INSANIA











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世界の向こう側
断章後編「現世の王」

 バイクは散り散りになり、アジトの居場所を探知出来ないようになっている。様々なルートから辿り着いた場所はまさかの海底ルートを通るトンネルであった。

 半透明で頭上をマンタインなどの海洋ポケモンが行き来する。

「こんなルートがあるなんて……」

「キャプテンはそれを見越してルートを作ってきたんだよ。絶対に辿れないルートってのは難しいが、まぁ距離的に連中からは隠れ蓑になる」

 運転するフルフェイスの男の声にディズィーは尋ねていた。

「ねぇ、あの初代だけれど、オイラには」

「本物に見えねぇ。だろ?」

 言い当てられてディズィーは目を見開く。男は、「見た瞬間にな」と口にした。

「あれは何かおかしい。何かを補完している。別の何かで。そうでなきゃ、あれがホウエンの英雄だってのは納得がいかねぇんだよ」

 意外にも自分の感じた事のほぼそのままでディズィーは驚愕していた。

「そうだよ……。あれは何なんだ。あれのために多数の人間が犠牲になったにしては何かが決定的におかしいんだ」

 しかしその何かを明言出来ない。男は、「こいつには出来るかもな」と昏倒しているダイゴへと顎をしゃくる。

「あの化け物と打ち合ったこいつには」

 彼はダイゴに何を見ているのだろう。ディズィーは、「彼の事は」と訊いていた。

「話には。うちの組織にいたフランっていう野郎の肉体で、でもポケモンの血と人間の血を入れ換えられて、その上にDシリーズの書き換えだろ? もう、人間とは呼べねぇのかもしれないな」

 あまりの事実にディズィーは閉口する。「だけれどよ」と男は言葉を継いだ。

「こいつには信念があるぜ。なにせ天下のデボンに正面からかち合おうとした奴だ。キャプテンが買ったのも分かる。あの人は強者が好きだからな」

 走っていると海底トンネルも徐々に深海に至っているのが分かった。広大な空間が広がっており、無数の動力パイプが行き来している。

「元々の本土とのエネルギー供給問題を解決するための海底ケーブルの路線に一枚噛んでいるんだよ。それでこの横穴が造られた」

「でもそんなの。相当な発言力を持つ人間じゃなければ」

「ああ、有用化は出来ないな」

 暗に発言力がある事を認めるのか。政治家、辺りをディズィーは想像した。

「着いたぜ」

 男がバイクを止め、大型のエレベーターに入る。既にマコやクオンも立ち入っていた。フルフェイスヘルメットを脱がない徹底ぶりにディズィーでさえも感嘆する。

「君らのアジトじゃないのか?」

「ここまでは、まだ立ち入れるさ。ただここ以上は流石にオレもヘルメットを脱がなきゃ、な」

 フルフェイスヘルメットを取った男の顔にディズィーは目を見開く。その姿は紛れもない、このホウエンで知らぬ人間はいない存在だった。

 スキンヘッドに巻き髪のような前髪。威風堂々とした顔立ちをしており、目つきには険があった。

「四天王……悪タイプ使いの」

「カゲツ、だ。よろしくな」

 後を引き継いだ声にディズィーは言葉をなくす。四天王クラスがどうしてデボンに反逆するのか。

「どうしてデボンに反抗を? 四天王なんて、だって」

「そう、国防の矢面に立つ存在。あるいは一地方の治安を守る最も優れた精鋭であり、王の側近でもある」

 カゲツの口から説明された四天王の概要は間違っていない。ただ、その当事者がここにいる事が不自然なのだ。

「だから、四天王なんてどうして」

「ちょっとばかし、不自然には思わなかったか? ネオロケット団。全容が見えないとはいえ、デボンに、様々な地方の中枢に値する企業に喧嘩を売るなんて普通の神経じゃ出来ない。それだけの神経を持つ組織は、それこそ一国家単位でなければならない」

