第九十七話「暗殺者ギリー・ザ・ロックの最期」
その声に集合した岩の人型は吼えた。レジロックは先ほどから全面に展開した自分の一部から攻撃していたのだ。ギリーとギガイアスにしてみれば不可視のポケモンと判断してもおかしくはない。
「……だが、種が割れたぜ、御曹司。その一体だけなんだな、てめぇのは」
まるで勝ちを確信したような言い草だ。コウヤは改めて問うてみる。
「おや、おれがこの一体だと言えば、じゃあどうする?」
ギリーは涙目になりながらも殺意の照準をコウヤに向けた。
「てめぇ一体なら倒す手段なんていくらでもあるんだよ! ギガイアス、地震をぶち込め!」
地面が揺れ動く。狙い澄ました「じしん」。岩タイプには効果抜群の技だが、コウヤは慌てる事もない。
「打ち消せ」
その一言で衝撃波を伴った「じしん」は霧散した。ギリーは思わず唖然としている。
「言い忘れた事がいくつかあった。タイプ一致の攻撃であろうと何であろうとも、岩・地面レベルならば、このレジロックの上を行く攻撃などあり得ない。放ったのは地震だったか? なら、同じようなものを出して相殺させた」
コウヤの声にギリーは狼狽する。
「馬鹿な! そんな簡単に――」
「出来るから、おれは攻撃を一度だって受けていないんだよ」
コウヤが次に気にしたのは監視カメラだ。出来れば証拠に当たるものは残したくない。自分の手持ちは謎のままにしておきたい。
「レジロック。監視カメラを」
その声にレジロックが岩石で丸まった腕を掲げる。その一動作だけで監視カメラが破砕された。一つ、二つと目に見えない攻撃が放たれる。
「どうやって……」
「どうやって? 勘違いも甚だしい。敵にどうやって攻撃しているか、なんてわざわざ明かすか? もっとも、相手が敵として機能する場合のみの話だが」
ギリーは侮辱を受けたと感じたのだろう。奥歯を噛み締めて耐え忍んでいる。
「さて、依頼主を吐きもしない相手に、これ以上戦闘的価値を求められるか、否か、という部分になってくるが」
コウヤの絶対者を思わせる立ち振る舞いにギリーは言い返す。
「いい気になってるんじゃないぞ。オレのギガイアスはまだ負けたわけじゃねぇ」
「そうだったな。まだ再起不能にしてはちょっとばかし薄い。レジロック、差を見せ付けてやれ」
直後、レジロックの持ち上げた腕に連動してギガイアスの巨躯が浮き上がる。その光景にはさすがのギリーも絶句した。
「何キロあると思っているんだ……」
「岩・地面を司るレジロックにしてみれば、重さなど関係はない。その属性が付与されているポケモンを問答無用で支配下に置くくらい出来なければな」
レジロックが腕を振るうとギガイアスの一部が剥離した。じわじわとなぶり殺しにしようとしているのを感じ取ったのか、ギリーが悲鳴を上げる。
「やめろ! こんなやり方……、卑怯じゃねぇか!」
「卑怯? 殺し屋が道理を語るか。ならば卑怯にならないように、依頼主を吐け。そうすれば尊厳を少しばかり残した殺し方にしてやる」
ギリーが反感の眼差しを向ける。コウヤは前髪を引っ掴んで無理やり顔を上げさせた。
「何だ、その眼は。お前が向かってきたんだ。どうして文句を垂れる必要がある。恨むのならば、この実力差を理解出来なかった依頼主を恨めよ」
頭部を引っ掴んでそのまま引きずる。
「レジロック、どうやら主と共に死ぬのがお望みらしい。そのポケモン、このまま落下させて粉砕しろ」
レジロックが腕をひねるとギガイアスが身体をねじらせる。コウヤは勝ちを確信した。
「……一つだけ、間違っているぜ、御曹司。オレはな、負け戦なんてしに来たわけじゃない」
「それはそうだ。殺しに来た相手に殺し返される。これほどの屈辱はあるまい」
ギリーはこの状況下で、まさかの口角を吊り上げた。
「分かってねぇのはお互い様だぜ……。てめぇ、この射程に入ったな」
その言葉に疑問符を浮かべる前にギガイアスが身体を押し広げた。途端、空間を引き裂いて出現したのは黒い岩石だ。どこから、とコウヤが目を見開いた瞬間、刃のような岩石が飛び込んできた。
