第九十七話「インベーダーインベーダー」
「タマムシシティ。カントーではヤマブキに次ぐ第二の都市部、とは聞いていたけれど」
ナツキはポケギアの地図機能にあるガイドを読み上げながら周囲を見渡す。タマムシシティには白亜の百貨店があり、緑色で統一された街並みは広く、ヤマブキシティに匹敵した。入ってすぐのところにポケモンセンターがあり、そこで一度回復を済ませてから、ユキナリはタマムシという街を改めて見やる。
「ゲームコーナー、ってあるんだ。娯楽施設ね」
ナツキの視線の先にあったのはネオンライトで彩られた施設だった。ユキナリは歩み寄って、「ゲームコーナー、って事は」と向き直る。
「遊べるって事なのかな」
「ユキナリ。遊びに来たわけじゃ」
「分かっているけれど、ちょっと気になるじゃないか」
ナツキのいさめる声を聞きながらユキナリはゲームコーナーへと入った。スロットの筐体が並んでおり、ジャラジャラとコインの吐き出される音や、軽快な音楽が場を満たしている。
「すごいね!」と一番目を輝かせたのはキクコだ。ユキナリは周囲を見渡しながら、「確か、テレビでやってたんだよなぁ」と呟く。
「何がよ?」
「いや、多分ナツキは興味ないよ」
その言葉にナツキは腕を組んで憤慨する。
「何よ、その言い草」
「だって……」
するとユキナリの目に目的のものが映った。
「あった! あれだよ、あれ」
駆け寄ってユキナリはその筐体を眺め回す。筐体の上部には水色のドットで描画された敵の姿があり、下部には三つの壁とそれに隠れて動き回る自機があった。一目でそれがテレビで紹介されていたものだとユキナリは判ずる。
「それ、何?」
ナツキが怪訝そうに口にするとユキナリは、「インベーダーゲームだよ!」と興奮気味に答えた。
「イン、何だって?」
「インベーダーゲーム。都市部で流行っているって聞いたからもしかしたらと思っていたけれど、やっぱりあったとは」
感極まったユキナリをナツキは遠巻きにするような目で、「へぇ……」と答える。
「面白いの?」
「ナツキはテレビも観ないの? これが爆発的に若者の間で大ヒットしているって言うのに」
ユキナリの言い分にナツキはかちんと来たのだろう。「テレビくらい観るわよ」と抗弁を発した。
「いやー、これずっとやりたかったんだ。あ、でも……」
ユキナリの声が先細りになる。ナツキが筐体を窺うと、「一回につきゲームコイン二枚」と書かれている。
「ゲームコインって、やっぱりポイントじゃまかなえないよね」
ユキナリの発言に、「馬鹿」とナツキが耳を引っ張った。
「痛い、痛いって! 何するのさ」
「何のために苦労してポイント集めていると思っているのよ。一回こっきりのゲームのために集めているわけじゃない事くらい分かるでしょう?」
「そりゃ、そうだけれど……」
ユキナリは筐体を眺める。諦め切れなかった。
「呆れたわ。ゲームくらい、王になればいくらでも出来るでしょう」
「王になれば出来るって言う発想が分からないよ。もしかしたら二度と庶民のものは触らせてもらえないかもしれないし」
「だからって今生のお願いみたいに言うのはやめる事ね。こんなの、ポイントを犠牲にしてまでやる人なんか――」
「あの」
キクコが声をかける。振り向くとコインケースとゲーム用コインを三十枚ほど仕入れていた。
「ポイントと交換してもらえるみたいで。一人五回ずつぐらいやろうよ」
「キクコ、あんた、ポイント使ったの?」
凄味を利かせるナツキにキクコは戸惑ったように、「うん。どうかした?」と小首を傾げていた。ナツキは怒る気力すらなくなったのか、額に手をやって首を振る。
「ナツキもやればどう? はまるかもよ」
「馬鹿にしないで。あたしがゲーム程度に一喜一憂するわけが」
「左右移動はスティックで操作するのよね。で、赤いボタンを押して攻撃、と」
先ほどの言葉はどこへ行ったのやら、いざコインを手に取るとナツキは筐体の椅子に座り、ゲーム画面を凝視した。ユキナリの説明にナツキは一心に耳を傾けている。
「そう。タコとイカとカニでポイントが違って、それぞれ固有のポイントがある。で、一列十一体。全部で五十五体いるからそれを全滅させれば勝ち。相手からの攻撃を一度でも受けるとこっちの負け」
