第百四十五話「真犯人」
初代の放った言葉に全員が硬直する。
ダイゴもその一人だった。攻撃が命中しない。時間を操るとされるポケモン、ディアルガ。初代は全身のパーツが揃っており、義手義足は既に捨てたようだった。
「何だと……」
サキの声に初代は鼻を鳴らす。この場において圧倒的不利にもかかわらず初代は慌てもしない。
「そうさ。ぼくを殺した張本人が、この場所にいる。ヒグチ・サキ。君も刑事ならばその真相、気になるんじゃないのか?」
初代は全身のパーツを得て完全体となった。今の初代に戦い方を馴染ませる前に、決着をつけるのが正しい方向だ。
「キャプテン!」
ダイゴの声にキャプテン――ゲンジは腕を組んで声にする。
「総員、初代を潰せ。一言も口を開かせるな」
「あいよ!」
最初に飛びかかったのはディズィーだ。メガクチートが跳ね上がり、ディアルガへと肉迫する。
「時間逆行」
次の瞬間、ディズィーは飛び出す前の格好になっていた。
「あいよ! ……えっ」
声にしてからそれは先ほど放ったのと同じだと気付いたのだろう。先ほど自分にやられたのと同じだ。
「時間を、巻き戻した?」
「ディアルガは時を司る、神と呼んでも差し支えない。その力を最大限に振るえるのは、世界広しといえど、ぼくしかいない。鋼タイプを完全に使いこなせるのは、ツワブキの血だけだ」
リョウがその言葉を聞いて声を震わせる。
「あんたが、初代ツワブキ・ダイゴが、その力を手にするのに相応しいって言うのかよ」
初代は些事の一つとでも言うようにリョウへと顎をしゃくった。
「我が孫とはいえ、この認識では困るね。言い直そう。ぼくでなければ出来ない。ディアルガほどの、神話級の存在を何の道具もなく御するのは、ぼくしか出来ない」
「その驕りが……!」
リョウが拳を握り締める。まだ彼のレジスチルは健在であった。
「いくつもの人生を歪めるんだ!」
破壊光線を集約させた掌を掲げてレジスチルが駆け抜ける。しかし初代はそれこそ羽虫の出来事だと言わんばかりに手を払った。
「ディアルガ。一発でいい。流星群」
ディアルガから青い光の球が一つだけ、放たれる。その球がレジスチルの鋼の肉体へと食い込んだ。直後、レジスチルの両手から力が失せていく。オレンジ色の光が霧散した。
「レジスチル……。もう、ここまでなのか……」
「そのようだ。体力の限界値に達していたのに使っていたお前も悪いが、手持ちも主人に似て、何と愚かしい事か。まだぼくと戦えると思っていたらしい。王の血族とはいえ、これは身内の恥だな」
リョウが膝を折る。もう戦う気力など湧いてこないのだろう。その悔恨をどこにもぶつけられないようだった。
「チクショウ……。だったら、オレ達ツワブキ家は最初からなんだったんだよ……。何のために、初代の再生なんて進めて……」
「全てはぼくに繋がるためさ。なに、無駄じゃないよ。ぼくが支配すればいいだけの話だからね」
横合いから割り込んできた殺気がディアルガへと突き進む。ディアルガの張った青い皮膜とぶつかり合ったのはダイヤモンドの剣を保持するメガディアンシーだった。
「兄様も、父様も、間違っていなんていない……」
クオンが声にする。その言葉には力があった。今までの彼女を知っていればまず思い浮かべないほどの力強さ。生きる事への活力。
「あたし達は、何も間違った事はしていないわ!」
ダイヤモンドの剣の一振りに青い皮膜が薄らぐ。しかしすぐさま再構築された壁に火花が散った。
「そうだね、クオン。何も間違っていないよ。君達は、ただただ、ぼくのためを思って尽力してくれた。全ては王に繋がる道だった」
「それが驕りだと、兄様は言った!」
振り払ったダイヤモンドの剣の一閃をディアルガは弾く。ディアルガから青い磁場を引き移した光の球がまたしても放たれる。
「……度し難いってのはこういう事を言うのか? クオン、孫の中でも君は賢いと思っていたよ」
「馬鹿でも、それこそ愚かでも構わないわ! 正義を成すのなら!」
ダイヤモンドの剣が光を帯びて、発射された青い球を切り裂いた。爆発が膨れ上がり、メガディアンシーが跳ね上がる。剣を真下に構え、ディアルガの脳天を突くつもりだ。
「ディアルガ! いくら強くたって、ドラゴンタイプなら!」
「フェアリーの攻撃が効く、かい? それは通常条件での話だね」
青い皮膜がダイヤモンドの剣を弾き飛ばした。メガディアンシーの手から剣が離れる。
「まさか……!」
「ディアルガは神だ。凡俗が触れていい存在じゃない」
