INSANIA











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世界の向こう側
第八十八話「そのココロ」

 ディズィーを隠し通すのはこの家では難しい話ではなかった。

 クオンが部屋に菓子や飲食物を持ち込んでも誰も疑わない。コウヤに関して言えば、追跡を行ったはずなので自分かマコは対象に上がっているはずなのに何も言ってこない。

 安堵すると同時にこのままでは身動き出来なくなるのは自明の理だ、とクオンは感じ取る。ディズィーを擁したまま、いつまでも隠し通すのは現実的ではない。というよりも、誰にもばれずにもう一人の同居人を部屋で保護する事なんて、つい先日までは不登校だったクオンにしてみれば気の遣う事ばかりであった。まず部屋にいればディズィーがくつろいでいるのが苦痛である。クオンは頼まれていた通りのものを手配していた。

「……何しているんですか?」

 ディズィーはふんふんとリズムを取りながらパソコンを操作している。明らかに異様な光景にクオンは立ち竦むほかない。

「ああ、クオっち。あのさ、実は次の楽曲のレコーディングの締め切りが迫っていて、君のパソコンに勝手にアプリ入れて作っているところなんだよ」

「人のパソコンを開いて何をしているのかと思えば、楽曲? そんなもの、後に回せないんですか?」

「駄目駄目、だってオイラ一応歌手だし」

 歌手ならばより一層このような隠密行動を取るべきではないのではないか。クオンは進言しようとしたが無駄に終わる事は分かっていた。ディズィーはどこ吹く風で作曲アプリを入力している。

「そういうのって、楽器とかなくっても出来るもんなんですか?」

 ディズィーへと手渡したのは高級な茶菓子だ。ディズィー曰く甘いものがないと考え事が出来ない、との事らしいのでくすねてきた。

「おう、カロスの茶菓子じゃん。このガレット食べるのまだ二回目だよ」

 早速ガレットを頬張りつつディズィーは作曲に没頭する。クオンは、「そんな暇、あるんですか」と単刀直入に言ってやった。

「何で?」

「何でって、だってあたし達、ネオロケット団と手を結んだ関係で」

「クオっち、なっていないなぁ」

 マナーも礼儀も知らない人間になっていない呼ばわりされる筋合いがない。クオンは改めて聞いてやる。

「何がですか? 礼儀作法の事なら」

「違うよ。ネオロケット団と手を結んだから、じゃあ今日からむつかしい顔をして、しょっちゅうストレス溜めたまま行動しろって? それが違うって言うんだよ。いいかい? 裏組織と手を組んだのならばなおさらに日常を疎かにしてはいけない」

 ディズィーの言い分はつまりその程度でいちいち反応するな、という事だろう。クオンはため息をつく。

「でも、同居人を一人増やしているんですよ」

「気苦労が絶えないね」

 何故、ディズィーの側が言うのだろう。クオンはガレットに口をつけながら、「誰の事だか」と毒づいた。

「ねぇ、紅茶はないの? ガレットにはやっぱり紅茶だよね」

 あつかましいディズィーの態度にクオンはすっぱりと言い切る。

「紅茶なんて、二つも淹れてくればそれこそ怪しいでしょうに」

「そこは時間差で」

 クオンは、「我慢してください」と言いやった。ディズィーが不服そうにむくれる。

「まぁ、クオっちがどれだけお兄さんやお姉さんを欺いているのかと思うと、ちょっと心苦しいね」

 本当にそう感じているのだろうか。クオンは小さな口でガレットを食べつつ、食卓の雰囲気を思い返す。

 ダイゴの化石バトルで怪しいところを見つけたはずなのに言及してこないコウヤ。同じくリョウも怪しいところを見せず、ただ箸を進めるばかり。レイカは帰ってきたものの相変わらずどこに連絡しているのかも分からない端末を弄っており、それをイッシンがいさめる始末。

 いつも通りの食卓のはずなのに違和感しかなかった。どうしてこの人達は何事もなかったかのようにお互いに決め込めるのだろう。クオンは今さらにツワブキ家が仮面の家庭である事を自覚する。自分も、その仮面を被ってダイゴに接していたのだ。ダイゴはそれこそ絶対の孤独を味わったに違いない。

