまま顔を上げる。

 メガクチートとメガディアンシー、どちらもフェアリータイプであったはずだ。だというのに全く歯が立たなかった。目の前の水色の表皮を持つドラゴンはそれ以上の力で圧倒した。

「ツワブキ・ダイゴ。後はお前のメタグロスだけだ」

 発せられた声にダイゴは目を向ける。

 火の粉が舞い散る中、最強の四天王でありドラゴン使いであるゲンジが立ちはだかっている。戦闘が始まって数時間。メガクチートとメガディアンシーが最初のほうこそ優勢ではあった。だが、戦闘中に突然劣勢へと叩き込まれた。それは一瞬の事だ。

「時間だ」とゲンジが告げただけで、ボーマンダはその力を振るい、二体のポケモンを戦闘不能にした。ダイゴはメタグロスを後衛に置いていたから唯一助かっただけだ。

 ディズィーもクオンも言葉をなくしている。圧倒的な強さの前には言葉など無意味なだけだった。

「なんて、強さ……」

「これが、四天王だって言うの?」

 今までとは桁違いだ。ダイゴは迷っていた双眸をゲンジ打倒のために据える。もうここで戦うしかない。戦って、勝つしかないのだ。

「まだ、立ち向かう体力が残っているか?」

「俺は、勝ちに来たんです」

 ダイゴの声にゲンジは鼻を鳴らす。

「その程度の実力でか? 笑わせる。いいか? 勝利とは! 強者の頂に登る人間にのみ与えられた特権であり、それ以外は全て敗北の前に膝を落とすしかない!」

 強者のみが生き残れる。強者の理論に打ちのめされそうになるがダイゴは拳をぎゅっと握り締めた。

 強者になるのは自分だ、という感覚を研ぎ澄ます。これは戦いなのだ。

「俺は勝つ。勝つという事はあなた以上の強者になるという事」

「口だけは達者だな」

 ゲンジの声にダイゴは奮い立たせるために雄叫びを上げる。声が朗々と響き渡り、ダイゴの胸に情熱の炎を灯した。

「俺が、勝つ!」

「いい眼になってきたが、では圧倒的な強さ、というものを見せてやろう」

 ゲンジの手首にはバングルが巻かれていた。その中央には虹色の石があしらわれている。

「――メガシンカ」

 その言葉に呼応して周囲の空気が渦巻き、ボーマンダに寄り集まる。ボーマンダは咆哮と共にエネルギーの核を打ち砕いた。新たな姿は分かれていた翼が円弧を描くように一体化した姿だ。身体もより直進的になっており、前足は短くなっていた。

「メガボーマンダ」

 放たれた声にメガボーマンダが吼える。ダイゴはメタグロスに命じた。

「メタグロス! バレットパンチ!」

 弾丸の勢いの拳をメガボーマンダはするりと回避し、攻撃を浴びせかける。赤い燐光が発せられ内部骨格が光り輝いた。

「逆鱗」

 千を越える光の刃がメタグロスへと突き刺さる。力の瀑布にメタグロスが怯みそうになるがダイゴは負けじと叫んだ。その瞬間、胸に留めていたペンのキーストーンが僅かに輝く。ダイゴ自身、無意識下での輝きだった。

「その輝き! 遂に来るか! 強者の頂へ!」

「俺は、超える!」

 エネルギーの放射に周囲の空気が逆巻きかける。

 その時であった。

 ゲンジは通信を感知して声を投げる。

「ワシだ。何があった? ……なに? デボン本社で?」

 驚愕の色の混じったその声にダイゴは戦闘意識が凪いでいくのを感じた。ゲンジ自身もメガボーマンダにこれ以上戦闘をさせるつもりがないらしい。

「そうか……。すぐに向かおう」

「何があったんですか」

 メガシンカの兆候は失せ、ダイゴは問う。ゲンジは厳しい顔つきの中に今しがたの報告の混乱を混ぜた。

「嫌な報告だ。……初代が右腕を得た、と」

 ダイゴは息を詰まらせる。右腕の所有者はコノハのはず。まさかコノハが殺されたのか? ダイゴの驚愕を読み取ったゲンジが、「所有者は無事保護したようだが」と口にする。

「問題なのは、デボンでの戦闘が開始された、という事だ。カゲツはそのまま戦闘にもつれ込み、今宵で初代との因縁を終わらせるつもりだろう。諜報員として潜り込んでいたホムラとイズミの報告によれば、第三者、ヒグチ・サキの介入があったという」

「サキさんの?」

 思わぬところで名前が出てダイゴは困惑する。どうしてサキが? その疑問を問い質す前にゲンジは、「急務だ」と告げる。

「今宵、勝負が決するというのならば、ワシらも本気で向かわねばならん。これを」

 ゲンジの投げたのは回復の薬だった。

「ポケモンを回復しておけ。ネオロケット団全部隊に告ぐ。初代との因縁を終わらせる」

 緊急出動の声にプリムとフヨウが階段を駆け上がってくる。

「キャプテン。どうするのですか?」

「アチキ達、まだ準備が出来ていないよ?」

「いや、充分だろう。ポケモンを回復後、航空部隊と共にデボンに仕掛ける。コープスコーズについては抑えているとカゲツからの報告があった。今が最も手薄だと考えられる」

 ゲンジの言葉に二人とも自然と引き締まったようだ。既に襲撃をかける事は決定事項らしい。

「俺は、今、メガシンカが使えかけた……」

 ダイゴの言葉にゲンジは、「本当ならばもう少し時間が取りたかったが」と悔やむ。

「戦線に復帰してもらう。ツワブキ・ダイゴ。メガシンカの完全制御が出来ていないとはいえ一人でもその可能性は欲しい」

 使えなくとも戦う覚悟くらいはもう持ち合わせている。問題のは完全復活するであろう初代がどれほどの高みにいるのか。半年前には同じポケモンで全く敵わなかった事を思い返す。

「行くぞ! 総員、戦闘準備!」

 キャプテン帽を被り直したゲンジの号令に、全員が首肯で応じた。


オンドゥル大使 ( 2016/03/20(日) 21:58 )