INSANIA











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原罪の灯
第百三十話「月に吠えろ」

 メガシンカした。ダイゴは息を詰める。

「ディズィーさん、クオンちゃん。ここから先に行ってください」

 その決断に二人とも戸惑う。

「何で、メガシンカした相手なら余計に一人で戦うのは危険じゃ」

「だからこそ、です。俺一人じゃ、ここを突破出来るか分からない。俺達全員が、四天王を突破出来ればいいんですよね?」

 最悪の場合、自分はカゲツだけを道連れに出来れば。その考えにカゲツは鼻を鳴らす。

「まぁな。この戦いの間にフヨウとプリム、それにゲンジの爺さんがやられれば、お前らの勝ちだ。……もっとも、そんなにやわなのが四天王だとは思わないで欲しいがな」

「行ってくれ」

 ダイゴの声に慎重に慎重を重ねた上の決断だと察したのだろう。クオンが前に出た。

「負けないで」

「分かっている」

 ディズィーが遅れながらダイゴに声を振り向ける。

「言っておくけれど、ここで負けるんなら、最後まで行ったところで一緒に戦うのは願い下げだから」

「分かっています」

 クオンとディズィーが駆け出す。カゲツはその進路を邪魔する事もなく、二人を次の階層に通した。

「邪魔しないんですね」

「オレが、そんな偏狭な人間に見えるか?」

「いえ、とても真っ直ぐな人間だと」

 言葉を交わし合い、カゲツは笑みを浮かべる。

「てめぇも、読めねぇな。最初っからこのつもりなら、何で戦う様を見せた? あいつらを先に通したほうがいいじゃねぇか」

「俺の覚悟です。メタグロスでも大丈夫だって、彼女達には知って欲しかった」

「なるほどね。確かにさっきのは一杯食わされた。だがよ」

 メガアブソルが姿勢を沈めて構える。カゲツの次の声を待っていた。

「トレーナーの頂点に立つ四天王を、そう容易く突破出来ると思うな。メガアブソル、辻切り」

 掻き消えた、と言ったほうが正しい。先ほどまでその場所にいたメガアブソルの姿が気配も含めて消失したのだ。無論、ダイゴとて油断していたわけではない。集中していたし、メガアブソルの攻撃に備えていた。

 だが、まさか消えるとは思ってもみなかった。あまりの速度に困惑が勝ってしまう。

「どこへ……」

「阿呆、そんな暇があるか」

 直上から闇の刃が拡散し、メタグロスへと襲いかかる。上だ、とダイゴが判じた時にはもうその場所にはいない。メタグロスの拳が何もない空を穿った。

「何で、こんな速度を」

「実現出来るかって? 昨日今日メガシンカを習得したわけじゃねぇんだ。それは当たり前だろ。もうオレ達は使いこなしている」

 再び突き上げてきたのは下段からだ。いつの間に下段に回り込んだのかまるで視認出来なかった。遅れた攻撃が浴びせかけられるがその影すらも捉えられない。

「メタグロス! 全身から推進剤を放て!」

 メタグロスの隙間という隙間から白煙が噴き出した。思惑は一つ。空気の流れでメガアブソルを追跡する。白煙の中ならばどれだけ速かろうとメガアブソルの軌道が読めるはずだ。

「なるほどな。地面に一度でも足をつけばそこから洗い出すってわけか。即席の戦法にしちゃよくやる」

 しかしメガアブソルはどこにも着地した気配がない。急く胸の内に冷水を浴びせかけるようにカゲツの声が響く。

「しかし、メガシンカを過小評価してるみたいだな。まさか特性が変わらないとでも?」

 白煙の中を漂っている影を目にする。ダイゴは一気に畳みかけようとした。

「そこだ! メタグロス!」

 拳を打ち込む。しかし、手応えがなかった。煙が晴れていく。そこには何もない、メガアブソルの残滓すら狙えていなかった。

「何かいた気配があったのに……」

 ハッとダイゴとメタグロスが振り返る。直上から降り立ってきたメガアブソルが刃の角を突き出した。

「どこから……。気配もなく」

「メガアブソル。特性はマジックミラー。てめぇらの出した変化技をこっちのものとする。さっきの白煙、よくやったと思うが、あれは出した途端にもう、メガアブソルの攻撃になっていた。自分の攻撃を操れない馬鹿なんていねぇだろ」

