INSANIA











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原罪の灯
第百三十四話「報われぬ想い」

 海底ケーブル内を駆け抜けるバイク部隊の中でオサムは通信を繋いだ。

『何だ? 今さら泣き言は聞かないからな』

 相変わらずのカゲツの声にオサムは、「違いますよ」と返す。

「僕、半年前まではバイクなんて乗れなかったのに」

 今では手足のように扱っている。バイク部隊の中で実質戦力は自分とカゲツだけ。他の人々はバックアップとデコイの設置だ。

『バイクに乗れたほうが便利だろ?』

「まぁそう言っちゃそうですけれど。でも、マコちゃんも置いて、僕も何やっているのかな」

『何だ、センチな感傷に浸るのは後にしろよ』

 今は、カナズミシティに合流し、デボンに喧嘩を吹っかける事だけを考えるべきだろう。

 トンネルを抜けると学園都市が見えてくる。ネオンライトと夜でも明るい街灯があの街が生きている事を証明していた。デボンという心臓を抱いた街。

「分散する。デコイ設置部隊とは後で合流」

『了解。ご武運を』

 その声を背に聞き、自分が武運を願われる立場になるとは、と自嘲する。

「カゲツさん。帰ったら教えてくれませんか?」

『何をだよ。オレが教える事なんざ、高が知れているぜ?』

「カゲツさんの生まれ育った環境ですよ。ナンクルナイサ、って言葉がどこの言葉なのか一緒に探しましょうよ」

 カゲツは押し黙る。少し踏み入った話だったか、と考えていると笑い声が通信を震わせた。

『いいじゃねぇか。オレも、な。そろそろ親離れしないといけないなって思っていたんだよ』

「親離れって。キャプテンが親じゃ不服なんですか?」

『あの爺さん、いつまでもオレの親のつもりだからな。ある意味では子離れでもある』

 自信満々に言い放つカゲツにオサムはおかしくなる。作戦が終わったあかつきにはゲンジも含めて喋るのもいいかもしれない。

「飲みましょう。ゲンジキャプテンも結構、いけるクチなんでしょう?」

『ああ、あの爺さんはうわばみだぜ』

 それは手強そうだ。苦笑しつつカナズミシティの領域に入った事がヘルメットの内側のヘッドアップディスプレイに表示される。

「ここからは出たとこ勝負」

 デボンへと突っ込むのは自分とカゲツの二人のみ。本来ならばデボンに入った時点でコープスコーズの追撃に遭う事を想定していたが思いのほか静かであった。

『おかしいな。静か過ぎる』

「公安もコープスコーズも、寝ているとか」

『だといいがな……。嫌な予感がビンビンするぜ』

 カゲツは別ルートへと入る。その際、ダーテングを繰り出し、オサムのバイクの後ろに乗っかった。自分はコータス部隊と共に掻き乱し要員だ。

「まずは包囲陣を掻き乱して、その間にデボンに入る腹積もりだったんだけれど」

 おかしい。ゲノセクト部隊が出てこない。いつもならばカナズミに入った時点で警報が鳴るはずだ。

『こりゃ異常事態かもな。初代が右腕を手に入れたっての、嘘じゃなかったのか』

「嘘だと思っていたんですか?」

『そう易々と見つかるなら半年もかからねぇだろ。何かあったに違いないんだ』

 その何か、がこちらの不利益でない事を祈るばかりだ。通信網に割り込んでくる声があった。

『誘導、こっちに任せてちょうだい』

 デボンに入っていたイズミという諜報員の声だった。オサムは問い返す。

「デボンで何があった?」

『詳細は省くけれど、右腕が確保された。このまま緊急オペに移行。初代は手術室よ。叩くなら今だわ』

 イズミの情報と統合するように今度はホムラの声が割り込んでくる。

『こちらホムラ。手術室周辺に警戒すべき対象はいないが、点在しているのが奇妙だ』

「点在? 誰が?」

『ツワブキ家の三兄弟だよ。何でだか手術室近くにはコウヤ、エントランスにリョウ。で、全くの別階層にレイカ、とばらけている。ついさっきの、右腕確保に関しては三人で共謀していたのに、これは変だ』

