第七十三話「誰が敵か?」
「ギリー・ザ・ロック……、何故我々を狙う?」
イッシンの問いかけにギリーは、「オレはね」と答える。
「元々とある家系を守るためにホウエンに渡ってきたんだ。あんたらはその家系を仇なすと考えられた。だからオレが来たってわけさ」
「とある家系……、ツワブキ家とフジ家を婚礼させた家系か?」
イッシンの問いかけにギリーは、「答える義務、あるかい?」と応ずる。イッシンは歯噛みした。
「オレはね、ただの建築士だからさ。ここホウエンでは。とある家系を守るってのもまぁ言ってしまえば最重要ではない。ただオレに依頼するって辺りが、もう手段を選んでいないって事かな」
「ほざけ! ギアソーサー!」
小さなギアがギガイアスに向けて飛んでいく。しかしギガイアスは身体を沈ませて地面を踏み鳴らす。ギガイアスはまるで要塞だ。頭部に当たる岩には黄色い眼窩に赤い眼差し。全身からはハリネズミのように赤い鉱石がところどころ生えている。前足があり、移動速度は遅そうだが先のガントルに比べれば恐らく脅威度は高い。
「地震で迎撃」
地震の波長がギアの命中を鈍らせる。ギアは明後日の方向に突き刺さった。
「ギガイアスは単純な岩タイプ。だが硬さや攻撃力はそれなりだ。ちびギアを射出するギアソーサーはお勧めしないな。ギギギアルはその身を削る事となる」
イッシンが慌ててギアを呼び戻す。ギアは元の場所に収まったがイッシンは攻め手を失ったようだった。ギガイアスの射程がギギギアルの射程と同義だからだろう。
「さて、ツワブキ・ダイゴ」
ギリーが自分に声を振り向けてきてダイゴは身を強張らせた。
「俺、か……?」
「そうだ、あんただ。恨みはない。だが消すも止むなしと依頼主からは聞かされていてね」
ダイゴは緊張を走らせる。自分を抹殺しようとする一派。手を払って攻撃を指示した。
「ダンバル! 思念の頭突き!」
紫色の残像を帯びたダンバルが地面へと突進する。その余波がギガイアスの身体へと及ぼうとしたがギガイアスは足を踏み鳴らすだけで相殺した。
「おいおい、なんてぇ弱っちい技だ。こんなんじゃウォーミングアップにもならない」
「思念の頭突きが通じない……」
絶望的に放たれた声にギリーは、「殺すのは少しばかり嫌な気分がしてきたぜ」と口にする。
「もっと強い奴だと思い込んでいたからな。抹殺対象、っていう割には、この程度ってのが」
「ダイゴ!」
ギギギアルが前に出てギガイアスの放った散弾を受け止める。危うくダイゴは八つ裂きにされるところだった。
「ぼさっとするな! ギガイアスとガントルに、私達は挟まれているんだ!」
まだガントルは健在である。ダイゴはその段になってガントルが囮であった事に気付いた。
「このままじゃ……」
「オレは強い奴が好きだ。だがあまりにも弱いな。こんな状態でどう足掻いたってオレのギガイアスを突き崩せるとは思えない」
ギガイアスが身体を沈め、赤い鉱石を輝かせる。ギギギアルが鋼の身体でその攻撃を受け止める。だが背後にいるガントルの攻撃まで対応し切れない。ガントルもまた岩の散弾を撃とうとしていた。
「ダイゴ、せめてガントルを頼む!」
ハッとしてダイゴは指示を飛ばす。
「ダンバル、突進!」
ダンバルがガントルに向けて突進する。岩の散弾が放たれてダンバルの勢いを削いだ。突進攻撃は最後まで放たれる事はなくガントルの手前で収束する。
「ロックブラスト程度で勢いがなくなるってマジか? こんな奴が抹殺対象だってのが信じられないな」
ダイゴは歯噛みした。このままでは自分もイッシンも防御しか出来ない。
「ダンバル、まだいけるか?」
ダンバルは赤い単眼を動かしてガントルを見据えるがガントルにはまだ奥の手があるようだった。その証拠に全く動かないのだ。恐らく接近も想定してある。