ユキナリの説明にナツキは鼻を鳴らす。
「何だ、ポケモンバトルなんかよりずっと簡単じゃない。言ってしまえば一撃も受けなけりゃいいんでしょ」
「そりゃそうだけれど、このゲームのすごいところは相手がこっちの動きをある程度読んで攻撃してくるんだ。だから、たとえ壁、トーチカに隠れていたとしても相手の攻撃で徐々にすり減らされたらお終いだし」
「簡単な話じゃない。五十五体を全滅させるだけなんて。相手が逃げ回るわけでもなし」
「まぁ、そうなんだけれど……」
「やってやるわ」とナツキは自身満々だ。早速ゲームコインを投入すると、ナツキはスティックを動かし、むやみやたらと攻撃しようとする。その攻撃はことごとくインベーダー同士の隙間をすり抜けて行った。
「ああ、落ち着いて狙わなきゃ当たらないよ」
「うるさいわね。こっちの弾数に制限はないんでしょう?」
どうやらナツキは下手な鉄砲数うちゃ当たるの精神らしい。赤いボタンをみだりに押し込んで明らかに浪費している。するとトーチカに隠れる間もなく、相手が撃ってきた一撃で自機は落とされた。
「あー!」とナツキが声を上げる。ユキナリは周囲の視線を気にした。
「ナツキ! 声がでかいよ」
ユキナリの声を皆まで聞かずナツキはキクコへと手を伸ばす。
「次!」と再びコインを入れるが今度も一撃目で落とされてしまった。ナツキは急いたようにコインを次々と投入するが五回目に至ってもインベーダーを一体も倒せずに終了してしまう。
「そんな……、あたしの攻撃が当たらないなんて」
「気が急き過ぎなんだよ。もっと落ち着いて狙いを澄ませて――」
「何よ、このゲーム! 壊れているんじゃないの!」
ナツキが筐体を蹴りつけようとするのを必死で押し止めながら、「次は僕だよね?」とキクコへと目配せする。
「ユキナリなんて、一発目でやられればいいのよ」
八つ当たり以外の何者でもない発言にユキナリはため息をついて、「いいかい?」とスティックを握った。
「脇をしめて、相手の攻撃をきちんと見るんだ。赤いボタンは狙った時にしか使わない。撃つのは、確実に当たると感じた時だけだ!」
ユキナリの凄味を利かせた声にナツキはうろたえた様子だった。
「そ、それほどまでに入れ込んでいるという事は、まさか……!」
スティックを動かし、左右移動しながらインベーダーへと一射する。狙い通り、手前のインベーダーを三体倒した。
「やった!」
「これが、僕の実力!」
しかしスティックを戻そうとした瞬間、端から狙ってきたインベーダーの一撃を回避出来ず、ユキナリは撃墜されてしまった。
「ま、まだ一回目だし!」
紅潮した顔を見せないようにしながらコインを手に二回目に挑む。しかし、一列目のインベーダーは倒せるもののそれ以上には進めなかった。結局、五回のチャンスを全て無駄にしてしまった。
「何それ。『これが、僕の実力!』? ちょっとユキナリ、笑わせるのやめてよね」
ユキナリは顔を伏せて羞恥の念に耐えるしかない。キクコが、「よいしょ」と座り込んだ。
「無理無理。キクコちゃんみたいなおっとりした子がこういう反射神経を要するゲームなんて出来るわけないじゃない」
ナツキの口調には自分が出来なかった事へのひがみもあるのだろうが、それに関しては同感だ。キクコには向いていないように思えた。
「えっと、スティックで左右を移動で、赤いボタンを押して撃てばいいんだよね?」
確認している間にもゲームは開始されている。ユキナリが、「前! 前!」と指摘すると、キクコは華麗なスティック捌きで攻撃を回避し様に撃ち込んだ。その射撃は正確無比に手前の三体を撃破する。
ユキナリとナツキは呆気に取られていた。キクコはあまり余計な動きは見せない。相手が撃って来ればそれに呼応して撃ち返す。しかもその一撃は正確で一撃ごとに必ず相手の戦力を大きく削った。上部を浮遊するボーナスポイントのUFOもきちんと撃破し、瞬く間にキクコは第二面へと進んでいた。
「ま、まぐれよね? ほら、ビギナーズラックって奴で」
うろたえたナツキにユキナリは同調する。
「だ、だよね。僕らが全然駄目だったゲームを、キクコが出来るなんて」
