第百二十四話「こころの強さ」
ゲンジが視線を振り向け声にした。
「来たか」
「遅くなって申し訳ない。だがこの時間を指定してきたのは君達だろう?」
相手の声にカゲツが微笑む。
「そりゃ、頭の固い役員連中よりかは、あんたと話していたほうが幾分かマシだぜ、ミクリ」
名前を呼ばれた男性は涼しげな瞳を細め、マコへと目配せする。
「さて、会議。いいかな?」
マコは暫時、呼吸を忘れていた。一つ一つの動作が雅で、美しい。
「マコちゃん?」
カゲツの訝しげな声にマコは慌てて平静を取り繕う。
「だ、大丈夫です!」
「大丈夫には見えないなぁ」
ミクリが微笑み、マコは顔が真っ赤になった。
彼こそがルチアの叔父。カナズミで行方不明になったとディズィーから聞いていたが、彼は独自のルートからネオロケット団に辿り着き、保護を求めてきたのだと聞いた。つまり行方不明ではなく、ネオロケット団の一員として、彼もデボンに戦いを挑んでいたのだ。
ただ姪であるルチアにはそれを明かせておらず、ルチアと関係のあるディズィーにも絶対に秘密であるのがマコには少し辛かった。
「ミクリよ。相手の情報はどこまで引き出せた?」
カゲツの無遠慮な声にミクリは佇まいを正す。
「そうだね、ツワブキ家の、三人の兄弟についての報告だが」
ミクリは独自のネットワークからツワブキ家の内情を暴く役割を担っていた。当然、危険地帯には違いないのだが、彼は率先してその役割を演じている。
「コウヤは父、イッシンのやり方に懐疑的のようだ。何度か別ルートでのアクセス履歴がある。恐らく父親を張っているのだろう。こっちと繋がりのあるホムラからの情報だ」
デボンには二人の諜報員が張り込んでいた。ホムラとイズミ。この二人はネオロケット団の構成員であり、また情報戦のエキスパートだ。デボンがお互いの腹を探ろうと思えばこの二人のどちらかに接触しなければならない。ネオロケット団はそれを利用し、巧みに情報戦を制していた。
「コウヤは社長職になったんだろ? 何で父親を今さらほじくり返す?」
「どうにも社長職に満足いっていないみたいでね。その中間に初代がいる可能性がある」
つまり張子の虎の社長を演じさせられている事にコウヤは嫌気が差している、という事なのか。マコは記録しながら初代とはどこまでデボンを、ひいてはツワブキ家を支配するつもりなのだろうと感じた。
「分からんもんだな。社長って言っても意味がねぇって話か」
「ああ。イズミからの報告では、ツワブキ・リョウも現状に満足していないとの事だ。コープスコーズの支援ってのがどうにも毎回、煮え湯を飲まされて気分が悪いのだと」
「オレの功績だな」とカゲツは笑みを浮かべる。
「レイカは動きが読めない。Dシリーズの量産体制を完全にコウヤとリョウに奪われた結果になるのだが、彼女自身が何かをする、という風ではない。ただ戦力としてこの三人は危険視するべき、というのは変わらないだろう」
「レジ系か」
レジ系、と示されたのはこの三人の持つ手持ちのポケモンだ。それぞれレジロック、レジアイス、レジスチル。岩、氷、鋼のほとんど最強と言っても差し支えない。
「単体戦力としても恐れ入るレベルだ。レジ系を出してこないのは切り札としての意味合いが強い」
「表向きはゲノセクトで何とかやっているって事だろ。だが、ツワブキ・リョウに関して言えば確実にオレを敵視しているな。毎回ダーテング狙いだってのは一番分かってる」
だからこそカゲツはそれ以外のポケモンを出して尻尾を掴ませる真似をしない。逆にダーテングでどこまでやれるのかを試しているようだった。
「リョウが苛立っているのはそれもだな。ダーテング使いを割れないか、とイズミに相談を持ちかけている」
「ボックスと手持ちの同期システムで割ろうって考えているのか?」
「それが定石だろうが、四天王のシステムは他の一般トレーナーと違う。エリートトレーナーと同じ区分だ。そのエリートトレーナーも何百人と登録されている。ダーテング使い一人を炙り出すのに二年はかかるだろう」
カゲツの思惑はほとんど成功しているようだ。ミクリは別の話を振った。
「それよりも、メガシンカだが、連中はそれほど重要視していないらしい。レジ系とゲノセクトで充分だと」
