第百二十三話「強者の砦」
光の放射される机に向かい合って座ったのは四天王だけではない。
ネオロケット団、この組織を束ねる幹部連だ。当然、組織なのだから戦闘員ばかりではなく非戦闘員も必要になってくる。
議事録を纏める役目を任されている自分もそうだ、とマコは感じ取る。
クオンやディズィー、それにオサム達と違って自分は早期より「戦闘には向かない」と判断されて非戦闘員に回された。不服はなかった。実際、戦闘には向いていないし、メガシンカとやらも扱える気がしなかった。
「さて、今回の戦闘結果だが」
幹部の声にカゲツが指を鳴らす。机の上にゲノセクトとの戦闘データと動画が呼び出された。
「やはり今回も同じ。連中はDシリーズの発展形だと考えられる。呼称は」
マコへと視線が流される。マコは情報処理部が弾き出した敵の戦闘部隊の名前を口にした。
「コープスコーズ。死体兵団です」
「何とも因果だねぇ。死体ってのは」
カゲツの声に幹部の一人が声にした。
「勝てるのか?」
シンプルで、なおかつこれからの情勢を左右する質問だった。カゲツは、「毎回証明していると思いますが」と答える。
「ゲノセクト部隊は一度としてオレ達に勝てていない」
「だが同時にそれはこちらも負けていないだけの話なのだ。勝利ではない」
毎回引き分けの形でカナズミから撤退するカゲツ達には苦いものがこみ上げているに違いない。しかしカゲツは気分を害したわけでもなく、「ごもっとも」と言った。
「勝ててないんだから文句は言えない」
「でも、アチキは一回の完璧な勝利よりも、何回かかっても敵の解析を優先すべきだと思うなぁ」
フヨウの意見に幹部連も一致した。
「それはその通りだろうが」
「相手もその意見で来ている、って言うんだろう? フヨウ、ちょっとばかし楽観が過ぎるぜ。そろそろこっちの手の内が割れていると考えるべきだ」
現場で戦っているカゲツの言葉は重い。フヨウは、「ふぅん」と後頭部に手をやった。
「やっぱり、そういうもんなのかな」
「そういうもんさ。半年だ。半年間、オレ達は逃げの一手。だってのに、相手は攻めて来るんだ。こりゃ不利にも転がるさ」
ゲノセクトを完全に無力化する方法はないのか、と議論が転がる。
「難しいんじゃないですかねぇ。ゲノセクトの量産体制は恐らく整っている。オレはゲノセクトをちまちま倒すよりも、どうやって、デボンの本丸にダメージを与えるべきか、ってのを優先すべきだと思いますけれど」
「だが、その方法論が出ない」
幹部達が渋面をつき合わせる。
「一度、編成を変えてみるのも手では?」
「やめときましょう。今のところマークされているのはオレのダーテングだけです。逆にこっちの手が割れれば、四天王だって勘繰られちまう。そうなってくるとそこまでです。情報戦ではデボンに勝てない、くらいに思っときましょう」
カゲツは自ら矢面に立ち、自分一人に標的をわざと絞らせているのだ。戦略を考え、その通りに行動する。さすがは四天王だと驚嘆せざる得ない。
「ネオロケット団というのも言ってしまえばブラフの組織。本当は四天王が噛んでいました、それがばれるのが一番ヤバイ」
カゲツの意見にプリムが同調する。
「その通りですね。今のところ、コータスとダーテングでゲノセクトに対抗出来ている状態を拮抗状態とするのならば、ここから先、いかに負けないか、を考えるべきでしょう」
「消極的が過ぎないか?」
幹部の声に、「それくらいがちょうどいいんすよ」とカゲツが返した。
「デボンに本気で攻め込むのは後にも先にも一回きりでいい。その時に初代を倒す。その目的さえ果たせればね」
初代ツワブキ・ダイゴ。全ての元凶であり、デボンを牛耳る最大の敵。マコはその片鱗しか味わっていないが、それでも恐怖した。ダイゴがまるで敵わず、オサムでさえも児戯に等しいとあしらわれた。四天王のカゲツが出てやっと戦局が変わったレベルである。
「初代を倒すのは今の状態では難しいか? キャプテン」
今度はゲンジへと話が振られる。ゲンジは鋭い眼光をそのままに、「難しいだろうな」と応じる。
「メガシンカが可能な戦力は四人。ツワブキ・ダイゴ。ツワブキ・クオン。ディズィー、オサム。この四人がどれだけ単体戦力として優れていても、メガシンカが完全に扱えなければ初代を倒すという本懐には辿り着けない」
まだ四人ともその域には達していないのだ。マコはほとんど四人と顔を合わせる事はなかった。非戦闘員だ。当然、雑務や情報処理がメインになってくる。議事録を纏めて、次の会議へときっちり回さなければならない。自分の仕事もまた、戦いの一つであった。
「四人ともメガシンカは難しいと?」
「アチキが戦った感じだと、持たない、ってのが正しいかな。メガシンカ出来てもそれを維持出来ない」
