第百四十九話「meth」
メガメタグロスが咆哮する。圧倒的な力が全身から湧き上がり銀色のオーラを生み出した。
「メガメタグロス、だと……。ぼくでさえも至れなかったメガシンカの境地に、何故、お前が……」
初代がわなわなと視界を震わせる。ダイゴは超越者の声音で応じる。
「信じたからだ。自分の力と、これまで色んな人達が俺に託してくれた力を。その全てが、このメガメタグロスを生んだ。お前の制御下にない、九つ目のメガストーンが」
ゲンジが声にする。
「ダイゴよ! 九つ目のメガストーンはお前の心より生じた。だから初代には絶対に干渉出来ない!」
ダイゴはすっと手を掲げる。メガメタグロスが同期して動き出す。
「攻撃……」
「させると思っているのか! 今の時の咆哮、確かに引き裂けたかもしれない。だがそれはチャージが不足していたからだ。完全な時の咆哮を防御出来る道理はない! それまで耐え凌げるものか。十万ボルト!」
放たれた青い電流の蛇がメガメタグロスを襲うも四つの腕のうち一つを軽く払っただけで電流は消え失せた。初代はそれでも諦める様子はない。
「流星群!」
青い光弾が今までにない数を放出する。十個や二十個ではない。無数の光弾が一挙にメガメタグロスを破壊しようとするが今度はダイゴが技の名前を紡いだ。
「バレットパンチ」
四つの腕がそれぞれ弾丸の勢いを帯びる。無数の光弾はたった四本の腕の前に全て叩き落された。中にはそのまま弾かれ、ディアルガの表皮を傷つけたものもあった。初代は拳を震わせる。
「……あり得ない。ディアルガの、本気のドラゴンタイプの技を反射するなど」
「初代ツワブキ・ダイゴ。ここで、全てを終わらせる!」
ダイゴが駆け出すのと共にメガメタグロスもディアルガに向けて弾かれたように動き出した。初代はキッとダイゴを睨み据えて駆け出す。
メガメタグロスが腕を掲げる。ディアルガが全身から青い波長を漂わせた。
「コメットパンチ!」
「龍の波導!」
同時に放たれた技がぶつかり合い、干渉のスパークを起こす。その只中でダイゴは拳を掲げる。初代へと打ち下ろした拳はいなされ、初代の拳が頬にめり込んだ。ダイゴはしかし、下段から拳を突き出す。腹部を捉えられ初代がよろめく。
メガメタグロスがディアルガを捉えた。その爪がディアルガの鋼鉄の表皮に傷をつける。赤く焼け爛れた傷跡と同期して初代の顔面に傷が刻まれた。
初代が呻いて傷口を押さえる。ダイゴは雄叫びと共に拳を振るう。
「これで!」
「終わらせるか!」
同時に放たれた拳がお互いの胸元を叩く。ダイゴが後ずさった。ディアルガの攻撃がメガメタグロスの体表を焼いている。
「まだまだ、これでっ!」
「出来損ないの分際でっ!」
メガメタグロスが腕を重ね合わせ、台風のように回転した。その勢いにディアルガが及び腰になった瞬間を突いて上部の二本の爪がディアルガに突き刺さる。格闘タイプの技「アームハンマー」であった。効果が抜群の技の前に鋼の表皮が抉られる。ディアルガも負けていなかった。
接近したメガメタグロスへと間断のない「りゅうのはどう」でダメージを与え続ける。波導は肉体へと直接ダメージを及ぼす技だ。メガメタグロスの体内で筋肉の繊維が断ち切れ、今にも断線しそうな激痛がダイゴを襲う。それでもダイゴは意識を手離さなかった。ここまで来るのに一人では出来なかった。皆に支えられて自分は立っている。
下段からの「アームハンマー」がディアルガの腹腔に突き刺さった。初代がかっ血し、「ふざけるな……」と声にする。
「ぼくが王だ! それ以外は全て羽虫の些事! ツワブキ家も、デボンも何もかも! ディアルガ、時間停止!」
時間が止まる。しかしメガメタグロスと思惟を重ねたダイゴは止まった時間の中でも攻撃を続けた。初代がよろめき何故、と問いかける。
「何故、メガメタグロスが止まらない……」
「九つ目のメガストーンだ」
胸に留めたペンのキーストーンとメタグロスに生じた新たなメガストーンが共鳴し、時間停止を打ち消していた。それだけではない。時間停止に重なるように放たれた技があった。
「時間凍結……。もしかすると、と思って撃ちましたが、当たりのようでしたね」
オニゴーリから放たれた凍結が時間停止を相殺したのだ。初代は目を見開いて言い放つ。
「四天王風情がぁ! ここまでぼくをこけにした事、後悔させてやる! ディアルガ! 流星群を――」
「どこを見ている?」
メガメタグロスの放った爪がディアルガの顔面を弾き飛ばす。ダイゴは同期した拳で初代を殴っていた。
「お前の相手は、この俺だ」
「出来損ないのDシリーズが、嘗めた真似をしてくれる! 肉体も! 精神も借り物の癖に!」
「そうだ、俺の肉体も精神も、全て借り物、虚栄の城だ。だからこそ、お前に届く。借り物の意地を嘗めるなよ」
メガメタグロスがラッシュを放とうとする。「バレットパンチ」と「アームハンマー」を重ね合わせた攻撃にディアルガが全身から流血する。
「こんの! ガキが!」
あと一撃、とメガメタグロスが大きく腕を振りかぶる。その瞬間、放たれた青い瀑布が腕を焼いた。瞬間的な事についていけなかった。メガメタグロスの腕が退化し、小さくなっている。
「これで! もうアームハンマーは撃てまい!」