 つまり気配と見えた空気の流れはメガアブソルにコントロールされていた。それを感じ取る前に闇の刃がメタグロスを切りかかる。鋼の腕を伸ばしてメガアブソルを捉えようとするもするりと抜けられてしまう。

「絡め手も通用しねぇ。真正面からじゃどう足掻いたってメタグロスではさばき切れないだろう。言っておくぜ。負けを認めるならば潔いほうがいい」

 負けるのか。ダイゴは歯噛みする。ここで負ければ自分は何のために二人を行かせた? 何のために、今まで血の滲む戦いを繰り広げてきた? 

 自分は勝つしかないのだ。ここで勝つしか、もう手段もない。

「俺は、もう戦って勝つしか、強くなるしかない。だから、メタグロス。まだ、負けるな。負けなんて吹き飛ばす」

 ダイゴの強い声音にメタグロスが啼いて応じる。カゲツは舌打ちを漏らす。

「……いつだって物分りのいい奴が正解ってわけでもないが、今回の場合、物分りが悪過ぎるぜ、ツワブキ・ダイゴ。変化技は返される。物理攻撃じゃメガアブソルに追いつけねぇ。この状況で、どうやって勝つ?」

「メタグロスのスペックを、俺が引き出せばいい」

 半年前に感じたのと同じ現象を使いこなせればあるいは。ダイゴはメタグロスの中に自分を落とし込むイメージを持つ。メタグロスを器と感じろ。器の中に自分を入れるのだ。

 自分という存在が限りなく透明になっていく感覚。メタグロスの、四つの腕に自分を溶け込ませ、それぞれを自律的に動かせるように反射神経を研ぎ澄ます。

「おい、寝てんのか!」

 メガアブソルが向かってくる。空気の流れ。メガアブソルの鼓動と血脈。足に力が込められてメガアブソルが跳躍する。何ていう跳躍力。筋肉が跳ねて爆発し、瞬時にメタグロスの上を取る。今までこの跳躍力を見ていなかったのか。

 跳ね上がったメガアブソルの攻撃姿勢。有する刃状の角に悪タイプ独特のエネルギーを集約させ、一気に放つ技。隙があるとすればどこだ? ダイゴは極大化した感知野の中で探す。メガアブソルが攻撃を放つ。

 闇の刃が凝縮されて拡散する瞬間。メガアブソルは攻撃を放った後、隙が出来る。その隙を可視化させないための拡散攻撃。ダイゴはメタグロスに思惟で命じる。メタグロスが腕のうち一本に力を込め、直上のメガアブソルを睨んだ。その目と同期したダイゴが攻撃を放った後のメガアブソルを観察する。翼のように広がった体毛がメガアブソルに一定時間の滑空を約束している。しかしそれは同時に、一定時間は空中に居続けなければいけない制約だ。ダイゴはそこを突いた。

 メタグロスの腕がメガアブソルを捉える。闇の刃の拡散攻撃が関節や表皮を打ち据えダイゴの戦闘意欲を萎えさせるもそれ以上に、メタグロスと同調した精神が昂り、鋼の一撃がメガアブソルの体表へと食い込んだ。