初代が指を鳴らすとディアルガから放たれた波紋がメガディアンシーを突いた。メガディアンシーは無様に地面を滑る。
「敗北者には、這い蹲るのがお似合いだ」
メガシンカが解け、ディアンシーは元の姿に戻ってしまった。
「時間切れ……。こんな時に!」
「クオン。君はまだ、メガシンカを使いこなせていない。それは何も、君が熟練不足だからだけではない。ツワブキ家の、血筋ではメガシンカの完全制御は出来ないんだ」
どういう事なのか。クオンを含め、全員が震撼する。
「何を、言っているの……」
「何って、言ったろ? 二十三年前にぼくを殺した人間が何を企んで殺したのか、犯人が誰なのか、全て分かった、と」
「デタラメだ」
サキの声に初代は余裕を返す。
「デタラメを、この極地で言うかな? 大体、戦局的には一応不利なんだ。戦いを長引かせておいしい事なんてないよ」
押し黙る一同の中、一人だけ声を発していた。
「教えろ」
自分だけだ。ダイゴだけが、初代へと質問を投げた。
「誰が、お前を殺した?」
きっとそれが、自分の記憶の鍵に繋がるはずだ。ダイゴの目論見を感じ取ったのか、「君ならば余計に知りたいだろうね」と初代が返す。
「いいだろう。ぼくを殺した人間の名前を言おう。その前に、ぼくを殺して、何を得たかったのか、それをハッキリさせようかな」
「地位でも、名誉でもない。初代、お前が目指していたのはメガシンカの完全制御」
サキの言葉に初代は肩を竦める。
「半分正解、だね。確かにメガシンカの完全制御はぼくの望んだところだった。しかし、結局のところ根本を間違えていた、いや履き違えていたんだな。ぼくは何を参考にメガシンカを成そうとしたのか。参考資料が何だったのかを知れば、自ずと答えが出てくる」
時間稼ぎか、とダイゴが構えを取っているとサキがハッとする。
「……そうか、プラターヌ博士の矛盾する論文」
「その通り。彼の論文こそがぼくの手に入れたメガシンカのルーツだった。だから、実際のメガシンカと異なっていても何ら不思議ではない」
「何を、言っているんだ……」
戦意を失ったリョウが声にする。サキは髪をかき上げて言い捨てた。
「初代が参考にしたプラターヌ博士の論文は穴だらけだった。実地研究の伴っていない、言うなれば机上の空論だった」
「実際に彼がメガシンカを観測した、というよりかは彼によるメガシンカの仮説だった。絆という不確かなものに依拠した間違った論文だった。当然、それを突き詰めても穴があるだけだ。ぼくはそれに死ぬ間際まで気付けなかった。そこを利用された」
利用。つまり誰か……初代を殺した犯人は本当のメガシンカを知っていた、という事だ。
「ぼくの精神エネルギーを根こそぎ吸い取らせ、犯人は数個のメガストーンを生成した。メガストーン自体、そう何個も作れるわけじゃない。製造過程を明らかにすれば、メガストーンはトレーナーとポケモンの過度の同調と精神エネルギーを対価とする、諸刃の剣だった。やられたよ。ぼくは生贄にされたんだ。メガストーンを作るための。だからぼくの血族は、その影響を受けてメガシンカがまともに生成出来ない。あるいはその犯人の持つメガストーンにエネルギーを吸い取られてしまう」
初代がメガストーンを作るための生贄など信じられなかったが、その死んだはずの初代自身が語っているのだ。自分の死の真相を。
「だからって、誰がメガストーン欲しさに殺すって言うんだい? そんなハイリスク、誰も欲しないだろう」
ディズィーの意見はもっともだった。初代は、「理解が早いと助かるね」と声にする。
「そう。だがそこまでしてでも、ぼくを殺し、ディアルガも封印し、王を永遠に亡き者にする必要があった。そのためにぼくの肉体は八つに分けられ、その時に誕生したメガストーンと共鳴状態にある。ぼくの肉体がこの次元にあってこの次元にないのはそのせいだ。肉体の主導権をメガストーン八つに握られている」
信じ難いが、メガストーンを八つ持っていたとして誰だと言うのだ。そこまでして初代から得られるギフトが必要であった人物など。
「組織を興すなら、それくらいの対価は必要かもしれないね。あるいは、国を真に守りたければ、ぼくの支配から脱却し、自ら国防の矢面に立つのには、メガシンカは打ってつけだ」
その言い草に、まさか、とダイゴは息を呑んだ。
全員の視線が一人の人物へと集約されていた。その人物は腕を組んだまま、動じる事もなく全員の視線を受け止めている。
「――そうだろう? 四天王、ゲンジ」