「嘗められてるもんだな」
「実際、メガシンカポケモンを投入しての戦闘なんて想定していないだろう。一体観測されるだけでも珍しい事象なんだ」
メガシンカはまだ研究分野の拓けていない部分。新しいメガシンカポケモン一体で議論が白熱する分野だ。
「四天王全員がメガシンカ使いだって知れたら、それこそ学会が引っくり返るな」
カゲツの面白がった声音にフヨウが言葉を添える。
「でさ、実際四天王が関わっているって少しでも気取られているの?」
「いいや、気取られればそれこそこの場所に踏み入ってくるはずだ。ネオロケット団に関しては何も分かっていない、と考えてもいいだろう」
ミクリの説明にマコは内心ホッとする。それと同時にカナズミに残してきた家族の事が思い返された。もう弟が産まれている頃合だ。そんな時に何も出来ない自分が歯がゆい。行方不明、という扱いだがもしデボンが少しでも自分の家族を害そうとしているのならば、こんなところで記録している場合でもない。
「あの……、出過ぎた事かもしれませんけれど」
だからマコは口を挟まずにはいられなかった。ミクリが、「どうぞ」と促す。
「私の家族に、危害が加えられたりとかは……」
それだけが気がかりだ。ミクリは、「継続的に観察している」と答えた。
「だがデボンが手を出す気配は今のところない。もちろん、ヒグチさんの家族を我々は全力で守る。安心して欲しい」
ミクリの口から言われればマコは何とか安心する事が出来た。
「マコちゃんさぁ、こんな場所で記憶係してんだから、それなりに安心しろって。一番の機密に触れているんだぜ? だって言うのにオレ達が何もしないわけないじゃんかよ」
カゲツの軽口にマコは愛想笑いを浮かべるしかない。
「ヒグチ女史の家族に関しては絶対に守り通せ。それだけだ」
ゲンジの言葉がこの時ほど頼もしい事はなかった。短いながら本気の声音であったからだ。
「あっ、それと、何度か違法なルートからアクセスがあるらしい。デボンはそっちに気取られていて我々の動きに鈍感になっている部分もあるようだ」
「オレ達以外でデボンに探り入れている奴って事か?」
カゲツの問いにミクリは首肯する。
「どういう趣向か知らないが、デボン相手に組織立った動きではなく、個人として立ち向かっているらしい」
「おいおい、とんだ義勇の徒じゃねぇか。心意気は気に入ったが、そいつ危なくないか?」
自分達でさえ、組織の領分を冒してまでデボンに立ち向かおうなど思わない。個人でやってのけるなど常軌を逸している。
「そうなんだ。だから幾つか、糸がないかと逆探知してみた」
糸、というのは言葉通りではなく、デボンに繋がったアクセス履歴の事を指す。マコはこの半年で普通の大学生の知るはずのない用語に詳しくなっていた。
「すると、どうなった?」
「驚くべき事にね。糸がないんだ」
「ない?」
カゲツが顔をしかめる。ゲンジも重苦しい沈黙を挟んだ。プリムが質問する。
「糸がない、とはつまりアクセス履歴を改ざんした、という事?」
「いいや。これは何と言うか、難しいんだがアクセス履歴を残したまま、そちらへと繋がる証拠は全部消している」
カゲツが明らかにむつかしい顔をして、「あるわけねぇ」と否定する。
「それがあるんだ。この書類を」
ミクリがカゲツへとそのアクセス履歴とやらを手渡す。カゲツは書類を捲るなり眉間に皺を寄せた。
「何だこの、アクセスに使われたシステム。こんなアプリ、誰も使ってねぇぞ」
カゲツが書類を叩く。ミクリは、「それが恐らく起因している」と返した。
「謎のアプリによるアクセスは足跡を自動的に消せるらしい。しかも、アクセスした、という証拠は残る」
「意味ないじゃねぇか」
「それがそうでもなくってね。デボンからしてみれば、泥棒の痕があるのは明らかなのに泥棒が入ったのはどこからなのか、そもそも泥棒は何を盗っていったのかがまるで分からない状況になっている」
「気味が悪いな」
「同感だ。デボンもそういう気持ちになっているんだろう」
ミクリはカゲツの手にある書類を指差し、「そのOSを解析にかけてみたが」と声にする。
「やはり詳しい事は何も。ただ、RUIという反復する言葉だけが読み取れた」
