第五十二話「ヒグチ・マコの憂鬱」
ヒグチ・マコは最近とても憂鬱で、それがどうやって解消されるのかの目星もつかない事がさらに加速させていた。
自分は普段、楽しそうに振る舞っている人間だと思う。きっと状況を一番楽しめる立場につくのがうまいのだと、自負している部分もあるし、客観的に見ても自分は恵まれているだろう。
だから恵まれていないといった悲観や、かわいそうぶりたいわけでもない自分にとってしてみれば、大学生活はフィットしていて安定の日々だった。高校までのような授業の時間的な制約も少なくそもそもマコの通っている大学自体がカナズミシティのお膝元。それほど悪い待遇でもなく、かといってマコは特待生になれるほどの優秀な成績を収めるわけでもなく、ただ消費されていくのは日々と時間。
寝転がった視界に入ったのは片耳分のイヤホンだった。安っぽいイヤホンから漏れ聞こえてくるのはマコの応援しているガールズバンドグループ「ギルティギア」の楽曲だった。
ボーカルのディズィーの張り上げるような声音が響くハイトーンの曲が終わり、今度は対照的な囁くような声音から始まる。ディズィーは業界では七色の声を持っていると評価されており、マコもご多聞に漏れずディズィーと「ギルティギア」のファンだった。サキもそうなのだが一緒にライブに行ったことは数えるほどしかない。
日めくりカレンダーを捲って、もう今月も半ばに入った頃に、思い出したようにマコはいつも電話をする。長電話になる事の多いので専用のアプリを使ってマコは電話を繋ぐのだが案の定相手は出なかった。ため息を漏らしてマコは自身のホロキャスターを閉じる。
「……連絡くらい、くれたっていいのになぁ、サキちゃん」
サキが電話に出ないのはさほど珍しくはない。むしろ出ないほうが多くマコはいつもメールに現状を添付して送るのだがその反応も一昨日からなかった。怪しい、とマコの第六感が囁く。先刻のツワブキ・ダイゴにしてもそうだ。結局ぼかされてしまったがダイゴはサキにとって何かしらの存在なのだろう。男の子を家に連れて来たのはリョウ以外では初めてである。マコはホロキャスターをポケットに仕舞って研究室に歩いていった。研究室は家と繋がっており実質的に我が家だ。
研究員達も泊り込みで働く事が多く、実際ハンモックやら毛布やらが研究所にあるのは少し滑稽でもあった。研究員達は今日も渋面をつき合わせて研究に没頭している。マコは、「あのさー」とひょっこり顔を出す。するとマコの気配に全く気付いていなかった研究員達が大げさに驚いた。それほど驚かれると困る、とマコはむくれる。
「な、何ですか? マコちゃん」
「なんかさー、サキちゃんと連絡つかないんだよね。みんな知ってる?」
当然の事ながら刑事であるサキの職務について詳しく知っている研究員はいるはずもない。皆、顔を見合わせてどうだ、と探り合いだ。
「あの、マコちゃんに連絡がないなら我々が知っているはずもないのですけれど……」
それもそうだ。マコはしかしこのまま引き下がるのも癪でごろごろと寝転がって研究を妨害した。
「サキちゃんがいないと暇だよぉー」
「また始まった……。悪いお酒を飲んでいますね?」
目ざとい研究員の声にマコは慌てて首を横に振る。一応は未成年であるので飲酒は出来ない。
「飲んでない、飲んでないよ」
「知っているんですよ。マコちゃんはヒグチ博士の晩酌のホウエン酒にちょっとずつ手をつけている事を」
マコは慌てて唇の前で指を立てて、「しーっ!」と言った。
「お父さんにばれたら洒落にならないじゃない」
「ヒグチ博士も何でかなぁ、と言う辺り天然ですけれど、マコちゃん、お酒はほどほどにね」
言いくるめられてマコはしゅんとする。サキがいないだけでも寂しいのにこれでは寂しさが倍増だ。
「でもでも! お酒に逃げなきゃやっていられないんだよ」
