第五十五話「ヒグチ・マコの生活」
警察署に訪れて普通に情報が得られるかと言えばそうではないのはマコでも分かっている。だがあるとすれば警察署なのだ。マコは面会の約束を取り付けていた。ブースで待っていると制服を着込んだ刑事が手を振って訪れた。
「どうも。アマミさん」
マコが立ち上がって頭を下げる。アマミ、と呼ばれた女性警官は、「いやぁ、いいよいいよ」と手を振った。
アマミは何度かヒグチ家に訪れている。サキの先輩警官であり、どこか気の抜けた部分を漂わせる人間だ。だからこそマコは彼女を指定した。
「それにしてもマコちゃん、大きくなったねぇ」
おばさんのような口調にマコは微笑んでいなす。
「アマミさんもお変わりないようで」
「いやいや、あたしなんかはもう成長著しいですよ。コーヒーの研究にね」
アマミはコーヒー中毒者だ。今でさえも缶コーヒーを手に取っている。マコにも勧めてきた。
「マコちゃんコーヒー飲む? あんまし一階の受付ってコーヒーおいしくないんだけれどね」
「いえ、私は別に……」
マコは周囲に視線を配る。アマミ以外の人物はとりあえず近くにいない。早速話を切り出す事にした。
「その、姉の事で少々」
「えっ、サキちゃん? 何で?」
アマミは自分以上に鈍感なのではないかと思わせられる。職場に来ていないのか、と問おうとしたのだ。
「職場にも来ていないみたいなので」
「ああ、そういえば一昨日から見てないね。でもサキちゃんは結構来なくってもそんな不安はないなぁ。自力で捜査しているんだろうし」
「その、捜査の途中で何かあったとかは」
「やだなぁ、マコちゃん、心配し過ぎ」
アマミは手を振って、ないないと否定する。だがマコは部屋にもいなかったサキが職場にも来ていない事が既に異常事態だった。
「姉がこうして、職場を長く不在だってのは」
「ああー、そういえばないねぇ。何だかんだで毎日来ている真面目な子だったし」
アマミは缶コーヒーのプルタブを開けている。マコは問い詰めた。
「アマミさんでも、知らないですか?」
「あたしはサキちゃんの捜査には関与していないから。そもそも捜査一課そのものがワンマンな部分もあるし。……って、これはこれだから」
アマミが口の前でバツを作る。もちろん誰かに話すつもりはない。
「分かっていますよ。アマミさんがうちに来た時に酔っ払って酷く絡んだ事も言ってないじゃないですか」
「ちょっと! 今言ってるじゃん!」
どうやらアマミは相変わらずの能天気のようだ。もしかすると同僚がこの事件に関与しているかもしれない、というマコの疑念はとりあえず払拭出来た。
「姉は、どこに行っているとか、そういう外出記録みたいなのは出ています?」
「そういえば病院に行くって言っていたっけ?」
「病院?」
記憶の限りではサキに病歴はないはずだが。アマミは、「何か、今回の被疑者関連みたいだよ?」とコーヒーに口をつけながら答える。
「あっ、でも事件とかは一切言えないし」
マコは脳内で天使事件と呼ばれている事件ではなかろうかと推測する。
「病院って、どこの病院だか分かります?」
「確かカナズミの大学病院だったはずだけれど? 少なくとも開業医とかじゃないと思うよ」
大学病院。カナズミ大学のそれならばすぐ近くだ。マコは他にも質問しようと考えていた。
「その、これ結構個人的な話なんですけれど……」
「なになに? 何でも言って」
アマミはこういう事になると首を突っ込みたがる。マコは声を潜めていた。
「姉に、職場で恋人とかは……」
その言葉にアマミが吹き出した。こちらとしては真面目に聞いているので眉根を寄せる。
「アマミさん。私は真面目ですよ?」
「ああ、うん。大真面目な話? それ? サキちゃんみたいな仕事人間に恋人? ないんじゃないの?」
自分でも分かっていた事だがここまで姉をこき下ろされるともやもやする。しかし職場に恋人の影はなさそうだった。ホッと安堵している自分を発見する。
「そうですか」
