第百三十二話「時よ凍れ」
プリムはまだポケモンを出さない。それどころかモンスターボールを掴みもしない。ディズィーは声にしていた。
「そっちの理屈とか美学は勝手だけれどもさ。こっちはポケモン出しているんだ。もうそっちも出すべきじゃないのか?」
「分かっておりませんね。挑戦者が先にポケモンを出すのは分かります。ですが、それを迎え撃つ私が、後に出すのは別にマナー違反ではないでしょう?」
「なら……やられても文句は言えませんね?」
指輪をつけた手を振り翳す。連続でのメガシンカは初めてだ。果たしてどれほど持つか。クオンの懸念を他所にプリムはゆったりと、ようやくモンスターボールを出した。
「メガシンカ、メガディアンシー」
メガシンカを遂げた相棒のポケモンがダイヤの剣を掲げる。こちらは岩・フェアリー。相性上、有利を打てる。
「こっちもメガシンカさせる」
ディズィーのクチートがメガシンカし、メガクチートが角を振り回す。
「さぁ、出しなよ」
ディズィーの挑発にもまだ、プリムは出そうとしない。その行動がディズィーの逆鱗に触れた。
「……そうかい。あくまでも嘗めてかかっているんなら」
メガクチートが空間を駆け抜ける。鋼の攻撃が生身のプリムを襲うかに思われた。
「怪我しても知らないよ!」
その直後であった。
全てが凍て付いた。
時間も空間も、攻撃動作に移っていたメガクチートも、ディズィー本人も。その呪縛から逃れていたのはクオンだけだった。
どうなっているのか分からない。ただ一つ言える事は、プリムの繰り出したポケモンが瞬時に全てを凍り付かせたという事実だけ。
「行きなさい、オニゴーリ。格の違いを見せてあげましょう」
オニゴーリの凍結にプリムが言葉を添える。それだけで凍結が解除された。鋼の角を振るったメガクチートはその場に獲物がいない事にようやく気付く。
「どこへ行った?」
ディズィーにも見えていないのか。プリムはただ三歩ほど、後ずさったに過ぎない。それだけだ。自分にはハッキリと見えていた。だというのに、何故ディズィーには見えなかった?
「今の凍結。わざとそちらの、ツワブキ・クオンさんには見えるようにしておきましたが、いかがですか? これでも私と、戦う気がありますか?」
勝てる勝てないの次元ではない。相手が何をしたのかまるで分からない。恐れが這い登ってくる。一体、今、何が行われた?
「クオっち? 何かあったって言うのか?」
ディズィーは先ほどの現象を理解していない。その事実が恐ろしい。メガシンカしていないポケモンの凍結攻撃のはずだ。しかし、ただの凍てつかせる技ではなかった。
「……ディズィーさん。あたし達じゃ、勝てないかもしれません」
クオンの弱気な発言に、「何で」とディズィーは反抗する。
「クオっちらしくない。今はたまたまメガクチートの攻撃がぶれただけだろう。今度は当てる」
違うのだ。たまたまぶれたなどという生易しいものでは断じてない。ハッキリしているのは、相手は時間さえも凍結させられる事だ。
「正攻法じゃ無理かもだけれど、メガクチート、相手は隙だらけだ!」
メガクチートが跳ねる。鋼の攻撃がオニゴーリに叩き込まれようとした。オニゴーリが緩慢な動作で攻撃の照準を合わせようとする。ディズィーは鼻を鳴らした。
「そんな遅さで!」
次の瞬間、またしても凍結が巻き起こる。メガクチートが空間に縫い止められたように動けなくなっている。クオンは恐れのあまり立ち向かう事も出来なかった。
「あら? 動けませんか? 貴女には時間凍結を行っていないはずですが」
時間凍結。
そのような恐ろしい攻撃をこのトレーナーは見舞っているのか。オニゴーリがメガクチートに照準する。プリムが指を鳴らすと「れいとうビーム」が一直線にメガクチートを捉えた。効果は今一つだがメガクチートが攻撃範囲から押し出される。