「正直なところ、あそこまで何も言わないと異様だった。何で、誰も、話題にさえしないのだろうって」

「追跡してきたコウヤからしてみれば、ガラスを割った不届き者がいる、とでも言えるのにね。それも言わずにダイゴを夕飯に招いた?」

 ディズィーの言う通りだ。コウヤはダイゴに弁償も何も命じなかった。ただそこにいるのが当たり前だというように接していただけだ。ダイゴもダイゴで若干の戸惑いはあったらしい。自分がコウヤの弱みを握っている役割のはずなのに何も言ってこないのも一因としてあったのだろう。

「あたし、ダイゴに言い出せなかった」

「それはオイラの事? ネオロケット団?」

「どっちもですよ。キャプテンとか言うリーダーの事も。それに言ってしまえば、ダイゴを付け狙っている連中ってのがそいつらだって事も」

 今までダイゴは全てが敵に見える状況下で戦っていたのだ。その中で力になれればと思っていたが、自分は微々たるものにもなれなかった事は自分でよく分かっている。ダイゴは結局のところ独りで戦い続けてきたのだ。その背中を、自分はただ遠巻きに眺めるだけで。

「なんか、あたし、ずるいですよね……。ダイゴの味方になる、最後までダイゴを守り通す、って誓ったかと思えば、今度は言い出せない秘密を抱え込んでいる」

「いいんじゃない? 女の子はミステリアスなくらいで」

「茶化しているんですか?」

 少しばかりむっとして言い返す。ディズィーは、「そのスタンスで悪くないと思うけれど」と作曲から視線を逸らさずに続ける。

「何て言うかさ。ツワブキ・ダイゴに深入りしないほうがいいよ、クオっち」

 その言葉はあまりにも意外で、なおかつそれはダイゴの味方はやめろと言われているようでクオンは反感を持った。

「……それは、もうダイゴを信頼しないほうがいいって事ですか」

「まぁそれもあるっちゃあるけれど、クオっちさぁ、ちょっと尽くし過ぎだよ。そこまでしても君からしてみれば失うものの少ない戦いだ。これって何よりもずる賢いスタンスで、それでいて正しい立ち居ちなんだよ」

「馬鹿にしているんですか?」 

 あるいは侮辱しているか。クオンの言葉に篭った棘に反応したのか、「んな事は」とディズィーは頭を振る。

「クオっちを馬鹿にしているつもりもなければ、これまでの行動が間違っているというつもりもない。ただ、危うい綱渡りに見えるやり方を、何よりも安全な方法で実行しているクオっちのあり方に、ちょっとばかし疑問があったって事かな」

 クオンは立ち上がる。そのような言い分をされて平気なわけもなかった。

「あたしは……ダイゴのために必死で……」

「侮辱してないし、立つ必要もないよ。だからさぁ、君は究極的に馬鹿真面目なんだよ。ツワブキ・ダイゴに恩義を感じている部分だとか、もしかしたら異性として好きな部分もあるのかもしれない。でもさ、それとこれとは別じゃん。君がそうまでしてツワブキ・ダイゴに尽くす理由がないって言ってんの」

「理由なら。あたしは道を正してくれたダイゴを裏切らないわ」

 それだけの理由だったがディズィーは作曲しながらもクオンに異を唱える。

「どこから来たかも分からない、その個人情報でさえも存在しない、透明人間紛いのツワブキ・ダイゴに、どうしてそこまで肩入れするかなぁ。オイラ、マコっちのお姉さんを助けたい、っていう、それはよく分かった。だって肉親だもん、共感は出来るよ。たとえ造られたDシリーズでもね。でもさ、無償の愛って言うものを注げるのは同時に肉親以外にあり得ないんだよね。他人には注げないんだ。いくら気持ちでは尽くしていても、どれだけ愛していたとしても、やっぱりね、言葉の表面だけ。それ以上は無償の愛って言わない。暴走って言うんだよ、世の中ではね」