「そもそも男っ気がないじゃない。サキちゃんは何でも出来るから男の人からしてみればつけ入りにくいんじゃないかな」
その意見には概ね同意だった。サキは完璧超人なのだ。
「うちの研究員の人達も似たような事言ってましたけれど」
「でしょー。あっ、でも反対にマコちゃんは男の子に捕まりそう。それも悪い系の」
心外な意見にマコはむっとする。
「私はこれでもガード堅いんで」
「そうかなぁ。ガード堅い女の子の割には、色々知らないところで誘惑してそうだけれど」
そのような印象があるのだろうか。マコは頭を振る。
「いや、ないですよ。誤解を生むような事も言わないですし」
「そうじゃなくって。何ていうか、やっぱりさ。マコちゃんってサキちゃんとは正反対なんだよね。良くも悪くも」
またしても指摘された。大家に言われたばかりである。
「そんなに、姉と似ていませんか?」
「うん、似ていないのはいい事なんだけれど、真逆ってのはちょっと気になるかな」
マコは自分の中でその言葉を咀嚼する。正反対、と言われる事の苦々しさがあった。
「あの、ありがとうごさいました。私、行かなきゃいけないところがあるので。貴重なお時間をどうも」
「ああ、いいって。マコちゃんの事、あたし気に入っているから。捜査一課に遊びにおいでとは言えないけれど、こうして会うのは楽しいよね」
「楽しい、ですか?」
「うん。サキちゃんとはまた別のからかい甲斐のある女の子だからね」
苦笑を浮かべながらマコは警察署を後にした。
カナズミ大学はこの学園都市の中枢とも言える大規模な大学でキャンバスには常に大勢の人々が詰めている。
大学病院は平日しか開いていないものの研究室では日夜新たな病理検査や抗体などが開発されているホウエンでも指折りの検査機関だ。カナズミシティは元々デボンの資本で成り上がった節があるので資金源の潤沢なカナズミ大学病院は常に第一線を走り続けている。数年前に輩出した学徒が今や研究者として道を切り拓いている、とうのも少なくはない。マコとしてみれば、正直あまり馴染みのない場所である。
マコは文学部であり、医学部とは学ぶ部分がまるで違う。いくら同じ大学であろうとも学部が違えば顔を合わせる事もない。しかしマコはサークルに所属していたので医学部の同回生と顔を合わせる事もあった。まずはサークル棟に寄ってみて医学部の学生と顔を合わせられる機会を探そうと歩き出す。道路を挟んで大学のサークル棟があり、その前の道では軽音楽部が演奏をしていた。弾き語りでありながらも多数の学部生が聴いている。バラード調で男性のボーカルが声を出していた。
サークル棟は灰色の鉄筋コンクリートの建物で一番整備のされていない場所である。学生の自主性を高めるためあえて簡素な建物にしてあるらしいが、冬は寒く夏は暑くて正直快適とは言いづらいので各々のサークルが部屋を改造し、サークルによっては講義室以上に快適である。
「えっと……、鍵、鍵っと」
マコはサークル部屋の鍵を取り出そうとしたが既に鍵が開いている事に気がついてドアノブをひねった。中にいたのは眼鏡をかけた女生徒である。二つに結った黒髪で、顔は自分よりも童顔だ。
「おっ、ヒグチじゃん。おいーっす」
手を掲げられマコも同期する。
「おーっす、カヤノン」
カヤノン、と呼ばれた女生徒はパソコンに向き合っている。サークル部屋は中央に四つの机の組まれたデスクがありその周囲には各々が座るようにパイプ椅子が置かれていた。
「今月の会誌どうする? ヒグチは出すの?」
カヤノンの問いかけにマコは、「いや、私は遠慮するよ」と答える。マコの所属しているのはカナズミマスコミサークルであり、カナマスと略称されていた。毎月三日に会誌を出し、そこに寄稿するかどうかを聞かれたのだ。
「あたしゃ、今その会誌の真っ最中なんだが、今月のテーマぱっとしないねぇ。噂の怪死事件を追え、ってのがB級臭くってあたしゃ向かんよ」