下段から、と指示を飛ばそうとするもディアルガは最早肉体への負荷を無視した「ときのほうこう」を連射していた。この戦闘の後、ディアルガは崩壊するだろう。それでも巻き添えにするつもりだ。下段の爪が退化し小さくなってしまう。残り一本の腕を振るい上げるも、突如として接近してきたディアルガがゼロ距離で波導攻撃を放った。最後の一本の腕の筋繊維が弾け飛び、ダイゴは呻いて左腕を押さえる。
「四本の腕を潰した! これでもう、お前の勝つ手段は――」
嘲笑を上げる初代へとダイゴは頭突きをかましていた。最後の一撃、メガメタグロスもディアルガの頭部に向けて渾身の頭突きを見舞う。ディアルガの顔面が剥がれ落ちた。
「思念の頭突き……。これが、最後の一撃だ」
ディアルガの肉体が負荷に耐え切れず崩壊していく。青い血脈が弾け飛び、そこらかしこから出血した。青い血が迸って初代本体も膝を折る。
「まさか、こんな技で……。こんな技で、ぼくが……」
「初代ツワブキ・ダイゴ。お前は、自分の事を王だと思っているようだから言っておく。民の信頼を得られない王なんて、張りぼてだ。それこそ、偽物の最たるものだよ」
初代が吼えてダイゴへと殴りかかろうとする。ダイゴはその拳が届く前に最後の拳を初代へと振るった。初代が崩れ落ち、呟く。
「チクショウ……。ぼくの魂は、だが消滅しまい。魂まで殺す手段なんて、あるはずが」
「それがあるのだ、初代よ」
ゲンジが支えられながら初代をキッと睨む。
「メガストーンは精神エネルギーの集合体。メガストーンの崩壊はお前の精神の崩壊を意味している。ディアルガと強制同調し、メガストーンにまで傷の入ったお前は、もうお終いだ。魂の世界なんて存在しない」
初代が胸元に食い込んだメガストーンを見やる。亀裂が走っていた。初代は手を伸ばす。
「い、嫌だ。ぼくが存在した、意味さえも消し去られるなんて」
「罪人に魂の安息はない。裁きを受けろ、王よ」
どろどろと初代の顔が崩れ始める。液状化していく身体で無理やり立ち上がり、喉の奥から怨嗟の声を漏らした。
「こんの……、凡俗が……! 王を害して、ただで済むと、思うなよ。ディアルガ、やれ! やるんだ! こいつらを殺せ! 早く! すぐに!」
初代が手を払う度にその手の表皮が溶け出し、白い液体の点を地面に零した。
「もう、やめろ。初代ツワブキ・ダイゴ。ワシも、お前の時代も終わったのだ。時代を切り拓くのはいつだって若い世代だ。もう古いんだよ、ワシらは」
初代がほとんど白骨化した手を見やりながら震える声を出す。
「嫌だ、死にたくない。二十三年も死んでいたんだ。ようやく復活出来た。だって言うのに、これが末路だって言うのか? 死人に殺されるなんて」
「死者の王の最期は自らを模した死人に殺される。お似合いだろう」
ゲンジの言葉に初代が声を荒らげようとした瞬間、ダイゴは最後の一撃を放っていた。弱り切ったメガメタグロスのメガシンカを解除し、メタグロスの鉄拳が初代の心臓を射抜く。
「これ以上、現世にしがみつくのはみっともない。せめて、俺の手で。さよならだ、ツワブキ・ダイゴ。もう一人の、俺」
メタグロスが心臓を抉り出す。その爪が心臓を握り潰した直後、初代の肉体が完全に形象崩壊した。あとに残ったのは白い液体の水溜りだけだ。
「……皮肉だな。こんな最期を、復活しなければ迎えなかっただろうに。それこそ人々の記憶の中で美化されたまま、彼は死ぬべきだった」
ゲンジが支えられながら歩み寄ってくる。ダイゴは初代の死んだ跡を見つめながら尋ねていた。
「初代をどうして殺したんですか」
「ワシのエゴだよ。国防のために、メガシンカは四天王に必要だった。デボンが独占しているのではいつまでもホウエンのためにならない。だが王が死んだのは完全なイレギュラーだった。ワシはメガストーンさえ得られればそれでよかったのだが、その対価が王の死だった」
「では、没落したフジ家と縁を取り持ったのも」
サキがゲンジへと問いかける。彼は首肯した。
「ツワブキの血を薄めるためだった。王の血を薄めれば、デボンの寡占状態が続く事はないだろうと踏んでいたが、まさか復活計画なんてものが持ち上がるとは思っていなかった」
ゲンジもまた後悔の胸中にあった。ダイゴは口にする。
「……あなた方のした事は結局のところ、エゴに塗れていた。再生計画を先導したデボンとツワブキ家も、あなたの行ったメガストーンの入手も、全て良かれと思って行われた事だった。でもそれが、誰かの不幸になっていった」
「まったく、皆の幸福というものは得がたいのだと、ワシは思うよ」
ディアルガもほとんど半死半生だ。主人が死んでもう力なく横たわるだけだった。
「ダイゴ、とどめは」
「俺がやります。俺がケリをつけなきゃいけないんだ」
メタグロスが腕を引き、そのまま最後の拳をディアルガの頭部へと叩き込んだ。ディアルガの頭が潰れ完全に生命反応が消え去る。
「これもなんと惨たらしい結果か。神殺し。その再現をDシリーズであるお前がやるとは」
ダイゴはメタグロスへと労う言葉をかけてモンスターボールに戻した。ゲンジが息をつく。
「終わったのだな。これで、ホウエンを覆っていた陰謀の影は消え去った」
「いいえ。まだ、終わっていません」
ダイゴの声にゲンジは目を見開く。
「これ以上、何をやるって……」
「全て、元に戻すんですよ。そうしなければ採算が取れない」