 暴走。自分はダイゴに対して暴走しているとでも言うのか。ディズィーの言い草には神経が逆撫でされた。

「つまり、あたしは暴走していて、正しい判断が出来ていないと?」

「いないんじゃない? 出来ているつもりだった?」

 それにはさすがに苛立ちを覚えた。ディズィーは自分がダイゴに関しての事を冷静でないと言いたいのか。

「ダイゴは、彼に関してはあたし、悪い方向に行ったつもりはないわ」

 強い語調にディズィーが肩越しに視線を振り向けて手をひらひらと振る。

「ああ、分かっているって。クオっち的にはそれが間違いじゃないし、オイラも間違っているだとか糾弾する気はないよ。たださぁ、フラットな視線を持たなくっちゃ。だってツワブキ・ダイゴは他人であって家族じゃない」

「家族よ。もう、あたしのかけがえのない人」

「突然やってきて? それでお爺さんの名前を使って家族です、って? それを信じられないから、君はディアンシーの試験を試したんでしょ?」

 痛いところをつかれてクオンは押し黙る。ディアンシーの試験は確かに信用ならないから行っていた節はある。だがそれを正してくれたのもダイゴだ。

「あたしがあまりにも分からず屋だったから」

「今もそうだけれどね。にしても意外というか一途というか、君はあのツワブキ・ダイゴが空っぽの偽物で、本来はフラン・プラターヌという名前だったって告げられても揺るがないんだ?」

 揺るがない、と言えば嘘になる。本当の名前をキャプテンから知らされた時、ではダイゴはその目的さえ果たしてしまえば自分の前から消えてなくなってしまうのではないか、という危惧があった。ダイゴにとってしてみればツワブキ家は敵であり、自分をDシリーズにしてしまった憎悪の対象であると。ならば最悪のケースとしてダイゴが敵になる。それを想像するだけで、息が詰まってしまいそうだった。

「……あたし、ダイゴとは戦いたくない」

「それは負けるかも、って意味で」

「違うわ。家族で合い争うのは間違っているって言っているの」

 現にダイゴがコウヤから情報を引き出すのにも自分は反対だった。化石バトルという代理とはいえ、どこかで家族を欺くのだけはいけない、と思っている。

「いい子ちゃんだねぇ、君は。そのいい子ちゃんなところにつけ込まれなければいいけれど」

「誰がつけ込むっていうんですか?」

 ディズィーは肩を竦めて、「ナンセンスじゃない?」と疑問を放った。

「オイラもつけ込んでいるし、ネオロケット団も、もっといえばツワブキ・ダイゴも、だ。彼は絶対に君に隠し事をしているよ。だから君をある一線までは信用しているけれどある一線を越えれば裏切る。これは絶対にある話だ」

 どうしてそこまで言い切れるのか。クオンはディズィーに尋ねる。

「呆れたわ……。どこまで他人を信用出来ないの?」

「君は信じているし、マコっちも信用の対象だ。案外、オイラ、他人に心を許すタイプ」

「嘘。だってディズィーさん、あたしに何個も隠し事をしている」

「そりゃ人間だもの。隠し事もするさ」

 煙に巻くようなディズィーの口調にクオンは話題の矛先を変える事にした。

「ネオロケット団、信用はなるんですか?」

「ならないだろうね。だってそいつら、オイラを追跡してきた連中と一致する」

 クオンが瞠目していると彼女は説明を始めた。

「マコっちがね、ちょっと飛び越えちゃいけない一線を越えちゃって、それで連中に関わった。どこまでがデボンでどこからがネオロケット団だったか、っていう線引きは実はどうでもよくって、そいつらのやっている綱引きに巻き込まれちゃったのが一番にまずい事かな」

「綱引き?」

「そう。デボン、っていう巨大勢力を基盤にした綱引きだよ。一瞬でも気が緩めばどちらかが歴史に揉み消される」

 その言い方は大げさだとしても、クオンはとうに巻き込まれている自己を感じる。元よりツワブキ家の人間。デボン側の事情に詳しいはずだったのだが、まだ高校生であるのが幸か不幸かこの立場を許してくれている。

「どっちが勝ったらいい綱引きなんですかね?」

「オイラ的にはどっちも蹴躓いて総崩れ、がおいしいかな。だってどっちの組織も本来、あっちゃいけないんだ。デボンのような巨大資本も、あるいはネオロケット団のようなアングラな組織も。どっちもないのが一番にクリーンなんだけれど、それを許しちゃくれないのが二十三年前の事件なんだよね」