 つまりデボンに喧嘩を売ったのは紛れもなく……。

「このホウエンの、護りを司る者達……」

「そういうこった。となれば、キャプテンの素性だってそろそろ分かってくるんじゃねぇの?」

 エレベーターが最上階まで辿り着く。ガラス張りの一面の部屋があり、天井は高めに取られていた。奥まった場所に四つの椅子があり、カゲツはそちらへと進んでいく。既に二つの席が埋まっており、その席についている人影が立ち上がった。

「カゲツさん、お帰りなさいー!」

 立ち上がった褐色の肌の少女が頭につけた花飾りを揺らす。明朗活発な印象であったが、彼女が何のタイプの使い手なのかを知っていれば警戒が自然と訪れた。

「ゴースト使いの、フヨウ……」

 ディズィーの声が聞こえたのか、「あっれー?」とフヨウが手でひさしを作る。

「大所帯だねぇ」

「こいつらも反乱に加わってくれるんだとよ。っと、まだキャプテンの許可は得ていないか」

 カゲツの声に、「反乱とは」と椅子に座ったままの影が応じた。

「穏やかではない響きですね」

 金髪の女性で、落ち着いた紫色の色調の服を纏っている。穏やかな碧眼がディズィーを捉えた。

「オニゴーリでの援護助かったぜ、プリム」

「あの程度で援護には成り得ないでしょう」

 デボンで初代に攻撃したオニゴーリの使い手、プリム。彼女はどこか諦観めいた声を続ける。

「しかし、初代再生計画、恐ろしき事ですね」

「まぁな。だが我らがキャプテンはその恐るべき計画を止めようって腹積もりさ」

 カゲツも椅子に座る。フヨウがやたらと辺りを見渡した。マコとクオンを目に留め微笑んでいる。二人とも対応に困っていた。

 部屋の中央にダイゴが寝かされていた。昏倒したままで起きる気配がない。まさか死んでしまったのか、とディズィーは訝しげにする。あれほどの戦いの後だ。後遺症が残ってもおかしくはない。

「ダイゴを、起こさないのかい?」

「それはキャプテンが決める」

 カゲツの声にフヨウが返す。

「キャプテン、遅いねー」

「あの方にはあの方のお考えがあるのですよ」

 三者三様の声にディズィーは参っていた。

「四天王、国防における最強の矛が揃い踏みで、それがネオロケット団?」

 額を抱えて尋ねると、「その通りだ」と重々しい声が響いた。

 全員が佇まいを正し、左胸に手を当てて背筋を伸ばす。ディズィーはその声の主へと振り返ろうとしたがあまりの気迫にたじろいだ。問答無用の殺気が渦巻き、ディズィーの行動を制限する。

 後ろにいるのは分かっているのに振り返れない。

 静かな靴音が響き、「驚いた事だろうな」と声が発せられる。

「まさかこのホウエンそのものが、デボンに異を唱えている、というのは」

 何者なのかは分かっている。しかし声も出せない。団員と人々の間を歩き抜けるその影の威圧に唾を飲み下した。

「しかし、ワタシは、いいや、ワシはこう言い続ける。正しい事を成すには正しい心が必要であると。そのためには、今のホウエンそのものを引っくり返すだけの度量と、器量が必要。そのためにネオロケット団、かつての汚名も喜んで被ろうではないか」

 黒いマントのようなボロボロのコートを纏い、海賊帽を目深に被った老人であった。しかしその眼はこの場にいる誰よりも鋭く、猛禽を思わせる。振り返った彼は名乗りを上げた。

「自己紹介が遅れたな。ワシこそがキャプテンであり、ネオロケット団を束ねる者。四天王の長、ゲンジ」

 予感はしていた。だがまさかその口から発せられるとは思ってもみなかった。

 四天王を束ねる最古参、ゲンジ。四十年前より四天王という存在の有用性を説き、国防の矢面に自ら立つ事を志願した根っからの軍人気質。その男が、老いてもなお健在の殺気を滾らせ、目の前に佇んでいる。

