第百三十三話「死狂い」
「俺の戦い、と聞こえたような気がしますが気のせいでしょうか」
プリムの余裕のある態度にダイゴは何かを隠し持っていると感じ取る。そうでなければ実力者である二人がメガシンカありでここまで押されているはずがない。
「プリムさん。今までの俺との戦いで、見せていないものを二人に試しましたね?」
確信めいた声音にプリムは微笑む。
「メガシンカを使える、という事は実力者。私が本気を出しても、構わないと判じたのです。しかし、ツワブキ・ダイゴ。見るにまだメタグロスのようですが」
自分の手持ちはメガシンカしていない。メタグロスのままだ。ダイゴは強い語調で応じた。
「俺も、メガシンカなしでここまで来ました」
「なるほど。カゲツがやられたのですね」
すぐさま察したプリムがメガオニゴーリを振り仰ぐ。今しがた直撃した「コメットパンチ」による打撃だったが、すぐさま氷の表皮が再生される。
「自己再生、じゃないですね。自然に治癒してしまう」
「そうですね。今程度の攻撃なら、氷の表皮の薄皮を剥いだだけ。パンチを撃つならもっと強く撃って来るのでしたね」
挑発とも取れる発言だったがダイゴは冷静だった。
「ここは完全にあなたのものの氷のフィールド。メガシンカして、なおかつタイプ上も相性のいい二人がここまで苦戦する。何か、隠し玉がありますね」
プリムは口を開こうとしない。クオンは少しの躊躇いの後に声にした。
「ダイゴ、時間を凍結出来るのよ」
クオンのほうへと振り向き、どういう意味か問い返した。
「それは、クオンちゃん、どういう」
「言葉通りだよ。プリムは、時間まで凍らせられる。範囲は恐らく任意。このフィールド内ならどこでも。一回に凍らせられる時間範囲までは絞れていないけれど多分、五秒かそこら」
ディズィーの顔には苦虫を噛み潰したような悔しさが滲んでいる。彼女はプリムにしてやられたのだろう。メガクチートも氷の攻撃を何度か受けたのが窺える。
「だとすれば、俺はその時間凍結とやらに気をつければいいんですかね」
「気をつける、つけないではありませんよ、ツワブキ・ダイゴ。もうそこに立っている時点で、時間凍結の虜です」
メガオニゴーリが空間を歪め、凍結範囲を広げる。攻撃が来る、と身構えたダイゴは直後に大写しになった巨大な氷柱に瞠目した。
「いつの、間に……」
「それが時間凍結だ! 今、オイラ達には生成される氷柱が見えていた。でもダイゴには見えていなかった!」
「メタグロス!」
メタグロスの腕が動き、氷柱を破砕する。今のはわざとメタグロスに破壊出来る程度の時間で、その程度の氷柱だった。しかし今のがもし反応出来ないタイミングで、なおかつ容易く破壊出来ない氷ならば……。
怖気が走る。これがプリムの隠し技、時間凍結。
「味わいましたか? さて、今一度聞きます。私に、それでも立ち向かいますか?」
恐らくは最後通告だろう。ダイゴは息を詰める。メタグロスは未だにメガシンカは出来ない。一縷の可能性に賭けるには不完全だ。
「ダイゴ。あたしは、降参したほうがいいと思う」
クオンの思わぬ言葉にダイゴは振り返る。
「でも、ここまで来たんだ。俺は、諦めない」
「でも、時間を凍結させられる相手に、どうやって勝つって……」
時間凍結。だが、代償も何もないはずがない。何か、相手にとって不都合な技でもあるはずだ。そうでなければ、時間凍結で攻撃出来る範囲は全て攻撃してしまえばいい。
今、何が起こったのか。それを整理する。
自分の時間が凍らせられた。メタグロスも咄嗟の反応だったところを見ると、自分とメタグロスに同時に、だろう。
だがディズィーとクオンには見えていた。その証拠にディズィーが氷柱の生成は見えていたと言っている。
範囲に限りがあるのか。あるいはタイミングか。オニゴーリが強力な氷技を持っているのは先に戦った自分は知っている。もっと素早い攻撃法法があるはずだ。冷凍ビームも、氷のつぶても、何故使わない?
