INSANIA











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原罪の灯
第百十七話「造られたヒト」

 本当にそうなのかは、問いかけるほかない。コウヤは部屋を後にする。

 初代の顔を見る気にもなれない。あれは実際何なのか。コウヤは別のホロキャスターから通話する。

「おれだ。調査報告書、上がってきているんだろう?」

 通話口の相手は、『上がってはいるが』と濁す。極秘に雇った内偵のエージェントだ。確かホムラとか言っていたか。

「何か問題でも?」

『そちらのオーダー通りに、こっちでは調べ上げた。初代の遺伝子データや、人格そのものを疑って』

 そうだ、コウヤは初代の身体に巣食っているのが、初代ではない可能性に思い至っていた。あれは初代ではない何者かだと。

 しかしホムラは難しい声を出す。

『しかし肉体は初代のものだった。これはもう、間違いようのない。九十九パーセント以上、あの肉体は初代のものだ』

 最初のほうこそホログラムでの補助が必要な肉体だったが、半年を得てほとんど瑞々しさを取り戻した初代の肉体は部分的なホログラムが貼られているだけだ。繋ぎ目を見えなくしている程度である。

「だとすればゾンビだとでも?」

 笑い話にもならない。初代のゾンビならば敵だと断じられる分、永久に葬ってしまえばいいのだが。

『ゾンビって言うのは違う。恐らく、あんたの要求通りにツワブキ・ダイゴはあの肉体に定着したんだと思う。それこそ初代の肉体に、初代の魂が。でも何かが、決定的に何が、とは言えないがあれは初代ではない。それはこっちも感じているところだよ』

 ホムラには初代に関するデータを与えてある。それこそツワブキ家の内々でしか知られなかったデータでもさえも、だ。

「何かが違うが」

『何が違うのかは分からない。正直、それだな』

 自分の抱いている違和感と変わらない。あれが初代だと認めてしまえればいいものを、初代はあのような存在ではないとどこかで感じ取っている。

「何かが欠けている、とでも言うべきか……。あれが初代ツワブキ・ダイゴだとすれば、それこそ王の再現だ。だって言うのに、何か、俗っぽいとでも言うのか」

 もちろん初代がどのような人格だったのかを明確に知るのは自分達ではない。イッシンや当時から幹部だった人間だろう。孫である自分達には初代が本物か偽者かを判じる術はないのだ。

『疑い始めればきりがないが、ちょっとした面白い実験を行った。そのデータを転送しておくよ』

「苦労をかける」

『いいさ。金は払ってもらえればね』

 通話を切り、コウヤは本社ビルの前で待つ車に乗り込んだ。付き人が次のスケジュールを口にする。

「前社長が、一度お話したいとの事です」

「経営方針か? それともデボンの体制について?」

「詳しくは存じ上げませんが、明日の昼食をご一緒したいと。その時に、との事です」

 イッシンが、父親が何を考えているのかなど随分と前から分からない。しかし初代に関するかまをかけるにはちょうどよかった。レイカでもリョウでもなければ、あの初代を望んだのはイッシンに他ならないからだ。

「いいだろう。予定を合わせると親父に返答しておいてくれ」

「このままご自宅に?」

「別宅に向かって欲しい。そちらで書類を纏めなければならないんでね」

 かしこまりました、と付き人は運転手に別宅へと向かわせる。

 別宅は半年前まで住んでいた自宅から五キロは離れている。これは物理的な手段での介入を防ぐためだ。半年前に侵入者を許してしまった反省もある。

 セキュリティを抜け、コウヤは別宅の書斎に入った。そこから先には付き人もついてこない。一度椅子に腰かけてパソコンを起動させる。デボンの書類の他に内偵を命じていたホムラの報告書があった。そちらを先に閲覧する。

「人格判定テスト……。これか? 面白い実験とやらは」

 長期記憶、短期記憶、及び同一人物かを調べる四十ものリストが並んでいる。もちろん、初代に受けてくれと言って受けさせたわけではあるまい。あらゆる場所で別人がテストを行ったのだ。その統計がディスプレイにあるというだけの話。

