第二十四話「一矢報いる」
相手の声すら自分の声とほとんど同じだ。ダイゴは混乱してくる頭を抱えた。
「俺は、お前なんて知らない……。知らないはずだ」
だというのに相手は自分を知っている。この奇妙な感覚にダイゴは戸惑った。相手は顎に手を添える。どうしてだか右手はギプスで固定していた。左手でダイゴを指差し、「知らないはずがないだろうが」と口を開く。
「しかし、ああ、そうか。お前は、今記憶がないのだったか。だがD015、いや、今はツワブキ・ダイゴか。ダイゴ、お前の記憶は決して戻る事はないだろうが、危険な芽を摘んでおくに越した事はない」
ダイゴは狼狽する。相手は何者なのか、未だに答えは出ていないが敵であるという事は明らかだ。
「お前は、何者なんだ」
「D008、と答えてもお前には何の事だか分からないだろう。そうだな、簡潔に言うのならば、俺もまたツワブキ・ダイゴである事に違いはないのだから」
「惑わすような事を!」
ダイゴがダンバルを操り相手へと突進攻撃を仕掛けようとする。それを遮ったのは白いポケモンだった。
「ジラーチ。サイコキネシスと重力を併用」
青い光がジラーチと呼ばれたポケモンに纏い付き、ダンバルを絡め取ったかと思うと再び重力の洗礼が浴びせかけられた。ダンバルが身動きを取れなくなる。
「ダンバル!」
「悪い冗談のようだな。ツワブキ・ダイゴ。お前がダンバルを使っているなんて。D計画はまだ進んでいるのか。俺に接触した奴も、右腕だけ置いて情報を漏らさなかったが、お前が成功例だとすれば、もうD計画を進めずに済むのか?」
ダイゴは歯噛みする。相手の意図が分からない。だが殺すつもりである事は明らかである。どうにかして逃げ出す算段をつけねば。
「お前の言葉は分からないが、俺を殺そうとしているのだけは分かった。何のつもりだか知らないが、俺はお前には殺されない」
ダイゴの言葉に相手は鼻を鳴らす。
「口ではどうとでも言えるな。だが俺のジラーチを前に、ダンバルはまるで無力。これではお前の言葉のほうが妄言だぞ」
「妄言? それは……」
地面が揺れる。その振動を感知したのか相手がジラーチの足元に目を向ける。ジラーチが遅れてその異変を察知する。
「どっちがかな? ダンバル、地面を破砕しろ!」
地面から出現したのはダンバルだ。相手は、「どうして……」と呆気に取られている。
「重力とサイコキネシスでダンバルを絡め取ったつもりだろうが、ダンバルはそれを逆利用させた。地面に潜り込めば、お前らでも感知出来ないだろう。そして射程内だ」
ダンバルが突進攻撃をジラーチに向ける。ジラーチは掌を掲げそれを防御しようとしたが、その前にダンバルが突進に回転を加え身体についた土を散弾の速度で弾き出した。ジラーチはその攻撃に狼狽した様子だ。土の弾丸が打ち込まれると明らかに今までとは違う反応を示した。
「地面が弱点……、それが分かればいい。エルレイド!」
呼びかけられたエルレイドが駆けてきて肘を振るい上げる。今度の思念の刃はただ振るうのではなく地面にわざと抉り込ませ、土を混ざらせた。思念で土を付着させた刃はまさしく岩石の一撃に相当する。
「サイコカッターに土をつけて、即席の地面攻撃だと……!」
相手が瞠目する。その身体へとダンバルの突進が叩き込まれた。ジラーチがダンバルの攻撃を受け止めるがエルレイドのサイコカッターが入る。その衝撃波で相手がよろめいた。
「そのまま掻っ切れ!」
ダイゴの声に相手が舌打ちを漏らす。右腕のギプスを引き裂き、あろう事かその腕を膝で破砕した。
「ここまで追い込んだ事は褒めてやろう。だからこそ、俺も右腕を使う」
ダイゴにはその行動の意図が分からなかった。露になった右腕はくすんでおり、無理やり縫合されたのか痛々しい縫い痕が刻み込まれている。右腕にはナンバリングが施されており、何らかの文字に映ったがそれを確認する前にジラーチの攻撃が放たれた。
「ジラーチ、破滅の願い」
ジラーチが手を振るう。その瞬間、ダイゴの足元に赤い円が光を伴って刻まれた。咄嗟に飛び退く。すると、出現した赤い顎がダイゴのいた空間を噛み砕いた。怖気が走る。先ほどまでエルレイドがその攻撃の危険性を訴えるように突き飛ばしてくれなかったら反応が遅れていただろう。
