INSANIA











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新たなる戦い
第六十八話「作戦開始」

 ルチアによる曲の編成は三時間にも及び、ルチアは完成したデモテープを手に再び変装した。

「じゃあ会社に届けるけれど、ディズィーちゃんは来ないの?」

「ああ。他のメンバーにもよろしく言っておいて欲しいんだけれど、オイラしばらく休ませてもらうから」

 その言葉にルチアが、「何で?」と小首を傾げる。マコは自分のせいだという負い目があったので言い出せなかった。その代わりにディズィーはマコの肩を引き寄せる。

「ヒーローは、女の子を守らなきゃ。だろ?」

 その言葉だけで了承が取れたらしい。ルチアは首肯した。

「なるほどね。名付けるとすれば!」

「またか。もういいよ」

 呆れ返ったディズィーを尻目にルチアは決めポーズをつけて声にする。

「君とのゴールはフォーエバーラブ! だね!」

 マコは赤面してしまう。ディズィーが手を払った。

「いいから、行きなって。プロデューサーも怒るだろうし、それに君の監督を任されている担当からオイラがお叱りを受ける」

「そりゃ大変!」

 ルチアは駆け出しマコとオサムへと手を振った。

「お幸せに!」

 すぐさま車に飛び乗り嵐のようにルチアは過ぎ去っていった。

「……スゴイ人ですね」

「まぁ、ああいう慌しさもある意味じゃ珍しくもあるよ。この街でおじさんがいなくなったっていうのにそういうのおくびにも出さない」

 この街で、という部分にマコは疑問符を挟んだ。

「この街で、なんですか?」

「ん? ああ、これもこれね」

 唇の前でバツ印を作ってからディズィーは話し出す。

「カナズミシティではここ数ヶ月、いや数年か。謎の行方不明者が多数出ているらしい。その行方は一切不明で、警察でも抑えられないんだと。オイラも話を聞いた限りじゃ、行方不明者がもう一度見つかる確率は限りなくゼロで、その上犯人の目星もつかない」

 マコは消えてしまったサキの事が気がかりであった。その行方不明者に加わってしまったのではないかと。ディズィーはマコの頭を撫でる。

「大丈夫。お姉さんは見つかるよ。それにこの街で、って言ったけれど、おかしな点がたくさんある」

 ディズィーは部屋に入るなり鍵を閉めて扉に寄りかかった。

「ミクリさんほどの実力者が、どうして無抵抗に捕まるのか」

 それは確かに疑問点ではあった。ミクリはこのホウエンの王である。そのような人物が何の抵抗もせずに捕まるとは思えない。

「戦闘の形跡は?」

「あればもう少しマシなんだが……。どうやらないみたいだ。もしかすると今回、ツワブキ家がきな臭いと思っていたけれどそっちにも関係しているのかもしれない」

 もし、ミクリ誘拐にツワブキ家、引いてはデボンが関わっているのならば。それなら何らかの協定があって無抵抗に捕まった可能性が高い。そう考えるとマコはいてもたってもいられなくなる。

「……サキちゃんもツワブキ家に関わっていて、ミクリさんももしかするとデボンに拉致された?」

「かもしれない、だけさ。決め付けてかかるのは早計だよ」

 ディズィーは部屋の中央に座っているオサムへと目線を振り向ける。オサムは、「言いたい事は分かる」と告げた。

「僕がツワブキ家、デボンについて知っている事だろう? 生憎、ミクリとやらの行方は知らない。だが、言ったよね? 僕らDシリーズがただ単に造られた存在ではない事を。素体となる人間がいるんだ」

