INSANIA











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世界の向こう側
第百十話「覆る世界」

「どこまで、戦況が進んだかな?」

 ディズィーの声にギリーが歯噛みする。

「さぁな。少なくとも、オレは面倒な相手と行き遭っちまったと思っている」

 ギガイアスには複数の切れ込みがあり、メガクチートの動きについて来られていないのは明白だった。

「ツワブキ・リョウは逃げ帰った。レイカはどうしてだか降りてこない。もしかしたらこの勝負、既に決したのかもね」

 ディズィーの言葉に、「そうは信じたくねぇな」とギリーは返す。

「だとしたら、オレとあんたの戦いが意味ねぇって事になっちまう」

「オイラは光栄だけれど? だってそっちからしてみれば不都合だが、オイラ達の作戦は成功した事になるんだ」

 あのダイゴが幹部総会を押さえ、デボンとツワブキ家の策謀を明らかにする。彼にこそ相応しい役目だった。初代と同じ容貌をしている彼ならば。

「まったく、笑えねぇ話だぜ。こちとら用意周到にスペアの肉体まで用意して、メモリークローンをきっちりこっちに回しておいたって言うのに」

 ギリーの言い草にディズィーは、「そのカラクリ、さ」とメガクチートの攻撃を一度止めて尋ねる。

「詳らかにしてみようか。メモリークローン。これ、何回も裏で交わされているけれど、この内容は死んだ時に、その外部記憶に残った最後の記憶を頼りに動かせる遠隔操作型の肉体、って結論に行き着いた」

 ディズィーの声にギリーも一度矛を収める。

「すげぇな。ビンゴだよ。まったく、科学の力ってスゲーな。肉体までもう替えが出来るようになった」

「だが当然の事ながら認可は下りていない」

「当たり前だろ。誰しも当たり前に肉体のスペアなんて持てたら、それこそディストピアだよ。デボンは自分の関連する企業や個人向けに売り出そうとはしているが、下々が手にしようと思えばあと五十年は要るかねぇ」

「その技術を、さ。何でギリー・ザ・ロック。お前みたいな暗殺者が持っているわけ?」

「まぁ、オレも、な。いざという時のスペアは欲しかったわけさ。まだ完全に死にたくねぇし。それに今回の役回り、オレ結構損なんだぜ? オリジナルのオレはトクサネまで出向いてデボンの陰謀に肩入れしているわけだしよ」

