第百十五話「命の所有者」
情報の集積所はいつもごった返している。
それは集積所の名の通り、集まってくる情報が多過ぎてさばけないからだ。だからほとんど垂れ流しの情報を予め組んでおいたアプリで組み換え、移動し、最適化する。
そうする事で初めて見えてくる真実もあるのだと、何度目かの覚醒とまどろみの間で感知した。
ハードディスクが点滅しているのでまたしても容量限界か、とUSBの接続を解除する。熱の籠ったハードディスクからは熱気が溢れ出ていた。空調のリモコンを手に取り、肌に張り付いたワイシャツの感覚を確かめてから声にする。
「今壊れたので何台目だ?」
予め組んでおいたアプリが発声する。
『二十五台目です』
今時、OSに組み込んだロボットアプリなんて珍しくはない。このアプリが他と違うところがあるとすれば、それはデボンの認可を降りていない事くらいだろう。液晶を撫でて、伸び切った髪をかき上げる。
「デボンはどう動いた?」
『やはり、現状ではゲノセクトを擁する部隊による排除がメインのようです。そういえば、ご主人様のご友人が動いたという報告がありますが』
「ツワブキ・リョウ、か。奴もほとんどデボンの小間使いだな」
乾いた笑いを浮かべるとロボットアプリは声を荒らげた。
『笑い事ではございませんよ。カナズミの都市機能はほとんど麻痺しているって言うのに、デボンだけは力を蓄えている。これじゃ監視社会じゃないですか』
まるで半年前の自分のような口ぶりのアプリに呼びかける。
「ルイ。お前の判断だと、デボンはどこまで掌握している?」
呼びかけられてアプリ「RUI」は答える。人間のように逡巡を浮かべ、『確定は出来ませんが』と前置きする。
『カナズミは恐らく全部。でもそれだとネオロケット団の一味が逃げられる説明がつかないんですよね』
「どこかに秘密の抜け穴くらいは持っているだろうな。だとすれば、こちらからの接触は難しい、か」
『ですが、サキ様。こっちには数百台のマシンスペックを誇るボクと、それにあなたがいるではありませんか』
ルイの言葉にサキは嘆息を漏らす。
「よくそんなに自信が持てるな。こんな状況で。作った奴そっくりだ」
『何を仰います。ボクを創造されたプラターヌ博士は、そんな泣き言を聞きたくないと思いますよ』
サキはルイの声音にプラターヌの死に顔を思い返す。苦々しい思いが湧き上がってきて煙草の箱を取り出した。いつの間にか身についた慣れた所作で箱の底を叩き、煙草をくわえて火を点ける。一連の動作にルイが煙たそうにした。
『駄目ですよ。喫煙はあなたの健康と寿命に関わってくる……』
「パッケージみたいな事を言うな」
紫煙を吐き出し、サキは考えを纏める。リョウが先導するデボン御用達の戦闘部隊。ゲノセクトが空を舞う光景に最早カナズミの人々は慣れたのか。あるいは慣れた振りでもしているのか。サキはゲノセクトのデータを呼び出した。
『ほとんど生体兵器ですよ。化石から復元したポケモンに重装備をさせたもので、人造のポケモンと言っても差し支えありません』
「問題なのは、デボンがこれらをどう操っているのか、だ。ゲノセクトの頭数を揃えたところで実際に使える人員がいなければ話にならない」
『Dシリーズですかね』
ルイは既にDシリーズについてある程度調べを進めている。しかし分からない事が幾つかあった。
「Dシリーズだとして、私の遭遇したDシリーズの言葉と矛盾する。200体しかいないと聞いていたし、何よりもそれ以上の量産態勢は無意味だと判断されていた」
『新しく造られたDシリーズ、と判断したほうがよろしいでしょうか』
よろしいでしょうか、とは面白い言い方をする。OSなのに、どこか人間じみた言葉遣いをするのがルイの特徴だった。
「そうだな。新しく作られた新設の部隊、と考えたほうがまだ辻褄が合う。だがそうだとすれば」
『デボンは特殊組織を擁しており、その戦力は軍隊並みだと』
ルイの結論にサキは、「仮定だよ」と付け加えた。
「あくまでも仮定だ。ただ、その可能性がかなり高いと私は踏んでいるが」
『やはり現社長の方針でしょうか』
