第六十六話「突き崩す者達」
「――と、いうわけさ」
オサムの言葉を一部始終聞き、マコは顔面蒼白のまま問い返していた。
オサムによれば既にサキの処分は行われた後であり、自分も処分項目に入っていたのだという。震撼すべき事実にマコが打ちひしがれているとディズィーは疑問を口にした。ディズィーの部屋には誰も来る気配はない。今は連絡を絶っているのだというディズィーをどこまで信じるべきかにも寄る。
「きな臭いのはツワブキ家だね。その話によると、ツワブキ家がどこまで支配しているのか、って具合になる」
ディズィーの声にマコは一番に気になっていた事を紡ぎ出す。
「どうして、あの家にダイゴさん……、ツワブキ・ダイゴを招いたの?」
オサムによればダイゴも自分とさして変わらぬ存在なのだという。Dシリーズと呼ばれる存在であり、量産された初代ツワブキ・ダイゴの模倣体。どうして初代の顔と身体を再生する必要があったのか。そこまではオサムも知らないとの事だ。
「なにせ、僕はD036。三十六番目の個体だ。ロストナンバー一歩手前だよ。廃棄されていてもおかしくなかったし実際、半分は廃棄状態だったけれどこの足を得て、僕に利用手段があると分かったらしい」
オサムが捲り上げたズボンから妙に色の違う足が覗く。その足には刻印があった。オサムがさらにズボンを捲っていくと何と繋ぎ目が見られた。マコは吐き気を抑えるように口元に手をやる。
「それって……」
「元々の僕の身体じゃない。この足は、初代のものだ。カナズミの各病院に初代の肉体の一部が保管されているって事は?」
マコは当然首を横に振る。ディズィーも、「聞くに堪えない」と吐き捨てた。
「だろうね。女の子達には刺激が強いかな?」
しかしオサムはディズィーを見ずにマコにだけ挑発的な物言いをした。まるで意図的にディズィーの存在を排しているかのように。
「そんな事、許されるっていうの?」
「誰が許したわけでもないし、誰が裁くわけでもない。ツワブキ家の計画通りならば、何かが必要なはずなんだ。躯体だけではない、何かが……」
つまり初代ツワブキ・ダイゴの再現、という計画に留まらない何かがあると言いたいのだろう。マコは顎に手を添えて考え込む。
「そもそも、何で偉人を再生したいのか、ってのが私、ピンと来ない。だってもう死んじゃった人でしょう? それをもう一度、ってのが」
「マコっちの言う事も正しい。死んだ人間に何を聞く? あるいは何を望む?」
「これは僕の憶測でしかないが」
オサムは声を潜めた。思わずマコも前のめりになる。
「……自分を殺した人間を聞き出すんじゃないかってのがもっぱらの噂だね」
「誰から?」
情報源をディズィーは正そうとする。オサムは、「ツワブキ家の保有する団体の構成員」と答えた。
「そいつらが言っていたんだ。僕を見て、おぞましげに。やっぱり殺した相手を見つけ出したいのだろうか、ってね」
オサムの言葉を全面的に信じるか否か、マコは悩んでいたがディズィーは何かが繋がったように呟いていた。
「初代の殺人。その犯人を突き止めたい。それがツワブキ家の目的か。きな臭いというよりもこれは何というか、異常だね」
それには首肯せざるを得ないがマコはもう一つ気になる要素を訊いていた。
「何でその、ダイゴさんだけあの家に招かれたの? だってDシリーズだって言うのならばオサム君だって」
オサムをマコは「君」付けで呼ぶ事にした。それが何やら一番適切な感覚があったのだ。
「僕が? そうじゃなくっても百番台以下のDシリーズの動きは制限がかかっているっていうのに、僕に探れるわけないだろう。まぁでも、あのD015……通称ツワブキ・ダイゴには何かしらあるのは否めないが」
「ある、というのは?」
ディズィーの問いかけにオサムは眉根を寄せる。
「感覚的なものだから何とも言い難いけれど、僕にはあのツワブキ・ダイゴが他のDシリーズとは違う、完成形に近い気がする」
「完成形、それは初代?」
マコの質問にオサムは幾ばくかの逡巡を挟んで、「そうなるだろうね」と答えた。