 トクサネ。その言葉にディズィーは、「なるほど」と呟く。

「お前は片一方の勢力だけに媚を売っているわけじゃないってわけか」

「当たり前だろ。どっちが滅びるのか分からねぇし。ま、どっちにせよオレみたいな日陰者にゃ、お似合いの役回りだな」

「暗殺者が堂々と公の場を歩けるようになったら、それこそ終わりだね」

 その意見にはギリーも同意のようだ。帽子を傾け、「違いない」と答える。

「だがよ、てめぇも結構くせ者だぜ。一度死んじまうと、こう、鼻が利くとでも言うのか? てめぇ、ただの厄介者ってわけじゃねぇな」

 ギリーの言葉に、「分かっちゃうか」とディズィーはおどけた。

「まったく、食えねぇ。メガシンカポケモン使っている時点でそうだが、なんつーか、てめぇ、Dシリーズとやらと同じにおいがするな」

 一度死ぬとその感覚が鋭くなるのか。ディズィーはこれからの事も考えてギリーを生かしておくわけにはいかないと感じた。

「だとすればなおさら。オイラはお前に勝つ」

「勝つって、殺すって事だろ? お仲間にそんな姿見られてもいいのかい?」

「オイラ、充分残虐だし」

 ディズィーが指差すとメガクチートが一直線にギリーへと向かう。ギリーが、「ギガイアス!」と叫んだ。

「ステルスロックとロックブラストで迎撃!」

「鋼のメガクチートの前じゃ!」

 メガクチートの発達した両方の角が「ロックブラスト」の散弾を軽くいなす。ギリーが舌打ちをした。

「ホントに食えねぇ奴だ! ギガイアス、地震で防御!」

「射程に入ると思った?」

 ギガイアスが前足を踏み鳴らして波紋を作るが、メガクチートはその波紋が行きつく前に発達した顎状の角で鉄骨をくわえ込んだ。「じしん」の波が下方を滑っていく。

「地震は地に面していないと出せない。こうやって鉄骨にぶら下がっている敵が見えていても、攻撃は有効じゃないって事さ」

「ああ、クソ。ホントーにクソだな、こりゃ。女子供に負けるってのか。この暗殺者、ギリー・ザ・ロックが」

 帽子を傾けたギリーには死の予感があったのだろう。ディズィーはやるのならば一瞬で、という思いがあった。いくら不可抗力でもマコの前で人殺しは見せたくない。

「メガクチート! その首を取れ!」

 メガクチートの身体が跳ねる。ギリーへとかかろうとした刃であったが、それを阻んだのは社内を揺らす振動であった。

「何だ?」

 ディズィーも首を巡らせる。ギリーも全くの予想外とでもいうように目を見開いていた。

「んだよ、こりゃあ……」

 ディズィーにも感じられた。一瞬だったが、肌を突き刺すような悪寒。そして殺気の渦を。この場で硬直しているのはメモリークローンであるギリーと、自分、そして距離を置いたところにいるオサムであった。

「何かが、来る?」

 不明瞭な予感を裏付けたのは吹き抜け構造の社内を真っ逆さまに落下してくる影だ。誰かが落ちてくる。ディズィーもオサムも、ギリーでさえもその判断が遅れた。

「誰が……」

 それを一番に感知したのはマコであった。

「ダイゴ、さん……?」

 まさか、という思いに目を凝らす。銀色の髪に黒いスーツの姿は見間違えようのない。ツワブキ・ダイゴであった。

 しかし真に驚愕に値したのは、次の瞬間、壁を破砕して襲来した影だ。

「銀と、金色のポケモン……」

 身体は純正の銀に近く、装飾部が金色のポケモンだった。ダイゴの使っていたメタングに意匠としては連想させたが、四つの脚部がそれぞれ展開され、X字に額を貫かれたその姿は最早別物に映る。

「何が起こったんだ……」

 ギリーの呻きに、ダイゴらしき影が手を振るう。

「メタグロス!」

 反響した声に応じたのは反対側の壁を破砕して現れた同じ姿のポケモンである。こちらのほうがダイゴのメタングに近い。色はそのままで、X字に貫かれた額に四つの脚部を展開して同じ姿のポケモンと対峙する。

 ダイゴの身体を掴み、メタグロスと呼ばれたポケモンが落下しかけたその身を保持する。しかしそれは生き写しのような相手のポケモンからしてみれば格好の的だった。放たれた弾丸の勢いを感じさせる拳の前にメタグロスとダイゴが吹っ飛ばされる。吹き抜けの反対側のフロアで粉塵が舞い散った。

「何が起こっているって? あれは……」

 その視界に映ったのは吹っ飛ばした側のメタグロスの頭部に佇んでいる影であった。超越者のように俯瞰している。

「騒がしいと思えば、お祭り騒ぎかい?」

 聞き覚えのある声だった。しかし、どこで? ディズィーの疑問に答えたのはマコであった。

「ダイゴ、さん……。もう一人……」

 徐々に降りてくるその姿は紛れもない、ツワブキ・ダイゴのものであった。しかしディズィーを含め、この場にいる人々は思い知っている。その姿の意味するところを。

「新しいDシリーズ?」

 構えを取ったディズィーとオサムにその人物はせせら笑う。

「Dシリーズ? まぁ間違いではないね。君達の、基と言えば分かりやすい」

 今、この男は何と言った? 自分達の基、だと。

「ディズィー! こいつ、ただ者じゃない!」

 オサムの喚きにディズィーが応じる。

「分かっている! だけれど、飛び込むなよ! 相手の射程はまだ……」

 それを阻んで攻撃を撃ち込んで来たのはギリーであった。「ロックブラスト」の猛攻を咄嗟に降り立ったメガクチートが防ぐ。

「隙あり、なーんてな」

 ギリーが正体不明の相手へと駆け寄る。どうしてだか相手も攻撃してこようとしなかった。次の瞬間、展開されたのは奇妙な光景だ。

 ギリーが傅き、帽子を取ってその場で頭を垂れた。理由が分からないディズィー達は戸惑うばかりだった。しかし相手は理解しているようだ。

「君は、ぼくが誰だか分かったみたいだね」

「この作戦の何パターンかの分かれ目は心得ておりますよ。しかし、貴方が現れるとは大番狂わせだ。ツワブキ・レイカが動けない状態に陥り、ツワブキ・リョウも交戦不能に。ツワブキ家の誰も動けなくなる最悪の事態を想定して、貴方は用意されていたのに、まさかその事態になるなんて」