「サキさんは全く飲まないですけれどね。逆に姉妹でここまで対比があると珍しい」
男の研究員の視線が自分の身体つきに行ったのを感知してマコは指差して糾弾した。
「セクハラだよ! そりゃ、私はサキちゃんほどナイスバディじゃないけれど、需要はあるもん」
「セクハラは駄目ですよ」と女性研究員達もいさめる。男の研究員は舌を出して、「てへ」と誤魔化した。全くかわいくない。
「サキさんはお忙しいですから。今のうちにマコちゃんも青春を謳歌するといいよ」
「何それ。大人の警句みたいな」
マコはそういった大人だから、という自負が最も苦手だ。自分が大人だと持ち上げている人間に限ってろくな奴がいないものである。大人なんて言葉は、せいぜい冷やかし程度の文句に使うべきなのだ。
「大体、マコちゃんがサキさんの仕事にいちいち文句つける人間でもないでしょう。姉妹なんだから分かってあげないと」
「そりゃ、サキちゃんはお忙しいでしょう。私は暇に見える? でも、私だってレポートとか、色々あるんだよ?」
「それは若者の特権ですよ」
笑いながらマコの言葉を宥めるのは先ほどのセクハラ発言の研究員だった。若者の特権。そう言われてしまえば、もう立つ瀬がないのである。年長者のある意味では嫌がらせのような言葉に聞こえた。
「サキさんも刑事になって随分と経つから。もう独り立ちなさっているんでしょう」
子供の頃からサキとマコの世話をよく見てくれた女性の研究員が目を細める。この研究員はよく自分とサキのわがままに付き合ってくれたものだ。
「独り暮らしだから偉いっての?」
突っかかると、「そうじゃありませんよ」とその研究員は笑ってかわした。
「サキさんは自分を客観視出来ますから。だからお強い、という話です」
何だそれは。まるで自分が自分の事しか頭にない子供のような言い草ではないか。マコは頬をむくれさせて、「いいもん!」と踵を返した。
「私は今はお父さんに用があって来たんだから。お父さんはどこ?」
「あちらの個人研究室に閉じこもっていらっしゃいます。今回の研究がなかなかの難敵でしてね」
「難敵? お父さんでも分からない事ってあるの?」
「そりゃヒグチ博士だっていつまででも研究者ですから未知のフィールドはありますよ」
マコにとってしてみれば人生そのものが未知のフィールドなのにそこにさらに迷路を作るなど理解に苦しんだ。
「分かんないなぁ。何でみんな研究職なんてついたの?」
素朴な疑問であったが研究員達はめいめいに首を傾げる。
「何でって、昔から分からない事を知るのが好きだったから、ですかね」
「私は理科の授業で褒められたから」
「ポケモンでいつか誰も知らない領域に挑戦してみたい、って憧れですかね」
十人十色の答えにマコはむぅと呻った。自分にはそれほどまでに熱中出来る事もなければ、冒険心もないからだ。
「何だかみんな、一応真剣に考えてここに来ているんだね」
「当然ですよ。情熱がなければ研究職なんて出来ません」
「情熱のほかに、自分が何に向いているのか、というのもよりますけれどね」
何に向いているのか。マコには依然として靄のようになって見えない部分だった。自分が将来何になるのか。何を目指しているのか全く分からない。ポケモンの実力一つでリーグ、というガラでもなく、かといってポケモンが嫌いかと言えばそうでもない。ただ真剣に戦う場所に自分の手持ちを晒すのはどこか気後れがあった。
「……私、全然駄目だなぁ」
気落ちしたマコに研究員達が励ましの言葉を送る。
「なに、マコちゃんならば立派な人間になりますよ」
「サキさんの妹さんだもの。マコちゃんにもいずれ分かる時が来るわ」
そうなのだろうか。本当に、目の前の靄がぱあっと晴れて、視界がクリアになるのだろうか。マコにはその自信がなかった。
「サキちゃんはさ、いつ頃から刑事になりたいって思ったんだろう」