しかし、その言葉はすぐさま裏切られた。第二面をキクコは問題なくクリアし、第三面、第四面へと進んだのである。これまでコンティニューはしておらず、たった二枚のコインで、であった。
「おい、あの子すげぇぞ」、「インベーダーゲームの五面目に突入だ」、「素人の動きじゃねぇな」と徐々に人が集まってきていた。
どうやら五面六面は珍しいらしく、いつの間にか背後には人垣が出来ている。キクコは素早くなってくる敵の攻撃を掻い潜り、流星のように攻撃を掃射する。それだけで一列目の敵は軒並み撃破され、手早いスティック捌きによって相手の攻撃は自機を掠めもしない。
「おい、第七面ってこのゲームコーナー初じゃないか?」
誰かの声でキクコがその域まで達している事に気づいた。ユキナリとナツキは最早見守る事しか出来ない。
「高みへ行っちゃったわね……」
「うん。僕達とは別次元だ……」
そのような会話を交わしていると、「おい! こっちの女の子もすげぇぞ!」と声が上がった。目を向けると別の筐体でインベーダーゲームを黙々と進める少女の姿があった。茶髪をボブカットにしており緑色のケープを身に纏っていた。野生児、とも言えるその風貌にキクコからそちらへと注目を移す人々がいる。
「こっちは八面だ!」、「最終面か?」
なんと少女のほうは八面、つまりキクコよりも上の面に突入しているらしい。少女がこちらを振り向き、にやりと口元を緩めた。
「負けるな、お嬢ちゃん!」、「俺はこっちの灰色の髪のお嬢ちゃんを応援するぞ!」といつの間にか応援団が出来てしまっている。対して、「こっちの茶髪のお嬢ちゃんすげぇ! その撃ち方は見た事ねぇぞ!」と話題になっていた。
少女は、「名古屋撃ちって言うんだよ」と得意気に鼻を持ち上げる。
「すげぇ! 流麗だ!」と喧騒が上がる。ユキナリとナツキは改めて取り残された感を味わいつつもキクコの勝利を願った。
「頑張れ! キクコちゃん」
「負けるな、キクコ!」
キクコは聞こえているのかいないのか、的確にインベーダーを減らしている。向こう側の少女も負けず劣らずで「名古屋撃ち」と呼ばれる撃ち方を駆使してインベーダーを減らしているらしい。
キクコはインベーダーの侵攻を許す前に撃墜しているが、少女の取っている戦法はわざと引きつけてから一挙に撃墜する方法のようだ。だがキクコは戦法を曲げなかった。少しずつではあるがきちんと敵機を撃墜する方法でキクコはついに八面をクリアする。
「こっちも九面に突入だ」、「同時だと!」
どうやら少女のほうも九面に行ったらしい。キクコはスティックを見た事のないような指の動きで弾いて巧みに動かし、インベーダーを排除する。対して少女のほうは新たなるテクニックを披露したらしい。観衆がざわめいた。
「い、今の画面の中に敵の一部が残る、残像のような撃ち方は……」
「レインボーだよ。あたしが編み出したの」
少女は指の腹ではなく第二関節で発射ボタンを押している。そのためか間隔が短かった。
「このままじゃ……!」
「うん、追い抜かれる!」
キクコはしかし焦る事はない。的確にインベーダーを撃ち落としていく。こちらの壁はほとんどないも同然だったが、壁があろうがなかろうがキクコにはお構いなしのようで敵を迷いのない速度で撃墜する。
「じ、十面か……!」、「いや、二面に戻ってきたぞ!」
どうやら誰も到達していない領域に達したらしい。少女とキクコは同じ調子でインベーダーを倒していくが少女の動きが少しだけ鈍った。腹を抱えている。腹痛だろうか、その顔が苦悶に歪んだ。するとインベーダーの一体が攻撃を発したのか、ゲームオーバーの音が流れる。対してキクコは全く動じない。まさしく訓練された機械の動きで、俊敏に相手を倒していく。
少女はゆらり、と立ち上がると、「まだコンティニューが」と言う大人達を取り残し、ユキナリ達のほうへと歩み寄った。
「な、何? いちゃもんつけようっての?」
ナツキが身構えていると少女は不意に膝を落とした。ナツキがその身体を抱える。キクコもようやく気づいたのか、振り向いている間にインベーダーに撃墜された。ゲームオーバーの音が響く中、少女がかすれた声を漏らす。
「お、お腹すいた……」
大きな腹の虫が鳴き、ユキナリとナツキは目線を交し合った。