四天王と凡人を分けるのはその部分だ。持続するのかしないのか。四天王は全員、メガシンカを切り札に仕込んでいる。もちろん、持続時間もお墨付きだ。マコは四人のメガシンカ時のデータを提出する。
「ツワブキ・クオン、ディズィーに関しては持続時間を延ばす事。ダイゴに関してはまずメガシンカを発現させる事が第一に掲げられる事でしょう」
オサムについて触れられないのは理由がある。マコもまさかオサムがこのような扱いを受けているとは思わなかった。彼は……。
「どっちにせよ、メガシンカ出来なければ、ここから先、戦っていくのは厳しいのではないのか」
幹部の声に、「そりゃもっともですがね」とカゲツは返す。
「初代を闇討ちでも出来れば一番ってのは分かっている。でも初代が、そんな手に引っかかってくれる相手でもないってのは実情でしょ」
そもそも初代がどの地位にいるのかも不明。システム部がどれだけ対処しても、初代のポストを割り出せなかった。もしかすると初代は実質支配のみで、全く見当違いのポストについているのかもしれないという見方が強い。
「せめて初代の動きを感知出来れば」
「そのための彼だ」
ゲンジの声にマコは気後れしてしまう。そのためのダイゴ。ダイゴならば初代の位置が分かるかもしれない。そのような一縷の希望に賭けているのだ。
「だがツワブキ・ダイゴはメガシンカが出来ないのだろう?」
苛立たしげに幹部が返す。メガシンカ出来なければ初代には勝てない。何度も言われている事だ。
「初代は恐らくメガシンカ以上の切り札を持っているのだと考えられる。だからこそ、メガシンカは最低条件である」
厳しいゲンジの声音に、「その最低条件でさえも」と幹部が声にした。
「満たせていないのが実情か」
「メガシンカってのは元々トレーナーの極地。オレ達だって最初はうろたえたもんよ。だが、使えればこれほどまでに力の探求に限界がないのだと分かる。メガシンカをするもしないも自由、って本当は言いたいんだが今回に限った話で言えば、絶対して欲しいんだよなぁ」
「我々も、メガシンカの指導に全力を費やしています。ですが、方法はそれぞれ異なるもの。やはり強さで示してもらうしかない」
プリムの言葉に幹部連は納得したようだ。絶対的な強さ。それこそが初代への牽制にもなり得る。
「いずれにせよ、抹殺対象であったツワブキ・ダイゴに意味を見出せたのは大きい。Dシリーズは全員殲滅せねばならなかったのだが、その負担が減って何よりだ」
マコは怖気が走るのを感じる。このような議題が毎回のように交わされる。まるで人の命なんて頓着していない幹部達の声にその程度なのだ、とマコは思い知る。
彼らにとってしてみればダイゴの命は「生かしてやっている」のであって殺そうと思えばいつでも出来た。それをしないのはダイゴを初代へのカウンターにする、という共通の目的があるからだ。
「ワシはツワブキ・ダイゴが、どこまでやるのかが楽しみでもある」
だからこそ、キャプテンの言い草はある種異質でもあった。幹部達が眉をしかめる。
「キャプテン。それはどういう事か?」
「殺されるはずだった男が、どれほど足掻き、もがき、強者の頂へと登ってくるのか。かつて、ワシは四十年前のポケモンリーグで同じような生命の輝きを目にした。あれに似たものを、ツワブキ・ダイゴは携えている」
ゲンジしか知らない、ネオロケット団創設の歴史。幹部達は一様に口を噤んだ。
強者の頂。それはゲンジ流の強さの指標である。それを引き合いに出されれば、戦いもしない幹部達は黙るしかない。
「そいつは楽しみだ。オレも強え奴は大歓迎なんでな」
カゲツも口元に笑みを刻む。この男もゲンジと同じ類の人間だった。
「私も、弱い人よりかは強い者に憧れますね」
プリムの声に続きフヨウが声を弾けさせる。
「アチキも、強い子は大好き!」
どうやら四天王のレベルでの強さについていけないらしい。幹部達は笑って誤魔化そうとする。
「まぁ、四天王のあなた方がそう言うのならば、そうなのだろう」
「邪魔をするな、とは言わない。ただネオロケット団のスタンスは今まで通りだ。デボンの破壊と初代の抹殺は急務である」
幹部は今まで通り金を捻出しろ。ゲンジの一声によって今回の会合はお開きとなった。毎回ゲンジが人並み外れた判断を下す事で会議が終わるのは定例になっている。
「ヒグチさん、後で議事録を送ってください」
プリムの声にマコは慌てて返答する。
「あ、はい」
「アチキはいいよー。議事録なんて読んだって仕方ないし」
「オレもいい。幹部連中と話した内容なんて後回しだ」
マコはゲンジへと視線を向ける。ゲンジは腕を組んだまま憮然と言い放った。
「後で書面にて送って欲しい」
「わ、分かりました……」
ゲンジを前にすると緊張する。やはり最後の四天王だけあって迫力が違った。幹部達が立ち去ってから新たな人物が部屋に入ってくる。
ここからが真の会議だった。マコは再びタイピングする手に緊張を走らせる。