「でも誰も初代なんて見た事ないんじゃないかな? その、本物は」
マコも教本の挿絵で見る程度だ。実際に初代の生きていた時期とは自分の人生は被っていない。
「もうちょっと上の世代ならば初代をリアルで見たかもしれないけれど、私なんて完全に声も知らないもん。それなのに初代の再生計画とか言われてもピンと来ないし、それがどれだけ大それているのかも……」
常軌を逸しているとは思う。だが重要かと言われれば答えはノーだ。レイカやツワブキ家が躍起になってまで初代をもう一度、というのが理解出来ない。
「そもそも初代はもう現役引退していた。トレーナーとしての初代が欲しい、というわけでもないし目的に対して手段がちぐはぐだ。オイラも、この目的にしてはやり方が横暴過ぎる気がする」
ディズィーの同調を得てマコは余計に疑念が深まった。どうして初代でなければならないのか。ツワブキ家は今でも存続しているし巨万の富がある。相続に相応しくない人間ばかりかと言えばそうでもない。ツワブキ家の長男はしっかり稼業を継いだし、他の兄弟達も癖があるものの定職についている。
「僕もそれは分からない。使役される側だからね。ただツワブキ家からしてみれば初代再生計画は急務らしい。僕のようなロストナンバー寸前にも手を出した」
「そのロストナンバーってのもいまいち分からないんだけれど……」
オサムの話を統合すれば初代に相応しいかどうか、というだけの価値基準。トレーナーとしての強さ、あるいは判断能力ではない。どうして百番台以下は切り捨てられたのだろう。
「勿体無いよねぇ……。だってせっかく造った初代の身体じゃん」
人造人間だとしても造るのに時間も金もかかる。それを何百体も、というのが理解の範疇を超えているのだ。オサムは、「デボンの財力はよく知らないが」と前置きする。
「ただ単にツワブキ・ダイゴを真似ればいい、ってわけでもないらしい。それなら外見を突き詰めれば完成と言う事になるのだが、どうもそうではない事は数々の失敗が証明している」
究極的な外見の模倣だけならばそう何度も失敗するとは考えづらい。マコは顎をさすりながら考え込んだがやはり自分では答えが出せそうになかった。
「ツワブキ家が何を考えているのか、なんて私達に分かるわけないよね……」
「でもそれ一つで君は殺されかけた? 違う?」
オサムの鋭い指摘にマコはうろたえる。
「何で殺す対象なのか聞いた事は」
ディズィーの探りにもオサムは首を横に振るばかりだ。
「知っていれば苦労はしないね」
会話の主導権が握られている感覚がしてディズィーは気に入らないのだろう。しかしマコはこの真実に触っていそうで障っていない今の感覚が心地よかった。決して無知なわけではないがもしかしたら真実とは時に近づきすぎれば毒になるのではないだろうか、とも思っていたのだ。自分がたった一人でサキの行方を探しても限界が来たように。
「ディズィーさん。ここまでやってもらってあれだけれど、私、オサム君を問い詰めたところで意味がないような気もしている」
マコの弱気な発言にディズィーは目を見開いて、「何を言っているんだ」と声にする。
「マコっちの命がかかっているんだよ? こいつを野放しにすればそれこそ危険だ。こいつの生存はマコっちのもしもの時の生存カードになり得る。だから生かさず殺さずで置いておくのがちょうどいい」
「酷い言い草だな」
オサムの声にそれもそうだと感じつつディズィーは何よりも自分の安全を考えての行動だと思った。どうしてそこまでしてくれるのだろう。ただ単に行き会っただけの他人なのに。
「その、ディズィーさん、何でそこまで……」
「何で? オイラがヒーローだからに決まっているだろう? ヒーローは一度のピンチを潜り抜けたら、もう被害者を見離す? 違うね。ヒーローは本当の安全が確認されるまで決して目を離したり、あるいは逃げ出したりしない」