「突進しか覚えないのか? だとすれば敵じゃないが、生憎こっちも仕事なんだ。ツワブキ・ダイゴ。死んでもらう」
ガントルが身を沈める。ダイゴはダンバルに命じた。
「突進!」
「猪突攻撃だけでオレのガントルが破れるワケがない。言っておくが全て無駄だ、無駄。ガントルに命中したところで!」
突進がガントルへと食い込む。その瞬間、ガントルを中心として同心円状に土色の波紋が広がった。「じしん」だと判じた時には既にダンバルは動けなくなっていた。ダンバルへと間断のない攻撃が放たれる。ほとんど耐性のないダンバルでは地面タイプの攻撃を受け流せない。亀裂が走り、地に蹲る。
「ダンバル!」
「弱い、弱過ぎるぜ、ツワブキ・ダイゴ。抹殺の手間がないだけオレにとっては楽な仕事だが、こうも戦い甲斐がないと少しばかり悪い気さえしてくる」
「どこを見ている! 私が相手だ」
イッシンがギギギアルを前進させるもギガイアスがそれに応戦する。要塞同士の戦闘は衝撃波を発生させ地面攻撃と鋼の攻撃がお互いに干渉波を生じさせた。
「諦めは、いいほうが得策だ、ツワブキ・イッシン。オレはあんたを殺せとは言われていない。あんたは何も知らなくっていい。家系図の事も、血筋の事も、あんたには無関係だ」
「関係のないものか、私はこの家の主だぞ」
返ってきた言葉にギリーは呆れたように首を横に振る。
「……傍観者気取れるって分からないのかな。ツワブキ・ダイゴの命さえ差し出せば、何も悪いようにはしないってのに」
ギガイアスが再び姿勢を沈め攻撃態勢に入る。イッシンが呼びかけた。
「ダイゴ、避けろ!」
散弾がギガイアス、ガントルの両方から射出されダイゴは片方をダンバルに防御させたものの肩口に破片が突き刺さった。血が滴り、その場に膝をつく。
「ダンバル……」
ほとんどダンバルは限界だ。これ以上戦わせられない。
「ツワブキ・イッシン。あんたは無関係でいい。この場で何も言わず、何も抵抗せず、ただダイゴが殺されるのを見ていれば、それだけで」
ギガイアスが足音を響かせながらダイゴへと再び攻撃を叩き込もうとする。今度はガントルも同時だ。この射程では逃れようのないだろう。滴った血がダンバルの身体にかかった。
「恨みはないんだぜ、ツワブキ・ダイゴ。恨むとすれば、自分の命と運のなさを恨みな」
ギリーの言葉でギガイアスが発射姿勢に移る。ガントルがその身を沈ませる。
「ダイゴ! 避けるんだ、そうでなくっては――」
死ぬ。イッシンの言葉を引き裂くようにガントルの放った岩の散弾がダイゴを貫こうとした。その時である。
突然に持ち上がった鋼の躯体が岩の散弾を防いだ。ダンバルか、と感じたが違う。防御したのは一対の鋼の腕であった。
持ち上がった水色の鋼の身体が両側から迫った散弾を打ち消した。ダイゴを含め、その場にいた全員が瞠目する。
「……何だ、それは」
自分でも分からない。ダンバルが突然に持ち上がったかと思うと二体に分離し、合体した。その結果、出現した影は鋼の両腕を備えた浮遊体であった。赤い単眼がその肉体の内部で弾かれたように動き眼窩へと収まる。一対の赤い瞳がガントルを見据えた。
その姿は既にダンバルのそれではない。僅かに面影を残すのはその腕の形状であった。ダンバルであった時の形状はそのままに片腕が振るい上げられる。三つの爪を有する鋼の腕がガントルへと向けられた瞬間、ガントルの身体に穴が開いた。貫いた攻撃にギリーが呆気に取られている。
「何をした……」
ダンバルであったポケモンはガントルを下すと今度はギガイアスへと目線を振り向ける。慌ててギリーが命令する。
「ギガイアス、ロックブラスト!」