「ストーンエッジ! 既に布石は打っておいたぜ!」
どうやら空間に隠し持ってコウヤが近づく機会を窺っていたらしい。それに関しては自分の落ち度だ。
「なるほど、窮鼠猫を噛む、か。最後の足掻きには、注意せねばならないな」
しかし岩の刃がコウヤに届く事はない。レジロックが飛ばした岩石の一部が「ストーンエッジ」の刃先を止めているのである。しかもその岩石は小さな、掌に収まるレベルだった。
「馬鹿な……、そんな小石で……」
「レジロックの体内に入った石は思うがままだ。散弾のように飛ばす事も、あるいはGPSによる高精度のミサイル攻撃のように使う事も出来る。防御はこうして堅牢であるし、何も心配する事はない。おれは、何の懸念もなくトレーナーに肉迫出来る」
ギリーが歯噛みして叫ぶ。
「ストーンエッジ一発ならそうだろう! だがこれならばどうだ!」
ギガイアスが空中で変形する。岩の足を仕舞い込み、重戦車のようであったその形がある形状を取った。
「大剣、か」
岩の大剣と化したギガイアスは自身に攻撃を放ち発破をかける。飛び込んでくるギガイアスそのものを武器とした「ストーンエッジ」の迫力には目を瞠るものがあった。
「その覚悟、捨て身の攻撃、全て本物だ。確かに、嘗めてかかったのはお互い様のようだな」
コウヤが手を払う。その動作だけでギガイアスの射線がずれ、床へと陥没した。あまりの出来事にギリーも頭がついていっていないらしい。確実に命中したと信じて疑っていない瞳であった。
「命中……」
「しない。言ったはずだ。おれとレジロックの前に、岩の攻撃は無意味だと」
レジロックの放ったのは先ほどよりも少しばかり大きい岩石であった。それが弾丸の勢いを伴ってギガイアスを打ったのだ。その一撃でギガイアスの射線はずれた。
「これほどまでの使い手ならばなおさら……。何でリストアップされない」
「いい事を教えてやろう、暗殺者。ブラックリストに載りたくなかったら、ブラックリストを作る側になればいいと」
コウヤはギリーを無理やり立たせる。片脚のないせいでほとんど自分の持ち上げている形となった。
「言え。誰に雇われた?」
「……思い当たるのを言っていけよ」
「心当たりがあり過ぎてね。言葉にするのも難しい」
コウヤの返答にギリーは笑いを浮かべた。
「その慢心が、てめぇを破滅させる」
「ほう、破滅、と来たか。このツワブキ家の長兄に、破滅、とは。では改めて聞こう、ギリー・ザ・ロック。今の戦闘を経験しておれを破滅させられる奴なんて思い浮かんだか?」
ギリーは押し黙る。今の戦闘で力の差が歴然である事も分からない男ではあるまい。しかしギリーは笑みを浮かべる。
「……一人だけ、思い浮かんだぜ」
その一人が誰なのか、コウヤも察しがついていた。
「……ダイゴか」
「知っているんじゃねぇか。そうだよ、鋼タイプを操るツワブキ・ダイゴは天敵だろうに」
「確かにあいつの持っている手持ち、まだおれも知らないが鋼である事は確定だな。Dシリーズだって言うんなら」
「破滅に追い込まれるべくして、てめぇは追い込まれる。自分達で揃えた兵士がいつ牙を剥くかなんて分からないだろう」
ギリーの言葉にコウヤは冷たい目線を振り向ける。
「安い挑発だな。そのような事を真っ先に考えないツワブキ家であると思うのか?」
「少なくとも、ここにいるぜ」
ギリーの懐から何かがこぼれ落ちる。コウヤはそれを拾い上げて目を見開いた。どこかに今までの状況を連絡している。非通知だったが自分の手持ちが割れたのは疑いようがない。
「言っただろ? 破滅だって」
「確かに、喋り過ぎたか」
コウヤが手を払うとレジロックが岩石の拳を掲げる。その拳が確実にギリーを抹殺するだろう。しかしギリーは恐れた様子もない。
「もう目的は果たした。役目はここまでだ。ギガイアス」
床に陥没したギガイアスが全身から光を発する。これまでの攻撃ではない。ハッとしてコウヤは命じた。
「大爆発」
直後、メインルームに爆発の光が焼け付いた。