「惜しい! もう少しだったのに」
違うのだ。もう少しなどでは決してない。オニゴーリは時間を凍らせられる。言わなければ、とクオンは感じたがどう説明すればいいのだ。時間凍結をさせられれば自分とて一瞬後にはやられているかもしれない。
「……どうした、クオっち? 顔色が悪いよ」
どうやって伝えればいい? クオンはもう自分が立ち向かうしかないのだと判断した。
わざと自分に時間凍結を見せたのだ。ならば自分と真っ向勝負するもつもりだろう。クオンが攻撃の眼差しを向けたからだろう。プリムはようやく戦闘の気配を帯びさせた。
「そこのツワブキ・クオンとの一対一ならば、請け負いましょう」
「意外だね。二体一が怖いのかい?」
そのような弱小さは決してない。二体一だろうが三体一だろうが関係がないだろう。時間凍結を打ち破り、何としてでも肉迫せねば。クオンはメガディアンシーに命じた。
「ダイヤの剣を主軸に、接近戦を!」
跳ね上がったメガディアンシーが剣を突き出す。オニゴーリが光線を一射して視界を妨げようとするがメガディアンシーはするりと回避してオニゴーリの射程に入った。ここで時間凍結されればお終い。しかし二人ともに時間凍結を見せるわけがないと感じていた。自分にだけ見せたのは理由があるはずだ。
メガディアンシーの剣がオニゴーリの薄氷の表皮へと食い込む。ダイヤの剣はそう簡単に砕けない。オニゴーリへと間断のない攻撃を刻み付ける。
オニゴーリは感知網が薄いのか、判断が鈍かった。「れいとうビーム」での攻撃も慣れてしまえば避けられない範囲でもない。放たれた水色の光条を背にしてメガディアンシーの剣がオニゴーリの額へと突き刺さる。
勝った、と感じると同時にこんなに容易く? という疑問があった。
「やった!」とディズィーが声にする。
違う。こんなに簡単に勝てるならば、時間凍結など見せるものか。
「よくぞ、そこまで追い詰めてくださいましたね」
プリムの声音にクオンは冷水を浴びせかけられたようにぞくりとする。プリムが手を差し出した。爪の一つが虹色に輝いている。爪にキーストーンを組み込んでいるのだ。輝きがオニゴーリを包み込み、紫色の甲殻がエネルギーを放出する。
「――メガシンカ、メガオニゴーリ」
咄嗟に飛び退いたメガディアンシーとクオンにはメガオニゴーリの姿が大写しになった。
顎が外れたようになっており、角も額から突き出て三つになっていた。禍々しささえ感じさせるメガオニゴーリがすっと地面に降り立つ。
何をするつもりなのか、と勘繰っている間に茶色の波紋が浮かび上がった。ディズィーが即座に判じる。
「地震だ!」
地面タイプの攻撃は効果抜群。それを受けるわけにはいかなかった。ディズィーとクオンはそれぞれ回避を命じる。その瞬間であった。
「時間凍結」
メガディアンシーとメガクチートが動きを止める。ディズィーも同様に硬直していた。
「まさか……。そんな……」
「その通り。最初から貴女達の力をはかるためにわざとこういうやり方を取ってきました。地震を撃てば警戒される。ですが、時間凍結を警戒していた貴女からしてみれば、こちらは予想外だったかもしれませんね」
地面を捲れ上がらせながら「じしん」がメガクチートとメガディアンシーに襲いかかる。その直後、時間凍結が解除された。
地面を揺らす攻撃がメガクチートとメガディアンシーの装甲を打ち破り、内部骨格にダメージを与える。
回避したはずの自分の手持ちが攻撃を受けていてさすがにディズィーもおかしいと感じたらしい。
「どうなっているんだ……」
「教えて差し上げればどうですか?」
プリムの声にクオンは信じられないながらも口にしていた。
「ディズィーさん。相手は、時間を凍らせられるんです」
意味が分からなかったのだろう。ディズィーは聞き返す。
「何だって? 時間……」