怪死事件、というのは少し前から取り沙汰されているカナズミシティで起こっているらしい事件だ。らしい、というのはまだ警察が正式発表しておらず殺され方も不明なため、殺人とも言い切れないからだ。怪死、という響きがいかにも学生サークルっぽい素朴さを出している。
「そうかな。私は割と好きだけれど」
「ヒグチはB級映画好きだもんね。ポケウッドもぱっとしないこのご時勢にホウエン産の映画で満足しているのあんたぐらいじゃないの?」
ポケウッドはイッシュ地方の映画配給会社で世界を席巻しているとも言える映画を毎年作っている。まさしく一流映画会社だ。だがマコはそれよりもホウエンで撮られた素人臭い演技の素人臭い映画のほうが好きだった。
「B級って言うか、私はちょっと地味なほうが共感出来るし」
「これだから若人はなぁー。いいものを観て、いいものを感じろって先人は言っているのに」
嘆かわしいとでもいうような声音にマコは言い返す。
「カヤノンだって、若者じゃん」
「あたしゃ、もうちょっとヒグチよかマシだと思っている。こうして会誌も毎月書いているし、そういう点であんたは不真面目だよ。ヒグチ博士の娘でしょう?」
そう言われれば立つ瀬がないのでマコは押し黙る。
「……お父さんの事は関係ないじゃん」
「どーだか。お姉さんは刑事で父親は研究職。こうしてカナズミで一番の大学に通い、当たり前のように青春を謳歌している。ある意味じゃ珍しくもないが、ある意味じゃ一番特殊でもある」
「どっかからの引用?」
「オリジナルだっての。あたしゃ、引用とか嫌いでね」
キーボードを打つカヤノンへとマコは話しかけた。
「カヤノンってさ、医学部だよね?」
「だから? 言っておくけれど治療費を安くしろとか無料で看てくれとかは無理だから」
「そうじゃなくってさ。医学部って事はカナズミ大学病院に詰めたりもするわけだよね?」
その段になってカヤノンは不審がってマコを見据えた。
「……何? 今から医学部のお偉いさんの玉の輿とか狙っているわけ? ちょっと信じられないなそりゃ」
「違うって。私もちょっと知りたい事があって」
「ヒグチがあたしに話しかけるのも珍しいが、知りたい事となると余計に珍しい。あんた、そのなりでお酒も煙草もやらない健全な子だと思っていたけれど、遂に裏口を叩いてみる気になったか」
「いや、うん、そういうわけじゃないんだけれどね」
頬を掻きながらどう切り出すべきか迷う。正直に聞いてしまう事が一番なのだがカヤノンとはさほど仲がいいわけでもない。
「じゃあ何? こうしてあたしの作業の邪魔をしつつ、医学部の動向を探ろうっていうのがよく分からん」
カヤノンは毒舌家だが決して自分を卑下しているわけでも誰かを見下しているわけでもない。それは分かっているのだがこうして大事な話となるとどこから言うべきかはやはり慎重になる。
「カナズミ大学病院のほうってさ、最近、ゴタゴタがなかった?」
キーを打つ手が止まる。カヤノンはディスプレイから視線を外してマコを見やった。マコはその視線にきょどきょどする。
「いや、あったのかなぁ、なんて……」
「ヒグチにしちゃ、軽率っていうか、そういう噂話みたいなの、信じていないと思っていたけれど」
カヤノンは一度ワードソフトを閉じてからマコに話し始めた。
「……あんまし外部の人間に言うなって言われているだけれど、ヒグチの事だ、確信のあって言っている事だと思う。刑事のお姉さんが口を滑らせた?」
サキが口を滑らせる事などあり得ないのだがマコはひとまず頷いておいた。カヤノンは腕を組んで呻る。
「でも喋るなって言われているんだよなぁ」
「問題はあったんだ? やっぱり」
「うん……。問題って言うか、手違いというか、入院患者がね、一人脱走しちゃって」
マコは面食らう。それは大ニュースではないのか。
「……そんなの、公になっていないよ」
「当たり前でしょ。だってこれ、公になったらカナズミ大学病院のピンチじゃん。でも医学部の学生の間でももう随分と噂になっているからそろそろ三面記事辺りが嗅ぎつけるのも時間の問題じゃないかなぁ」