 二十三年前。初代ツワブキ・ダイゴの殺害。誰かが犯人であったはずなのだ。その犯人探しをしているという点では両陣営共に一致だった。

「ディズィーさん、犯人の目星はついてるんですか?」

「そう容易くついたら、デボンは目を皿にしてホウエン中を探さないだろうし、何よりもDシリーズなんて歪んだ計画はなかったろうね。この計画は、言ってしまえばこうだ。殺された本人に聞こう、っていう、まぁ三流の推理ものにでもありそうな筋書きだよ」

 Dシリーズ生産の目的が初代の魂の依り代。その点に関してクオンは懐疑的だった。それにしては犠牲が出てしまっている。消すには難しいほどの犠牲が。足跡を真に残すまいとするのならば、それこそ秘密結社を立ち上げて、隠密に活動するべきだ。少なくともディズィーのような例外を一人として許してはならない。

「本当に、Dシリーズは初代の死の真相を知るための道具なんでしょうか?」

「オイラもね、それにしちゃやり過ぎだって思っているけれど、今のところそれ以外に活用方法もなさそうなんだよね。まぁデボンが大っぴらにこの技術を兵器転用します、とか言い出したら分からないけれど」

 冗談にもならない言葉が飛び出してクオンは、「やめてくださいよ」と言ってしまった。

「そんなの。企業が兵力を持つなんて」

 正気の沙汰ではない。その響きをディズィーは受け止める。

「だね。本来、あっちゃいけない事ベストスリーの二位くらいだ」

「第一位じゃないんですか?」

「一位は、このDシリーズが散らばって全世界に行く事。つまり、初代再生計画が世界規模に及ぶ事、かな」

 クオンは疑問符を浮かべる。Dシリーズにせよ、初代再生計画にせよ、それはツワブキ家の判定内で成されなければならないはずだ。だというのに世界に渡るなど。

「それって本末転倒って奴じゃないですか」

「そうだよ。本来、このカナズミシティで内々に収めなければならない事だ。それが国際社会にばれてでも見るといい。ホウエンの糾弾は免れないし、デボンは失墜する。それだけならばいいんだけれど、もし、その弱みに付け込まれて支配社会なんてものになったら? ホウエンは絶望的な社会へと突入する」

「怖い事言わないでくださいよ」

 考えるだに恐ろしい。ホウエンそのものが最悪の場所に転がり落ちていくなど。ディズィーは、「今のところあり得ないけれどね」と口にする。

「それは何で?」

「デボンがホウエンをリードしているし、ロケット産業もある。国際社会がホウエンを切るとすれば、ロケットの技術も、デボンの利権も丸ごと押さえた上での話。だから、これはあまり現実的じゃないかな」

「その割には、一位に掲げているんですね」

「当たり前じゃん。だって起こったら困るランキングだよ? 一番に最悪な事を想定しないでどうするのさ」

 クオンは考えた事もない。自分の住んでいる場所が狂っていくなど。いや、もう既に狂っているのかもしれない。この社会はDシリーズというひずみを許してしまっている。

「二位、がデボンの兵力増強なんですよね? でも無理じゃないですか? だって企業が兵力を持ったらそれこそ」

「PMCだね。ポケモン産業を主眼に置くにしてはあまりいい印象を持たれない副業だ。だからこれは第二位なんだよ。起こったら困るでしょ? デボンが兵力を持つなんて」

 困るといえば困るが、逆にクオンは自分からは最も遠い事象に思えた。デボンが兵力を持っても自分は――言ってしまえばツワブキ家の日常は、変わるところは何もない。

 その様子を悟ったのか、「まぁ君にとっては関係がないか」とディズィーは棄却する。

「関係がないわけじゃないですよ。ただ、イメージし辛いというか」

「その時点で想像力不足。考えてもみなよ。Dシリーズだって全員が揃えば充分に兵力だ。オイラみたいなのが、あと百八十人前後いるって考えてみな」

 ディズィーほど強かな人間があと百八十人。そう考えるとクオンにもそれが脅威なのが分かった。充分に軍隊と渡り合える。

「オイラの手持ち、見せてなかったね」

 ディズィーがモンスターボールを転がす。これは見てもいいの合図なのだろうか。クオンは拾い上げて明かりに翳した。

「クチート、ですよね……」

「知っているんだ?」

 ディズィーは作曲に没頭している。クオンはボールを手の中で転がした。モンスターボールは構造上、どのように転がしても常に内部は平均だ。そうでなければポケモンが投擲の時のバランスで酔ってしまう。

