第二十三話「十五番目」
剣戟が跳ね上がる。
地面を抉り、土くれが舞い上がった。ダイゴは咄嗟に飛び退る。ダンバルが盾になってその追撃を防ごうとするがダンバルを押し切る形で緑色のポケモンが躍り上がった。宙返りを決め様に振るわれた肘からの波動。その思念の刃が突き刺さりかける。ダイゴは風圧に煽られながらも緑色のポケモンを観察する。
右目に傷があり、そちら側の視力があるのか怪しかった。もしかしたら右から攻撃すれば通るかもしれない。ダイゴはダンバルを呼びつける。しかし愚直に攻撃を振るえばいいというわけではない。
「ダンバル、突進! 地面にだ!」
ダンバルが推進剤を焚きながら地面に向けて直進する。土煙が舞い、相手のポケモンの視界を奪った。
「今だ! 右側から攻撃!」
見えていないのならばこの攻撃は予期出来ないはず。ダイゴの確信に砂煙を引き裂いて突進したダンバルはしかし、受け止められていた。右手が振り上げられダンバルの攻撃を防いでいる。策は失敗したかに思われた。だが、ダイゴの目的は相手のポケモンの死角を狙う事だけではない。
「この距離で見切ったという事は、トレーナー本体がいるはずだ」
近くにいなければ正確な動作の命令は不可能。ダイゴは周囲に首を巡らせる。家屋の中、あるいは道のどこか。ダイゴの視界には入らない。一体、どこから遠隔操作をしているのか。
「そう遠くないはず。思念で命令を飛ばすにせよ、俺を狙っているという事は、見える範囲でなければならない」
視界の中のダンバルが突き飛ばされる。ダンバルの突進攻撃だけでは限界が近い。このままでは消耗戦を続けるばかりだ。何かきっかけがなければ。そうでなければこの戦い、決着をつける事すら出来ない。
「何とかして、エルレイドの攻撃を見切って懐に入らなければ……」
その言葉にダイゴは疑問を発する。
――エルレイド?
何故、自分はこのポケモンの名前を知っているのか。記憶を手繰るが初めて見るポケモンのはずだ。しかし、自分の中の何かがこのポケモンの名前を呼び覚ました。緑色のポケモンが肘を振るい上げてダイゴへと襲いかかる。ダイゴは思い切って口にしていた。
「やめろ、エルレイド!」
その言葉に相手のポケモンの反応が鈍る。明らかに名前を呼ばれて狼狽している様子だった。エルレイド。このポケモンの名前はそれに間違いない。
「だとしたら、何故、俺はこいつを知っている?」
自分の記憶に関係があるのか。ダイゴはエルレイドと向き合う。エルレイドは攻撃動作の途中で手を止めていた。攻撃するべきか否か、それを決めあぐねている様子だ。もう一度、名前を呼ぶ。
「エルレイド。俺はお前を知っている。それと同じように、お前も俺を知っているのか?」
隻眼のポケモン、エルレイド。このポケモンが自分の過去に関係があるのか。歩み寄ろうとするとエルレイドが突然に自分へと飛び込んできた。突き飛ばされ、ダイゴは尻餅をつく。
呻き声を漏らすとその視界の中に映ったのは赤い顎であった。またしても地面から出現したそれはエルレイドの身体を拘束しようとしている。エルレイドはテレポートで逃げようとするが追撃の青い光がエルレイドを突き飛ばした。赤い顎が噛み合わされる。ダイゴは先ほど消えたかに思われていた白いポケモンの攻撃であると判じていた。
「何で、諦めたんじゃ……」
白いポケモンを視界の中に探そうとする。今の攻撃はエルレイドを狙っていたものではない。自分を狙っていたのだ。
「この場所に、自分を狙うポケモントレーナーが最低二人はいる。そしてどちらか一方は明らかに俺の敵だ」
エルレイドが青い光を紫色の残像を引く刃で切り裂く。どうやら思念の刃は白いポケモンの放つ念力よりも上の攻撃らしい。容易く切り裂くが、すぐさま追従する攻撃がある。
恐ろしく状況判断の早い敵だ。ダイゴはどうするべきか、考えを巡らせる。どちらに味方するのが正しいのか? どちらも自分をつけ狙っているように感じる。だが、どちらかに明確な殺意がある。ダイゴは咄嗟にダンバルを空間に走らせた。ダンバルが盾となったのは、エルレイドのほうだ。エルレイドを念力の網から守ったダンバルは鋼の身体を振るう。
「……少なくとも、俺の過去にエルレイドは関係がある。恐らくはそのトレーナーも。だから、生きて聞き出す。そのために俺はエルレイドを守ろう」
ダイゴの言葉にエルレイドが掻き消える。どこへ、と首を巡らせようとするとダイゴの背後に立ち現れた。すぐさま肘を振るい落とし、ダイゴの背面へと肉迫していた青い念力の蛇を切り落とす。
「エルレイド……」