デボンコーポレーション現社長。半年前にツワブキ・イッシンが代表取締役を辞任。その後、彼の息子であるツワブキ・コウヤに全権が回るかと思われたが、実際には別の人間が任命された。しかし表向きはコウヤによる指示だとされている。
「摂政と関白か。動かしているのは別人で、コウヤは隠れ蓑」
『表舞台に出てくるのはツワブキ・コウヤですが、それにしては奇妙なんですよね。公式発言が全くない』
コウヤを社長するのならば、コウヤから発進される情報があってもいいものだ。しかしコウヤの発言はあくまでもデボンの発言とイコールで結ばれず、コウヤは実質今まで通り、次期社長ポジションに落ち着いている事になる。
「ツワブキ・コウヤはもしもの時のスケープゴート。実際に動かしているのは……」
そこまで口にしてサキは思い返す。半年前にデボン本社で巻き起こったテロ事件。その最中、確かに目にしたのだ。初代ツワブキ・ダイゴを。
しかし今にして思えば、あれは昂った神経のまやかしであったのかもしれないし、そもそも初代の復活計画を阻止するために動いていたのに、これでは失敗を示す。
『その辺に関してはあやふやですが情報があります。こちらの画像をご覧ください』
ルイが示したのはゴーグルをつけた黒スーツの集団だった。装甲車に乗せられており、巨大なパラポラアンテナが上部に備え付けられている。
「これは?」
『ボクの擁する情報網から手に入れました。とは言っても、これを手に入れた直後、感染したウイルスとスパイウェアの数は四十を軽く超えます。もちろん、ボクは感染前に全てを切り離し、排除しましたが』
今さらにルイの手腕を疑ってはいまい。その排除の結果が先ほどのハードディスクの故障なのだろう。
「能書きはいい。その画像が何なのか教えろ」
サキの言葉にルイは不服そうにする。
『ご主人様……、さしものボクでもあまりに身勝手が過ぎるかと。せめて労いの言葉くらいは欲しいものです』
システムが労いを要求するか。サキは目頭を揉みながら、「ああ、よくやった」と適当に応じた。しかしそれではルイが納得しない。
『もっと心を込めて。ご主人様はその辺りががさつ過ぎます』
システムに人格について文句を言われるとは思っていなかった。この辺りがプラターヌの作ったシステムらしい。サキは後頭部を掻いて、「分かったよ」と応じる。
「なかなかの働きだ。よくやった」
『……まだ心がこもっていない気がしますが、まぁいいでしょう。この画像は解析するに、ゲノセクト部隊を動かしている中継車両だと思われます』
ゲノセクト部隊。デボン内部では別の呼び名があったな、とサキは思い返す。
「コープスコーズ、か」
『そうですね。この画像に映っている人間が、そのコープスコーズの一員だと』
しかし「死体兵団」とは、とサキは口にした言葉に苦々しさを感じる。デボンは何をもってその名をつけたのだろう。
「ヘッドセットを被っている事からしてみて、思惟で動かすタイプか?」
『鋭いですね。このパラポラアンテナもその思惟を増幅させる機能があると推測されます』
やはりゲノセクト部隊は思惟で動かしている。そう考えると得心の行く事が多い。どうしてゲノセクトは自律稼動しているのか。そもそも一度に数体のゲノセクトを動かす事が可能なのか。それらの疑問は一言に集約される。
「同調、か」
『これはもっと恐ろしいものだと思われます。通常の同調ならばダメージフィードバックなどの不都合が発生しますが、これはそれらのデメリットを排除した、もっと人工的な同調現象でしょう』
つまりダメージが返ってこない。ゴーグルはそのための措置か。サキは、「便利になったものだな」と感想を述べる。
「何人ほど乗っている?」
『それが……、確認出来ただけでも四人なんですよね。それが少し』
「奇妙だと」
ルイはサキの意見を認める。その理由は明白だった。
「ゲノセクト部隊は数十体のゲノセクトからなる編隊。だっていうのに四人では」
『動かせるはずがない、んですか……』
「他の情報は? ルイ」
手近にあったキーボードを引き寄せ、サキは手動で情報を集める。ルイがシステム面での補助をしながら、『生憎と』と応じた。
