第百四十七話「その名はツワブキ・ダイゴ」
振りかぶった姿勢のまま、ゲンジが固まっている。
初代はこの現実を前に歯噛みしていた。どうして二十三年前に、王を殺した人間を皆が庇う? どうして王の素晴らしさが分からない?
「我が孫、リョウ」
リョウを時間停止の呪縛から解いてやる。リョウはハッとしてつんのめる。
「お前は、まだツワブキ家だ。何が正しくって何が間違っているかの判断くらいつくよね? こいつらは二十三年前の元凶を、全員で庇い立てした。裁かれるべきはどちらなのか、明らかのはずだ。リョウ。君にはどう映る? 彼らの所業が」
リョウは全員を眺める。初代は言ってのけた。
「滑稽だ! 王の存在よりも重視するべき感情なんてない! 重んじるべきは一国を束ね、全てのトレーナーと民草の上に君臨する王という絶対存在だ。それを忘れ、凡俗の出でありながら王を殺した人間には裁きが必要、だろう?」
初代の声にリョウは迷いを滲ませた声音で返す。
「でも、初代。オレにはよく分からなくなってしまいました。最初こそ、初代の再生は絶対だと思っていた。でも、これだけの人達が、王の不在でも生きていける、自分の道を模索出来ると言っている。初代、もう我々のやり方は、古いんじゃ――」
「黙れ! 王の偉大さを分からない凡俗か! 君も! いいだろう、しかと見るがいい。王に楯突くとはどういう事なのか。ディアルガ!」
ディアルガが口腔を開き、青い粒子を吸い込んでいく。その攻撃の矛先はゲンジだった。今まさにメガストーンを叩き割ろうとしていたゲンジへとその攻撃が放たれる。
「さよならだ、ゲンジ。ディアルガ、時の咆哮!」
ディアルガの声と共に放たれた青い瀑布がゲンジを飲み込む。その瞬間、時間停止が解けた。
「ときのほうこう」を受けたゲンジの身体が見る見る間に縮んでいく。ボーマンダが割って入ったが、その時には既に遅かった。ボーマンダも触れた箇所から退化していく。青い光線の勢いが収まった時にはゲンジは十歳前後まで時間を巻き戻されていた。ボーマンダも非力なタツベイに退化している。
「これは……、何が起こったのだ……」
全員がゲンジの変化に戸惑っている。何が放たれたのか。この場で知っているのは初代とリョウ、それにサキしかいない。
「まさか、時の咆哮を……」
「時の咆哮?」
ダイゴが聞き返す。ゲンジは、と言えば急に身体が縮んだ反動か、倒れ伏して動けなくなっていた。
「これは、ワシの、肉体が……」
「時の咆哮は、攻撃を浴びた対象の存在を限りなくゼロに還元してしまう技だ。つまり、存在する前の状態、なかった事になるというわけさ」
歩み出た初代がゲンジを見下ろす。ゲンジは屈辱に歯噛みしていた。
「貴様、そのような強力な技を」
「使ってもいいんだよ。ぼくは王だからね」
ゲンジの手にあったメガストーンを奪い取る。手を伸ばそうとするゲンジの頭を蹴り飛ばした。
「愚かしいな、ゲンジ。君はもう、戦う力は残されていない。十歳前後まで退行した君に、ポケモンを操る能力もなければ、ぼくに拮抗するなど夢のまた夢!」
手を踏みつけ初代は口にする。その時、二つの気配が同時に動き出した。弾かれたように初代の射程に入ったのはヤミラミを操るフヨウとオニゴーリを操るプリムである。
「キャプテンを、やらせはしない!」
「汚い手を!」
浴びせかけられた声に初代は肩を竦めた。
「汚い? この男の下で動いていた君達だけには言われたくないな」
「オニゴーリ、冷凍ビーム!」
「ヤミラミ、シャドーボール!」
同時に放たれた攻撃に対してディアルガは対応する。
「防御しろ」
青い皮膜が張り巡らされ、二つの攻撃が掻き消える。
「届きさえもしないなんて……」
「王のポケモンを前に、どうして凡俗の攻撃が届くと思い込んでいる? 流星群、二体に向けて同時に放て」
青い光弾がディアルガから放たれ、ヤミラミとオニゴーリへと直撃した。オニゴーリは制御を失って転がり落ちる。ヤミラミは肩口から先を焼かれていた。
「一撃で……」
フヨウが指輪を差し出して声にする。
「だったら! メガシンカ!」
しかしメガシンカは成されない。初代はせせら笑った。
「メガストーンはぼくの手にある。いくら鍵となるキーストーンがそっちにあろうとも、メガストーンを失ったポケモンにメガシンカは不可能だ。それでこのメガストーンだが、どうするべきか」
初代は掌の上でメガストーンを転がす。
「ぼくの肉体に対応しているのならば所有も危険だが、何よりも簡単な方法がある。メガストーンを身の内に押し込めば」
メガストーンを胸に押し当てる。すると八つのメガストーンは体内へと吸い込まれていった。
「まさか、メガストーンを……」
「取り込んだ、だと……」
リョウとサキが驚愕の声を振り向ける。初代は息をつく。
「晴れ晴れとした気分だ。もう、この肉体を縛る何かは存在しない。晴れて、王の身体は完全体となった」
「タツベイ! ドラゴンクロー!」
タツベイが踊り上がり、初代へと爪を見舞おうとする。しかし初代は軽くステップするだけで龍の爪を回避する。
「分からないのか? 限りなくゼロに還元される、という事はレベルも下がっているという事なんだ。今のタツベイ、レベルは十もない」
ゲンジが慄く眼差しを向ける。初代は愉悦に口元を綻ばせた。
「それで、勝ったつもりか」
「勝った? おかしな事を言う。もう負ける要素がない」
「……驕りだ。まだお前が無力化出来ていない存在がいる」
「どこに? メガシンカ可能な人間なんて――」
そこから先を遮ったのは飛び込んできた鋼の爪の一撃だった。咄嗟に初代はディアルガを先行させる。ディアルガの放った青い皮膜の向こう側でメタグロスが爪を突き立てている。
「……そうか、まだ君がいたか。十五番目のぼく」
「ツワブキ・ダイゴだ」
「……何だって?」
「俺の名前は、ツワブキ・ダイゴだと、言っている!」
その声に相乗したようにメタグロスの膂力が上がり、下段から突き上げた爪の一撃がディアルガ本体へと突き刺さった。