INSANIA











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原罪の灯
第百十九話「封印された神」

 カナズミシティに張り巡らされた地下道の内、一つへの通用経路がアクティブになっており、ギリーはそこへと続くロードチューブに入った。デボン地下通用口。コープスコーズに関する研究や表立った事は出来ない研究成果を秘匿しておく一種の金庫に等しい。

 立ち入ると警報が鳴った。小銃と監視カメラが向けられる。問答無用の措置にギリーは両手を上げる。

「死にに来たんじゃない。これ、見えるだろ?」

 取り出したのはIDカードだ。監視カメラがそれを読み取り、機械音声を上げる。

『地下階層へのアクセスを承認します』

「頼むぜ、本当」

 銃と監視カメラが排除され、ギリーが歩み出る。何重にも張られた隔壁が次々と開いていき、グリーンのランプが点いた。

 白色光に照らされた廊下をギリーは踏み込む。コープスコーズの研究が行われていた。

 ゴーグルをかけた銀色の髪の子供達が様々な色の配線に絡め取られるようにして椅子に座っている。情報処理の基礎段階を覚え込ませているのだ。コープスコーズはゲノセクトを手足のように動かせなければならない。

 ギリーが見入っていると、「気になるか?」と声がかけられた。

 目線を振り向ける。

 待ち人がギリーを見据えていた。

「気になるっていや気になりますなぁ。ここの技術主任に落ち着いたあんたの心境がね。ツワブキ・イッシン」

 相手の名前を呼ぶとイッシンは目線を逸らす。

「ここが、最も初代から遠いようで近いからだ。だからわたしはここにいる」

「反逆の牙でも研いでいるんですか?」

 イッシンは一瞬、その眼差しに注意を向けた。

「初代がかまでもかけたか?」

 ギリーは肩を竦める。

「まだあんたとの関係に気付いちゃいねぇが、ちょっとばかし気になっている部分はあるらしい。実際、自分が出来ない事があることにご立腹なようだ」

「メガシンカとボックスの完全管理。半年あれば気づくか」

 イッシンはコープスコーズの実験に視線を向けながらため息をつく。ギリーも目線を合わせて、「どうなんです?」と聞いていた。

「どう、とは?」

「メガシンカ云々はあれでしょう? 初代が切り拓いた分野だが、発達させたのは他の研究者だ。だから初代がメガシンカを使えない。それは二十三年前の初代殺しが関係している。ここまでは推測つきます」

「暗殺者にしては頭が回るな」

 イッシンの言葉を風と受け流し、「しかし、ここまでは、です」と言いやった。

「実際のボックスの管理だとか、そういうのを用意したのは誰なのか、ここからは完全にツワブキ・イッシン。あんたの領域だ。息子達の初代再生計画を阻止するために、あなたが仕向けた、不完全な初代の再生を」

 ギリーが声にするとイッシンは一瞥を向ける。

「喋り過ぎだな」

「どこに耳があるかは分かりませんが、最終的に敵になるとすれば、それは初代でしょうな」

 ギリーの言葉にイッシンは鼻を鳴らす。

「初代から力をもらっておいて、それを仇で返すか」

「オレはね、結局のところデボンがどっちに傾くかなんて割と興味ないんですよ。初代が統治してもおいしいし、あんたがやってもおいしい。またはツワブキ・コウヤ、こいつもなかなかに」

「どの立場でも損をしない稀有な役回りだな」

 イッシンの声にギリーは笑みを刻む。

「だからこそ、分からないってのはある。何であんたは初代に勘繰られる心配をされてまで、あれを封印したのか」

 あれ、と示された声音にイッシンがコープスコーズに向けていた視線を僅かに伏せる。

「……あれが使われれば、メガシンカポケモンどころではない。わたしは早急に手を打たなければならなかった。完全な記憶の完全な初代の再生。それだけは阻止しなければ。息子達の希望を潰えさせてでも」