岩の散弾が発射されるが宙に浮いた状態のそのポケモンは身体を回転させて腕を薙ぎ払っただけで「ロックブラスト」を無効化する。目を見開くギリーへとダイゴは肩口を押さえて言い放った。
「ダンバル、じゃない。もう、このポケモンは」
ダイゴは脳裏に浮かぶ一つの単語を認識する。それがそのポケモンの名前なのだと。
「――メタング」
名前を呼ばれメタングは両腕をギガイアスへと照準する。銃口のように穴の開いた両腕が構えられた途端、ギガイアスが防御の姿勢に入った。身体を縮こまらせたギガイアスへと間断のない攻撃が放たれる。先ほどガントルを下したものであった。少しでもタイミングが遅れていればギガイアスを貫通しギリーも殺していただろう。
「これは……、鋼の弾丸……」
イッシンが呟く。メタングの発射したのは圧縮空気によって極限まで威力を増した鋼の弾丸であった。それそのものの殺傷力よりも速度が段違いである。ギガイアスに守られた形のギリーが声を震わせる。
「鋼の弾丸を、連続でオレのギガイアスに叩き込んだ……。それも回避も儘ならぬ速度で」
ダイゴにはどうしてだかその攻撃の名称が理解出来た。それこそ最初にダンバルを操った時と同じように。
「――バレットパンチ」
弾丸の名を冠する拳がギガイアスへと打ち込まれ、ギガイアスは僅かに自尊心を傷つけられたようにメタングを睨んだ。
「だが、ギガイアスを押し負けさせるほどじゃあるまい!」
声を張り上げたギリーに呼応してギガイアスがダイゴを狙おうとする。ダイゴは手を振り翳した。
「接近して攻撃!」
「馬鹿め! それは既に読んでいる!」
ギガイアスが前足に力を込める。重機のように地面を踏み砕きながらギガイアスの巨躯が突進してきた。
「攻撃射程に入ると同時に地震で攻撃! 見た目は鋼のままのはず! 弱点を食らい知れ!」
ギガイアスが身体にエネルギーを充填させて「じしん」を放とうとする。ダイゴはメタングに命じた。
「射程まで待つ必要はない」
「バレットパンチか? だがその程度で臆するようなギガイアスでは――」
「思念の頭突き!」
思わぬ命令だったのだろう。ギリーがその言葉を解する前に特攻してきたメタングがギガイアスの頭部とぶつかる。まさしく直撃。鋼のメタングの攻撃がそのままギガイアスの脳髄を揺らした。その一瞬の隙。ダイゴは続け様に指示する。
「メタルクロー!」
鋼の爪がギガイアスの岩の表皮を切り裂く。ギガイアスが吼えた。その身体には爪痕が刻み込まれている。
「ギガイアス? まさか、まだ思念の頭突きを使ってくるとは……」
全くの予想外だったのだろう。ギリーは舌打ちする。
「この距離で受ければアウトだな」
その言葉に応ずるようにダイゴのメタングは片腕をギガイアスの頭部に向けていた。「バレットパンチ」を放てばこちらの勝利だ。
「その前に、聞きたい事がある」
「だろうな。オレが誰に雇われたのか、か」
無言で首肯するとギリーはフッと口元に笑みを浮かべる。
「言うと思っているのか?」
「言わなければ、お前はポケモンを二体とも失う事になる」
ダイゴの強い語調にギリーは、「怖い、怖いねぇ」とおどける。
「ガントルは残念だったよ。だがな、布石を打たないほどオレも馬鹿じゃないんだぜ?」
その言葉を解する前にギギギアルがダイゴへと向けて飛んできた。突然の行動に狼狽する前にギギギアルの鋼の表皮を叩いたものがあった。目を向けると不可視の黒い岩がギギギアルに突き刺さっている。
「ステルスロックか!」
イッシンの声にダイゴは一瞬だけ気を取られていた。その僅かな隙にギガイアスの全身から蒸気のような砂の渦が噴き出していた。その勢いに思わずダイゴも後ずさる。
「これは砂嵐だ。ポケモンには効果はないが、人間にはどうかな?」
