第百五十一話「最高の、思い出を」
一瞬だけ、ダイゴはよろめいたがすぐに持ち直す。
その時にはもう銀髪は豊かな金髪へと変わっていた。眼の色も赤ではない。
「……コノハ」
その声ももう見知ったダイゴのものではなかった。彼の視線の先にはツワブキ家の使用人であるコノハがいる。
「フラン……?」
エルレイドがコノハを抱きかかえフランの下へと運ぶ。コノハは一目散に駆け出してフランに抱きついた。フランはコノハの顔をさすって、「ゴメンよ」と口にする。
「随分と、帰ってくるのが遅くなってしまった」
コノハは目に涙を溜めて首を横に振る。
これでよかったのだ、とサキは感じる。
全て元の鞘に戻った。デボンの事、ツワブキ家の事。一筋縄ではいかない事もたくさんあるだろう。だが、それも時間が解決してくれるはずだ。サキが身を翻そうとすると、「ヒグチ・サキ、さん」とフランが呼び止めた。
「これ、ボクの記憶にはないものだから多分、ダイゴの物なんだと思う。ずっと、これを握り締めていたみたいだ。彼の最後の声を聞いた。これを、サキさんに渡して欲しい、と」
フランの手にあったのは小さな青いしおりだった。挟まれている花が少しばかりくすんでいるが、色褪せてはいなかった。
「……あいつめ。この花の意味を分かって、私に返したのか」
受け取ってサキが呟く。フランが尋ねていた。
「その花の、意味は?」
「ミヤコワスレだ。花言葉はまた会う日まで=c…。忘れないよ、ツワブキ・ダイゴ」
きっと一生、忘れはしないだろう。
崩れ落ちた戦場の中でサキは静かに涙した。
ネオロケット団は解体され、四天王はデボンという組織の分割に協力した。
デボンは大きな資本である親会社を子会社が買い取る形で収束した。社長は新たに就任し、ツワブキ家は完全に一線を退いた形となる。
その後、デボンがどのような運命を辿ったのかは記すまでもないだろう。寡占状態は解かれ、その技術は様々な企業へとオープンになった。デボン、という名前が神のような絶対性を持っていた時代はとうに過ぎ去った。
自分は実家に帰ったところ、酷く叱られた上に弟を紹介された。
そういえば産まれたのだったか、と今さら感じると共に名前を聞いた。
テクワ、という名前の弟はそっと温かな手で指を握ってくれた。
一度だけプラターヌの墓参りに参加した事がある。彼はあの騒動の中、恐らく埋葬されなかった人間だ。フランとコノハは間もなく籍を入れ、ツワブキ家によって翻弄された人生から、また新たな人生のスタートを切った。
フランとコノハは自分の親に当たるプラターヌの死に黙祷を捧げた。
「父さんがそんな事をしていたなんて思わなかった。ずっと、ボクの事も興味のない人だと思っていたから」
サキは自分の知りうる限りのプラターヌの事を話し、せめて奇人で終わって欲しくないと息子であるフランに言い置いた。
「サキさん。あなたは、どうなさるんですか?」
警察に戻る、という人間でもないだろう、と考えていたがその辺りはルイが手を回してくれたらしい。今回の事件の立役者として表彰状が送られた。
久方振りに顔を出す仕事場は代わり映えしたところはなく、アマミは相変わらず甘ったるいコーヒーを作っていたし、シマは書類を書いていた。課長であるハヤミも同様に落ち着いていたが、この場所が自分の帰る場所だったのだとサキは実感し、少しこみ上げた。
「ヒグチ君。今回半年以上音沙汰がなかったんだ。その責務として定年まで働いてもらおう」
ハヤミの声にサキは頷く。どうやら自分にはまだ帰る場所があったらしい。実家と、仕事場に。
……だがダイゴは。
たまに考えてしまう。もし、ダイゴがフランに肉体を返さなかったらどうなっていたのだろう。彼には戸籍がない。透明人間のようなものだ。居ても居なくともこの世界は回るし、きっと彼の不在など世界は気にも留めまい。
それでも自分の人生に一石を投じた人間であった事は間違いなかった。サキは立ち上がって報告書を手にする。
「課長、今回の事件ですが――」