「気づくか。だがこの至近距離、当てるのは難しくない」
相手が右腕を突き出す。するとそれと同期したように青い光がのたうちダイゴの腕へと噛みついた。思念の蛇が具現化しダイゴへと襲いかかる。
「これは……!」
「思惟で動かすのは、まぁ出来て五分か。この腕がまだ俺に馴染んでいないのもあるが」
相手が腕を振るうとそれとジラーチのコントロールがほとんどコンマ何秒の世界で働きかける。ダイゴは噛み付かれた箇所から払われる結果になった。身体が煽られ、地面に打ちのめされそうになる。
ここまでか、と諦めたダイゴを救ったのは咄嗟に滑り込んできたエルレイドだ。エルレイドはダイゴの着地を助けると返す刀でジラーチを追撃しようとする。だがジラーチは先ほどまでとは一線を画す速度で対応した。「サイコキネシス」でエルレイドの振るった「サイコカッター」を相殺する。その動きは素早く、まるで最初からエルレイドの動きを予見しているかのようだ。
「ジラーチ、少しばかり脳細胞が加速する感覚を味わわせる事になるが、許せよ」
相手が腕を振るうと重力が倍増しエルレイドを押し潰そうとする。エルレイドが膝をついた。ダイゴも対応しようとするが効果の増した「じゅうりょく」を無効化する事が出来ない。ダイゴまでも「じゅうりょく」の虜になってしまう。相手が哄笑を発する。
「ここまでだな、D015! やはりお前には相応しくないらしい!」
ダイゴは腕を振るう。ダンバルが視界の隅でジラーチに突進しようとするが、「無駄だ!」と振るわれた思念で容易く突き飛ばされた。頭から地面に突き刺さり、ダンバルが停止する。
「……長くは持ちそうにないが、ツワブキ・ダイゴ。ここで死ぬのはお前だ!」
発せられた声にダイゴは、「違うな」と声にする。
「俺の攻撃は、もう終了している」
「減らず口を! 重力で骨の髄まで引き潰してくれる!」
相手の声にダイゴは静かに、「ダンバル」と呼んだ。またしても動くと思ったのだろう。相手が眼を向けるがダンバルは静止している。その姿に高笑いを上げた。
「足掻き以前の問題だな。地面に頭を突っ込んだままで、どうやって俺を攻撃する? その状態で俺を倒す事など不可能だ」
相手の言葉にダイゴは落ち着いて返す。
「そう見えるって言うんなら、お前からはそうなんだろうさ。だが、俺には結構、勝ち筋に見えるんだがな」
ダイゴの余裕を見せ掛けだと断じたのだろう。右腕を振るい、「サイコキネシスでもう一度、地面に墜落させる」と宣言する。
「お前がそうだったようにな。墜落死こそ、相応しい」
指差されてダイゴは首を横に振る。
「もう攻撃の準備は出来ている。俺には、あまり言葉を弄す事の意味がないと感じるな」
その言葉に初めて相手はダンバルを一瞥した。変化があると感じたのか。だが目に見えての変化はない。
「ハッタリだ! 食らえ――」
それを遮ったのは地面から迸った思念の攻撃だった。弾丸のような一撃が軌道を描いて相手の身体を打ち据える。醜い小動物のような呻きが相手から漏れた。
「これ、は……」
「ダンバルの攻撃だ」
その言葉に相手が目を見開く。
「ダンバルは、突進しか覚えないはずじゃ……」
「そうだな。俺もそうだと感じていた。だが、ダンバルは突進の応用攻撃を覚える事が出来る。さっきまで使わなかったのは、これは面と向かって使ってもあまり効果がないと感じていたからだ。思うにジラーチはエスパーを持っている。真正面から愚直にこの攻撃を使っても効果はいまひとつ。さっきまでと同じ、突進を止められるのと同じだと考えていた。だが好条件の位置にお前らがダンバルを転がしてくれた。その位置からならば撃ち込める。この技の名前は――」
地面には這いずるかのようにダンバルと同じ形状の思念が相手を見据えていた。赤い単眼が一斉に標的を捉え、飛び出した。
「思念の頭突き!」
相手の身体へと「しねんのずつき」が叩き込まれる。吸い込まれるようにして相手の全身の骨を打ち砕いた攻撃にダイゴは確信した。攻撃の命中、相手の再起不能を。