『襲撃を予期しての事かもな』

 カゲツの声に余計に気が引き締まった。

「だとすれば、こっちの動きが読まれてる事に」

『あーあ、こいつは厄介だぜ』

 カゲツの声にオサムは息を詰めた。

「デボンのエントランスにいるのはリョウ、って言いましたね?」

『ああ、ツワブキ・リョウである事は間違いない。だが、何だって入り口に』

「こっちの動きを警戒して、あえて入り口を選択したか。でも、今さら及び腰になるほど、ヘタレじゃない!」

 バイクの前輪がデボンの正面玄関を噛み砕く。粉砕したガラス片が舞い散り、横滑りにオサムはデボンへと正面から入った。

「おいおい、半年前もそうだが、礼儀を弁えろよ、侵入者」

 情報通り、ツワブキ・リョウがどこかのらりくらりと自分を見つめている。オサムは三つのモンスターボールを放り投げた。

「コータス。一気にいくぞ」

「後ろにダーテングがいるな。お前がダーテング使いか?」

「さてね。こっちも質問に答えてもらおう。初代ツワブキ・ダイゴはどういうつもりだ?」

「どういう、か。そりゃまた難しい質問だな」

「茶化すな。こちらとて急務である」

 初代が右腕の手術を成功させる前に阻止せねば。そのためにカゲツと別行動を取ったのだ。リョウは手を掲げて指を鳴らす。

「しかしまぁ、一人で突っ切ってくるってのは勇気もあるが無謀だな。こいつらがいると分かっていただろうに」

 吹き抜けの階層から飛び出してきたのはゲノセクトを伴ったコープスコーズだ。オサムは周辺警戒をしつつ、やはりかと歯噛みする。

「コープスコーズ……」

「毎回煮え湯を飲まされているこっちとしちゃ、この機会に是非ともお前らを倒したいってのが人情よ。確実な手を選ばせてもらったぜ」

「近くにいれば、倒せるとでも?」

「コープスコーズは一応、オレが育て上げた部隊だ。それなりの自負もある」

 ゲノセクトが砲門を向けて襲いかかってくる。オサムはコータス三体に命じた。

「噴煙!」

 コータスが甲羅から高熱の黒煙をもうもうと上げる。ゲノセクトの表皮が融解し、それぞれ下がっていく。炎タイプのコータスにゲノセクトは不利なはずだ。こうしてじりじりと攻めれば……。そう感じていたオサムの感知野に割り込むようにオレンジ色の光線が一射された。一撃がコータスを吹き飛ばす。

「言っただろ? 毎回煮え湯を飲まされているって。だからこの機会に分からせたいのさ。こっちとの差をな」

 いつの間に出していたのか、リョウは手持ちを携えていた。破壊光線を発射したのはリョウの手持ち、レジスチルだ。

「もう出してくるとは思わなかったな」

「そうかい? こっちはいつだって本気だぜ?」

 レジスチルはギリギリまで温存しておくつもりかと思っていたがどうやらエントランスの守りを任されているリョウは最初から本気らしい。オサムはコータス二体に命じる。

「火炎放射! 鋼ならば炎が痛いはず!」

 しかしそれはスペック上の話だ。レジスチルは放射された炎を片手に生じさせたエネルギーの塊でいとも容易く霧散させる。

「一般ポケモンがこのレジスチルに傷をつけられるとでも?」

 やはりコータスでは無理が生じるか。オサムはこの状態でボスゴドラを出すか迷っていた。ボスゴドラならば左足の加護もある。押し切れる自信があったがこの先、初代も相手取らなければならないかもしれない。戦力は温存しておきたかった。

「コータス、押し負けるな! 連続して火炎放射!」

「言っただろう。レジスチルを甘く見るなって」

 レジスチルはなんと炎の中を臆する事もなく進んでくる。何かが炎を遮っているのだ。その正体を看破する前にレジスチルの腕が振るわれる。地面を這っているコータスが吹き飛ばされた。その膂力は通常ではあり得ない。

