第七十七話「化石バトルをしようT」
「化石を復元させてバトルするんだ。この機械でね」
コウヤが復元機を起動させて一つの化石を内部に置く。内部の化石が細分化され、遺伝子が蘇らせられた。活性化した遺伝子を基にして投射機が左右に忙しく動き、骨格を復元させてからそこに肉付けしていく。お世辞にもいい光景だとは言えない。
「クオンなんかはこれ怖がるんだ。まぁ女の子にはきつい描写かな」
当然だろう。臓器や脳髄、それに眼球などが次々に復元されるのだが生々しくってダイゴですら目を背けたかった。リョウはもう嫌なのか目を背けている。
「兄貴、終わったら言ってくれ」
「何だよ、リョウ。男の子だろう? これくらいのグロ耐性がなくってどうするんだ」
「兄貴は麻痺してるんだよ。これ、かなりえげつないんだから」
復元されたのは頭頂部が丸まった青い体表のポケモンであった。頭蓋骨が異常発達しており逆に四肢や他の部位は少しばかり弱々しい印象である。
「ズガイトス。およそ一億年前に存在していたとされるポケモンだ」
コウヤはズガイトスを臆する事なく触って部屋の中央にあるステージに配置する。もう一つの化石を復元し始めた。
「これからやる遊びはある意味考古学研究に役立っていてね。おれもこの機械を得るためにわざわざ考古学専攻で学んだりした。博士号以上の権限がないと触っちゃいけないんだ」
言いながら復元されていくのは同じくズガイトスであった。やはり骨格に肉付けされていく過程は見ていていい気分ではない。
「さて、二体のズガイトスが出揃ったわけだが、こいつらに戦うだけの知能があると思うか?」
突然の質問にダイゴは面食らったが、「ない、んじゃないでしょうか」と答えられた。
「何でだと思う?」
「復元されたばっかりだし、それに脳ってのはそんな簡単に解析されるもんじゃないと思います」
ダイゴの回答にコウヤは手を打って拍手を送る。
「いいな、ダイゴ。お前、思っていたよりも頭がいいぞ。その通り、復元時に復元されるのは脳髄以外の部分だ。未だにこれだけ技術が発展しても脳を再生させるのは事実上不可能だと考えられている」
「ではどうするんですか? だって脳みそがなければ指示を送っても考えられないでしょうしバトルなんてなおさら」
「これだよ」
コウヤが差し出したのは小さなチップだった。ダイゴは小首を傾げる。
「それは?」
「脳波チップだ。頭脳の代替品として注目されている。見ろ」
コウヤがステージを指差す。ズガイトス二体は向かい合っているにも関わらず行動する様子はない。
「今のズガイトス二体は赤ん坊同然、いいや、赤ん坊よりももっと何もない、がらんどうだ。頭脳が空っぽなのさ。本能さえもないポケモンだから当然、バトルも出来ない。だが、こうしてチップを頭につけてやれば」
コウヤがチップをつけると近くの二台の端末が反応した。それぞれに表示されたのは四つの技名である。
「本能的に、肉体から逆算されるレベルの技がこうして表示される。化石ポケモンは復元するのならば基本レベルは固定されているんだ。ただ何をチョイスするかは化石次第だが。リョウ、久しぶりにやるか」
端末を差し出されたリョウはげんなりする。
「オレ、これあんまり得意じゃないんだよ」
「いいじゃないか。イベントマッチだよ」
リョウはコウヤとは反対側に位置して座る。コウヤもステージを挟んで座り込み、ダイゴへとレクチャーする。
「復元した化石ポケモンに共通するものとして、復元後三時間は全く使い物にならない、というのがある。これをおれは復元酔いと名付けた。復元されたばっかりで右も左も分かっていない空っぽのポケモン達を使ってどうするか。ダイゴ、見てな」
リョウは端末を操作してズガイトスに命令する。
「ズガイトス、頭突き」
すると今まで中空を睨んでいたズガイトスの眼に光が入り、頭頂部を突き出して体当たりを仕掛けた。突然の行動にダイゴは狼狽する。コウヤは落ち着いた様子で「ずつき」を食らった自分のほうのズガイトスを眺めている。
「チップに直接命令する事によって未熟な脳細胞を刺激し、強制的に命令をさせる。これが化石バトルだ。ポケモンバトルと違うのは完全に能力が復元時に依存する事と、後はトレーナーの命令による判断が何よりも優先される分、場数なんかで左右されない事かな。完全にトレーナーの力量勝負。ズガイトス、突進」
命令を受けたコウヤのほうのズガイトスが立ち上がり突進攻撃を浴びせる。リョウのズガイトスがたたらを踏んだ瞬間を狙い、コウヤは続け様に命じた。
「頭突きで姿勢を崩させろ」
ズガイトスがよろめいたリョウのズガイトスに「ずつき」を食らわせ姿勢が崩れる。相手へとさらに追い討ちした。
「そのままステージ外へ押し出せ。突進」
横たわったズガイトスをコウヤのズガイトスが押し出す。ステージ外に出たズガイトスは完全に気を失っていた。
「チップの効果が発揮される範囲は限られていてね。このステージ、つまり半径一メートル八十センチが関の山さ。それ以上を突破して化石ポケモンが暴走する事はない。安全で、何よりも洗練されたポケモンバトルだろう?」
ダイゴは圧倒されていた。ここまでトレーナーのエゴが剥き出しにされたポケモンバトルがかつてあっただろうか。ポケモンは完全にトレーナーの道具。それ以上でも以下でもない。だが化石ポケモンからしてみればそのほうが幸福なのかもしれない。未熟なトレーナーに振り回されるよりかはこうして限られた場で勝負したほうが。