 まさか、とマコは総毛立つ。オサムは何でもない事のように言ってのけた。

「そのミクリっていう人も、もしかするとDシリーズの素材になった可能性がある」

 オサムの非情な宣告にマコは頭を振っていた。「いや……」と泣き出しそうになる。ディズィーが、「大丈夫」と慰めてくれた。

「心配ない。大体、一地方の王を成功するかどうか分からない実験に巻き込むもんか」

 ディズィーの言葉には一理あったがそれでも湧き出る感情は止め処なかった。

「でも、でもですよ……。あれだけ元気なルチアさんを見た後じゃ、私……」

 そこから先はすすり泣く声に阻まれた。ディズィーは自分の背中を撫でて少しずつ諭してくれる。

「大丈夫だって。オイラの言ったのも悪かった。君の気持ちを考えないで事実だけを言ったところで仕方のない事だ」

「マコちゃんが悲しむのも分かるよ」

 オサムの声にディズィーは敵意を滲ませる。

「お前が言うか」

「僕を恨んだところで、大元は正せない。マコちゃんの悲しみを癒せるのは、ただ一つ。お姉さんを見つけ出す事だ。だっていうのに、不安の種をばら撒く事はないだろう」

 ディズィーが反抗の声を出そうとする。しかしマコは制していた。これ以上、ディズィーにばかり甘えてもいられない。

「分かっているんです、私。サキちゃんにもディズィーさんに甘えていたって。だから本質が見抜けなかった」

「ツワブキ・レイカに関して言えば、何が本質かなんてまだ分からない。Dシリーズの事も、嘘八百の可能性もある」

「でもそうまでして、レイカさんは何かをひた隠しにしようとしている。何かがあるんです。私達がそれこそ窺い知れない、何かが」

 その確信に拳を握り締めていると、「マコちゃん」とオサムが呼びかける。微笑みを湛えた彼は情報を話した。

「僕が何度か干渉したんだが、ツワブキ家にいるD015に関して、彼を抹殺するかそれとも放置するか、という組織が存在する、と聞いた事がある」

「……何故、そんな事を教える?」

 警戒心を解かないディズィーに、「マコちゃんの力になりたいんだよ」とオサムは飄々として答える。

「D015。彼に関しても分からない事だらけだが、僕は鍵を持っているに等しい。同じDシリーズだからね。僕がむざむざ逃げ帰れば処分されるだろうが、同時に言えば、一般構成員程度ならば僕でも欺ける」

「つまり何が言いたいんだ」

「ツワブキ・レイカ。確かに強力だし、正面切って戦える相手ではない。組織としての力も確かだ。しかし末端構成員に関してはそうではないと考えている」

 オサムの言葉はわざと関心を集めているかのようであった。マコはその言葉の帰結する先を見据える。

「……末端構成員を、捕らえる?」

「まさか!」

 ディズィーが声を張り上げた。オサムはしかし落ち着き払っている。

「やるとすれば、僕の回収に来るであろう構成員を狙ったほうがいい。Dシリーズが解き放たれ、しかもシグナルが消失したとなれば事実関係の揉み消しに何人かは動員されるはずだ」

「そいつらから組織の情報を洗う」

 ディズィーが結ぶと、「不安かい?」とオサムが尋ねる。

「不安、というよりもベストなプランではない気がする。危うい綱渡りだ。末端構成員とはいえ弱いとも限らないし、お前を無力化する手段があれば真っ先に講じるだろう。正直言ってオイラ達が動いている事それそのものを秘匿したい。だってオイラは顔が割れているし、マコっちだってそうだ。お前だけだろう。この場合、裏切れば一番に利益が回ってくるのは」

「……随分と嫌われた様子だ」

 オサムの声にマコは一つの決断を迫られていた。このままディズィーとオサムだけでは話が平行線なのは違いない。どちらかに歩み寄らなければここから先に進む事も出来ない。マコは口を開いていた。

「……やりましょう」

「マコっち? でも危険だよ」

「危険でも承知でやるんです。後戻りの権利なんて、もう置いてきたんですから」

 サキを見つけ出す。そしてルチアのおじであるミクリも、絶対に助け出さなければならない。マコの言葉にディズィーは素直に承服出来ないようだった。

「だがオサムを追って相手が来るというのは不確定情報だ。それにオサムの位置も分からなければ……」

「位置は分からずとも昨晩の場所に何人かいるだろう。こっちから仕掛ける」

 強気なオサムの口調にディズィーは眉根を寄せる。

「それほど強気に出れるのが何だかあり得ないんだけれど」

「僕もちょっとは考える。これから先の身の振り方ってのをね。で、昨晩も話したけれど、僕らDシリーズのロストナンバーは細胞が不安定だ。研究者を襲わざるを得ない状況に立たされる」