どうしてまどろっこしい攻撃ばかりで攻める?
ダイゴの脳裏にとある推測が浮かんだ。しかし実証する術がない。どうやって、と考えを巡らせる。この推理が当たらなければ、時間凍結を破る術は永遠に失われる。
「クオンちゃん。ディズィーさん。俺が殺されそうになったら、それでも守ろうとしないでください」
思わぬ提案だっただろう。二人ともうろたえた。
「守ろうとしないでって、それってどういう事さ! 死ぬかもしれないってのに!」
「ダイゴ、それは無茶だわ! 一人で勝とうって言うの?」
「違う。それほどまでにうぬぼれちゃいない。俺のやる事に、一回きりでいい。黙って見ていて欲しい」
この推測が当たらなければ時間凍結を破れないだろう。
「相談の時間は、終わりましたか?」
ダイゴは攻撃的な眼差しを向ける。
「ええ。勝つ算段はつきました」
プリムは雅に微笑む。
「おかしな事を言うのですね。勝つ、というのはこの状況で相応しくない」
「どうでしょうか。ひょっとすると、これが時間凍結の、唯一の弱点かもしれない」
「減らず口を。メガオニゴーリ、攻撃」
メガオニゴーリの角が水色に輝き光線の発射を予感させる。ダイゴはメタグロスに命じていた。
「コメットパンチ! 標的は……」
メタグロスが腕を掲げる。その攻撃の向かう先は――。
「トレーナー本体だ!」
推進剤が焚かれ、拳が発射される。それとメガオニゴーリの攻撃は同時だった。プリムを狙った「コメットパンチ」にメガオニゴーリがどう反応するか。
なんとダイゴへと狙いを定めていた「れいとうビーム」が偏向し、プリムの眼前に壁を作った。壁へと銀色の拳が突き刺さる。
「残念でしたね。無駄な攻撃を」
「いいえ。今ので確信した。時間凍結の代償は、プリムさん、あなた自身がその対象外である事」
クオンが呆気に取られたように口を開いている。ディズィーも、「どういう事さ」と問い詰めた。
「時間凍結で止められる範囲にいなければならない存在はポケモンであるメガオニゴーリともう一つ、トレーナー自身。その時、トレーナーの時間認識も止まっている。その可能性に賭けたんです。つまり一番の弱点は、時間凍結中にトレーナーを攻撃される事。その時、何かしら不備が生じるはずです」
「不備、って……」
「ご明察、と言っておきましょう」
プリムが指を鳴らすと氷の壁が拡張して銀色の腕を押し返した。ダイゴは大人しくそれに従う。プリムは左胸を押さえた。
「時間凍結中は、私の心臓の脈動が完全に静止します。つまり、私は無反応状態になるという事です。それを何度も続けてくれば、身体にも負荷がかかる」
クオンとディズィーが息を呑む。つい先ほどまで、それほどの無理を強いて戦っていたとは思えなかったのだろう。
「そんな、そんな無茶をしてまで」
どうして、という意味を含んだ問いかけにプリムはフッと笑う。
「戦いに、毎回命を賭けているからですよ。私は戦いの中ならば死んでもいいと思っている。それが正しく、なおかつ真剣勝負であればあるほどに、その中ならば私は死ねる。この命、惜しくはありません」
あまりに苛烈な覚悟にディズィーとクオンは黙りこくっていた。しかし自分には分かる。戦いの中でしか意味を見出せない生も存在する事を。
「プリムさん、あなたは俺にそっくりだ」
「私も、貴方は私にそっくりですね」
二人して笑みを浮かべる。その笑みにディズィーは呟いていた。
「イカれている……」
「イカレちゃ、いませんよ。これはただ単に、戦闘の中でのみ、己の生を実感出来る死狂いの人間の話」