「なるほど、勉強になります……」
「そう言って軽蔑している感じだ。おれのやっているこのバトルが完全にポケモンの人格を無視しているように思われているかな」
見透かされていたのでダイゴは何も言わない。
「逆だよ、ダイゴ。普段のポケモンバトルなんてポケモンを気遣うあまり、トレーナーの軟弱さが目立つ。ポケモン擁護団体の圧力のせいでポケモンの、本当の原始本能に根ざした戦闘なんて滅多に見られない。それこそ管理されたポケモンバトルの弊害だ。おれはこっちのほうがスリリングで、何よりもポケモン本来の姿に近い気がするが」
コウヤの言葉を聞いている間にリョウは倒れたズガイトスを持ち上げる。
「兄貴、もうちょっと手加減してくれよ。オレ、苦手だって言っただろ」
「苦手でもやれよ。お前、警察官だろ」
「それとこれとは別だし、戦闘専門じゃないんだよ」
コウヤはため息をついてダイゴを見やる。
「ダイゴ、今のでどう思った? やっぱり怖気づいたか。そりゃそうだ。最初のほうは誰だってそうさ。怖くなってぶるっちまう」
「いいえ――」
ダイゴは返して先ほどまでリョウの座っていた椅子に腰かける。
「俺も、俄然やってみたくなりました。この化石バトル」
ダイゴの言葉が意外だったのか、コウヤもリョウも目を見開いている。
「言っておくが簡単なもんじゃないぞ? 普段のポケモンはあらゆる点でトレーナーをアシストしているんだ。その補助が全くない、剥き出しの野生とトレーナーとしての純粋な技量勝負。正直、お前が勝てるとは……」
「いいや、リョウ。決め付けはよくないな」
遮ったコウヤは手を組んで口角を吊り上げる。
「面白いな、ダイゴ。この家で、殊化石バトルにおいておれにそんな口を利ける奴はいないんだ。面白い。いいだろう。化石バトル、やろうじゃないか」
リョウがうろたえる。
「ダイゴ、引き下がるなら今だ。化石バトルは生半可なものじゃないぞ」
「いいえ。とても面白く拝見させてもらいました。是非、手合わせ願いたい」
自信満々な声音にリョウが戸惑う。比してコウヤは笑みを浮かべていた。
「おれと手合わせするってのか。最初はリョウとやらせるのがいいかな、と思っていたが、面白い。面白いぞ、ダイゴ。帰ってきて早々、いきなりこういう奴と出会うと、おれは楽しくって仕方がない。出張の疲れなんて全部吹き飛んじまう」
コウヤは立ち上がり化石が飾られた棚を引き出した。
「ダイゴ、どれでもいいぞ。選べ。その中から化石バトルをしよう」
「いいえ。俺はせっかくもらったんで、こいつで」
甲羅の化石を差し出す。コウヤはふふふっと笑った。
「おいおい、甲羅の化石でやるってのか? そこまで義理立てしなくてもいいんだぞ」
「いえ、俺はせっかくもらったんですから、こいつに華を持たせてやりたい」
ダイゴの言い分にリョウが口を挟んだ。
「馬鹿。せっかくいい化石を見繕ってもらえるってのに、よりにもよって甲羅の化石なんて――」
「おい、リョウ! 公平な戦闘の前には、そういう余計な事は言っちゃいけない。そうだろう?」
コウヤに指図されてリョウは身体を硬直させる。どうやら長男の威厳はあるらしい。
「その甲羅の化石を復元するが、本当にいいんだな?」
「ええ、俺はこいつで」
復元機に甲羅の化石がかけられる。骨格が復元されるが先ほどのズガイトスのように四肢はない。それどころか背が丸まっており小さな爪を先端に有しているだけだった。眼球が奥まった部分にあり、甲羅の中に収まってしまう。出現したポケモンは戦闘向きではなさそうな小型のものだった。
「カブト。甲羅ポケモンだ。まぁさして珍しくもない化石ポケモンだな」
コウヤの声に、「だから言ったのに」とリョウが口を挟む。
「それに比べておれは選り取り見取り。ダイゴ、お前が選んだって構わないんだぞ」
「いえ、コウヤさんが好きなもので」
その余裕にリョウが思わずと言った様子で口にする。
「後悔するぞ、おい」
コウヤはダイゴの強気な声に笑みを浮かべたまま化石を選ぶ。
「そういう奴は、おれは大好きだ。根拠のない自信。勝てるって言う眼をしている。本物の男の眼だ。そういう奴を負かすのは滅茶苦茶面白い」
コウヤの選んだのは盾の化石であった。復元機にかけると頭蓋骨がやたらと縦長のポケモンが出現する。眼が下部にあり、身体そのものは四足でカブトとさして変わらぬ大きさだったがその中でも目を引くのはやはり頭部である。頭部の長さだけでカブトを凌駕していた。まるで中世の騎士が有する盾そのものがポケモンの形状を成したようだ。
「タテトプス。盾の化石から復元されるポケモンだ。こいつとカブトに先にも言ったようにチップを頭に埋め込んでやる。そうすると、出ただろう? 技名が」
端末に技の名前が出る。当然、相手には明かさない。
「ステージに配置した二体は復元酔いで通常のポケモンのような状況判断能力がない。つまり純粋に言えばおれとダイゴ、お前のバトルだ」
ダイゴはそれでも取り乱す事はない。端末を確認してから、「ルールですが」と確認する。
「ステージから落とされると負けですか?」
素朴な疑問にコウヤは不敵に笑う。
「当たり前だが、もう二つルールがある。体力が尽きれば負け。そしてもう一つは――殺されれば負けだ。さぁやるか? 化石ポケモン同士のとんでもない本能のバトルを」