「RUI? なんだそれ。暗号か何かか?」
「我々はこの事態を重く見て、そのRUIの持ち主を探す事も視野に入れている」
ミクリの説明にマコは恐る恐る手を挙げる。
「その、RUIの人は、味方じゃないんですか?」
お気楽な質問に聞こえたかもしれないがミクリは真面目な顔で応じる。
「生憎と、敵対組織に何度も出入りしている相手を、味方だとすぐに判じられなくってね。それはこちらの落ち度でもあるんだが」
「敵の敵は味方、って理論はちと暴論だって話だよ、マコちゃん」
カゲツの言葉にそれでもマコは反論する。
「でも、このホウエンで私達以外に、誰がデボンの横腹なんて突くんですか?」
既にデボンが法と言っても差し支えない世の中だ。だというのに誰が。
「知らないっての。どこぞの命知らずだろ。今はアプリのシステムが勝っているからいい塩梅を決め込めるだろうが、いつか逆転されるな、こりゃ」
「それはこちらも感じていてね。この謎の人物は、いつか逆転される事を、見越しているんじゃなかろうか、と」
ミクリの言葉があまりにも突飛だったせいだろう。カゲツは食ってかかる。
「おいおい、逆転さえも計算に入れて掻き乱しているってのか?」
カゲツの顔色にはいつの間にか喜色が宿っていた。この人物に興味があるに違いない。負けると知っていながら立ち向かう姿は自分達に重なるのだろう。
「調べておきましょうか?」
マコの提言に、「頼めるか?」とカゲツから書類が手渡される。
「後で詳しいデータを送っておこう」
ミクリの声にマコは議事録を纏める。
「しかし、どちらにせよ、この謎の輩は先が見えねぇな。デボンを引っくり返そう、っていう魂胆にしちゃ、入り過ぎだ」
マコはアクセス履歴を目にするが、カゲツの言う通りであった。これほどの頻度で入っていれば怪しまれるどころではない。もう探知が始まっていると考えてもよさそうだ。
「逆探知に割り込んで、こっちが先んじて相手を押さえましょう」
「心強いね、マコちゃんは」
カゲツの声に、「怒りますよ」とマコは言い返す。四天王の中でもカゲツとフヨウには軽口を叩けるようになっていた。
「その線で頼む。さて、別口のこのアクセスする人物は置いておくにせよ、デボンのやり口は苛烈を極めている。今回、ツワブキ・リョウの動いた形跡があった」
ミクリの差し出したのは装甲車の上部から顔を出したリョウと、その手持ちレジスチルの攻撃の瞬間である。
「破壊光線……。野郎、カナズミのど真ん中でやりやがるぜ」
その最中にいたカゲツからしてみれば肝の冷えた事だろう。しかしカゲツの役目は前線での掻き乱し。無論、このような危険には幾度となく晒されてきた。
「破壊光線も驚異的ながら、最も恐れるべきは、ツワブキ・リョウに、もう隠し立てする気はないという事だ」
ミクリの放った言葉にプリムが顔を上げる。
「つまり、これまでよりもなお、戦闘は激化すると」
「そう考えたほうがいい。そうなった場合、コータスとダーテングだけでは限界が生じる」
ミクリの提案したいのは一つだ。マコもそれを感じ取った。
「メガシンカのカードを、そろそろ切ったほうがいい」
その言葉にカゲツが悪態をつく。
「切り札をもう使えって? そいつは出来ない相談だ」
「何故? もう充分に敵の戦力の分析は出来ている。これ以上、戦闘を続ければ一般市民に被害が出ないとも限らないんだ」
マコの脳裏に家族の姿が過ぎる。カゲツは、「絶対、民間人には手を出させねぇ」と言い切った。
「オレ達が止める」
「だが、それにはメガシンカ相当の力を見せたほうが堅実だという話をしている」
ミクリはポケモンバトルにも精通している。当然、戦術的な問題を考えての事だろう。何の考えもなしに会議室で議論を練っている人間ではない。
「メガシンカか。それを使うには早いって、オレは言っているんだ」
「君らの育てている四人の精鋭か。だが彼らが目覚めるのはいつか分からないんだろう?」
ダイゴ達がメガシンカを物にし、それを実戦投入出来るまであと何日かかるのか。ミクリはその逆算から答えを導き出している。
「少なくとも、このままでは疲弊するばかりだ。メガシンカを、一度でもいい、奴らに見せ付けなければ。カナズミの街が焼け野原になるぞ」