マコは詳細を聞く事にした。
「その脱走した入院患者って、男の人?」
確信があったわけではない。ただ今までの符合する出来事を総括してみると導き出される答えの一つだった。カヤノンは、「まぁね」と首肯する。
「男の人って言うか、オジサン。プラターヌ博士って言うんだけれど」
その名前にマコは心臓を鷲掴みにされた気分に陥った。プラターヌ博士。その名前は父親の口から出たものではなかったか。
「プラターヌ……。遺伝子研究の権威だよね?」
「あれ? 知ってんじゃん。まぁ、一部では有名か。メガシンカに関する論文とかあの人のもんだし。今となっちゃメガシンカ研究の基礎を築いた人物だ。それなりに偉人ではあるものの、ちょっとおかしな事になっていてね」
「おかしな事って?」
「まぁオカルトだけれど」とカヤノンは前置きする。
「歳をとらないんだ」
一瞬、意味が分からずにマコは首を傾げた。カヤノンも適切な言葉を探そうとしている様子だった。
「老化しないって事?」
「いや、老化はしているはずなんだけれど、見た目が全く年老いていないって言うか、その辺りが一番オカルトめいているんだけれど……」
濁すカヤノンにマコは問い詰めた。
「オカルトでも何でもいいから、そのプラターヌ博士について教えてもらえる?」
カヤノンは渋ったがサークル部屋にマコしかいない事で秘密は守られると感じたのだろう。何より彼女自身少し喋りたかったのもあるかもしれない。
「プラターヌ博士はね、本来ならば結構な年齢なはずなんだけれど、見た目三十代前半。これにはいくつか憶測があって、あの人が遺伝子研究の権威だから、自分の遺伝子を変異させただとか、あるいは自分でさえも実験台にしただとか色々とある。でも、どれも信用ならない、噂の域を出ていないよ」
マコはそれらの話を聞きながら一つ、疑問が浮かんだ。
「何で大学病院に? それって病気じゃないよね?」
カヤノンは声を潜めて、「絶対に不用意に喋るなよ」と言いつけた。マコは何度も頷く。
「半分モルモットの意味もあったんだよね。どうして彼は歳をとらないのか。それにとある事件の重要参考人でもあった。でも彼を拘留するには至らず緊急措置として入院という形式を取ってホウエンが確保したかったのもあるみたい」
「何でホウエンが?」
「プラターヌ博士やその家系はカロスの名家だったんだけれど、カロスまではさすがのホウエンでも届かない。だから手元に置きたかったって噂。噂だよ? 絶対に言うんじゃないからね」
マコはふんふんと頷きつつもそれは陰謀ではないのかと感じていた。ホウエン政府がカロスの研究者を擁立するための言いわけにプラターヌ博士は巻き込まれた、という事なのだろうか。
「何でカロスの研究者がホウエンに確保されなきゃいけなかったんだろうね」
「デボンの実験に関与したからってのがもっぱらの噂。その実験も秘中の秘で、口外はされていないけれどね」
カヤノンが鞄から煙草を取り出す。百円ライターで火を点けてマコにも勧めた。マコは遠慮する。紫煙をくゆらせながらカヤノンは話の穂を継ぐ。
「デボンの研究に必要だったから、カロスから呼ばれたってのは間違いないみたいだけれど、プラターヌ博士自身、何も語りたがらないから分からない。それがもう十年近く続いていたんだけれど、ちょっと前、ちょうど一週間くらい前かな? 忽然と彼は消えた。大学病院から」
その話し振りにマコは戦慄する。消えた研究者。歳を取る事のない男はどこへ向かったというのか。
「何だか、一つ特番が出来そう……」
「特番どころじゃないよ。お陰様で大学病院は引っくり返したような忙しさ。医学部の学生にも手を借りるって言うまさしく猫の手も借りたい状態。あたしもちょっとばかし現場に連れて行ってもらって実習したんだけれど、まぁ上へ下へと大忙し。一番てんやわんやしているのは上層部だけれどね」