「馬鹿力か」

「ご明察」

 格闘タイプの技「ばかぢから」を発揮したレジスチルはすぐさま射程へと進み、コータスの頭部を引っ掴んだ。そのままゼロ距離での破壊光線が放たれコータスが完全に無力化される。ここまでとは思わなかった。リョウは、所詮ポーズとしてレジスチルを持っているのだという見方がネオロケット団の見解だったからだ。

「腐ってもレジ系。甘く見過ぎたな」

「そういうこった。どうする? コータスだけじゃないだろ?」

「ああ、その通りだ!」

 ダーテングが跳ね上がり、手裏剣状の手でレジスチルへと切りかかった。しかしレジスチルの表皮を切り裂く事も出来ない。

「鋼タイプに、悪・草タイプじゃなぁ!」

 レジスチルが即座に攻撃に転じようとするがダーテングはそれを読んだように距離を取った。レジスチルが地面へと拳を振るい落とす。ダーテングの戦闘姿勢を崩すのが目的であった揺さぶりだが、ダーテングはその時は跳躍してレジスチルを蹴りつけた。軽いフットワークにリョウが苦々しい顔をする。

「何てぇ、速さだ! 攻撃がまるで当たらない!」

 それもそのはずだ。既に細工はしておいた。リョウはそれにようやく気付く。夜だというのに汗が滲み出していた。

「陽射しが、強い……?」

「ダーテングの特性は葉緑素。日差しが強い時……」

 コータスを出した時点で天候を制御しておいたのだ。その辺は抜かりなかった。カゲツと示し合わせた部分でもある。

「ダーテングの素早さは二倍だ!」

 オサムの声にダーテングが弾き上がり、レジスチルを蹴りつける。レジスチルが腕で払おうとするが素早さが明らかに足りていなかった。

「馬鹿力の代償か? そんなんでダーテングは捉えられない!」

 ダーテングがレジスチルの背後に回り、その手裏剣型の腕を振り翳す。その瞬間、新緑の膜が発生し、瞬く間に出現した刃の鋭さを誇る葉っぱの群れがレジスチルを覆い尽くした。

「野郎、リーフストームか……」

「そっちと違ってこっちは撃ち放題だ。食らえ!」

 視界を奪った新緑の暴風がレジスチルへと殺到する。リョウは手を払う。

「薙ぎ払え! 破壊光線を充填してそのエネルギー波で攻撃」

 レジスチルが両腕にオレンジ色のエネルギーの波動を溜め込む。それを放たずにそのまま膂力に任せて「リーフストーム」を払い除けた。なるほど、レジスチルほどのポケモンしか出来ない芸当だ。破壊光線のエネルギーを放出ではなく帯電のように用いるなど。

「だが、ダーテング。まだこっちの素早さに対応出来ていない相手を仕留めるのにはちょうどいい」

 ダーテングが何度目かの攻撃を放つ。手裏剣型の手がレジスチルの鋼の表皮を掻っ切った。しかし鈍い音がするばかりで破砕の気配はない。

「何度も言わせるな! レジスチルはそんなやわじゃねぇ!」

 破壊の光条を溜め込んだ腕が迫る。しかし特性を発揮したダーテングが捉えられる事はまずないだろう。

「どう出る? ツワブキ・リョウ。このままじゃ、何も出来ないまま、時間だけを取られるぞ」

 それはどちらにしても避けたいはずだ。リョウは、「レジスチル!」と叫ぶ。レジスチルがリョウの声を受けて両腕を外側に払った。それでも新緑の刃は防げない。またしても一撃、ダーテングが鋼の表皮に傷つける。

