第百九話「王と凡俗」
ダイゴの発した雄叫びに呼応しメタグロスが腕を突き上げる。
「バレットパンチ」であったが今までの比ではない速度だった。弾丸が光を帯び、メタングへと叩き込まれる。メタングは防御しようとしたがその防御を突き抜けた。鋼の肉体へと容易くダメージが至る。
「強いな」
初代はしかし、メタグロスの性能に慌てふためく事も、ましてや脅威を抱く事もなかった。
「その余裕が命取りになる」
ダイゴの言葉に初代は、「命取り」と言って笑い出した。
「面白いね。ミイラ取りがミイラに、か。だったら、ぼくをせいぜい、死人に戻すレベルで戦ってきなよ。まだまだ足りていないんだから」
手招く初代へとダイゴはメタグロスにラッシュを命じる。叩き込まれたメタングは暴風のような拳の応酬に耐え切れず壁を突き抜けてしまった。初代が、「あーあ」と呟く。
「やっぱり、進化前ではちょっと難しいか」
「後悔しても遅いぞ」
「後悔?」
初代がくいと顎をしゃくるとメタングが再び舞い戻ってくる。
「ぼくと君とで、後悔の値が多分、大きく違うと思うけれど、まぁ今は、そうだな、君を見くびり過ぎた、それだけは言っておこう」
「表面だけの賞賛なんて……!」
ダイゴの声に弾かれたようにメタグロスが相手の色違いメタングを圧倒する。初代は口笛を吹いた。
「さっすがー。ポケモンの血が入っているから同調の値が高いね。これは、オーキド・ユキナリ氏の完全同調に近いんじゃないか?」
戦っている最中だというのに初代は余裕しゃくしゃくで観察している。その行動が癇に障った。
「俺達を、嘗めるな」
視界はほぼメタグロスと同期している。鼓動も、感覚器も、だ。メタグロスの感じ取る空気の流れ、相手の隙、どこに打ち込めば効果的なのかが全て分かる。
「あれ? ハイになっちゃってる? もしかしてぼくに勝てる、とでも?」
「今ならば勝てそうだ」
その確信がある。メタグロスになった事もそうだが、ダイゴの戦意は昂揚していた。今の初代は隙だらけだ。どこに打ち込んでも倒せる。
「だったら、実際にぼくに打ち込んできなよ。さっきから君の攻撃はメタングにばかりでまどろっこしい。ぼくを殺したいんだろ?」
初代の言葉にダイゴは瞠目したがそれもその通りだ。短期決戦に持ち込みたいのならばトレーナーを襲えばいい。
「その覚悟があるのなら」
「覚悟? ぼくは君より二十年ほど生きている、いや生きていた先輩だ。その人間に覚悟とは、片腹痛い」
メタグロスの放った攻撃が初代へと殺到する。通常なら臆するか逃げるだろう。その選択肢が取られるのだと当然。ダイゴも思っていた。しかし初代が選択したのはどちらでもない。
「メタング。もういい。彼のレベルには合わせるな。こっちのやり方で行こう」
その言葉が放たれた直後であった。
今まで打ち込まれるばかりだったメタングがメタグロスの全ての攻撃を防御したのだ。ダイゴは当然、何が起こったのか分からない。完全に隙をついた攻撃だった。メタングの防御力で耐え切れるはずがないのに。
「何で……」
「答えは、王と凡俗の差で説明がつく。メタング」
メタングのボロボロの表皮に亀裂が走り直後、卵の殻が割れるように外側へと弾き出される。
「――進化、メタグロス」
ダイゴは呆然としていた。自分と手持ちポケモンが最大の同調と昂揚をもってして訪れた進化の境地に、初代とその手持ちはまるで当たり前のように至ったからだ。
X字の眼窩から覗く赤い眼が射る光を灯す。ダイゴは思わずうろたえる。
「進化、したなんて……」
「驚くかい? ぼくはさっき、一切驚かなかったが」
まさかこれが自分と初代の差だというのか。ダイゴがメタグロスに命令する前に色違いの、金色を纏ったメタグロスの拳が放たれた。呼気を放つまでもなく、まるで指を動かすかのごとき自然さでの一撃。そのたった一撃に、メタグロスが遅れを取った。今までの優勢が嘘のように吹っ飛ばされたメタグロスが壁にめり込む。ダイゴは声を上げた。
「メタグロス? どうやって……、何を!」
「何を? バレットパンチを撃っただけだが?」
しかし視認も出来ないなんて。ダイゴの動揺につけ込むように初代は続ける。
「まさか、見えなかったかい?」
見えなかった。しかしそれを言えば完全な敗北となる。ダイゴは腹腔に力を込めて、「メタグロス!」と呼んだ。主人の声に従ってメタグロスが砂礫を振り払う。
「徹底抗戦だ!」
メタグロスの構えに初代は少しだけ首を傾げた。
「徹底抗戦。おかしな事を言う。どうせ、勝ったほうがツワブキ・ダイゴだ。負けたほうは名前も、何もかもを失う。まさか分かっていなかったとでも?」
ダイゴは雄叫びを上げて突っ込んだ。