レジスチルの破壊光線レベルの攻撃が毎度交錯すれば、確かにこのままでは危うい。だがカゲツは言ってのける。
「誰も死なせねぇし、誰も殺させねぇ。それがオレの役目だ」
前線を買って出た人間の言葉は重い。ミクリはそれも加味した上で、「志は立派だが」と言い返す。
「四天王であると、そろそろ言ったほうがいいかもしれない。無条件降伏を突きつけられる可能性が」
「ミクリさんよぉ。てめぇ、いつからそんな及び腰になった?」
カゲツの声音にミクリは眉を跳ねさせる。
「……何だと?」
「デボンのやり方にゃ、腹が立つ。だが、無条件降伏だって? 四天王とホウエンそのものが、お前らに異を唱えている。だから降伏しろ? 冗談。それで話の通る輩なら、もう黙っていやがるはずさ。相手は黙るどころか、喚くし、がなる。つまり手に負えない奴だって事さ。そいつらに、今さら静かに手を取り合って平和に暮らしましょうってのは通じないと思うがな」
戦闘の重み。これまでの前線経験から来る言葉にミクリがどう返すのか。マコが固唾を呑んで見守っていると、「メガシンカはさぁ」とフヨウが口を挟んだ。
「ミクリさんの考えているほど、簡単じゃないんだよね。だからアチキ達だって時間がかかっているわけだし。それに切り札の意味分かってる? 本当にどうしようもない時に使うのが切り札。まだ、アチキ達は戦えている」
意外な時にフヨウの言葉が重なったものだからミクリは少しばかり戸惑っているようだった。それに被せるようにプリムも声にする。
「私も同意見です。切り札を晒すのは最後でいい。まだ、ツワブキ・ダイゴを始めとする彼らにも伸びしろはあります。その部分を伸ばすのが、私達の役目ではないでしょうか?」
ミクリはメガシンカの投入による即時解決をはかろうとしていたのだろう。四天王達の言葉に返答出来ないようだった。
「……無駄な犠牲を出す事はない、と言っているんです。デボンとて馬鹿じゃない。ゲノセクト、コープスコーズは尖兵です。まだ、何かとっておきがあるはず」
「そのとっておきを出してくるまで、こっちもとっておきは封印だよ」
カゲツはもう曲げるつもりはないらしい。ミクリは息をついて、「分かりました」と承知した。
「メガシンカを近日中に使う事はない、でいいんですね?」
「近日どころか一切見せないかもな」
カゲツが手を振るいながら発した言葉にミクリは小さく言い返す。
「その驕りが、命取りになるかもしれませんよ」
立ち上がったミクリはマコに、「後で」と言い置き、この場の責任者であるゲンジに深く頭を下げる。
「失礼」
立ち去っていったミクリの背中を眺めつつ、カゲツは息を吐き出す。
「いい奴なんだよ、本当は。だからあんましオレとの言い合い、書かないでくれるか? マコちゃん」
それはマコも承知している。ミクリとカゲツは決して犬猿の仲ではない。むしろ親しいからこそあれだけ言い合えるのだ。
「あ、分かっています。今も不要な情報は切り落としましたから」
「さすが。マコちゃんは分かっているねぇ」
カゲツのおちゃらけた声に対して、重々しいゲンジの声が続く。
「議事録の提出は予定通りに頼む。ワシはこの後、鍛錬がある。その間は」
「一切、メール、電話の類を通さない。でしたね」
心得たマコの声にゲンジは黙って部屋を出て行った。カゲツが腕を組んで呟く。
「あの爺さんも、なかなかに豪胆だねぇ」
「聞こえているよ、カゲツ」
フヨウの声に、「聞こえているだろうなぁ」とカゲツは後頭部に手をやった。
「なにせあの爺さん、聡いのは耳や目だけじゃないからな」
「キャプテンとお呼びなさい。ここではそのルールでしょう」
諭すプリムにカゲツは、「でもよ」と言い返す。
「あの爺さん、何歳か知ってるでしょう? 今年六十だぜ、六十。それで第一線張ってるのあの人くらいだって」
「最高齢の四天王はキクコでしょう」
「いや、あの人のほうが年上なんだが年誤魔化して四天王に居るってのもっぱらの噂じゃん。それにあの威風堂々とした立ち振る舞いっての? ありゃしばらくはくたばらねぇわ」
カゲツは心底感心したとでも言うように口にする。マコは思わず口を挟んでいた。
