第百三十一話「約束の刻」
『強化外骨格、完成しました』
ヤマキからの一報にフジはすぐさま準備を始める。カツラが、「生憎の雨だが」と外を見やった。
「行くのか?」
「ああ、迎えに行かなければ」
フジは白衣を脱ぎ捨て軽装になる。カプセルの内部環境を操作し、ミュウツーを覚醒モードへと移行した。
「まだ充分な措置が出来ていない。活動時間は三十秒程度だろう」
「充分な数値だ。一回の長距離テレポートと座標打ち込み直しくらいならば強化外骨格が仕事をしてくれるよ。ヤマキ、そっちにミュウツーを送る。強化外骨格の接続作業に移ろう」
『今からですか?』と通信越しのヤマキが驚愕する。
「今しかないよ。あまり時間をかけるとキシベに勘付かれる。なに、ボクもミュウツーと共に向かうさ。何も心配はいらない」
『しかし、フジ博士。ミュウツーは培養液から出すと安定しないのでは』
「だからその問題をクリアするための強化外骨格だろう。がわが出来ていれば何の問題もないよ。カツラ、培養液の抜き取りを頼む」
「はいよ」とカツラが応じ、コンソールに向き直って操作する。見る見る間にミュウツーのカプセルを満たしていた培養液が抜き取られる。ミュウツーそのものは白い身体をしていた。紫色の尻尾がゆらりと揺れている。生きているのだ、とフジは実感を新たにする。
「ミュウツー。その強さ、ボクらに見せてくれ」
フジが覚醒を促すガスをカプセル内に充満させる。するとミュウツーの瞳が僅かに開かれた。直後、青い光がミュウツーに纏いつきカプセルを弾き飛ばさせる。
「完成したぞ! ミュウツーが!」
カツラの声にフジが、「ああ」と応じミュウツーへと歩み寄る。
「ボクらの言葉が分かるはずだ。どうかな?」
(何のために私をこの檻から出そうと思った? 培養液に満たしていれば、私の活動を何十年と制約する事が可能だろうに)
「そこまで分かっていれば問題ないよ」
テレパシーで会話してくるミュウツーにもフジは動じる気配はない。ミュウツーは手に視線を落とした。三つの丸い指を有する手がどろりと溶け出す。
(この環境下では私の身体はそう持たないのだな)
「そうだね。ざっと見積もって三十秒だ。ボクと話している時間すら惜しいはずだよ」
(お前らのデータにあった強化外骨格。それが私を外で活動させるために必要なものか)
その言葉にフジは指を鳴らす。
「ご明察。賢いね、ボクのミュウツーは」
(お前を長距離テレポートさせればいいのだろう。座標を教えろ)
フジはポケギアを掲げ座標をミュウツーに教え込む。
「このグレンタウンの地下だ。行けるか?」
(行かねば私は死ぬだけだ。下らない問答は嫌いだな)
ミュウツーが立ち上がる。青い光がフジを押し包んだ。
「じゃあね、カツラ。留守を頼む」
ひらひらと手を振って見せるフジへとカツラは、「全くお前という奴は」と笑う。
「オーキド・ユキナリによろしくな」
答える前にテレポートでグレンタウン地下にある研究施設へと身体が運び込まれた。作業班が慌ててミュウツーを中央へと移送し、「対象よーし!」と声を張り上げた。
「強化外骨格、装着します」
灰色の強化外骨格がミュウツーの身体に装着される。重々しいフォルムの外骨格を身に纏い、最後にバイザー付きのヘルメットが被らされた。ミュウツーのために造らせたワンオフの外骨格だ。
「これで君は培養液にいた時と同じ状況下に置かれた事になる。もっとも、外骨格は制約として、君の能力を縛るものにもなるだろう」
(これを着せてどうしようと言うのだ)
「――破壊と略奪。強い者が勝つ、って言いたいところだけれど、今回の任務はそれじゃない。ボクと共にある人物の下へと向かって欲しい」
(誰だ?)
「オーキド・ユキナリ君の下へと。さぁ、約束の時だ」