「ジュンサーさんに憧れている感じでしたっけ?」
「違う違う、サキさんは刑事ドラマが好きで刑事になったって言ってなかったでしたっけ?」
「そんな簡素な理由で刑事なんてなれるわけないでしょう。きっとサキさんなりにきちんとした理由があるはずよ」
堂々巡りを繰り返す研究員の会話にマコはため息を漏らす。ホロキャスターをふと見やったがサキからの着信もメールもない。
「サキちゃん、あれだけ一日一回はメールチェックしてね、って言っているのに」
「忙しいんじゃないですか?」
「そういえばこの間来たツワブキ・ダイゴとかいう人の事もありますからね」
ダイゴの名前が出てマコはふと尋ねてみた。
「ダイゴさんって、やっぱりツワブキ家の人なのかなぁ」
「その辺、詳しく聞きそびれましたね」
研究員は頬を掻く。マコも額に手をやって、「楽しむだけ楽しんだけれど」とぼやいた。
「結局、サキちゃんは何にも教えてくれなかったなぁ」
「事件の重要参考人とかじゃないんですか?」
「そんな重要人物だったらなおの事おかしくないか? だってツワブキ、だなんて」
この街でツワブキ、と言えばデボンコーポレーションを管理しているツワブキ家をおいて他にない。マコは腕を組んで考え込む。
「じゃあやっぱりツワブキ・ダイゴさんは、デボンの御曹司?」
「でも、そうだとすると奇妙な符合があるんですよねぇ」
女研究員の言葉にマコを含め全員が尋ね返した。
「奇妙?」
「何です?」
「いや、私も聞いた話なんだけれど、確か第一回ポケモンリーグを制した初代ツワブキ家の頭首の名前が、ツワブキ・ダイゴだったって」
そういえばそのような事を学校で習った気がする。しかし研究員達はまともに取り合わなかった。
「いや同姓同名でしょう」
「いくらなんでも赤の他人に偉人の名前はつけませんって」
「そうよねぇ」と研究員達は納得する。だがマコにはそれがどうにも引っかかった。ツワブキ家でないとすればダイゴは何者なのか。そもそもどうして刑事であるサキがツワブキ家に介入出来る? ダイゴがツワブキ家に関係ないとすれば逆にツワブキ家を名乗るメリットがない。それこそ逆効果だ。この街ではツワブキ、と言えば全員デボンが浮かぶくらいには浸透しているのだから。
「アドレス聞いておくんだったなぁ」
遅い後悔に研究員が目ざとく察知する。
「誰の?」
「ダイゴ、って人のかい? でも知らない人だろう?」
「何だか他人事とも思えなくって……」
マコの声音に、ははーん、と察した顔立ちになった研究員がいた。胡乱そうにマコは声を出す。
「……何?」
「いや、やっぱりマコちゃんもお年頃だな、って」
その言葉に感化されたのかもう一人も、「だねぇ」と意味深な顔立ちになった。女性研究員だけが、「からかいもほどほどにしなさい」と注意する。
「何なの?」
「いや、男の子が気になるって事はさ。マコちゃん、実のところ恋愛とかしちゃったりする年齢になったのかな、って」
「恋愛……」
呟いてみてマコはその言葉の滑稽さに可笑しくなる。まるで自分にフィットしない言葉で肌の表面を滑り落ちていくようだ。
「ないない、ないですよ」
「いや分からないよ。一目惚れ、って奴かもね」
目を細めた研究員に、「ないです」とマコは呆れた。
「一目惚れだったら、私だって戸惑う乙女心を持て余すじゃない」
乙女心、という言葉に男の研究員二人が背中を掻く真似をした。「かゆい、かゆい」、「さぶいぼがー」とおどける二人に女の研究員はため息をつく。
「いい加減、マコちゃんで遊ぶのも大概にしなさいな」
二人の研究員は、「すいませんでした」と頭を下げる。マコはそっぽを向いてやった。
「知らない。お父さんに言って給料減らしてやろーっと」
「ああ! それだけは!」
「ただでさえ困窮してるんだからさ!」