『この情報以外では厳しい面があります。デボンはコープスコーズの存在自体をいつでも切り離せるようにしているとしか思えないですから』
「主要部隊ですら使い捨てか」
反吐が出る。
サキの声音に、『別の情報ならば』とルイが集積していた情報の一つを呼び出した。
「……ネオロケット団か」
ライブハウス前で張っていた甲羅のポケモン、コータスによるバリケードとダーテングによる強襲攻撃。ここ数回で続いているのと同じ手口だ。
「コータスを使っているのは、ゲノセクト対策だろうな。だがこのダーテングだけは別だ。他のトレーナーがスタンドアローンで動かしている」
『やはり、そう解釈されますか』
「ダーテングの使い手か。検索」
『かけましたが多過ぎて……。ホウエンだけでもダーテングを登録している人間は五百人です』
「実力者だけをピックアップ」
『そうなると今度はフィルターがかかってきますよ。実力者には手持ちを秘匿する権限がありますから』
エリートトレーナー以上は手持ちポケモンを開示しなくてもよいという条件がある。ホウエンのトレーナーはエリートトレーナーが多い。
「ある一点になると、どうしてもエリートトレーナーの情報網に入ってしまうので解析が困難になる。全く、誰が仕出かした不具合なんだか」
『旧態依然としたセキュリティがまかり通っている部分でもありますからね。手持ちを開示しないのは何もエリートトレーナーに限りませんし。トレーナー登録を怠れば手持ちを秘匿する事も簡単です』
「だがそうなればデボンの管理によってボールスイッチに信号が送られ、開閉不可になる。……そうなってしまえば困るのは連中のはずなんだが」
『だから裏口があるんでしょう。デボンに情報が送られている、というダミーを送れば、この網は掻い潜れます』
デボンに情報を送った、というダミー。一件矛盾しているようだが、それが可能である事はサキ自身思い知っている。行方不明、あるいは生死不明と送れば、デボンの加護を受けながらポケモンの所持が可能なのだ。その場合、一度でもデボンの情報網に引っかかればアウトだが、サキはルイによってその条件を満たしていた。この社会において透明人間になる事が可能だという事が証明された。
「実際、あいつもこうやって掻い潜っていたのかも知れないな」
あいつ、と口にするとその姿、声も思い出されるが今は生きているのかどうかも分からない。
『ツワブキ・ダイゴ氏ですか』
ルイが察知して声にする。
ダイゴはあの時、上層に向かって駆けていった。誰も、その後姿を止める術はなかった。あの時、ダイゴは自分が何者なのか知ったはずなのだ。
だがダイゴの生存は不明となり、今日のデボンの繁栄と支配があの日から磐石となった。
「一体あの日、何が起こったんだ」
自分はプラターヌの死から奮い立とうと一課に戻ろうとして後から送られてきたメールに気付いた。そこに記されていたのは今も利用している隠れ家の地図と、高機能システムAI「RUI」のパスコードだった。
プラターヌがいつの間にこのような高度なAIを開発していたのかは謎だったが、元々研究者なのだ。秘密の研究所の一つや二つは持っていてもおかしくはない。
『あの日のカナズミの新聞記事にはデボンに向けての企業テロが行われた、とありますが』
当然ダミーだろう。何か、決定的な事を見逃している気がした。
「ダイゴはどこかへと消え、さらに言えばデボン内部で何かが起こった。不都合な何かが」
誰にとってなのかはまだ分からない。しかし、デボンが変わったのはあの日を境にしてなのだ。
『デボンのシステムキャッシュは全て削除されています。あの日に何が起こったのかを正確に知るのは難しいでしょう』
分かっていたがやはり自分一人ではデボンの闇を引っぺがすには至らない。サキは灰皿に煙草を押し付け呟いた。
「何か、デボンに潜り込む術があればいいのだが」
『セキュリティレベルは常に4、つまり最高セキュリティです。あの時のように地下を使って潜り込む事さえも出来ないでしょうね』
まさしく蟻の入り込む隙もない、というわけか。サキは手強いと感じると同時に疑問視視する。
どうしてそこまで堅牢な帝国を築かなければならない?