「キャプテン、座りなよ」

 カゲツの声に、「いい。今は」と片手で制する。

「問題なのはこいつだな」

 ゲンジが意識を失ったままのダイゴを蹴りつける。あまりの横暴にクオンとマコが思わず声にした。

「何を!」

「なんて事!」

 二人の声にゲンジは一睨みで応ずる。彼女達は獣の逆鱗に触れたように大人しくなった。

「ツワブキ・ダイゴ。いいや、この肉体はフラン・プラターヌのものだが、もう初代は別の肉体に降臨し、その結果、お前は倒された」

 もう一度、ゲンジはダイゴを蹴りつける。ダイゴが呻きながら目を開いた。

「俺、は……」

「立て。痴れ者」

 唐突な事に頭がついて行っていないであろうダイゴへとゲンジは声を振りかける。ダイゴは、「何が」と続ける前にゲンジに横腹を踏みつけられた。

「お前は、あってはならない存在なのだ。本来、その姿でこちら側に帰還する事はなかった。だが、集めた情報によればフランの人格は既に向こうのものであり、フラン自身、その肉体への帰還は絶望的であろう。ツワブキ・ダイゴ。お前は、この先どうするのか、選ぶ必要性がある」

「選ぶ……」

 ダイゴが睨み返そうとするがあまりのゲンジの迫力に気圧されている様子だ。

「そう、選べ。死ぬか、戦うか」

 ゲンジが懐から取り出したモンスターボールを爪で弾く。出現した水色の表皮を持つ龍のポケモンが赤い翼をギロチンのようにダイゴの首にかけた。

「死ぬか、戦うかだって……」

「もうお前にはそれしかあるまい。初代と戦い敗北したお前には存在価値はほとんどないと言ってもいい。己の存在を賭けて戦うのならば、全力でやれ。そうでなければ今この場で介錯を手伝ってやろう」

 突きつけられた二択にダイゴは息を詰まらせる。誰も彼の生き方に口出しは出来なかった。ダイゴがここで何を選ぶのか。それは彼にしか分からない。

「……俺は、自分が誰だか知りたい。たとえ名前のない一個人でも、フランっていう人間だったとしても、それでも俺には、この世界で何者であるのかだけの証明があれば、それでいい」

 ダイゴが立ち上がり、龍のポケモンの羽根を掴む。掌から血が滴った。

「殺すならば殺しに来い。俺は、そんなものには負けない」

 確固たる精神が形となった。ゲンジが口元に笑みを浮かべ、「その覚悟」と声にする。

「しかと受け取った。なれば問う。ツワブキ・ダイゴ。強くなりたいか?」

 ダイゴはよろめきながらもゲンジに視線を合わせる。老人とは思えない鋭い双眸に、ダイゴは逃げずに睨み返した。

「強くなりたい、じゃない」

 ダイゴは一呼吸置いて言葉を続ける。

「――強くなるんだ」

 ダイゴの宣言にゲンジはポケモンを戻し、「よかろう!」と応じる。

「半年だ、ツワブキ・ダイゴ。半年で、貴様が初代ツワブキ・ダイゴを倒し、デボンを打倒するために必要な強さを与える。言っておくが荒療治になるぞ」

 ダイゴは拳を握り締めて応じた。

「……上等」

 カゲツがフッと笑みを浮かべ、プリムが穏やかに微笑み、フヨウが活発に笑った。それぞれの強者が集い、ダイゴの覚悟を試しているかのようだ。

 ゲンジは手を振り翳して高らかに声を張り上げる。

「ネオロケット団、改めホウエン四天王は! ツワブキ・ダイゴ、貴様に地獄を見せるであろう!」

 その声はガラス張りの部屋を突き抜け、新たなる時代への宣誓にも取れた。








第八章 了

■筆者メッセージ


 次回、INSANIA第二部。第九章より『原罪の灯』、公開です。
オンドゥル大使 ( 2016/02/19(金) 21:40 )