「クチートは女子高生の中でも人気ですから。見た目可愛いですし」

「オイラもそいつを引き連れてロックフェスに出たりするし、その影響かもね」

 今の今まで忘れていたがディズィーは有名人なのだ。学生の間で熱烈なファンを持つロックバンド「ギルティギア」のボーカル。マコが熱を入れあげていたのを思い出す。一度か二度ほどライブDVDを見た事があった。

「ディズィーさん、本当に有名人なんですか?」

「疑うとは酷いね」

「いや、なんかあまりにも……」

 ぼさぼさの赤い髪に、青いコンタクトレンズを入れた眼。服装は野暮ったいジャージなのでそこいらの勘違い学生だと言われればそう思ってしまいそうだ。

「……勘違いサブカル女っぽい?」

 クオンの目線がそう告げていたのか、ディズィーは察する。慌てて取り消そうとするが、「別にいいけれどね」とディズィーは伸びをする。

「だってある意味、それで正解だし。この格好の意味としちゃ納得」

 逆に、有名人っぽく目立ってしまえばツワブキ家の敷地内に入った時点でばれていただろう。ディズィーはわざと野暮ったさを演出しているのだ。そう考えると言葉もない。

「まぁオイラ、格好とか気にしないんだけれどさ。メンバーに着せ替え人形好きの子がいて、その子にいつも衣装任せているし。オイラ、実は早朝にカナズミシティランニングしているんだよ? 知ってる?」

 もちろんクオンは首を横に振る。知るはずもない。

「毎日やっているから顔見知りのおっちゃんとかいるけれど、まぁツワブキ家にいる間は我慢するしかないよね」

「当たり前じゃないですか」

 ランニングに出して露見したのでは話にならない。ディズィーは、「でもなぁ」と呟く。

「作曲作業ばかりだと息が詰まっちゃうよ。出来たデータをマネージャーに送れば完了なんだけれど、これって地味に面倒くさいんだよね」

「その、マネージャーさんは……」

「ん? ああ、もちろん、オイラのギルティギア以外での活動にはノータッチ。ツワブキ家にいる事も、ついでに言えばマコっちとも関わった事も知らない」

 それほどの秘密主義でよく成り立つものだと感心する。ディズィーの人望がそうさせるのか、あるいは他のメンバーが取り成しているのか。どちらとも取れた。

「でも面倒なんだよなぁ。作曲。嫌いじゃないけれどさ」

「作曲が嫌いだったら歌手なんてやっていないでしょう」

「オイラ、正義の味方になりたいから割とバンドいつやめてもいいんだけれど、他のメンバーがそうさせてくれない」

 呆れたものだ。先ほどの考えを訂正し、他のメンバーが出来ているだけなのだと判断する。

「ギルティギア、人気なんでしょう?」

 クオンの問いに、「みたいだねぇ」と曖昧にディズィーは返した。

「当の本人がみたいって」

「いや、渦中の人ってのは意外に疎いもんだって。君やネオロケット団、それにデボンが管理したがっているツワブキ・ダイゴだって、これほどの思惑が交錯しているとは思わないでしょ」

 ダイゴは実のところ、自分の記憶を取り戻したい一心なのだ。だから、陰謀に目を向けているタイプではない。

「ダイゴは、ずっと言っています。記憶を取り戻したいって」

「でもそうなると、フラン・プラターヌは果たして彼なのかどうなのかって話になる」

「ダイゴとフランとかいう人は、別人って事ですか? 同じ身体なのに」

 ディズィーは頬を掻いて、「そう物事は簡単じゃないんだよ、お嬢さん」と言いつけた。馬鹿にしているのだろうか。

「心ってものはさ、やっぱり身体性じゃないんだって。多分、環境だ。環境がその人をその人たらしめる。だから、環境が違う場所で育ったツワブキ・ダイゴとフラン・プラターヌは別人だ。いくら肉体が同じでも、精神が違うよ」


オンドゥル大使 ( 2016/02/03(水) 21:26 )