「だからこその義手と義足。それにもう一つでしょう? 初代の記憶を縛るもう一つのパーツ」

 ギリーの声にイッシンは、「お前は物好きだな」と応じる。

「わたしにつくでもなく、初代につくでもないこのポジションを楽しんでいる」

「初代は気前がいい。ですがちょっとばかし不安定だ。あんたは慎重だが、そういう点では安定感がある」

「臆病者だと、揶揄されているようにも聞こえるな」

「臆病者? まさか。あんたが臆病者のはずがない。臆病な奴が初代に立ち向かう手段を考えているなんて、そんなはず」

「口を慎め、ギリー。一応はここもデボンだ」

 わざとらしく口元を覆ったギリーはイッシンに促す。

「コープスコーズの発足のアイデアは初代ですが、このシステム作りはあんたのものだ」

「死体兵団か。なかなかに洒落の利いた名前だ」

「死者の王が操る死体の兵隊、ですか。完全な初代の遺伝子培養によるもう一人の創造。メモリークローンの技術を使い、初代の劣化版を作成する」

 コープスコーズの一人がゴーグルを外す。

 その面持ちは初代と瓜二つであった。眼が赤い事以外はまさしく初代ツワブキ・ダイゴを子供にした背格好だ。

「Dシリーズの技術が活きましたね。奴らだって無駄じゃなかったわけだ」

「Dシリーズは素体となる人間が必要だったが、コープスコーズは初代から取り出した遺伝子を基にして造られる純粋な人造人間。彼らには知性はない。あるのはただ命令に忠実な脳みそだけだ」

「高速演算チップでしたっけ? 埋め込んだら生まれたばかりのコープスコーズでも一気に二十歳相当の知能になるんでしょう?」

 ギリーはこめかみを突いてみせる。メモリークローンであるこの身体にも使われている技術だ。魂が定着しても脳髄が幼いのならば何の意味もない。高速演算チップはその補助のためにある。

 だがコープスコーズに埋め込まれているのはまた別だ。

 コープスコーズのネットワークは初代の肉体と精神を支えるための二次的機能を有している。コープスコーズの存在によって初代はある程度肉体の劣化を抑えている部分があるのだ。

 それも当然と言えば当然だろう。あの肉体はもう死んでいるのだから。

「高速化したネットワークを用い、身体を動かすのに必要な神経伝達の速度を測っている。初代のために食い潰される死体兵団の子供達」

「悲哀でもありますか?」

「いいや。彼らは初代のために命を尽くすよ。それしかないのだから」

 イッシンが隠しているのはもっと別のものだ。コープスコーズの研究、秘匿などまだかわいいくらいである。

「分かりましたか? 二十三年前の真相は」

 誰が初代を殺したのか。初代が蘇ればまずそれが明らかになる予定だったが。

「……いいや、まだだ」

 苦々しげにイッシンは口走る。だからこそ、初代に枷をかけた。その時が来るまで初代を完全体にしてはならない。

「二十三年も経てば時効な気がしますけれどね」

「時効だとか、意味がないとか、そういう話ではないんだ。誰が初代を殺したのか。それが明らかにならなければツワブキの家系は、血は潰える」

 鋭くなったイッシンの眼光にまだ本当に分かっていないのだとギリーは悟る。初代でさえも自分を殺したのは誰なのか分かっていない。当事者が誰もいない状態からどうやって紐解くのか。ギリーからしてみれば対岸の火事だが、ツワブキ家は必死だろう。

「血が潰える、ですか。随分と古めかしい」

「そうでなければ初代再生など考えまいよ。ギリー、物理ボックスを見に来たのだろう?」

 ここに来た目的を悟られギリーは後頭部を掻いた。

「いや、あれの存在を告げ口なんてしませんよ?」

「当然だ。初代に知れればまずお前を殺す」

 メモリークローンがあっても魂までも殺しつくすつもりの声音だった。思わず背筋が凍り付く。ツワブキの家系はあまさず人殺しの素養でもあるのか。

 イッシンは白色の廊下を歩きながら、「そもそもお前を囲っているのは秘密なんだ」と口にした。

「息子達にも知られてはならない」

「ですが半年前、奴は知っていたかもしれませんよ」

 奴、その声音にイッシンが思い至ったようだ。

「ダイゴの事を、言っているのか?」

 ツワブキ・ダイゴ。D015の男。

 彼はもしかしたら自分とイッシンの関係に気づいていたかもしれない。気付いていたとすれば奴だ、とギリーは危惧していた。だがネオロケット団にさらわれたダイゴの行方はようとして知れない。