マコが研究員で遊んでいると不意に奥の研究室の扉が開いた。中から現れたのは目の下のクマを随分と深くさせたヒグチ博士である。駆け寄るとその疲労が色濃く見えた。
「大丈夫? お父さん」
「いや、大丈夫かどうかは、その、見た目で判断してくれないか?」
つまりは察しろという事だ。マコは、「悩みなら聞くよ」と応じる。博士は頭を振り、「いや」と意気込んだ。
「マコに心配はかけさせるものか。私だって意地があるからね」
「そもそも何の研究なの? 最近は閉じこもって研究するなんて少なかったのに」
マコの疑問に博士はうっと声を詰まらせる。慌てて平静を取り繕って、「いやいや」と手を振った。
「大した事じゃない、ただちょっと連絡が前後して疲れているだけなんだ」
マコは経験則で知っている。博士が戸惑う時には十中八九やましい事がある時だ。
「連絡が前後? それだけじゃないでしょう?」
博士は後頭部を掻いて、「参ったな……」と困惑している。娘にも話せない事なのだろうか。
「今回ばっかりは、その、個人的な研究で、あんまり皆を巻き込みたくないんだ」
そういうところはサキに似ている。頑固で、自分の一線を引いてしまうのだ。マコは娘ならではの攻め口で切り込んだ。
「でもお父さんが心配だから。私達で出来ることがあれば、ね?」
研究員達に目配せすると全員が首肯する。
「水くさいですよ、博士。困った時はお互い様でしょう?」
セクハラを発した研究員がよく言う、とマコは内心呆れていた。女性研究員も、「大分お詰めになっているようですし」とコーヒーを注いでいた。もちろんマコの分もある。
「私、砂糖三つね!」
手を上げて口にしたマコに、「はいはい」と全員のコーヒーが運ばれてくる。博士には特別甘い、砂糖七つ分だ。本当ならば医者から止められているのだが博士は徹夜明けやどうしても研究が混迷を極めた時にはいつも砂糖七つを飲む。全員が各々の濃さでコーヒーを口にして、ぷはーっ、と息をつく。
「これだよねー!」
「うん、これだ」
「これですね」
各々の反応は違ったが少しだけ博士は心を開く気になったらしい。ぽつりぽつりと話し始める。
「あのさ、ポケモンの血って、人間に入れると拒絶反応が起きるよね?」
何を当たり前の事を、とマコを含め研究員達は顔を見合わせた。
「そんなの、二十年程前には分かっている事じゃないですか」
「遺伝子分野での工学はプラターヌ一家が引き継いだでしょう? 我々は群生学ですよ?」
「うん、そうなんだけれど……」
煮え切らない博士の声音にマコは、ひょっとして、と思い至った。
「何か、最近そういうのがあったの?」
博士がコーヒーを盛大に吹く。どうやら図星のようで咳き込む博士を研究員達が補助する。
「大丈夫ですか?」
「ああ、申し訳ない……」
「お父さん、そういうケースがあったの?」
尋ねていたマコの興味を消せないと感じたのか博士は目を見ずに口火を切った。
「とあるサンプルがあってね。それを照合するのにちょっと時間がかかっている。今も、そういう前例がなかったのかを洗い出しているところだ。研究機関、施設、医療などなど。調べても埃さえも出ないのが一番きついところではあるんだけれどね」
そう言ってコーヒーを呷る。マコは顎に手を添えて考え込んだ。
「サンプルがあるのに、前例がないっておかしくない? 矛盾しているよ」
「まぁ、だから秘密にしていたんだが……」
公には出来ない研究、というわけか。無言の了承が降り立ち研究員達は、「博士のやるべき事なんですよね?」と確認する。どうやらそれだけは聞いておきたいらしい。
「ああ、私でないと、どうしようも出来ないだろう。今の状況も、分からないのだが」
研究員達が肩を組み、「じゃあ我々もです」と答えた。その答えには博士も目を見開く。
「いやだってこれは私の個人的な……」