マコにはそのヒーローごっこも無理をしているような気がしてならない。なにせ相手は天下のデボンである。ディズィーの身に危害が及んでからでは遅い。
「でもディズィーさん、私のために仕事を断って……」
「その事なら何も心配しなくっていい。他のメンバーとは合流つける事にしたし、新曲のデモテープは既にオイラが作っておいた」
差し出されたデモテープにマコは瞠目する。いつの間に録音したのか。
「でもその、行動の妨げになるようなら……」
「マコっち。そういうのいけないな」
ため息をついてディズィーは首を横に振る。マコは、「えっ」と声にした。
「何がでしょうか?」
「自分の安全を度外視し過ぎている。マコっちだって居なくなったら悲しいんだ。それをきっちり考えるべきだよ」
マコは自分が居なくなって誰かが悲しむ様子を想像出来なかった。せいぜい大学生の身分だ。急にいなくなっても恋人が出来ただのなんだの邪推するほうが容易い。
「私は、どうせ大学生ですし。適当にふらついているんだと……」
ディズィーは、「だったら」と顔を近付けてきた。憧れの女性ボーカルの顔が間近に迫りマコはどうしてだか気恥ずかしかった。
「何を……」
マコの手を取りその手に握られていたホロキャスターの履歴を呼び出す。
「何でこんなに不在着信があるのさ。君はきっちり心配されているよ。それなのに勝手に自分をラベル付けして守られるべきじゃないって言うほうが不親切だ」
ディズィーの言葉にマコは口ごもる。両親からの何度も不在着信。出たほうがいいのは分かっていたがこれがツワブキ家に繋がり結果としてディズィーが危険に晒されるのだけは避けなければならない。
「でもディズィーさんは困るんじゃ」
「オイラならいいよ。どこへでも行ける。でもマコっちはこの街から出た後の事でも考えられる? ホウエンを旅して、それで居場所を見つけるなんて旅がらす生活を君に強いるわけにはいかない」
ディズィーはこの街に偶然留まっているだけで理由がなければ明日にでもどこかへ行けるのだ。自分はどうだ? この街から巣立ってどこかの街を転々としてそのうちに居場所なんて見つけられるのか?
「私は……」
「確かにツワブキ家が見張っているかもね。でもさ、オイラは親御さんに心配かけたまま放置ってのもいただけないと思う。だって独り暮らしの君のお姉さんはまだしも、君はまだまだ子供なんだ。その可愛い我が子が姉を追って行方不明、なんて親なら笑えないよ」
マコは黙してホロキャスターを眺める。どうするべきなのか分からなかった。これからもツワブキ家を追い、ダイゴの身元を確かめる覚悟があるのならば不用意にかけるべきではない。だが自分がそのような孤独な戦いに身を投じるタイプでない事は何よりも自分が知っている。
「私、どうするべきなのかな……」
「かけなよ」
そう口にしたのはまさかのオサムであった。その声にディズィーが苛立った。
「何適当な事を――」
「適当じゃない。僕は、実のところ帰る場所も何も持たない、それこそ先ほどの話にあった旅がらす同然だ。性質が悪いのは旅がらすは居所を選べるけれど僕は選べないという事。拘束され、ツワブキ家の命令に仕える事しか出来ない、機械以下の人間さ」
「そうまで分かっていてどういう気だ? マコっちを追い詰めるつもり?」
どこまでも疑ってかかるディズィーに、「というよりかは逆だね」と答える。
「逆?」
「マコちゃんには、僕も放っておけないというか幸せになって欲しいんだよ」
思わぬ言葉に面食らっているとディズィーが睨みを利かせた。
「あのな、そうやって取り入ろうとしても」
「ああ、言い方が悪かったかもしれない。あなたに不幸は似合わない。それだけだ」
キザな口調にディズィーは、「丸め込もうってのかい?」と反感を剥き出しにする。オサムは、「何をさ」と返した。
「もう僕はツワブキ家からしてみても不用品。だってのに、帰ってみろ。足だけ切り取られて廃棄されるに決まっている。それなら僕はあなた達の味方につく事にした」
「デボンを、裏切るの?」