 メガアブソルの肉体を捉えた拳。爪が食い込み、逃がすものか、とダイゴが思惟を飛ばす。

「野郎……、辻切りで距離を取れ! メガアブソル!」

「させない。メタグロス、連続でバレットパンチ!」

 弾丸の勢いの拳が「つじぎり」を発動させようとしていたメガアブソルの顔面を殴りつける。メガアブソルの角に纏い付いていた闇の刃が霧散した。

「こんな、事が……」

「撃て! メタグロス!」

 銀色の軌跡を描きつつ「バレットパンチ」が高速で叩き込まれる。メガアブソルは攻撃を満身に受け止め仰け反って吹き飛ばされた。

「距離を取れば……。距離を取ればこちらの勝ちだ」

 カゲツにも僅かながらダメージが行っているのだろう。声音が震えている。しかしダイゴはここで逃がすつもりはない。

「腕を発射して掴め!」

 付け根からメタグロスの腕が発射され、距離を取ろうとしていたメガアブソルの胸倉を掴み上げる。磁石のように吸い寄せられたメタグロスの姿がメガアブソルへと肉迫した。

「思念の、頭突き!」

 紫色の思念を帯びた頭突きがメガアブソルへと突き刺さる。ダメージ効果はない。だがカゲツに、メタグロスからは離れられないと実感させるには充分な一撃だ。

「メガアブソル……、そいつを吹っ飛ばせ! カマイタチ!」

 空気が纏いついて刃状の角から放出される。全包囲へと強化された風の刃はメタグロスの関節へと叩き込まれようとしていた。

「関節をロックしろ。極めて短く射程を取るんだ」

 メタグロスの関節は相手との射程と距離間を考えて伸びている。それをブロックするように短く、関節をガードする姿勢に入った。つまり今のメタグロスは射程が最短である。

「そんな状態で! オレはより距離を取りやすくなる」

 風の刃が吹き終われば、メガアブソルは今まで通りの攻勢に出るだろう。それをさせないために、メタグロスは回転しながらメガアブソルの至近に入った。まさか回転攻撃が有効だとは思いもしなかったのだろう。カゲツが目を見開く。

「自ら射程に、入ってきた……」

 違う、とダイゴとカゲツは同時に感じ取る。射程に入ったのではない。メタグロスは自分の打撃攻撃を無効化する代わりにメガアブソルの超至近距離、つまり攻撃の無風地帯へと突入したのだ。それを感知したカゲツはすぐさま距離を取ろうとする。だが、メタグロスの爪がかっちりとメガアブソルの顔面に掴みかかっていた。

「逃がさない」

 カゲツは舌打ち混じりに声を張り上げる。

「もう逃げるなんて考えている暇はねぇ! メガアブソル、相手の攻撃が食い込む前に勝負を決めるぞ! 辻切り、連撃!」

「こっちもだ。メタグロス、バレットパンチ、連撃!」

 闇の刃が拡散しメタグロスの表皮を切り裂いていく。それと同期するようにメタグロスの放った銀色の拳が幾重にも輝き闇の刃を打ち砕く。

 どちらの攻撃が届くか、など最早考えていない。どちらの攻撃が最後の最後に有効か、も考えていなかった。

 どちらが最後に立っているか。それだけだ。

 最も単純な男の戦い。立っていたほうが勝者。

 メタグロスの攻撃が一瞬鈍る。攻撃するに当たって関節を伸ばさなければならない。伸び切った関節を「つじぎり」が傷つける。

 しかしメガアブソルにもダメージがあった。「バレットパンチ」は単純な打撃技だがその速さは折り紙つきだ。属性効果の薄い打撃だからこそこの場合、純粋なダメージとしてメガアブソルに蓄積する。

 その時、ダイゴが膝を折った。メタグロスからのダメージフィードバックが思いのほか厳しく、全身に切り傷を作っていた。

 カゲツは倒れない。メガアブソルも健在だった。

 勝負あった、かに思われたがメガアブソルの闇の刃が霧散する。その角に皹が入った。

 メタグロスの最後の一撃。弾丸の拳がめり込み、メガアブソルを吹き飛ばす。カゲツはフッと口元に笑みを浮かべた。

「何てぇ、硬さだ。まったくよ」

 メタグロスの放った拳にメガアブソルの周囲の空間がねじれ、エネルギーが空気中に溶け出していく。紫色の甲殻が剥がれ落ちたかと思うとメガアブソルは元のアブソルの姿に戻っていた。