「キャプテンのやり方に不満でも?」
「逆だって、逆。不満がねぇこの状況がすげぇって言うの」
よく分からない。マコが首をひねっていると、「普通ならば」とプリムが声にした。
「あれほどの年長者で、しかも国防の矢面に幾度となく立ってきた人物。思想の違いや、年季などが出てくるはずなのよ」
「それを感じさせないっての、すげぇよな。あくまでオレ達のボスのポジションを貫く。オレ、六十なってもあんなん無理だろうと思うわ」
褒めているのだか貶しているのだか。マコは議事録を記録した端末の電源を切りながら尋ねていた。
「鍛錬って、私、入った事ないんですけれど、キャプテンは何を?」
「瞑想、とかかな?」
「違うって。ドラゴン同士で戦闘訓練だろ?」
「いえ、確か様々な攻撃の耐性を試していたはず」
めいめいに意見が出るものだからマコは混乱する。カゲツが、「まぁ」と纏めた。
「秘密主義なのは違いねぇよ。瞑想してても滝に打たれててもオレ達は驚かないけれどよ。あの人、どうやってあんなに強くなったんだろうな」
やはり強いのには間違いないのだろうか。マコは未だにゲンジの本当の実力を知らない。それは誰一人として、メガシンカを使ってもゲンジに挑もうという人間がいないからだ。何となくでも分かる。
あれだけの殺気。加えて凄味を引き立たせる眼光。本来ならば近づきたくもなかった。
挑戦者が何十年もいないという噂は本当なのだろうか。その真偽を確かめるような勇気もない。
「でもキャプテン、どこまで強くなるつもりなんだろうな。あんまり強くなると本来の目的を見失いそうじゃね? オレ達四人に一両日中に勝てなければ、あいつら一生このままだぜ?」
四天王を下さなければここから出ることさえも許されない。加えてメガシンカの習得も義務付けられている。もしかしたらダイゴはどう足掻いてもここを出られないのではないか。ダイゴの実力を知っているわけではないが、少しばかり懸念はあった。
「今のところ、分はありそうですか?」
カゲツが二人と目配せし合うが、四天王三人は首を振るばかりだった。
「クオンちゃんとディズィーさんはメガシンカの維持時間かな、後は」
「ツワブキ・ダイゴに至ってはまるで駄目ですね。鋼タイプを持っていてもあれでは持ち腐れ。メガシンカも発現出来ていない」
プリムの評にこのままでは厳しそうだという事は分かる。しかしいくら自分が三人を鼓舞したところで所詮は非戦闘員。言える事などたかが知れている。
「オサム君は、四天王突破したんですよね?」
「だから前線に組み込んでやっているんだよ」
マコはぺこりとお辞儀してから会議室を後にする。廊下を歩いていると曲がり角で意外な人物とかち合った。
「オサム君……」
今しがた話していたところのオサムがマコと出会うなり、気まずそうに顔を背ける。
「マコちゃん……。あの、カゲツさん達は」
「うん? まだ会議室だけれど?」
「全員、揃っている?」
「うん、三人だけだけれど」
「なら、ちょうどいいか」
行ってきた道をオサムが進んでいく。マコはその背中を呼び止めた。
「オサム君、四天王に勝ったんだよね?」
オサムが足を止め一瞥を投げた。どこか伏し目がちに、「そうだけれど」と答えられる。
「すごいなぁ。オサム君、才能あったんだ」
「才能、か……。マコちゃんは意外と残酷な事を言うね」
その意味がマコには分からなかった。四天王に勝てたのはポケモンを操る才覚があるからだろう。
「何を謙遜してるの? だって普通にすごいじゃない」
端末を胸に抱えたマコへとオサムは肩越しに問いかける。
「なぁ、僕はすごいのかな。本当に、この力は、僕の物なのかな」
その疑問の意味が分からずマコは答える。
「何言ってるの。デボンでも私を助けてくれたし、オサム君は充分に強いよ」
「でも、僕はそれが与えられた強さが、納得出来ない」
納得出来ない、とはどういう事なのか。マコは尋ねる。
「強いのに?」
「僕は、本当に強いのか? だって、この力は……」
濁したオサムはそれ以降の言葉を紡ぐ事はなく、マコを振り払うように歩いていった。その背中を流石に呼び止めるのは憚られてマコは口にする。
「……強いのに。少なくとも、私より強いよ。オサム君は」