INSANIA











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攻めろ! 化石バトル!
第八十七話「敵の牙城」

 決行は三日後、とキャプテンは断じた。

 初代のパーツを餌にしてツワブキ家を空にする。その時を狙って外に出ろ、と。同時に抹殺派に加われとも言われた。クオンはもちろん複雑な胸中だったがディズィーに迷いはないらしい。

「いいよ。ただ、ちょっとばかしこっちにも込み入った事情がある。二人が納得するかどうかを確認させて欲しい」

 ディズィーが通話を繋いだのはマコだった。マコにディズィーは大筋を説明する。ダイゴがフランであった事は伏せ、Dシリーズの抹殺派、つまりデボンに敵対する組織への勧誘があった事だけを説明した。マコは、『その、ディズィーさん』と返す。

『その組織、信用なるんですか? だって私が一時的でも、捕捉されそうになった組織名で』

「ありゃブラフだろう。実際に抹殺派はこうして接触をはかってきた。恐らくはデボンからしてみても監視対象なのが抹殺派なんだ。Dシリーズ保持を目指すデボンとは敵対関係。まぁ当たり前の帰結と言えばそう」

 窺い知る事しか出来ないがマコにも何かが起こったらしい。そうでなければDシリーズの一員であるディズィーと仲間になる事もないだろう。

『そこに、クオンちゃん、います?』

 マコの声にディズィーはクオンに換わった。

「はい……」

『クオンちゃん、声に元気ないよ。大丈夫?』

 正直な事を言えば、全く大丈夫ではない。なにせダイゴが敵であったと告げられ、さらに言えば最終目的はツワブキ家の崩壊だとも言われた。これで平静を装えるほうがどうかしている。

「あたしは、何とか……」

 それでもすがろうとしなかったのは自分なりのケジメがあったからか。マコにすがってしまえれば簡単だったが彼女も被害者だ。

「それよりも、この事にマコさんも関わっているとは思わなかったわ」

『私も、ね。サキちゃんの事で色々あって』

 その挙句がディズィーと組むはめになったという事なのだろう。貧乏くじとも言えなくはない。

「サキさんは?」

 そういえばサキの安否は聞いていなかった。クオンの疑問にマコは、『まだ、分かんないや』と答える。彼女としても不安が拭えていないのは声音で分かった。

『でも、サキちゃんはきっと、私の行動を許してくれる。だから、私はサキちゃんに再会した時、胸を張れるようにしておきたい』

 それもケジメのうちか。クオンは、「頑張ってね」と口にする。少しでも自分の負担を軽くしたくってクオンは心配要らないように装う。

『ディズィーさんなら、きっとよくしてくれるから』

 マコの言葉を潮にして通話は切れた。クオンはディズィーに視線を投げる。大丈夫だとは思えないがディズィーは微笑んでいる。

「マコさんとの通話も、ある意味ではやばいんじゃ?」

「だね。だから最低限の会話でいい。マコっちを安心させて、オイラも何とか君を安全圏に置きたい」

「もう、危険域なのよね……」

 呟いても事態が好転するわけでもない。ディズィーは言い放つ。

「それでも、君の判断は間違えていないと思うよ。それに勇気もある」

「感情が馬鹿になっちゃっているんだと思うわ。きっと、一番平静でいられるのは今だけ。事態が転がりだした時のほうが、怖くなるかもしれない」

 もう抱えた膝が笑っている。ディズィーは、「楽観的な事は何一つ言えない」と付け加える。

「マコっちに協力を仰げば大丈夫って保証もないし、オイラだって結構ヤバイ位置にいる。ケツに火がついているってわけだ」

「それでも、ビジョンはあるんでしょう?」

 クオンの問いかけにディズィーは、「当たり前じゃん」と応じた。

「未来に展望を持てなければ、オイラ達はお終いだよ」

 そのお終いの領域に既に来ている。クオンはため息をついた。だからと言ってそう容易く憂鬱は消えてくれなかった。




















 少しだけ、憂鬱な気分になっていたのは暗いトンネルをずっと歩んできたせいかもしれない。地上に出られるのはいつだろう。サキは階段を上った先にあったのが、またしてもトンネルで嫌気が差していた。しかし肩を並べるプラターヌは不満な顔一つしない。

「よく、平静でいられますね」

「取り乱してどうする?」

 違いないが、この方向で合っているのだろうか。とんでもない大回りをしていてとっくにカナズミから出ている可能性もある。

「あの、私達、カナズミからは出ていませんよね?」

「さぁ。だってわたしは配水管の管理なんてした事ないから」

 彼に聞いたのが馬鹿だった。サキは額に浮いた汗を拭う。何日経っているのかも分からない。水は確保出来たが問題なのは食料。空腹も一日過ぎればほとんど感じないがそれは逆にまずい状況だというのは経験則で知っていた。

