第百四十六話「滅却」
ゲンジは肯定も否定もしない。ただただ初代の言葉を受け止めているだけだ。
「そんな事!」と否定を発したのはフヨウだった。
「キャプテンがするわけない! キャプテンは、アチキ達を四天王として強くするためにメガストーンを」
「それがどこからもたらされたかも知らない小娘が。その対価は王の命とその血族の退廃だ。この地方のメガストーンは、ぼくの命と、ツワブキ家の血の力をもって発揮されている。ぼくを封印する最後の手段でもあり、なおかつツワブキ家を取り込む手立てでもあったのだろう?」
ゲンジは黙したまま言葉にしない。プリムが視線を振り向ける。
「キャプテン。このままでは全員の不信を買います」
「キャプテン! アチキ達は、初代を倒すために戦っているんだよね? こんなのでまかせだよね?」
プリムとフヨウの必死の呼びかけにゲンジは面を上げて声にした。
「……二十三年間。二十三年間だ。それだけの月日が、メガストーンの熟成には必要だった。同時に、二十三年も経てばもう、お前の権威など地に堕ちていると思い込んでいた。ワシの不手際だ」
ゲンジの発した言葉にフヨウがへたり込む。プリムも顔を俯けさせた。
「残念です」
「嘘でしょ……。キャプテン……」
誰もがその真実を受け止められなかった。全ての発端、初代殺しが、まさか信じていたゲンジの所業であったなど。
「幻滅するならばしても構わない。だが、ワシは悪魔を封じるための手段として、これしかなかったと感じている」
「詭弁だね。ゲンジ、実際のところ、君は面白くなかった。四天王の上にチャンピオンという席がある事が。当然と言えば当然か。君は、誰よりも危うい場所に行きたがる性格だ。第一回ポケモンリーグでも随分と無茶をしていたと聞くよ。国防の矢面に実際のところ居らず、挑戦者を倒すだけのポケモンリーグがつまらなかったんだろう?」
「今さら否定もすまい。ワシは、何よりもこの地方の平和を願った」
初代がフッと笑みを浮かべる。
「相変わらずだ。あの時から、そう、ホウエンの四天王制度が敷かれ、ぼくが王になった時から、君の眼は同じだよ。反抗的で、何よりも力の探究心が強い。自分に比肩する存在なんていないって思っている」
指差して嘲る初代にゲンジは堅牢な言葉で返す。
「笑いたければ笑え。誰よりも平和を願った末に泥を被るのは慣れている。ワシは、もう偽るつもりもない」
ゲンジが黒いコートの内側から取り出したのはメガストーンであった。二つのメガストーンが掲げられた瞬間、初代の右腕がぴくりと跳ね上がる。
「これは……、そのメガストーン、ぼくの肉体に」
「対応している。最後の手段だと思っていた。お前を滅するのに、メガストーンを破壊する」
思わぬ言葉に全員が声を詰まらせた。メガストーンの破壊。それで本当に初代は止まるのか。
「何をやっているのか、分かっているのか? この地方にばら撒かれたメガストーンのうち、二つを個人の判断で破壊するなど」
「罰当たりは百も承知。それに、既に力を持ってしまった人間から力を奪うような行為だという事も」
ゲンジはフヨウとプリムに視線をやってから、既に息絶えているカゲツを見据えた。
「……カゲツ。すまない。親らしい事を何一つしてやれなかった。お前にもメガストーンの呪縛がある」
輝いたのはボスゴドラの体内であった。カゲツから引き継がれたのだろう。オサムも倒れ伏している。銀髪だった髪が黒く染まっていた。左足をなくして出血している。
「全てのメガストーンを一つに揃え、初代ツワブキ・ダイゴ。お前を魂までも消滅させる。そのためならば犠牲も厭わない」
「本気か? 大自然の摂理に逆らう行為だ」
「お前が、それを言うか。死者の王よ」
初代が歯噛みする。クオンのディアンシーからメガストーンが消え、今度はディズィーのメガクチートからメガストーンが強制的にゲンジの下へと飛んでいった。ゲンジの手には四つのメガストーンがある。
「カゲツ、すまない」
その言葉と共にボスゴドラからメガストーンがゲンジの手に移る。五つのメガストーンを得たゲンジにプリムとフヨウが顔を伏せたまま声にする。
「……キャプテン、それは正しい事なんだよね? 初代を倒すための最後の手段なんだよね?」
「キャプテン、わたくしは迷いません。それが必要とあらば」
プリムがオニゴーリからメガストーンをゲンジに移す。「感謝する」とゲンジは声にした。
「フヨウ。強制はしない。だが、初代を倒すには我々では力不足なのは先ほどの攻防で明らかだ。ワシに託してくれ。これならば確実に初代を倒せる」
「世迷言を! お前はただ、ぼくが気に入らないだけだろうに!」
初代が手を払う。ゲンジはそれさえも自分の中に受け止める。
「その業でさえも、ワシは受け止めよう! 己の罰としてな!」
「二十三年前にぼくを殺しておいてのうのうとよくも! 間違った救済なんて与えて、それで民草が救われると思っているのか! 王の存在こそが民の平和だ!」
「確かに王の不在は、民の間に不安をもたらした。だが、そのお陰で理解した民も居たはずだ。王などいなくとも、この世界は成り立っていけるのだと」
その言葉にフヨウが顔を上げる。彼女の目には涙が溜まっていた。
「……アチキ、キャプテンの本当の目的だとか、そういうのは全然、今でも分からない。でも、王がいなくっても人は立っていける、歩いていけるってのはその通りだと思う。……おじいちゃんやおばあちゃんがそうだったから。キャプテンは自分の足で歩けって、教えてくれたから。だからアチキは、託すよ、託せる!」
ヤミラミからメガストーンが消え、メガシンカが解ける。今、ゲンジの手の中には七つのメガストーンがあった。
「あとは、ワシのメガボーマンダのメガストーンのみ」
「ディアルガ! やらせるなよ、流星群!」
ディアルガから今までの比ではない数の青い光の球が打ち出される。まるで爆撃だ。光の球一つ一つの攻撃性能ははかり知れない。しかしそれを受け流したのは他でもない、メガボーマンダだった。赤い翼を一閃させると巨大な光の刃が光弾を叩き割っていく。
「逆鱗……。そうだったな。お前の手持ちは!」
「ドラゴンにドラゴンとは、釈迦に説法もいいところだな、初代。メガボーマンダ、メガシンカ解除」
メガボーマンダからエネルギーが霧散し、ゲンジのもう片方の手にメガストーンが握られる。今ここに、八つのメガストーンが揃った。
「初代の肉体部位と連動している! これを破壊すれば、初代は肉体どころか魂でさえも自由ではない!」
ゲンジが地面へと思い切り叩きつけようとする。
その瞬間、時間が静止した。