「恐らく凍結技の最たるものでしょう。時間を凍らせて、メガクチートとメガディアンシーから防御を奪った」
その言葉にディズィーが声を張り上げる。
「そんな! そんなの無茶苦茶だ!」
「無茶苦茶? 本気でそう仰っているのですか?」
プリムの落ち着きようにディズィーは神経を逆撫でされたらしい。
「だって、そんなのポケモンの範疇を超えている……!」
「いいえ。私がどうしてこのホウエンで四天王に上り詰めたのか、それを考えれば何らおかしくありません」
どうしてホウエンで氷タイプを極めたのか。フヨウも言っていた。何故、ホウエンなのか。
「私は元々、寒冷地の出身。シンオウで育ちました。シンオウは冷気に満たされた土地であり、氷タイプを育てるには適しています。ですがその地域の特色に胡坐を掻き、私は一時期敗北に敗北を重ねました。シンオウでは勝てない、と感じたのもその時です。このまま地域の特色に頼っていては駄目だと。もうジムリーダー相当の実力と、そのポストが約束されていましたが、私はそれを蹴って単身、ホウエンに向かいました。ホウエンは温暖な地方。当然、氷タイプが活躍出来る土壌なんてなかった。でも、私はそれこそ血の滲む努力で氷タイプをこのホウエンで勝てるようにしました。その結果、編み出したのが氷の極地。時間を凍らせるこの技です」
つまり最初から得ていたのではなく、努力の賜物。その説明にディズィーもクオンも押し黙っていた。それほどの強さを誇っている人間に「嘗めている」などと言っていたのか。
「時間凍結を破る術はありません。どうあっても、一度凍結の虜になれば、もう逃れられないのです」
「そうかな……。オイラ達は勝ちに来た。どれだけ時間を凍らせる術が凄かろうとも」
その通りだ。勝つ。それ以外を考えてはいない。
「プリムさん。あなたの強さは分かりました。でもあたし達は、それを超えるために」
メガディアンシーがダイヤの剣を構え直す。メガクチートが鋼の角を振るい上げた。
「そう、ですか。残念ですね。ここで潰えるとは」
「潰えるだなんて!」
「決まっちゃいない!」
メガディアンシーとメガクチートが一斉に襲いかかる。相手はメガオニゴーリ一体。挟み込めば、と二手に分かれた。
「時間凍結っての、それは一点にのみ有効な戦術だと感じた。だからこうして、二手に分かれれば」
「どっちかしか防御出来ない」
挟み撃ちが有効なはずだ。メガクチートが鋼の角を振り上げ、メガオニゴーリに肉迫する。しかしメガオニゴーリはその巨体に似合わぬ素早さでメガクチートの一撃を避けた。
「メガオニゴーリが遅いと、誰が言いましたか?」
額の角が輝き「れいとうビーム」が放たれる。三つの角からそれぞれ放たれた光線をメガクチートが鋼の身体で防御した。
「クオっち!」
「分かって、ます!」
躍り上がったメガディアンシーがダイヤの剣を振り上げる。振り返ろうとしたメガオニゴーリへとメガディアンシーが片手を開いた。
「ダイヤストーム!」
放たれたダイヤの嵐がメガオニゴーリの視界を塞いだ。これで時間凍結しようとも即座には動けないはずだ。
「ディズィーさん!」
「あいよ!」
角を振り上げてメガクチートが重い一撃を見舞おうとする。逃れてもメガディアンシーの剣が突き刺さる。
今度こそ勝利を感じ取った。
その瞬間、時間が止まった。時間凍結でメガクチートが空中で止まっている。メガディアンシーも攻撃の途中だった。
「何度も言いますが、私はホウエンの地で氷タイプを極める事を自身に課した。その決断は生半可なものでは決してない。時間凍結中は他の攻撃が出来ない。だから挟み撃ちだ、というのは、とてもいい線をいっていると思います。そうすぐに判断出来る戦術でもない。貴女方は強い。認めましょう。ですが、これだけは言っておきます」