デボンは何がしたいのだ?
全てが幕の向こう側に覆い隠されているようだった。
「味方は少ない。今の状況で打開するのには足りない要素が多過ぎる」
嘆息をつく。このままでは消耗戦を続けるだけだ。
『その事ですがご主人様。デボンの中で不透明な情報の動きがありました』
「不透明な情報?」
ルイが様々な別窓を開き、それらをダミーにしながらデボン中枢へと潜っていく。サキは魔法を見せられているような気分に陥った。
『これです。この時刻の、この会話』
通話ログを呼び出し、ルイはそれを再生する。恐らくは一回きりの再生だろう。サキは録音プログラムと音波解析プログラムを呼び出してヘッドセットを耳に当てた。
『……この通話もどこに聞かれているか分からないよ。あんた、もうやめたほうがいいって。いくら懇意にしているからってこんなに数回に渡って通話されたんじゃ、どこかに記録が残ってしまう』
聞いた事のない女の声だった。その声に応対したのは淡白な、こちらも女の声だ。
『どうしても、彼の行方を知らなければならない』
その声の主を自分は知っている気がする。しかし即座に思い出せなかった。
『そりゃ、彼に関する事は残念だったさ。でも半年も経つんだ。忘れなよ。アタシだって、もうデボンの中でそう易々と動ける地位じゃないんだ。目をつけられたみたいで、通話記録を残す事も出来ない』
『それでも、私にはあなたの情報網が必要なの。右腕はまだこちらにあるわ。交渉の手段は存在する』
「……右腕?」
通話の中で出てきた名称にサキは疑問符を浮かべる。一体この二人は何を言っているのか。
『まだあれが完全体じゃないって? それはまた末恐ろしい事を言うね。アタシはこの一件からさっさと足を洗いたいんだ。あの化け物とのいざこざに巻き込まれるのは御免だし、あんたがいくら旧知の仲だって言っても、アタシには出来る事と出来ない事がある』
『そこをどうか。イズミ……』
『名前を呼ばないでよ。どこに耳があるか分からないんだから』
「イズミ、という名前なのか。もう一人は?」
聞き覚えはあるのだが名前が出てこない。しばらく聞いているとイズミは堪りかねたように声にした。
『アタシに電話してこないで。もうこれ以上はデボンの中で探りを入れるのは無理。あんたが直々に右腕で交渉するって言うのならまだしも……。そもそもその右腕だって、本当にあの化け物にいるのかどうか分からないってのが』
『必要なはずよ。初代は、右腕と左足が不完全なまま再生された。だからまだ本当の力を得ていない』
初代、という言葉にサキは硬直する。まさか初代ツワブキ・ダイゴの事を言っているのか。だとすれば右腕、とは――。
『でも義手と義足で事足りているみたいだし、そりゃ公の場に出るにはちょっと怪しい井出達だけれど、公の場にはツワブキ・コウヤが出ている。初代は後ろで指示を出しているだけだ』
語られているのはデボンの現状だ。サキはルイへと目配せする。録音プログラムはきっちり起動していた。
『考えてもみて。どうして初代はこんなまどろっこしい真似をするの? 自分が支配すればいいのに、そんな事をせずツワブキ・コウヤに表向き社長の座を譲るなんて』
『世間はコウヤが次期社長だと思い込んでいたし、何よりも初代そっくりの……いいや本人が復活して全てを支配し始めるなんて狂っている』
『その狂った所業が、誰にも見咎められずに行われている。私にはそれが許せない』
『落ち着きなよ。そんな正義に駆られたってこの場合、仕方がないんだ。あんた、やっぱりあの時の、ツワブキ・ダイゴとか言う男の事を』
ダイゴの名前が出てきてサキは瞠目する。そこで断ずるように冷たい声が放たれた。
