第百三十八話「天誅」
サキは刑事であった頃の習い性がまだ生きている事に感謝する。
すぐさま安全装置を外し、手術室の扉をエンペルトに破壊させた。手術室には数人の医師が囲っておりその中央に眠っている初代の姿が確認出来た。
「動くな! 動けば撃つ!」
サキの言葉にカゲツと名乗った男が口笛を吹かす。
「さすが。元刑事だな」
「元は余計だ。まだ刑事のつもりだからな」
銃口の向こう側にいる医師達が戸惑って後ずさる。サキは照準を初代の額に向けた。一撃で射抜く。そのつもりであった。今は麻酔で眠っているはず。一番の好機であった。
右腕の義手は取り外されており、生身の右腕が取り付けられている。
「初代ツワブキ・ダイゴ! 天誅である!」
引き金を引こうとした、その瞬間であった。
「――なんだい、喧しい事だね」
馬鹿な、とサキは思わず硬直する。手術中だったはずの初代は身を起こし、サキを見据えた。麻酔が効いていないのか、と感じたが医師達の狼狽を見るに麻酔が効いていてこの状態なのだろう。
「しょ、初代! 今動かれては!」
「右腕が落ちる、かい? 生憎とぼくだって、この時が一番の隙だって分かっているんだ。だからそんなに即座には動けないよ。ただまぁ、ボックス操作の右腕がないってのは不便だからさ」
初代が左足を持ち上げる。
息を呑んだ。
左足の義足が変形し、膝の部分に義手と同じく転送装置の緑色の光が灯る。
まずい、と判じて身を翻そうとした瞬間だった。
「――行け」
初代が膝から出現したモンスターボールを左手で弾き、ボールが回転しながらこちらへと向かってくる。エンペルトが前に出て咄嗟の防御姿勢を取った。
「プテラ」
現れたのは灰色の両翼を持つ巨大な翼竜であった。化石から復元されるポケモン、プテラがエンペルトへと襲いかかる。エンペルトは鋼の翼で受け止めたがプテラの口腔内がオレンジ色の光に染まっていくのを目にしてサキは声を弾けさせた。
「エンペルト、避けろ!」
「破壊光線」
放たれたオレンジ色の光条が手術室ごと、フロアを焼き尽くす。最大限まで育て上げられたプテラの破壊光線は今までのポケモンの比ではなかった。押し出された形のサキとカゲツが宙を舞う。このままでは死は免れなかったが、跳躍したエンペルトがサキを抱きかかえた。カゲツもダーテングが飛び出してきて受け止める。
吹き抜けのデボン本社を抜けて一階層まで逆戻りさせられたサキは無事着地する。カゲツもダーテングを伴って着地した。
「危ねぇな。あれが初代のやり方かよ」
どうやら幾度となくリョウに煮え湯を飲ませてきたダーテングの主人はカゲツらしい。そうでなければ咄嗟の判断などつくはずがなかった。
「あれが……、初代ツワブキ・ダイゴの力」
プテラを伴い、初代がゆっくりと舞い降りてくる。こちらと戦闘するつもりなのは必至だった。
「孫達が随分と世話になったようだ」
初代の声にカゲツとサキは戦闘本能を研ぎ澄ます。
フロアに爪を立てながらボスゴドラと操っていたオサムというトレーナー。それにアブソルが降りてくる。アブソルを伴い、カゲツは初代を見据えた。
「ここで会ったが百年目、ってか。どっちにせよ、初代。てめぇは倒す」
「不可能だよ。ぼくに勝てるのは世界広しといえどもぼくだけだ」
「かもな。ヒグチ・サキ。あんた戦闘専門じゃないんだろ? 下がっていたほうがいいぜ」
カゲツの声にサキは、「一撃だけ」と応じる。
「試させて欲しい」
思わぬ言葉だったのだろう。自分でも半年前までならば発しなかった。
「エンペルト、ハイドロポンプ!」
エンペルトが前に立ち、両翼で水の砲弾を練り上げたかと思うと一挙に放出した。「ハイドロポンプ」の一撃を初代はプテラに受け止めさせる。効果は抜群のはず。プテラはさすがに高レベルとはいえ少し弱ったようだ。初代は左手に携えた義手を見やる。
「物事は正しい判断で下されるべきだ。今の攻撃は正しい判断ではあった。ぼくの操るプテラでもタイプ相性からは逃れられない」
初代は右腕の義手の掌部分のみ、展開させ今しがた繋がったばかりの右手に装着する。
緑色の光の転送装置が瞬いた。
「すぐに使えるようにしておいて正解だった。さて、プテラではちょっと不利かな。……いや、試してみるか、こっちも」
初代はプテラへと顎をしゃくり言い放つ。
「プテラ、メガシンカ」
まさか、と全員が息を呑んだ。
メガシンカされれば勝つ手段がない。しかし、予想に反してメガシンカは成されなかった。初代は呟く。
「やはり、まだ足りないか。あるいは、ぼくには」
濁したそこから先を追及する前にボスゴドラが突進してくる。
「初代!」
オサムの声が弾け、ボスゴドラの攻撃がプテラへと突き刺さった。プテラの片翼を引っ掴んでそのまま壁へと投げつける。さしものサキでもその強大さには呆気に取られた。ボスゴドラのトレーナー、オサム。一体どれほどの強さだというのか。
「このまま、お前を逃がすわけにはいかない!」
初代は戦闘本能を剥き出しにしたボスゴドラに対して乾いた拍手を送った。
「よくなったじゃないか。少なくとも、見れるようにはなったよ、君のボスゴドラは」
「減らず口を……!」
サキは通信を繋ぐ。このままでは初代との戦闘にもつれ込む。そうなった場合、勝てるかは五分五分だろう。そのために取っておいた手段を講じた。
「聞こえていますか。ヒグチ・サキです。初代に右腕が接合されました」