「ちょこまかと鬱陶しいんだよ! 何度も引っ掻いたって、ダメージなんざ……」

 その時、レジスチルの体表から鉛色の空気が噴き出した。その現象にリョウは瞠目する。

「何を、やったってんだ……? おい、レジスチル! 動けるよな?」

 その段階になってダーテングが無闇やたらに攻撃していたわけではない事を悟ったのだろう。リョウは怒りを滲ませる。

「何しやがった……」

「レジスチルは鋼の堅牢な表皮を持つ、一見、弱点のないポケモンに映る。だがその実は、レジスチルだって皮膚呼吸しているに違いないんだ。レジスチルの特性を調べ上げた。皮肉にもダイゴのメタグロスと同じ、クリアボディ。能力変化に対応しない肉体だ。でもこっちもメタグロスで事前にその抜け穴くらいは見つけ出している。鋼タイプとはいえ必須なのは皮膚呼吸する部分。個体ごとにばらつきがあるが、何度も相手取った甲斐があった。破壊光線を撃つ時のモニターだ」

 オサムが掲げたのはレジスチルが破壊光線を撃つ際、どこからエネルギーを得ているのか、またどのように衝撃を分散させているのかのデータだ。

「衝撃を分散する際、レジスチルは一定方向から蒸気を噴き出させる。それも、精密検査しなければ分からないレベルだが、その噴き出し口のある部分を何度も引っ掻いてやれば、破壊光線を使うレジスチルの肉体に変化が現れてもおかしくはない」

 オサムの説明にリョウが見る見る間に蒼白になっていく。自分の手持ちが潰された事にようやく理解が追いついたようだ。

「レジスチル! おい! 何にも出来ないってのか?」

「衝撃を減衰するっていう事は、その場所は精密機械並みのはず。そこを何度も荒々しく引っ掻けばどうなるかくらいは予想がつくだろう?」

 たとえ効果抜群の攻撃でなくとも、連続で命中すれば致命的となる。リョウは歯噛みしてオサムを睨みつけた。オサムは涼しい様子で佇んでいる。これでツワブキ・リョウの戦力は潰した。

「さて、ここからは交渉だ。今、初代はどうなっている? 右腕を手に入れた、という情報の真偽、教えてもらおうか?」

 この場での詰問の権利はこちらにある。オサムの声にリョウは、似つかわしくない笑みを浮かべた。追い詰められているはずなのに、口角を吊り上げ笑ったのだ。

「……何がおかしい?」

「いや、こりゃ僥倖だと思ってな。オレも困っていたんだよ。この状況を兄貴と姉貴に気取られず、どうにかして突破する方法というのが」

 どういう意味なのだ。オサムが探っているとリョウは提案してきた。

「なぁ、合い争うのは一旦やめにしないか? お互いに利害は初代の抹殺で一致しているはずだ」

 リョウの言葉はそれこそ意外だった。ツワブキ家は初代を擁立しているのではないのか。

「何でだ……。ツワブキ家にとって初代は必要なはず」

「そうさ、必要だった。いや、オレは結局のところ、必要だと思わされていた、という事かな。……大体、姉貴が悪いんだよ。初代復活と自分を使っての純血のツワブキ家の存続なんて、無茶で狂った計画を建てたのはツワブキ・レイカだぜ?」

 それは初耳だった。初代復活の意味はネオロケット団でも何度か審議されたが結局は不明。初代という力の誇示だと思い込んでいたオサムからしてみればその発想は全くの予想外だ。

「じゃあ、ツワブキ・レイカは自分の遺伝子でツワブキ家とデボンを牛耳るために、初代を復活させたと……?」

「そうだよ、物分りがいいじゃないか。元々姉貴の道楽みたいな部分だ。オレももちろん、賛同する面があったから参加してきたが、正直、姉貴も兄貴もおかしいんだ。狂っているとしか思えない。家族であった人を疑って、それでその人から全てを奪うなんて、絶対に間違っているんだ」

 リョウは何の話をしているのか。確実なのはリョウはツワブキ家のやり方に懐疑的であるという事だろう。

「組め、って言うんじゃない。むしろ逆だな。こっちがお願いしたいくらいだ。オレと休戦して、ツワブキ家の根本をやり直さないか? 初代さえ殺せば、姉貴も分かる。こんな計画はそもそも成立しないんだって」

