第八十五話「最大の敵」
魂の冒涜行為。その言葉にDシリーズと初代の再生計画という話が結びついた。
「この通話先、あたしのPCを既に張っていたって事?」
「張られていたんだ。このパソコンはもう使えない」
『早計だ。君達はもう、初代再生計画の阻止に向かっている事は分かっている。だからこそ、問いたい。ツワブキ・コウヤのデータベースにアクセスするという事はその危険性は承知の上か?』
どうやら相手はコウヤのデータベースも管理していたらしい。ゆっくりとディズィーが応じる。パソコンに備え付けられていたマイクとカメラは既に相手の手中だ。
「危険も何も、オイラは被害者なもんでね」
『ツワブキ・コウヤは次期社長だ。しかしDシリーズの管理とこの計画を率先していたのは、別の団体である事はご存知かな?』
試すような物言いが癇に障ったのかディズィーは負けじと応じる。
「ネオロケット団、だっけ?」
『そこまで知っていれば上出来だ。しかしながら大きな間違いがある。それはDシリーズを管理する団体とは敵対する行動を取っていた側の組織名。つまり、我々の側であるという事だ』
クオンとディズィーは同時に瞠目した。相手が自分からネオロケット団だと名乗ったのだ。それは驚愕に値する。
「……今さらだけれど名前は?」
『ワタシか? ワタシは、既に老齢に達している。だからこれを伝えられるのは若い者達だけなのだ』
「ネオロケット団の、総帥と考えていいのか?」
ディズィーの問いに相手は、『そのような大層な役職ではないが』と前置きする。
『邪悪を止めるために立ち上がった組織。連中は抹殺派の総統と呼んでいる』
「抹殺……」
胡乱な響きにクオンが声にすると、『隠し立てする事もないな』とネオロケット団総統は応じた。
『我らの最終目的は初代ツワブキ・ダイゴ再生計画の阻止。つまり全てのDシリーズの殲滅だ』
発せられた言葉に肌を粟立たせる。つい先ほどディズィーもDシリーズだと伝えられただけにその言葉は衝撃的だった。
「……Dシリーズを全滅させて、あんた達はどうしたい?」
ディズィーは自分の事を加味せずに純粋に目的を問うた。
『初代ツワブキ・ダイゴは偉人であった。その業績も、何もかも得がたいギフトだ。だが現在に蘇らせるために多くの犠牲を払うやり方を我々は容認出来ない。初代再生計画は逼塞を感じたツワブキ家が立ち上げた愚行であると言わざるを得ない』
ばっさりと切り捨てる声音だ。ツワブキ家は敵、だと。クオンは唾を飲み下す。この連中からしてみれば自分も敵性対象なのか。
「かもね。でも、その犠牲が増え続ける事と、犠牲になった人間はもう死んでもいい、って言い方は少しばかり乱暴だと思うけれど」
ディズィーは自分の怒りは押し殺しているのだ。完全に客観的なポジションを貫いている。本当ならばそのような感情を切り離す事など出来ない立ち位置なのに。
『……言い方が悪かったようだな。敵対するDシリーズは倒す。逆に言えば、Dシリーズはツワブキ家の愚行の犠牲者。もちろん、殺す事だけがその問題の解決に結びつくとは思っていない。場合によっては抹殺という強硬手段を取るのは間違いでもある』
それでも抹殺のスタンスを崩す事はない。あくまでもそれは最終手段、だと言い換えただけだ。
「それで? Dシリーズを残さず抹殺したいあんた達は何様? 初代ツワブキ・ダイゴの知り合い、だなんて言わないよね?」
『こう言ってしまえば疑念を残すかもしれないが、ワタシ個人は初代を知っている。その人格を最も理解していた人間だと言ってもいい。彼の友人であった』
思わぬ言葉である。初代の友人などホウエンの地にいるのか。
「対等な立場、って事かな?」
『その通りだ。初代とは対等であり、なおかつ彼が晩年に進めていたメガシンカ研究の事も熟知している』
「……味方、なんじゃ?」
慎重にディズィーに言いやった。「その根拠」とディズィーはすかさず返す。
「メガシンカ研究なんて家族でも知らなかったし、それを明かすって事は相手は味方だと考えるべきじゃない?」