「どちらにせよ、オサム君が生き永らえるにはこっちからやるっきゃないって事だね……」

 緊張を滲ませる。昨日の場所にもう一度赴くリスクは自分でも分かっていた。

「マコっち。同じ場所に二度も三度も行けばそれこそ足跡を残す。危ないよ」

「でも、ディズィーさんは引き受けてくれるんですよね」

 マコの言葉にディズィーは頭を掻いて、「参ったな」と呟く。

「マコっちの頼みなら断れないじゃないか」

 端末を取り出しディズィーは情報を打ち込む。すると昨日相手の情報を捕捉したのと同じ方法で今度は相手の情報に潜り込もうとしていた。

「何度も成功するのか?」

「枝をつけておいたから、相手のサイトの本拠地が移動してもこっちには分かるようになっている」

 ディズィーの言葉にオサムは感嘆する。

「そんじゃそこらの歌うたいのスキルじゃないね」

「オイラはヒーローだからね、っと!」

 エンターキーがー押されると相手の情報の詳細が覗き見られた。

「速攻でオサムを追うってのはないらしい。研究員や構成員を使って少しずつ、みたいだ。何でもDシリーズ初期ロットにはある程度楔があるからみたいだけれど」

「首輪が実際にあった。それに楔とは、多分一週間しか持たない呪いだ」

 Dシリーズが自分から逃げ出したとは考えないのだろうか。マコの疑問にディズィーが探りを入れる。

「逃げ出したDシリーズ自体はあったみたい。でも全部番号の上に排除済み、って書いてある。つまりDシリーズは逃げても対処のしようがあった」

「僕みたいに首輪を外したDシリーズは少なくなかったと思う。皆、多かれ少なかれポケモンによる戦闘技能もあるからね。でも多分、対処ってのは楔に他ならない。細胞が壊死する、と言われてきたけれどもっと酷い死に方なのかもしれないね」

 平然とそれを口にするオサムにマコは疑問を挟む。どうしてそこまで他人を貫けるのだろう。

「Dシリーズ同士で、知り合いだとかは」

 ディズィーの探りに、「いるわけない」とオサムは頭を振った。

「同じ顔の人間が会って、それで仲良しこよし? 普通に考えて不可能でしょ」

 それもそうだった。同じ顔の人間が顔をつき合わせたならばそこに待っているのは闘争だけだ。

「それにしたってデボンの一部部署なんだろうけれど管理はずさんだね。こんな一般端末で入れるんだから」

「罠かもしれないけれどね」

 オサムの声にマコは聞き返す。

「罠?」

「こうやって一つのサイトだけわざと入りやすくする。そこに隔離して情報を引き出すっていう罠」

 そう考えるとディズィーのやっている事がいかに命知らずなのかが分かってくる。マコは止めようとしたが、「今さら脅し?」とディズィーは強気だった。

「そんなのは最初に会った時に言うもんさ」

 ディズィーは迷わずどんどんと入り込んでいく。このままでは戻れないのではないか、というマコの懸念を無視してディズィーは一つの情報を探り当てた。

「こいつだ」

 画面に出たのは平凡な眼鏡の研究者である。名前に「ソライシ」とあった。

「こいつが今夜、昨日の戦闘場所に来る。こいつの担当班だからこいつに当たる」

「当たる、って真正面からってわけじゃあるまい」

「そうだね。オイラのクチートじゃ腕一本は持って行きかねない」

「僕のコドラでも殺しかねないな」

 物騒な会話にマコは割って入った。

「あの! 私なら」

 マコを二人して見やる。モンスターボールを掲げて口にした。

「私の、フライゴンなら……」


オンドゥル大使 ( 2016/01/14(木) 22:03 )