第百六話「独り」
「な、何を……。強がりなんて」
レイカは口角を吊り上げるがそれがまやかしの笑みであるのは何よりも自分が分かっていた。今の一瞬、ヒグチ・サキに恐怖した。今まで自分達ツワブキ家を脅かすものなんて存在しなかったというのに、サキがいつか自分達ツワブキ家を、ひいては自分を追い詰める事をどうしてだか予感出来たのだ。その予感は一度這い登ってくると怖気となって背筋を突き抜ける。
自分達はとてつもない間違いを犯したのではないか。ここでサキを殺しておけば、という考えも浮かんだがもうサキの背中を追えなかった。視線が覚えず下に移る。ここで死んでいったプラターヌという男の死を乗り越えて、彼女はきっと強くなる。強くなって自分を殺しに来るだろう。
とてつもなく恐ろしく、心臓が爆発しそうだった。冷や汗が伝い落ちる。ここまでの恐怖は父であるイッシンや兄であるコウヤにも与えられた事はない。誰にも脅かされた事のなかった部分が危機感を伝えている。
――ヒグチ・サキはいずれ最大の敵として自分を殺しに来る。
その予感を打ち消すようにレイカは拳を握り締めた。
「何を恐れているの、ツワブキ・レイカ。私はツワブキ家でもポケモンの扱いに長けた人間。それに今まで何人ものDシリーズの死に何の躊躇いも覚えなかったじゃない。どうして、あんな小娘一人に……」
しかし慄然とした思いは膨れ上がる。目の前のプラターヌの死体がいけないのか。レイカは咆哮する。その瞬間に巻き起こった凍結の暴風がプラターヌの身体を吹き飛ばした。微塵の欠片も残らない。死体はまさしく灰になって消滅した。しかしそれでも消えない恐れの波にレイカは周囲を見やる。
「誰か……。誰か私を……。お父さん? リョウ? コウヤ兄さん? クオン? ……お母さん?」
誰にもすがりつけない孤独が圧し掛かりレイカはその場で慟哭した。