「聡いとすれば、恐らく外部の血の者だと」

「あいつには悪い事をした。初代再生の依り代に選ばれた事もそうだが、酷な運命を強いてしまった面もある」

 だが後悔はしていない。そのような口調であった。イッシンは自分の行動に恥だけは塗らないタイプだ。それは雇われてから何度も実感した部分である。

「ダイゴが、わたしとお前の関係性に気付いていたと? ないな。それはない」

「どうして言い切れます?」

「ダイゴならば、それを知ったらわたしと共闘などするはずがないからだ。あいつは、一度や二度しか真正面から顔を見てやれなかったが、それこそ正義に燃える瞳があった」

 自分からの疑いを晴らすための共闘だったとはいえ、イッシンはそこまで感じ取ったのだろう。確かにダイゴに関して、ギリーも侮っていた部分がある。

「戦闘中に進化……、あれも驚きでしたが」

「初代との戦闘においてはメタグロスまで進化したらしい。さらに言えば、同調に近い現象まで再現されたとか」

 だとすれば恐るべきはダイゴだ。ネオロケット団が何を目的しているとはいえ、真っ先に掲げるのはデボンの打倒。そのためにダイゴの力を使わないはずがない。

「だがな、ダイゴは優し過ぎる。わたし達のように非情にはなりきれていない。だから、我々を滅ぼすのはダイゴではなく、恐らくはもっと別の存在だろう」

 別の存在。ギリーが思い描いたのは自分と拮抗する実力を持った少女だ。幾度となく、コープスコーズの抹殺対象に上がっている。

 ギルティギアのボーカル、ディズィー。世間では彼女を権力に屈しないティーンエイジャーのカリスマとして持ち上げている節もある。

「あの邪魔なガールズバンドならば」

「ディズィーか。彼女でもないだろうな。あれはかく乱だ。我々の目を別の方向に向けている。もしかしたら本体は、既に嗅ぎ付けている頃かもしれない」

 デボンの真の目的を。そうなってくると自分とイッシンの行動も慎重になってくる。

「そうなってくるとまずいのでは」

「まずい? ギリー、貴様暗殺者だろう? 何を腑抜けた事を。わたしが守っている秘密の一端でも握っている人間ならば、もうまずいという一言でさえも許されない」

 イッシンが隔壁の前の認証を始める。網膜認証、静脈認証、カードキーで最終確認が取られ、青と赤の隔壁が開いていく。

 内部は青白い光が連なっていた。目的の場所はさらにここから五十メートルは歩かなくてはならない。

「この場所を特定出来ても、所定の手順を踏まなければこの管区そのものが爆砕するようになっている。初代どころかお前でもこのパスワードは知るまい」

 手元のホロキャスターでイッシンはパスワードを打ち込み認証させる。一個や二個ではない。少なくとも三つのパスワードを連携して用い、認証されたのは半球型の区画だった。

 ゴゥンゴゥンと低い音が間断なく響いている。パイプが繋がれており、活動状態にあるのが伝わってきた。入り口は小さく、少しばかり屈まなくては入れない。先んじてパスワードを打ち込んでいたお陰で入り口は自動で開いた。入るなり、照明が網膜を刺激する。

 内部では多数のパイルバンカーが四方六方に伸びており、その中心にはそれらを一身に背負った獣が鎮座していた。

 青白い血脈が宿っている。一見、四足の獣か、と見紛うたそれは後頭部が異常に発達しており、心臓部にはダイヤモンドの意匠が埋め込まれている。赤い眼光はそれだけで人間を根源から竦み上がらせる。青と銀の色を身に纏ったそのポケモンへとイッシンが歩み寄っていく。

「これこそが、初代ツワブキ・ダイゴの遺した最大の遺産。初代が、各地を点々として鋼タイプ集めに躍起になっていたのは有名だが、これを所持していたのは誰も知るまい。それほどまでに重要な、ある意味で国際問題にも発展しかねない力だ」

「鋼・ドラゴンのタイプを持つ、最強と謳われる鋼の獣……」

 さしものギリーもこのポケモンの前では軽口を叩けなかった。北方、シンオウの地では神と呼ばれているポケモン。時間を操り、このポケモンの鼓動そのものが時間と連動しているとされる創造神。

「――ディアルガ。それがこいつの名前だ」


オンドゥル大使 ( 2016/02/24(水) 21:00 )