「……つまりは、お前も初代を殺したい、と?」

「そうだよ。だが知っての通り、初代を守るポケモン達は最強のレベルまで仕上げられている。オレ一人じゃ心許ない」

「ネオロケット団に下るというのか?」

「結果的にはそれでもいいぜ? オレは正直なところ、家にも、会社にも無関心でいたい。一警察官でいいんだよ。オレの将来なんて公安だから安泰だし、下手な事に首突っ込むよりかは、ツワブキ家を離散させてでも、元の平穏な生活に戻りたいってのが本音だ」

 リョウの一意見だ。ツワブキ家の総意ではない。オサムは通信を繋ぎカゲツに真偽を問うた。

「こちらオサム。今の、聞いていましたよね?」

『ああ。大分きな臭くなってきやがったが、この場合こっちが交渉の優位に立っている。どんどんとリョウにとって不都合な条件をぶつけてやれ。それで真意が分かる』

 オサムも同意見だ。リョウにいくつか質問をする。

「初代を抹殺したい、と言ったな? ならば聞く。初代殺し、そもそもの大元の犯人は誰だ?」

 最も重大な問い。オサムの言葉にリョウは戸惑った。

「オレが知るわきゃないだろう。だって、そんなの、誰も分かっていないんだから」

「誰も分かっていない? 初代でさえもか?」

「……そのはずだろう。兄貴は、初代の記憶と記録に齟齬があるって言っていたけれど……」

 記憶と記録に齟齬。誰かが意図的に初代の完全復活を阻止した。この場合浮かぶのは一人だけだ。

「ツワブキ・イッシン……」

 彼が何らかの介入を行い初代復活計画に水を差した。それだけではない。初代に関わる重大な秘密を知っているはずだ。

「答えろ! イッシンは何で初代を完全復活させなかった? お前らの背後に動いているのは何だ?」

「背後って……。オレも知りたいくらいさ。兄貴と姉貴が何を考えて初代再生なんて無茶をやろうとしたのか、なんて。最初からオレは無理だと思っていたんだ。死んだ人間を復活させるなんざ」

「だが、ツワブキ・ダイゴの名付け親はお前だと聞いた」

「あれは悪趣味な冗談だっての。あいつの境遇を……言っちゃ悪いがからかったんだよ。他意はない」

 フラン・プラターヌである事を知っていたのは言うまでもないだろう。その上でツワブキ・ダイゴとして扱ってきた。この男も充分に重罪だ。

「お前のやり方とレイカのせいでいくつもの命が蹂躙されてきた」

 怒りの矛先を向けようとするとリョウは困惑する。

「待て、待てって。Dシリーズについてか? そりゃ悪かったと思っている。だが、事の発端は姉貴が……」

「姉貴姉貴って、お前は何だ! 責任逃れの言葉ばかり並べて!」

 オサムは怒りが爆発しそうだった。全ては初代再生のために。自分と同じ境遇で死んでいく人々を何人も見てきた。自分は運がいいだけ。たまたまディズィーとマコに出会い、その後を生き延びただけの話。他のDシリーズと同様、死の呪縛からは逃れられなかったかもしれないのだ。

「……悪かったよ。オレの命程度じゃ、慰めにもならないのは分かっている」

「では、どうする? 今すぐ破壊光線で初代を焼き殺すくらいはしてもらえるのか?」

「したいのは山々だが、破壊光線程度じゃオペ室まで届かねぇよ」

 事前に仕入れていた初代の手術。そこまで話したという事は、もうリョウは戦力としてはツワブキ家に数えられていないだろう。オサムはカゲツに問い返す。

「どうします? こう言ってはいますが……」

『オレは別口からそっちに合流する手はずを整えている。ダーテング使いはお前だと信じ込ませろ。そうするのが一番、リョウにとっては痛いはずだ。ツワブキ・コウヤを押さえる。コウヤは今、別棟にいる』