「ああ、俺も、そうだった。だから分かる。プリムさん、決着は俺達でつけるのが正しい」
ダイゴの声にプリムは高らかに宣言する。
「次の一撃は、角三つを使った全力の冷凍ビーム。それを貴方一人を殺すためだけに放ちます」
そう宣言したからにはこっちも返す言葉は一つ。
「次の技はアームハンマー。冷凍ビームが命中する前に、メガオニゴーリを打ち砕く」
メタグロスが四足を広げて浮遊し、メガオニゴーリの射程へと接近する。メガオニゴーリは全く邪魔をしなかった。射程に入ったところでプリムは声にする。
「時間凍結を行います。貴方は反応出来ない」
「俺は、確かに反応出来ないかもしれない。でもメタグロスの撃つ拳の連打のほうが速かった場合」
「メガオニゴーリは敗北する。いいですね、とてもいい」
もう後には退けない。ここで負けるのは死をも意味する。だがどちらにせよここで勝てなければ自分に後はない。勝つ事でしか、自分の意義を問いかけられない。
「メタグロス! アームハンマー!」
メタグロスが腕に力を込める。その拳が放たれる瞬間、プリムが手を振り翳す。
「時間凍結、次いで冷凍ビーム!」
瞬間、ダイゴの中の時間が凍りついた。何も見えず、何も聞こえない。この状態で攻撃が撃たれれば確実に死ぬだろう。だが同時に確信している。メタグロスは負けない。攻撃は届いている、と。
時間凍結が解除される。
ダイゴは喉の奥から雄叫びを上げていた。
その時には既に決着がついていた。
眼前まで迫っていた冷凍ビームが霧散する。メガオニゴーリの全身に亀裂が走り、中から氷の粒が迸る。落下したメガオニゴーリからエネルギーの皮膜が弾け飛び、メガシンカが解除された。
プリムが膝をつく。ダイゴは思わず駆け寄っていた。
「無茶をするから……」
ダイゴの声にプリムは息も絶え絶えに口にする。
「真剣勝負ですから……。手を抜くわけにはいかないでしょう?」
この勝負、ほとんど我慢比べであった。最後の最後に自分の手持ちを信じ切って全てを託したダイゴと、自分の能力と手持ちに自負のあったプリム。どっちの意地が勝つかだけの勝敗であった。
「プリムさんは……」
クオンの不安げな声に、「大丈夫」とダイゴは返す。
「相当疲労が溜まっている様子だけれど、今どうこうなる状態じゃない」
プリムは項垂れつつ呟く。
「また、鍛え直しですね。ツワブキ・ダイゴ。知っていますか? とてもおいしいちゃんぽんのお店が、ホウエンにある事を」
この場には似つかわしくない言葉にダイゴが黙りこくっているとプリムは笑った。
「そこで今度は大食い勝負でもしましょう。熱いちゃんぽんがとてもおいしいんです。汗だくになって食べると、余計に……」
プリムが瞼を閉じる。クオンとディズィーが声を上げた。
「プリムさん?」
「眠っただけだ。大丈夫だろう」
ダイゴはその場に寝かせて次の階層へと続く階段を見据える。
「次に待っているのは四天王最強の男……」
「ネオロケット団のキャプテンであり、四十年前のポケモンリーグの生き証人でもある」
続いたディズィーの言葉にダイゴは頭を掻いて、「すいません」と謝った。
「何で謝るのさ」
「だって割って入ったみたいなもんですし。後から来て勝ちを掻っ攫うなんて」
「そんな。ダイゴがいなかったらきっとあたし、諦めていたよ」
「まぁ結果オーライだね。戦いが終わったらみっちり恨み言は言わせてもらうよ」
その言葉には苦笑いを返すほかない。
「さぁ、行こうか。最後の四天王だ」
ディズィーの声にダイゴもクオンも気を引き締めた。