上層部。大学病院の実質的な権力者。窺い知る事の出来ない極地にカヤノンは触れたのだろうか。マコは尋ねていた。
「上層部に知り合いは?」
するとマコの額にデコピンが当てられる。
「知るわけないでしょう、このお馬鹿さん。あたしだってねぇ、踏み込み過ぎれば危険な場所くらい心得てるっての」
マコはデコピンの当てられた箇所をさすりながら考える。叩けば埃の出ない場所ではない、という事に繋がる。しかし一学生に過ぎない自分がどうやって上層部を強請れるというのだろう。そればかりは不可能だ。
「じゃあプラターヌ博士は、どこに行ったんだろう?」
「分かってりゃ苦労しないっての。それこそ警察の出番じゃないの?」
サキからは何も聞いていない。カヤノンは少しばかり期待していたようで、「お姉さんの反応はなし、か」と自嘲した。
「よくヒグチの話に出てくるお姉さん、結局何している人なの?」
サキの話はよくするものの、実際に何をしているのかはマコですら知らない。
「私だって知りたいよ」
「家族にすら明かせない職業ってわけ。なかなかに辛いものがあるよね」
サキは辛いのだろうか。一度として弱音を聞いた事がない。マコを信用していないからか、あるいは家族に不安も翳りも見せられないからか。
「サキちゃんは秘密主義だから」
「秘密主義って言うか、警察なんだから守秘義務って奴だと思うけれど」
そもそもアマミ以外の同僚も知らないのだ。アマミとの連絡を取り付けられたのも奇跡的に過ぎない。
「ヒグチの言う、サキお姉さんはどういう人なのか、いまいち読めないよねぇ。家族を信頼してないって事はないだろうけれど」
「私はサキちゃんは今もどこかで戦っているんだと思うけれど……」
濁したのはサキからの連絡が一切ないからだ。アマミにも所在が分からず、警察署にも戻っていないらしい。ならば今もどこかで、というのは希望的観測も混じっている。
「家族にも一切連絡を入れずにどこかに、ってのはいくら警察でも信じられないものがあるけれど」
マコはサキの仕事に関しては何も言えない。サキは昔から自分の事は自分で解決するために余人が窺い知れないのだ。
「私は、サキちゃんを信じているけれど」
ただ消えたプラターヌ博士と同時期に自分の姉と連絡がつかなくなったのは奇妙な符号には違いない。しかもプラターヌは遺伝子研究の権威。ちょうど父親が遺伝子研究について調べており、ツワブキ・ダイゴがポケモンの血が僅かに見られる混血種の可能性があるなど、最近になって出て来たにしては出来過ぎた事象が多かった。
カヤノンは灰皿に煙草を押し付けてため息を漏らす。
「まぁ、ヒグチの事だ。そのうちふらっと戻ってくるんじゃない? お姉さんの性格はあたしゃ、一二回会ったくらいでしか分からないけれどしっかりしていたと思うよ」
ホームパーティに招いた時、カヤノンは言葉少なだったがサキが気を遣ってよく話しかけていたのを思い出した。カヤノンはその後、少しだけサキの事が気になると言っていた。
「しっかりはしているはずなんだけれど、どうにも」
マコの声音にカヤノンが苦言を漏らす。
「あのさぁ、そうやって陰鬱な気持ちを撒き散らされても困るんだが。あたしゃこれでも忙しくって、って言ったじゃん。だから愚痴なら別のところに行きな」
「イケズー」
マコは言い返しながらも当初の目的は果たせた事を感じる。プラターヌ博士の失踪とサキの失踪がイコールで結び付けられる事はないが、無関係とも思えなかった。
「私は会誌も書かないし、そろそろ講義に出ようかな」
「おう出て来い。会誌はあたしの独壇場だぁ」
カヤノンが再び作業に没頭する。マコはポシェットを手にサークル部屋を後にしようとする。その背中へと声がかけられた。
「何?」
「ヒグチ、お姉さんによろしくね」
カヤノンなりにサキを慕っているようだ。マコは、「カヤノンが恋愛対象としてみてる、って伝えとく」と応じる。すると、「バーカ」と声が飛んだ。
「そんなんじゃないって」
笑いながらマコはサークル棟から立ち去った。