「言ったよね。メガシンカ研究の研究室で亡くなっていた、いや、殺されていたって。相手がメガシンカ研究の対等な理解者だって言うんなら、今度はそれを疑うべきだ。こいつは初代を殺した張本人じゃないのかって」
思わぬ言葉にクオンは肩を強張らせた。初代を殺した張本人。それが通信越しではあるが、存在しているかもしれない。
「ならば逆にあんたが信頼に足る人間である、という証拠を」
ディズィーの問いかけに相手は熟考の末、『これでどうだろう?』と差し出してきたデータがあった。もちろん、簡単に開けない。
「何のデータだ?」
『ツワブキ・コウヤの管理プロセス。つまりパスワードだ』
ディズィーはさすがに目を見開く。それがこのような形で手に入るとは思ってもみない。
「何者なんだ? パスワードを持っていても今まで使わなかった、って事は、だ。他人が動くのを観察して、おいしいところだけ掻っ攫う連中だって言っているようなものだ」
ディズィーの言い分ならばパスワードを使わないのは理解出来ないらしい。クオンもそこまで分かっていてツワブキ家に仕掛けないのは相手が手駒を用意する時間を要していたためだと考えていた。
『理解出来ないかもしれないが、ワタシはどうしても守りたいものがある。そのためにどれだけ悪に染まろうとも構わない。ただこれだけは言いたいのは、ワタシは傍観者を貫くつもりはない。待っていたんだ。君達のようにツワブキ家に立ち向かう存在を』
「容認出来ない」
ディズィーの判断に、『それも一つの答えだろう』と理解を示した。
『だがワタシが用意出来るのはこの程度だ。情報網で僅かにツワブキ家を上回れた。それもここ数ヶ月の話。少しだけこちらが優位に立てたのはある存在の手助けのお陰であった』
「ある存在?」
その疑問に相手は答える。
『彼はとても優秀で、ツワブキ家の内情を暴くために全てを投げ打ったのだ。自分の恋人も、家族も、全てを犠牲にしてでも彼はデボンの闇を暴こうとした。その結果、彼は造りかえられ、もう帰ってこない存在になってしまった』
「――ツワブキ・ダイゴの事か」
ディズィーの中で何かが繋がったのだろう。ハッとした様子の彼女に対してまだ自分はぼんやりとしか分かっていない。
『その名で呼ばないでやって欲しい。彼の本当の名前は、フラン・プラターヌだ』
プラターヌの家系。クオンは話だけならば聞いた事があった。
「カナズミの名家の一つ……。でも潰えたって」
「プラターヌ家に詳しいって事は、あんたは本当に彼の事を知っていて、なおかつ彼が造りかえられる事も理解して、駒として放ったって事になるが」
何を言っているのだ。クオンは理解出来ない事だらけだった。思わずディズィーを問い詰める。
「どういう事なの? あなたとこの通話先の相手は何を話しているの?」
ディズィーはクオンの顔を見やり、「落ち着いて、聞いて欲しい」と前置いた。
「あたしは落ち着いているわ」
その胸中を慮ったようにディズィーは口にする。
「まかり間違えれば君は、最大の敵になってしまう」
自分が敵対する? そのビジョンが見えない。しかしディズィーの声音は確信に満ちている。
「……分かった事を教えて。それがあたしとの協力のはずでしょう」
呼吸を整えて口にするとディズィーは、「喋っても?」と相手に確認する。
『彼女は、ツワブキ・クオンだね。教えればそれこそ我らの手の内を明かすようなものだが』
「彼女はもう味方だ。抹殺云々はオイラ含めてまだ容認出来ていないが、真実を知る権利はある」
ディズィーの説得に相手は応じたようだ。『いいだろう』と声が返ってくる。
『混乱すると思うがね』
「混乱はするだろう。クオっち。本当に、落ち着いているよね?」
「くどいわ。あたしは何を言われても動じない。それくらいの腹積もりでいる」
ディズィーはクオンに向き直り言葉を紡ぐ。
「信じ難いことかもしれないが、ツワブキ・ダイゴ、D015の素体は相手の言うフラン・プラターヌだ。それが指し示す答えは一つ。元々ダイゴは、抹殺派の人間だった」
何を言われたのか一瞬分からなかった。ダイゴがDシリーズを消す側? クオンの混乱を悟ってディズィーが補足する。
「ツワブキ・ダイゴは、何よりもツワブキ家の敵だった。これが真実だ」