「初代ツワブキ・ダイゴと現会長は九割の確率で同一人物である」

 文頭からしてこちらからしてみれば不都合な事実だった。しかしスクロールすると「懸念事項として」と書き添えられている。

「初代ツワブキ・ダイゴと現会長の違いとしてあるのは二十三年前の事件当時の記憶が曖昧な事である。二十三年前にはメガシンカの研究に心血を注いでいた初代が同じ行動を取るのは合理的ではない。自分のデータの反復ならばすぐさま出来るはずなのにそれを時間のかかる手段で行っているという事は初代と現会長の間に何かしらひずみがある、と考えるべきである」

 ひずみ。コウヤは頬杖をつく。

「つまり、初代と現会長はほぼ同一だが、何かしら引っかかる、と」

 さらにスクロールさせると「長期記憶について」と書かれていた。

「現会長は長期記憶の領域に障害があると考えられる。要因としてゲノセクト投入に関する点が挙げられる」

 ゲノセクト投入はほとんど初代の独断だ。コウヤは読み進める。

「コープスコーズに使われているのは高速演算メモリーチップと呼ばれる外部記憶野である。コープスコーズの統制にこれを用いているのだと思われていたが、何度かの調査の結果、これは初代そのものの記憶の補助に使われている事が判明した」

 そこでスクロールを止める。初代そのものの記憶の補助? コウヤは疑問を抱えながら報告書を読む。

「高速演算メモリーチップを使用するのに、リンク先を調べ上げたがそれら全てのリンクが統合され一度集約される箇所がある。それの位置と初代の所在地が一致している。つまり初代は何らかの外部記憶に頼って生活しているという事になる……。初代が、何か端末を持っていたか?」

 そこから先はホムラの私見であった。コウヤは慎重に続ける。

「ここからは私見だが、恐らくその集約地点は初代の脳内にあると思われる。魂の再現、とあったが、魂の存在を肯定するよりも簡単なのは既にデボンで行われてきたプログラム人格の補助活動である。つまり現時点で会長を演じているツワブキ・ダイゴは初代の魂が降り立ったものではなく、あらゆる情報を統合し、構築された一種のプログラム人格ではないのか、という考えに至った。……プログラム人格」

 そう考えると、レイカとリョウの望んだ人格でないのも頷けるがそれにしては自然体である。プログラム人格ならばどこかで齟齬が発生するはずだ。

「人間味のない部分がない、というのがこの論拠を否定しているな。もしプログラム人格ならば、もっと分かりやすくそれが出るはずだ。ジョークの一つも言えやしないだろう」

 それにしては「人間」過ぎるのだ。もっとロボットのようだったのならばこの仮説も肯定出来ただろう。しかし人間との会話に一秒の迷いもなく返答するプログラム人格など存在するまい。

「馬鹿馬鹿しい。それこそ、初代のプログラムがスパコン並みの処理能力を持っていなければ出来ない話だ」

 いつ、そのような人格を育て上げる時間があった。レイカもリョウも知らない方法で人格を育成するなど不可能だ。

「だが、着眼点は見事だな。今の会長職を追うには少しばかり足りないが」

 ホムラが究極的に他人だからこそ出来る芸当だろう。ツワブキ家のお家騒動に関わっているのならばこのような冷静な判断は出来まい。

「プログラム人格か。そういえば、あのツワブキ・ダイゴもそうだったな」

 半年前にネオロケット団にさらわれたというダイゴの事を思い出す。レイカの話ではネオロケット団の尖兵を洗脳し、ポケモンの血と入れ換えた上での実験だったらしいが、あのツワブキ・ダイゴは見事な代物だった。ほとんど別人と言ってもいい具合だ。

「別人格を作り上げるのは不可能ではない? だが、そうなってくると今度こそ浮かんでくるのは、誰が、何のために?」

 初代の別人を造り上げて誰が得するのか。その意図が分からなければ結局袋小路である。

 ダイゴが存在するのならば、初代の存在も容認出来ないだろうか? しかし、そのダイゴもネオロケット団に捕らえ直され、今はどうしているのか分からない。

 それと同時に頭に浮かんだのは逃走したネオロケット団に混じっていた身内の名前だった。

「クオン……。リョウは随分と神経を磨り減らしているぞ。誰も叱らないから、帰って来いよ」

 呟いても愛しい妹が戻って来る事はないだろう。コウヤはその点に関しては誰よりもドライだった。

オンドゥル大使 ( 2016/02/24(水) 20:59 )