ダイゴの声にエルレイドは主君を見つけたかのように傅いた。もしかしたら以前の自分と何らかの関係があったのかもしれない。だが聞き出すのは後だ。
「今は、この正体の見えない敵に対処しなければ」
ダイゴは周辺に注意を配る。白いポケモンの姿は相変わらず見えない。意図して姿を消しているのか。あるいは射程外からの攻撃か。ダイゴの迷いを読み取ったようにエルレイドが駆け出す。青い念力を掴んだかと思うとそのまま引っ張り込んだ。念力の網が引き出され空間から白いポケモンが出現する。
「今だ!」
ダイゴはダンバルへと突進攻撃を促す。ダンバルが空気を引き裂きながら弾丸のように白いポケモンへと突っ込んだ。白いポケモンの小さな身体が軋む。このまま押し切る。ダイゴの思惟を受け取ってダンバルが何度も間断のない攻撃を打ち込んだ。これで戦闘継続は不可能になる。ダイゴはそう確信したが視界に入ったのはダンバルの攻撃を全て紅葉のような掌で受け止めている白いポケモンの姿だった。小柄なその姿には膂力は全く期待出来ない。だというのに、ダンバルの捨て身にも等しい突進の猛攻を受け切った。ダイゴは瞠目する。
「何なんだ、あれは」
白いポケモンがダンバルに手を添える。その瞬間、青い光が拡散しダンバルを突き飛ばした。ダンバルは推進剤を焚いて制動をかける。だがそれも虚しく追撃の思念で地面に叩きつけられた。
「ダンバル!」
ダイゴの声にダンバルが身体を持ち上げようとするも抗い難い思念の重圧が相乗して降りかかった。トレーナーであるダイゴにまでその攻撃範囲が及び思わず膝を落とす。
「この、攻撃は……」
恐らく重力を操っているのだろう。動きの鈍ったダンバルへとふわりと浮き上がった白いポケモンが攻撃を仕掛けようとする。ダイゴは手を振るった。
「ダンバル、どうにかして回避を。このままじゃなぶり殺しだ」
しかしダンバルは全く身動き取れない様子である。白いポケモンが重力の範囲内に近づいてくる。直接攻撃を仕掛けるつもりだ、とダイゴが身構えた瞬間だった。エルレイドが駆け出して白いポケモンへと攻撃を浴びせる。
肘から発生させた思念をまるで推進剤のように焚き、加速したエルレイドが両腕を扇のように振るって攻撃する。白いポケモンは咄嗟に防御壁を張るが、エルレイドはさらに接近して防御壁の内側へと入った。懐に潜り込んだエルレイドが全身をばねにして白いポケモンを打ち据える。ダイゴにはその技の名前がどうしてだか分かった。
「インファイト……、防御を捨てた捨て身の攻撃」
何故、エルレイドのデータが分かるのか。ダイゴにはその正体不明の感覚よりもエルレイドが味方である事の安心感が勝った。エルレイドが白いポケモンを射程外へと引き剥がそうとする。ダイゴは手を薙いだ。
「ダンバル、重力は少し弱まったか?」
ダンバルが浮き上がる。だが、どうする? 突進攻撃をしゃにむに続けてもあの白いポケモンには意味がない。恐らくはタイプ相性で不利なのだ。ならば、とダイゴは白いポケモンを見据える。突進攻撃をただ続けても意味がないのならば、別の策を練る。
「ダンバル、行けるか?」
確認の声にダンバルが甲高い鳴き声を上げる。ダイゴは手を振るった。
「ダンバル、突進!」
ダイゴの声にダンバルが推進剤を焚いて白いポケモンへと肉迫する。白いポケモンがすぐさま反応し、片手を翳した。ダイゴはその段階でさらに声にする。
「突進の対象は、そのポケモンの直下、地面だ!」
ダンバルが偏向し、地面へと全身をかけてぶつかる。土煙が舞い上がり、白いポケモンの視野を遮った。今だ、とダイゴは声にする。
「エルレイド、今なら!」
最初からダンバルの攻撃を期待したわけではない。エルレイドの必殺の一撃を打ち込ませるための隙を生じさせたのだ。白いポケモンには周囲の様子が分からない事だろう。エルレイドが土煙を掻っ切って紫色の残像を帯びる。肘を振り翳し、必殺の一撃が叩き込まれるかに思われた。だが、それを中断したのはトレーナーの声である。
「ジラーチ。不利だ、飛び退け」
その声に白いポケモンが一気に後退する。瞬間移動を使ってその場に転移したのだろう。エルレイドの攻撃は空を切った。ダイゴはその声の主を認める。家屋の陰から現れたその姿に瞠目した。
「……何だ?」
その姿はよく知っている。なにせ、その身なり。銀色の髪に黒いジャケットは自分の似姿に他ならなかったからだ。ただ一つ、瞳の色だけが違う。黄色い虹彩が自分を射るように眺めている。
「誰なんだ、お前は」
ダイゴの声に相手は応じる。
「それを口にするのはお門違い、というものだが、どうやらお前がD015らしいな。十五番目の個体か。そして成功例でもある」