「私、何日も飲まず食わずの時がありました。張り込みで」

「今時の刑事もやるのか」

 サキは首肯してから足を引きずる。どれだけ歩いたのか、水に足を取られているせいで余計に疲労が増す。

「で、一週間後かその後くらいに、ご飯食べたんですけれど、胃が受け付けなくって。結局、元通りおいしく食べられるようになったのはそのまた二週間後でした」

「そりゃ職業病だな」

 今もその状況に限りなく近い。ストレスが極限まで膨れ上がり、サキは前が見えなくなりそうだった。

 その時、ポッチャマの一匹が鳴いた。何なのだろうか、と思っていると鳴き声が連鎖する。その音程が一定のものである事をプラターヌは見抜いた。

「またも音声ロックか」

「今度もポッタイシですか?」

 うんざりである。しかしその予感は裏切られた。開いたのは前でも後ろでもなく、真上の扉であったからだ。トンネルの上部に続く梯子があり、音声ロックが成された巨大な扉があった。

「えっ、ちょっ、あれって与圧とか水圧を合わせるための扉じゃ……」

 だとすれば生き埋めである。しかしサキの懸念は裏切られた。扉が開くが予想したような水の圧力や空気の圧力はなかった。

「ただの耐熱扉なのかな」

 プラターヌは観察の目線を注いだまま天井を仰ぐ。どうやら扉のうち、開いたのは小さなスペースで本当に水圧や与圧を合わせるための巨大な扉は開かなかった。

「はしごが続いていますね……」

「上るか」

 当然、プラターヌが上である。上り始めるとポッチャマ達も続いた。指先に当たるものはないのに器用に上ってくる。

「存外、ポケモンって器用なんですね」

「君が思っているよりかはね」

 扉を抜けると、新規ブロックがあり今度はトンネルではなく緑色のライトで縁取られたエレベーターであった。

「どこに続くんでしょう?」

「上だろうね」 

 にべもない台詞を受け取ってサキはエレベーターに乗ろうとする。しかし昇降用のボタンがない。

「どうするのでしょうか」

「これじゃないかい?」

 示されたのはカードキーの差込口だ。ここに来て手詰まり。サキは思わず腰をついた。

「ここまで来て……」

 カードキーなど自分もプラターヌも持っていない。これでは進みようがない、と思っていると一匹のポッチャマが翼を回転させながら一閃した。その一撃でカードキーの差込口に電気的作用が走る。エレベーターがゆっくりと開いた。サキは瞠目する。

「器用、っていうレベルですか? これってポケモンじゃないと開けないんじゃ」

「まぁ人間でもカードキーさえあれば。ただこの下に行こうって言う奴はそうそういないだろうし、やはりここが最下層だと思ったほうがいいかな」

 エレベーターが開く。業務用エレベーターは二人とポッチャマ数体は乗せられそうだった。

「どこへ行くんでしょう?」

 乗り込むなりエレベーターがガタンと動き出す。プラターヌは、「流れに任せるだけさ」と答えていた。サキはむくれる。

「あのですね、私達は生き死にの領域で動いているんですよ?」

「逆に言えばもう死んでいる我々がどう動こうと連中は感知しない。ダストシュートに落とされて死んだと思っていてくれれば幸いだね」

 もう死人なのか。サキは身体の節々から脱力するのを覚えた。ため息を漏らしているとエレベーターが到着音を響かせる。

 目に飛び込んできたのは連絡通路であった。トンネルではないが地下の階層だろう。

「また穴倉か……」

 ぼやくとプラターヌが肩を突く。

「しかし、今度は悲観する必要もなさそうだ」

 顎でしゃくられた先に目をやる。その文字にサキは驚愕を露にした。

「これって……!」

「恐れ入ったよ。どうやらこのポッチャマ達、喧嘩を売れと言っているらしい」

 その証明は他でもない、プレートに刻まれた文字であった。

 そこには「デボンコーポレーション地下通路B11」とある。サキは天井を仰いで呟いた。

「この上が……」

「敵の牙城。デボンコーポレーション本部だ」

 引き継いだプラターヌも若干緊張しているらしい。サキは拳を握り締めた。

 今度は自分達自身の意思で戦う番だ。

 懐に留めておいたモンスターボールの中にいるポッタイシがその予感に動いた、気がした。






第七章 了


オンドゥル大使 ( 2016/01/29(金) 22:33 )