「仕方ないよ。彼らが思いのほか強かった。それだけさ」

 メタグロスの上に乗っていた男は鉄骨の一つを足場にした。ギリーが声を差し挟む。

「貴方ほどの方が、そんな場所で」

「いいんだ。ギリギリの一線に立っているのには違いないし」

 まるでその様子を楽しんでいるようにも映る。

 ディズィーは正体不明の敵に硬直していた。見た目はDシリーズのそれだが、纏っている空気が違う。オサムのような三下ではなく、ダイゴのような特別さでもない。それら全てを超越した存在に映った。

 視界の隅でオサムが動く。まるであまりに恐怖に衝き動かされたように、声を荒らげた。

「ボスゴドラ! こいつは危険だ! ここで倒す!」

 恐らくは本能に刻まれたものが作用したのだろう。オサムの行動に相手は眉一つ動かさない。小さな声で手持ちの名前を呼ぶ。

「メタグロス、バレットパンチ」

 放たれた弾丸の拳をボスゴドラの巨躯が受け止める。ボスゴドラはその腕を折り曲げようと力を込めた。

「その腕もらった!」

「もらった? 違うな。もらったのは、そっちのほうだ」

 直後、メタグロスの腕の継ぎ目から推進剤の青い光が焚かれた。腕が分離しボスゴドラを突き放す。一気に距離を取った形のメタグロスへとボスゴドラが追いすがろうとするがその瞬間に腕が爆発した。ディズィーはその技を知っている。腕そのものを強力な起爆剤として使用する拳「コメットパンチ」だ。

「君は……、Dシリーズだね? そして、においから察するにぼくの左足の持ち主だ」

 その時になってディズィーもオサムも、全員が察知する。その相手には右腕と左足がない事を。鋼の義手と義足で補っている。義手の掌の部分は落ち窪んでおり、緑色の光を湛えていた。

「ボスゴドラ、か。確かいたな。えっと、ボックス14の……」

「遅い!」

 攻撃を受けてもボスゴドラは軽傷だ。逆に爆発はボスゴドラの闘争心に火をつけたらしい。真っ直ぐに向かっていく巨体を前にして彼は冷静であった。

「いたいた。ボックス14から転送」

 緑色の光が広がったかと思うと掌に先ほどまでなかったモンスターボールがあった。それの緊急射出ボタンに指をかける。

「いけ、ボスゴドラ」

 繰り出されたその姿に全員が息を呑んだ。操っているオサムは信じがたいものを目にしたように呟く。

「ボス、ゴドラ……だと」

 現れたのは黒い体表の部分が明るい銀色に光っているボスゴドラであった。丸太のような腕を用い、オサムのボスゴドラの行動を制する。ディズィーは悟った。あれは色違いのボスゴドラであり、オサムのボスゴドラを凌駕する性能を持っているのだと。

 色違いボスゴドラがオサムのボスゴドラの頭部を引っ掴み、そのまま引きずり倒す。あまりの戦闘力の差にオサムも言葉が出ないようだ。

「進化したのに……」

「進化? そうか、この弱さ。ついさっき進化したばかりか。通りで、あまりに脆弱なはずだ。ぼくのボスゴドラを前にして、手も足も出ないとは」

 オサムはキッと睨み据える。初代は左手を払った。

「ボスゴドラ、分からせてやろう。地震」

 攻撃の波紋が浮かび上がりボスゴドラへと至った瞬間、その鋼の身体に亀裂を走らせた。たった一撃の「じしん」だったが、その威力は推し量るのが難しいほどだ。

「脆いね。ボスゴドラの性能の、三割も出せていない」




オンドゥル大使 ( 2016/02/19(金) 21:36 )