「博士じゃないと出来ないんなら、我々だってチームですよ。のけ者にしないでください」
博士も思うところがあったのかその言葉に感じ入るように目を伏せた。「一人で背負うべきではない、か」と呟く。
「よし、ならば出来る限りのバックアップを頼む。ただ正規の研究ではないからくれぐれもこれでね」
博士は唇の前に指を立てる。全員が同じような仕草をした。
「極秘研究ですね。わくわくします」
「こら、そういうのが駄目だって言ってるんじゃない」
いさめる女性研究員の声に若い研究員達は、「へいへい」と適当にいなした。
「博士、本当に駄目な時には」
「ああ、分かっている。手は借りるから心配しないで」
女性研究員も去っていき、椅子に項垂れた博士と自分だけになった。マコはふと言葉を発する。
「あのさ、お父さん」
「うん? 何?」
「サキちゃんが連絡取れないんだよね」
いつもならば平静でいなす父親だが、今一瞬の事でありながら顔面が蒼白になった。それを関知する前に博士は顔を背け、「そうか」と声に出す。
「お父さん、知っていたの?」
「いや、何も。サキももう大人だし刑事だ。連絡の取れない日の一日や二日くらいはあるだろう」
そう言って自分を言いくるめているのが分かる。マコは切り込んだ。
「あのさ、ひょっとしてツワブキ・ダイゴさん。あの人が関係あったりしないよね?」
こういう時の自分の感覚は当たる。博士は、「何でそれを」と言いかけて口を噤んだ。やっぱり、という確信にマコは眉根を寄せる。
「隠してたんだ?」
「いや、そういうんじゃない。サキからは、極秘裏にと頼まれていて――」
「それが隠していたって言うんでしょ。お父さんもサキちゃんも、仕事を言い訳にしないで」
遮って放った言葉にぐうの音も出ないのか、博士は項垂れる。マコもこの時ばかりは言い過ぎたと感じて謝った。
「……ゴメン」
「いや、いいんだ。マコが蚊帳の外にやられていると思うのも分かる」
「でも教えられないんでしょ」
博士は苦しそうに呻って頷いた。
「出来れば巻き込みたくないからね。そりゃ家族だって教えられない事もある」
「でもサキちゃんには教えたんでしょう?」
博士は声を詰まらせた。マコはわざとらしく欠伸をする。
「いいなぁ。サキちゃんは教えてもらったのに私だけ教えられないなんて相当な事なんだろうなぁ」
マコの言い草に博士は早々に折れた。サキを引き合いに出すと博士は弱い。
「分かったよ。サキにだけ教えてマコに教えないのは確かにルール違反だった。でも母さんにも教えてないんだけれど」
「お母さんは、あの人は興味ないって言うじゃん」
ヨシノは博士の世話をする事が生きがいなのだ。わざわざ首を突っ込むような野暮な真似はしない。
「ヤマトナデシコだからねぇ」
「……お母さんの事褒め過ぎ。これだからいつまで経っても新婚気分って研究員の人達に言われるんだよ」
「……言われているの?」
博士は信じられない、という目つきになる。どうやら自覚はないらしい。
「そんな事はさておき、私にも教えてくれるんだよね?」
博士は鼻筋を掻いて、「まぁ、でも」と濁した。
「マコにだけ教えないのも確かに悪い。分かった」
膝を叩いて博士が立ち上がる。
「教えるけれど、気分が悪くなるかもしれない」
博士はいつだって前提条件を突き出す。マコは臆す事なく、「うん」と頷いて目を輝かせる。博士はその様子に気後れしたようだった。
「……全然、いいもんじゃないよ」
前置きされてもマコはサキにだけ教えられて自分にはひた隠しにされている状態のほうが我慢ならない。
「いいよ。私、ホラーもへっちゃら」
胸を張って自慢するが博士は顔を拭った。
「ホラーとか、実際に立ち会うと気分がいいもんじゃないって話。来なさい、マコ」
個別の研究室に博士は歩んでいく。マコは胸が弾んでいたが、その期待はすぐさま裏切られる事になるとは思いもしなかった。