プリムが指を立てる。するとメガオニゴーリの三つの角がそれぞれ照準を定めるように蠢き、メガディアンシーとメガクチートを捉えた。
「――私のほうが、貴女方よりも強い」
それぞれの角から放たれた氷結の光線がメガディアンシーとメガクチートに直撃する。クオンが声を上げた後にディズィーがようやく気付いてハッとする。
「オイラ……、全く見えなかった」
時間凍結の効果があるのは少なくとも一人のトレーナーと二体分のポケモン。プリムが時間凍結を完全制御に置いているのならばそれ以上かもしれない。クオンは震撼した。四天王を完全に嘗め切っていた。
「どうします? このまま無為な戦闘を続けますか? それとも、退散しますか?」
「冗談……、クオっち! 今度も挟み撃ちで」
ディズィーの声が止まる。クオンは目を戦慄かせた。ディズィーにのみ時間凍結が行われている。メガクチートとメガディアンシーはそれぞれ時間凍結の外だった。
「メガオニゴーリ、攻撃」
手を開いたプリムが命令し、メガオニゴーリの「れいとうビーム」がディズィーへと直進する。クオンは叫んでいた。
「メガクチート! メガディアンシー! ディズィーさんを!」
メガクチートが飛び跳ねて光条を遮る。メガディアンシーがディズィーの前に出て拡散した粒子を断ち切った。
その段になってようやく、ディズィーは自身に起こった変化を認識する。
「あれ……オイラ……」
覚えず歯噛みした。プリムはまだ時間凍結の奥の手を隠し持っている。トレーナーだけを狙って時間凍結が出来る。それはつまり、命令系統を無茶苦茶に出来るという事だ。
「これでもまだ、戦いますか?」
これ以上の戦闘は無意味だと告げている。実際、今だって狙おうと思えば二人のトレーナーを狙えたのだろう。このままでは自分の手持ちに主人を守らせながら戦わせるという醜態を演じさせる事になる。
「あたしは……」
ここで降参すればまだそのような泥仕合にならずに済む。クオンは諦めの声を発しようとした。自分のためにもディズィーのためにも、今はよくない。ここは一旦退くべきだ。
「クオっち! 何言ってるのさ! オイラが狙われた程度で」
「違うんです、ディズィーさん。プリムさんは、あたし達両方を相手取っても、まだ余裕があるんです。時間凍結を、行おうと思えばあたし達二人共にかけられる。そうなった場合、メガクチートにも、メガディアンシーにも誰も命令出来ません……」
四天王はフェアプレーを望む、という一方的な押し付けは甘かった。これから先、戦うのは道理の通じないデボンという巨大企業。その中核たる初代は最強のトレーナー。それと肩を並べるのに、律儀にルールを守っていてどうする。
「あたし達は、不利なんですよ」
言いたくはなかったが認めざる得ない。この状況、二体一を全く活かせていないばかりか、お互いの足を引っ張る事しか出来ない。ディズィーはすぐさま察知し、「でもさ……」と声にする。
「だからって、ここで終わるっての? ここまでだって言うのか」
それはクオンとて悔しさはある。だが自分達の実力が伴っていないのだ。時間はない。今日にでも四天王を攻略しなければもう悠長に構えてもいられない。だが弱いのならば、強者に歯向かう事さえも出来ない。
「あたし達は、ここで棄権を――」
「それには及ばない」
放たれた声にクオンは顔を上げる。
直後、鋼の腕が推進剤を焚いて真っ直ぐにメガオニゴーリへと直進した。メガオニゴーリが空間を凍結させて防御しようとするもその勢いを殺せずに拳がめり込む。初めて、メガシンカ状態の相手が傾いだ。
「……来た、という事なのですね」
振り返る。
階段を一歩、また一歩と上ってくる影に見覚えがあった。銀色の髪、赤い双眸。今は戦闘の神経を研ぎ澄まし、鋭い眼光を滾らせている。
「ダイゴ……」
ツワブキ・ダイゴが、四天王プリムの間に訪れていた。
「待たせてゴメン。ここからは、俺の戦いだ」