ギリーの声だけが聞こえてくる。恐らくは煙幕代わりに使おうというのだろう。ダイゴはメタングに命じる。
「メタルクローで引き裂け!」
銀色の爪が砂嵐を蹴散らす。しかし既にギリーの姿はなかった。ギガイアスもいない。恐らく逃げおおせたのだろう。ダイゴは口惜しげに先ほどまでギリーのいた場所を睨む。イッシンが、「逃げた、か」と呟いた。
「ええ。逃がしました」
「それでいいだろう。こっちも満身創痍だ」
ギギギアルには目立ったダメージはなさそうだったが蓄積しているものがあるに違いなかった。
「ギギギアルは?」
「鋼の単一タイプだから岩攻撃には強いさ。だがちょっとばかし休ませよう」
イッシンはギギギアルをボールに戻す。ダイゴもメタングをボールに戻そうとした。
「進化、したんだよな?」
イッシンの声にダイゴは改めてメタングを見やる。
「ええ、これはダンバルからの進化です」
「驚いたな。急に進化なんてするのか?」
その事に関してはダイゴにも分からない。きっかけと言えば、とダイゴはメタングの身体についた自分の血痕を目にする。
「俺の血が、ポケモンに作用した?」
「人の血だろう? 何でポケモンの進化条件に当てはまる?」
イッシンは知らないのだ。自分の血がどこかで呪われている事を。その呪いこそがダンバルを進化させるのに足りたのかもしれない。
「分からないですけれど、俺も何か知らなければならない事が依然としてあるのははっきりと」
「ギリー・ザ・ロック。私が依頼した時には、ただの建築家だと名乗っていた。だからあのように戦闘のプロだとは思いもしなかった」
ガントルとギガイアスを使った岩タイプ使い。イッシンでさえも知らなかったのだ。
「俺を殺そうとした、と考えていいのでしょうか?」
「まさか敷地内でそのような物騒な事になるとは思いもしなかったが」
イッシンの声にダイゴはメタングをボールに戻す。もう警戒は必要ないだろう。
「イッシンさん。あなたは自分の社内ですら知らない、何かが進行しているのだと聞いて素直に信じられますか?」
D計画について、あるいはDシリーズについて尋ねておくべきだろうかと考えたのだ。しかしイッシンは、「私が知らない事となれば」と応ずる。
「それこそ命令無視だ。デボンの社内にそのような動きがあってはならない」
そう、あってはならないはずなのだ。実際にそれがまかり通っているとしても。
「デボンコーポレーションを、あなたは信頼しているんですね」
「自分の会社だ。そりゃ立ち上げたのは私の祖父の代だが、それでも信用していないわけないだろう」
何かが水面下で動いている事は確かなのだ。それはギリーという暗殺者が出てきた事で余計に真実味を帯びた。
「イッシンさん、社長であるあなたでさえも殺そうとする一派がいる」
「らしいな。まぁ私は素直に殺されるようなタマではないが」
ギギギアルを見た感触からしても相当な実力者である事は窺える。だがそれだけではデボンの闇をどうこう出来るとは思えない。
「ギリーをせめて捕まえられていれば、情報を仕入れられたんですけれど」
「だな。だが私はギリーを逃がしてもある意味よかったと考えている」
「よかった?」
その意図が分からず聞き返す。
「泳がせておいて、依頼主を暴いたほうが得策だ。お前のメタングならば倒せる事も分かったし、これ以上暗殺めいた事をしてはこないだろう」
希望的観測も混じっていたが、ダイゴは負ける気はしなかった。
「ギリーの仕事を辿っていけば、もしかしたら何か分かるかもしれない。私の部屋に来るといい」
突然の言葉にダイゴは戸惑う。イッシンの部屋に自分が入っていいのだろうか。その逡巡を感じ取ったのかイッシンは微笑む。
「安心しろ。私はダイゴ、お前の味方だ」