「別棟……? コウヤは何をしているんです?」

『分からん、が、こっちも初代の意に沿うている感じではないな。初代のオペを防衛しているのはレイカだけだぞ。今なら、初代に仕掛けられる。千載一遇のチャンスだ』

 メガシンカしてカゲツが仕掛ければ一撃で仕留められる。オサムは首肯し、「そっちは頼みます」と声にした。

「ツワブキ・リョウ。レジスチルに攻撃命令を出せば、すぐさま首をはねる」

「分かっているよぉ。オレはもう戦えねぇ」

 どちらにせよレジスチルを即時に回復するのは不可能だ。ダーテングがリョウの首筋に狙いを定める。リョウは目を戦慄かせた。

「ま、まだ殺すとか言わないよな?」

「ああ、まだ、な」

 だがこの男もいつ裏切るかは分からない。オサムは慎重を期す必要があると感じた。

「まずは初代のオペ室だ。お前が先導しろ」

 リョウはレジスチルを伴ったまま、エレベーターに乗ろうとする。当然、重量オーバーだ。

「レジスチルは仕舞え」

 オサムの指示にボールへとレジスチルが戻される。これで即時の対応は出来まい。

「オレ、このままじゃ姉貴に殺されちまう……」

 情けない声を上げるリョウを尻目にオサムは情報を統合していた。この状況下で、どうしてコウヤは別行動を取る? リョウはコープスコーズの指示、及びエントランスの防衛任務は分かる。だが本当にそれだけか? レイカに関しても初代を一番に必要としている点でハッキリしているものの、コウヤだけが不明だ。そして、この状況でも行方の知れないイッシンはもっと不気味だった。

「イッシンはどこにいる?」

「知らないって。親父はオレ達の前に出るのを嫌っている。おおかた暗殺を警戒しているんだろうが」

 暗殺。初代再生を歪めたのだからあり得ない話ではない。

「初代の右腕は、誰が所持していた?」

 それが白日の下に晒されたから、この三兄弟は動いたのだ。リョウは弱々しく口にする。

「うちの家政婦の、コノハさんだよ……。あの人が右腕の所有者だった。姉貴の話じゃ、ネオロケット団側のDシリーズを殺して奪ったそうだ。でもよ、オレには信じられない。コノハさんはいつだってツワブキ家の事を思って働いてくれていた。あんな人が、ただ単に復讐心のために動いていただなんて」

「復讐心? そのコノハとかいう人物が何で?」

 繋がらない事実に疑問を浮かべているとリョウは静かに語った。

「コノハさんは、フラン・プラターヌの恋人だった。フィアンセだったんだとよ。それをオレ達が奪った。だからその復讐のためだけにあの人は忠実な僕を演じていた、って。でも、そんなの信じられるか! コノハさんは、いい人だったんだぞ! だって言うのに、二人とも身勝手だ。あの人を人間とも思っちゃいない」

 二人とも、という言葉にコノハの正体を知ったのがコウヤとレイカである事を確信する。

「待て、二人とも、と言ったな? 今まで右腕を隠し持っていた人間を、デボンがただ単に逃がすとは思えない」

 リョウは一呼吸置いてから応じる。

「……兄貴が処理するって、言い出した。あの人は、いつだって……」

 一人離れているコウヤの目的が分かった。コウヤはコノハがネオロケット団に繋がっていると考えて拷問しているのだ。すぐさまカゲツに繋ぐ。

「コウヤの目的が分かりました。右腕所有者の拷問です」

 詳細を聞かせるとカゲツはすぐさま応じた。

『なるほどな。デボンらしいっちゃらしい。オレはコノハとかいう女を助ければいいんだな?』

「ええ、右腕の所有者です。見殺しはあまりにも……」

 今まで初代の完全復活を妨げてきた功労者だ。殺させるわけにはいかない。それにはカゲツの同意も得た。

『オサム。そのままツワブキ・リョウを見張れ。オレはこっからならコウヤのほうが近い』

「直接対決ですか? ですがあまりにも……」

 コウヤの戦力は読めていない。それでもカゲツの声音にはやると決めた男の潔さが滲み出ている。

『なに、ちょっくらヒーローになってくるぜ』

 それを潮にして通信が切られた。らしいといえばらしい。カゲツの行動を別の端末でモニターしつつオサムはリョウへと声を振り向けた。

「待っていろ。お前らの行動の報いが、必ず来る」


オンドゥル大使 ( 2016/03/15(火) 21:16 )