「裏切るんじゃない。正当に生きるための冒険だ、僕からしてみれば。一つ、重要な事実を教えよう。Dシリーズは元々は普通の人間であった。一から人間を造ったわけじゃない。誘拐した人間に遺伝子操作を重ね、今のツワブキ・ダイゴの形に整える。それがDシリーズだ」
ならばオサムとて別の誰かであったのか。思わぬ事実にたじろいでいると、「だからって」とディズィーが割り込んだ。
「今さら自由が欲しいって?」
「馬鹿げているかな?」
「というよりも不自然だ。今まで従ってきたのに何で、って感じさ」
ディズィーの言葉にオサムは頭を振った。
「今までは首輪もあったし、それに従う以外のメリットもなかった。でも聞いてみればマコちゃんのお姉さんであるヒグチ・サキも踏み込んでいるというじゃないか。それに加えてツワブキ家に紛れ込んだダイゴという存在。もしかしたら、と僕は感じたんだ」
「……デボンを突き崩せると?」
「それというよりもデボンを隠れ蓑にしている組織を暴けるかも、ってね」
デボンを隠れ蓑にしている組織。マコはネオロケット団という組織名が真っ先に浮かんだがそれだけでもないのかもしれない。
「で、マコちゃんはお姉さんを取り戻したい。僕は自由が欲しいし、マコちゃんに力になれると思う」
「もしもの時に動けないなんて事は?」
「ない、と思うよ。僕のコドラ強かっただろ?」
コドラの強さは圧倒されていたディズィーならば身に沁みて分かっているはずだ。これほどの戦力もいまい。
「ディズィーさん、私、オサム君をある程度は信じていいと思います」
「正気? こいつ、いつ裏切るかなんて」
「でも、屈服させたのは私です。なら私の目の前では裏切らないでしょう」
強い語調にディズィーでさえも言葉を仕舞った。自分が倒したのだ。ならば自分を出し抜くような真似はしまい。
「マコちゃんは話が分かって助かるなぁ」
「……調子に乗るんじゃない。オイラは正直、こいつから搾り出せるものはもうないと思っている。ここで捨てても特に被るものもない、と」
「でもオサム君も命なんだし……」
「正義の味方は、悪人の命の心配なんていちいちしないよ」
その言葉が何よりも突き刺さった。やはりディズィーは自分を助けてくれている。それも過保護なほどに。しかしマコにはそれがディズィーの自由を奪っているようで気が引けた。
「そろそろレコーディングだ。マコっち、オサム、第三者をここに呼ぶけれど、構わない?」
ディズィーの言葉にマコはオサムと顔を見合わせた。
「私達がいていいの?」
「目を離すと何を仕出かすか分からない奴と、マコっちみたいな危ない子を二人っきりにはさせられない。なに、ちょっと音合わせするだけ。レコーディングって言っても、後はその子の音があればいいんだ」
マコは改めてディズィーが商業音楽の提供者である事を思い知った。ただただ感服するしかない。
「オサム君は、どう説明するの?」
「家出少女と彼氏、くらいでいいんじゃない? オイラとしちゃ癪だが一番理解はされる」
家出少女は間違いないが彼氏か、とオサムを見やる。オサムは、「演じるから大丈夫だって」と答えた。
「演技は得意なんだ」
「この状況すらも欺いているかもしれない人物がよく言える」
ディズィーはそう呟いてからポケッチを取り出した。通話機能を呼び出して連絡を取っている。どうやら相手は三十分後には着くらしい。マコは緊張した。誰が来るのだろう。
「緊張しなくっていいよ。音合わせだけだし」
そう言われても誰が来るのかも分からないのでは肩が強張った。オサムが、「リラックスしなよ」と声にする。
「あんまり緊張していると勘繰られる」
自然体でいろ、という事だろうか。マコは腹式呼吸をして何とか素に戻ろうとした。
「マコっち。やっぱりちょっと変だよね。浮いてる」
「えっ、浮いていますか?」
「天然ってよく言われるでしょ。大丈夫だって。普通の人だから」
そう説明されるとマコは今から会うのが普通の人物だと思い描く。ディズィーの知り合いで普通の人物。誰だろう、とマコは首を傾げた。