第五十七話「策謀の因果」
「今眠ったわ。で、この子どうするの?」
レイカはポケナビを通して連絡する。ソファの上では静かに寝息を立てているマコがいた。マコの処遇は全てツワブキ家が引き取るという形でいいのだろうか。
『我々からしてみればなかなかに逸材と言える。こうも早くネオロケット団に辿り着くとは』
「抹殺派の動きが気になるけれど、彼女を駆り立てたのはあんた達よね?」
『姉妹揃って薮蛇を突いて欲しくないからね』
穏健派の上層部はサキが既に死んだと思い込んでいるのだろう。レイカも殺したと思っていたが最後の瞬間にDシリーズの妨害に遭った事はまだ伝えていない。失態になるからだ。それは組織に属している以上、自分から切り出すべきではない。
「薮蛇、ね。ヒグチ・サキは運がなかったのよ。もちろん、その妹であるマコにも」
この先待ち受けるであろうマコの運命にレイカでさえも同情を禁じえない。何せ、理不尽にその生涯を終えるのだから。
『全て彼女達が招いた事だ。我々はただただ迫る危機に対して防衛したに過ぎない』
組織の言葉は自分の全てだ。だからレイカには言い返す言葉はない。ただ一つだけ、気になった事だけはあった。
「姉妹揃って消えたらさすがに表立った捜索願くらい出そうだけれど」
『抜かりないよ、ツワブキ・レイカ。既に警察関係者が動いている』
そもそもリョウでさえも警察関係者だ。抱き込んでいるのは今さらである。
「ヒグチ・サキの動きの厄介だったのは彼女自身の持つ能力と迅速な行動力だったけれど、ヒグチ・マコに関して言えば愚鈍としか思えない」
ハーブティに仕込んだ睡眠薬にも気付かないとは。電話先の相手は、『姉妹揃って優秀だと困るからね』と苦笑したようだ。
「こっちで処分してもいいけれど」
『足がつく。一度泳がせておいて彼女には事故、という形でこの世を去ってもらう』
事故。だが必ず命を落とすというおまけつきだ。レイカは同情を禁じえなかった。さすがに家柄同士付き合いのある人間を突き落とすというのは。
「事故、って派手なのはやらないわよね?」
『当然。地味に死んでもらうとしよう。こちらから構成員を何人か仕向ける』
レイカの沈黙を悟ったのか相手は、『心配ご無用』と言った。
『下賎な輩じゃない。死の間際に苦しませるような趣味の奴らじゃないから安心して欲しい』
レイカ自身、マコには少しばかりかわいそうだと思っているのだ。巻き込まれた側が悪いとある種断じていても、やはりまだ二十歳にもなっていない少女を殺すというのは気分のいい話ではなかった。
「いい? 一瞬で殺してちょうだい。苦しませずに、よ」
念を入れて口にすると相手は笑ったようだ。
『心得ておくよ。しかし、ヒグチ・マコ。惜しいね。彼女自身これからなのに』
もう既に組織の内部では殺したも同然なのだろう。レイカもサキを殺した。だから責められるものではない。
「悪い芽は早めに摘まなければ。ヒグチ・サキのように小賢しい小娘になってしまう前に」
『それには同意だ。あそこまで真実の喉元に辿り着けた事は素直に賞賛するが、彼女は優秀過ぎた。穏健派である我々の逆鱗に触れたのだから』
穏健派、抹殺派の括りも所詮は名前だけでいえばの話だ。実際、過激な行動に出ているのはこちらである。
「言っておくけれど、私はあんた達の言う再生計画に賛同しているだけだし、異議もないから協力しているに過ぎない」
『承知している。君が裏切る時があれば、全力で消さねばならないからこちらも骨が折れるよ』
自分にレジアイスを与えたのは穏健派の組織だ。自分だけではない。リョウのポケモンも、自分の兄であるコウヤのポケモンも調整したのは組織である。
「裏切るつもりはないわ。少なくとも、初代再生計画が第三フェイズに移行するまでは」
現在の初代再生計画は第一フェイズ。この状態ではまだDシリーズの運用とツワブキ・ダイゴの誘導にかまける事しかできない。記憶喪失のダイゴをツワブキ家で隔離した時点で第一フェイズは中盤だ。しかしダイゴ自身、どこか読めない動きがある。クオンを更正させた事やリョウの監視下から少しばかり離れた事も予想の範疇を超えていた。
「私は仕事柄、いつでもダイゴを見張れるわけじゃない。だから管理と監視はあんた達に一任しているつもりだったけれど」
『そう言われても。我々とて暇ではないのでね。ヒグチ・サキへの情報操作や抹殺派への対応など急務である事には違いなかった』
レイカはマコを肩越しに一瞥し、「使えると判断したから」と言葉を継ぐ。
「ヒグチ・サキを生かしておいたのよね?」
『ああ。だが踏み込み過ぎたな。姉の死に、妹であるヒグチ・マコまでとなれば不穏だと思う人間が出てもおかしくはない。君の懸念はそれだろう』
「一番に厄介なのは」
『D015、いいや、もうツワブキ・ダイゴか』
お互いの共通認識にレイカは首肯する。
「ダイゴが本気で捜査を始めればそれこそこちらの手に負えない。なにせ、彼は器として、未完成なのに殺すわけには……」
『そこから先は、容易に口にしない事だ、ツワブキ・レイカ。お互いの首を絞める事になる。壁に耳あり、だよ』
どこから情報が漏れている分からないのだ。遮られた声音にレイカは応じた。
「重々、承知しているわ。翌朝、ヒグチ・マコを帰す。その途中で」
『彼女は不運な事故に遭う。その筋書きに間違いはない』
レイカはポケナビの通話を切った。全ては組織の筋書き通りなのだ。寝息を立てているマコを見やりレイカは呟く。
「ごめんなさいね。でもあなたもサキも、優秀が過ぎたのよ。そんなところまで似ないでよかったのに」
苦渋を噛み締めるようにレイカはマコを見つめていた。