 膝をついていたダイゴが荒い呼吸のまま拳を振るっていた。同調状態の強い結びつきが、メタグロスの臨界点と一致し、ダイゴの肉体を動かした。

「メガシンカなしで、メガシンカポケモンを破る、か。不可能だと思っていたが」

 カゲツは笑みを浮かべたままダイゴを見やる。

「ここに、それが出来ちまう馬鹿がいたか」

「俺の、……俺は……」

「てめぇの勝ちだ。ツワブキ・ダイゴ」

 カゲツがモンスターボールにアブソルを戻し、ダイゴへと人間用の傷薬を投げつけた。ダイゴはそれを吹きつけながら、「俺の……」と呟く。

「そうだよ。てめぇの勝ち。よくもまぁ、メガシンカポケモンとの打ち合いで耐え切ったもんだぜ。普通、根負けするだろ」

 放心状態のダイゴへとカゲツは肩を叩く。

「なんだよ。嬉しくねぇのか?」

「いえ……。嬉しいですけれど」

「安心しろ。メタグロスは回復させてから次の階層に向かえばいい。回復なしで四天王を抜けろだなんて、そこまで酷な事言わないぜ?」

 その言葉に力が抜けた。緊張し切っていた身体がようやく弛緩する。

「だが、忘れてもらったら困るのが、この先、あの二人が勝ち進んでいたとしても、一人や二人は、てめぇが戦わなきゃいけないって事さ」

 ディズィーやクオンがいくら優位でも、それは恐らく三人目まで。四人目、最強の四天王は、自分達三人がかりでも勝てるかどうか怪しい。

「俺は、負けません」

 それでも、弱音は吐けなかった。ディズィーやクオンが負けていても自分は勝利を手にする。それくらいの気概がなければ。

「いい目をしてやがる」

 カゲツが口笛を吹く。その時、カゲツの端末が鳴った。

「何だよ、勝負の余韻を楽しみたいのに。……オレだ」

『カゲツさん。とんでもない事になりました。情報部によると、右腕が初代の手に渡ったそうです』

「んだと……」

 その言葉はダイゴにも聞こえていた。右腕が初代の下に? それはつまり、コノハが捕まってしまった事を意味していた。

「何だって急に。初代はどういうつもりなんだ?」

『分かりませんが、デボン社内で緊急手術が行われるようです。このままでは』

「初代はまた一つ、完成品に近づくってわけか」

 それだけは阻止しなければ。ダイゴが立ち上がりかけるとカゲツが手で制する。

「分かった。オサム、オレとお前を主軸に据えた構築でデボンに乗り込むぞ」

 カゲツの決定にダイゴは異を唱える。

「何でです……。俺も行けます!」

 その言葉にカゲツは一瞥を向けてからオサムに詳細を伝えた。

「いいか? オレが行くまで逸るんじゃねぇぞ。コータス部隊も有効かどうかは分からないが、いつものゲノセクトが出てくると考えていい。徹底抗戦の構えを取る」

 通話を切ったカゲツへとダイゴは言いやる。

「俺も行きます。行かなければ」

 コノハが危ないのだ。それを黙って見過ごせない。しかしカゲツは振り返るなり拳を見舞った。頬を捉えた拳に痺れるような痛みが宿る。

「てめぇ……、今しがたオレに勝って、四天王突破の糸口を掴み始めたばっかだろうが。それをふいにしてまで、オレ達の戦いについてくる事はねぇ」

「でも! 俺の大切な人が! 危ないかもしれないんです!」

 必死の訴えにカゲツはダイゴの胸倉を掴み上げる。

「いいか? てめぇが真っ先に考えなきゃいけないのは、四天王を倒す事だ。その後ならいくらでもわがままは聞いてやる。メガシンカなしで、オレ達に勝てないような奴は、一戦闘単位としても役立たずだって言ってんだ」

 そうまで言われてしまえばダイゴも言い返せなかった。カゲツは突き放して口にする。

「……てめぇの守りたい人がいるって言うんなら後から追いついて来い。オレ達が最善を尽くす。初代の好きにはさせねぇ」

 カゲツが身を翻す。ダイゴはその背中に呼びかけていた。

「絶対ですよ! 絶対に、俺は追いついてみせる。俺が守るんだ!」

 分を弁えない言葉に聞こえたかもしれない。しかしカゲツは馬鹿にしなかった。

「いいぜ。追っかけて来い。てめぇの強さ、ここから先、まだまだ強くなるって言うんなら、見たくなってきちまったよ」

 肩越しの視線を振り向けたカゲツにダイゴは拳を突き出す。カゲツも対応するように拳を突き出して応じる。

「じゃあな。地獄で会おうぜ」

 カゲツがフィールドを後にする。今は少しでも回復し、次の四天王に備えるべきだ。預かった回復薬をメタグロスに用い、次への決意を固める。

「あと、三人……」


オンドゥル大使 ( 2016/03/05(土) 17:00 )