『彼は関係がない。私が追い続けているのはずっとデボンの闇だけ』
『デボンがどれだけ悪行を重ねても、このホウエンじゃ少なくとも誰も神経に堪えるような人間はいないよ。デボンがやっている事なら、で思考停止さ。でもあんたは踏み込み過ぎだ。このままじゃ、突かれたくない横腹をやられる事になる』
『私にはもう、何もないもの。突かれて困るものなんて、何も』
どこか寂しげな声音にイズミが口にする。
『……コノハ。あなたは一度ならず二度も愛しい人を失った。だからその気持ちは痛いほどに分かる』
コノハ、という名前にサキはようやく思い至った。
「ツワブキ家の確か家政婦……。でも何で……」
どうしてツワブキ家の家政婦がデボンの諜報員と通じている? その疑問が氷解する前に、『切るわ』と声が紡がれた。
『これ以上の議論は、もう無駄でしょう』
『アタシはさ、あんたの事が……!』
そこで通話は途切れた。サキはほとんど放心状態でその通話の意味を考える。
「ツワブキ家の家政婦が、どうしてだか秘密の通話ログを使っている……。だけれどどうしてだ? いつから、こんな事が」
『解析しようにも毎回ログは消されていて、今回たまたま拾ったものを再生しただけです。前後の文脈から推測するしかなさそうですね』
サキは腰かけてまず呟いた。
「右腕……。初代ツワブキ・ダイゴは死後八つの部位に分けられて大学病院などに保管されていた」
半年前に自分がそれを追った際、その部位が盗まれたのだ。一体誰が、とその時は思ったものだが、すっかり頭から抜け落ちていた。
『初代の復活……。それがまだ不完全だとでも?』
ルイの推測にサキは頭を振る。
「不完全な復活を許すはずがない。特にツワブキ家が……。ツワブキ・レイカもリョウも、不完全な初代の復活に賭けていたにはあまりにも用意周到だった。きっと完全復活を目指していたはずなんだ」
『ですが復活したのは不完全だった、というのは……』
「矛盾だな。そうなってくると、内部のいざこざを考えざる得ないんだが、その当の初代がどのような状態なのかが不透明では」
初代の状態を知れる情報がないか。サキは早速アクセスをかけていた。ルイにシステムバックアップを任せ、キーボードを叩く。
「医療機関……、あるいは研究機関へのアクセス履歴。そういうのが見つかれば……」
半ば強引な結びつけだったがサキはツワブキ家の一人がとある研究機関に申し出をしている記録を見つけた。早速開示してみると意外な人物であった。
「ツワブキ・イッシン……。前社長だと……」
どうしてイッシンが研究機関に申し出をしているのか。サキはそこから調べ上げようとしたが個人情報と閉ざされた。
「ルイ。万能鍵を」
『了解です、ご主人様』
ルイにはあらゆるパスコードを無効化する万能鍵が装備されている。ただし、足跡が残るためにあまり推奨されるやり方ではない。いつもならばデコイを使って慎重に取り出すところだがこの研究機関のセキュリティはずさんだった。意外と簡単に取り出せた履歴にサキは目を通す。
「遺体の処理に関して……? 誰の遺体だ?」
次のページに進むと部位とその遺体の持ち主が示される。サキは思わず絶句した。
「これは……!」
『ご主人様! 接続キーが焼かれます!』
ルイの警告にサキは慌てて別のハードディスクの電源を入れる。先ほどまで使っていたハードディスクが焼き切られ火花が散った。物理的に排除し、煙の棚引くそれを足で蹴る。
「これは、この情報は……」
サキはこれこそがツワブキ家のアキレス腱である事を確信する。
ディスプレイに表示されていたのは「心臓部。所有者、ツワブキ・イッシン」という文字であった。