第百五話「ファイヤクラッカー」
「アデク、確か、イッシュの優勝候補でしたね」
エリカの声にもアデクは動じない。「知ってもらえて光栄じゃ」といつもの調子で答える。ユキナリはアデクが目の前にいるという光景が信じられなかった。
「アデクさん、何で」
「医者の制止を振り切って追いついてきた。お前さんら雁首揃えてヤマブキで一悶着起こしたみたいやろう? この場所を特定するのは難しくなかったわい」
突然の闖入者にナタネが、「どうしますか?」と目線で問いかける。エリカは、「わたくしに任せなさい」と歩み出た。
「失礼ながら、アデク様。あなたにはこの戦いに介入する権利がないはずですが」
「どうしてじゃ。あるに決まっておろう」
「何故」
「オレが、挑戦者やからな」
その言葉にエリカでさえも瞠目した。だが挑戦者ならば無下には出来ないと感じ取ったのか、「その言い分は卑怯ですね」と唇を尖らせた。
「では言い方を改めさせてもらう。麗しきジムリーダー殿。オレに挑戦させてくれんか?」
「あまり改まった感じでもないですが、まぁ、いいでしょう」
エリカの言葉に、「マスター、いいんですか?」とナタネが口を差し挟む。
「ジムトレーナーのあたしを相手にしないで」
「構いません。どちらにせよ、わたくしのモジャンボへのダメージは今のところほぼゼロ。改めて挑戦を請け負う事に、何の負い目もありませんわ」
そうなのだ、とユキナリは歯噛みする。モジャンボに一矢報いる事すら出来なかった。アデクは前に出て、「オノンド、進化したんか」とオノノクスを見やった。
「いい姿じゃ。だがな、あまりやり過ぎるな。ポケモンとて道具じゃない。いつまでも動けると思っているとしっぺ返しを食らうぞ」
まさしく自分には耳の痛い話だった。ユキナリはGSボールをオノノクスへと向ける。
「戻れ」と命じるとオノノクスは赤い粒子となって戻った。
「さて、オレだが、本当に相手していいのかのう。さっきは遮るみたいな真似してしまったが」
アデクは何をしたのだろう。それは観覧していたナツキ達にしか分からない。
「どのような挑戦者であれ、迎え撃つのがジムリーダーです。何の問題もありません」
「そうかのう。じゃあ、遠慮なく!」
アデクが手に持っていたものにユキナリは思わず声を上げる。それは新型モンスターボールだったからだ。赤と白のカラーリングが施されたそれをアデクは投擲する。
「いけ、ウルガモス!」
出現したのは三対の赤い翅を持つ巨大なポケモンだった。赤い燐光を撒き散らし、火炎を白い体毛から噴き上がらせながらそのポケモンは宙を舞う。一対の赤い角の間に挟まれた頭部には無機質な水色の眼があった。戦場を舞う戦艦のような威容にユキナリは唾を飲み下す。
「……メラルバじゃ、ない」
「進化したんや。オレも負けていられんからな」
全身から篝火を撒き散らすポケモンはメラルバの正当進化形態だと思えた。ウルガモスと呼ばれたポケモンが鋭く声を出す。それだけで庭園の草木が発火した。ナタネが、「庭が……!」と声を出す。
「炎・虫タイプですね」
見破ったエリカの声に、「さすがはジムリーダー、と言っておこうか」とアデクは腕を組んで佇んだ。
「だが、こいつはメラルバの時とは一味違うぞ」
「草タイプに対して、有効打となるタイプを二つも保有している。強敵、と見るべきでしょうね」
エリカは落ち着き払っている。その余裕が今は不思議だった。
「行くぞ、ウルガモス」
ウルガモスは呼応して鳴き、翅を震わせて全身から赤い燐光を迸らせた。
「蝶の舞!」
驚くべき事にアデクが最初に指示したのは攻撃技ではない。いけない、とユキナリは口を挟もうとした。相手のモジャンボはそうでなくとも素早いのだ。
「モジャンボは最初から攻撃に徹します。パワーウィップ!」
モジャンボがツタの腕を回り込ませる。しかし、ウルガモスはろくに動く気配もない。進化した事で鈍重になったのではないのか。モジャンボのツタの腕が迫りユキナリが、「避けて!」と叫ぶ。
すると、どうした事だろう。モジャンボの腕は何もない空間を突き抜けた。思わず、「えっ……」と声が漏れたほどだ。空を切ったモジャンボでさえ何が起こったのか理解出来ていない様子だった。そのトレーナーであるエリカは即座に声を飛ばす。
「モジャンボ、後方です! 跳躍して回避」
「大文字!」
いつの間に後方に回っていたのか、ウルガモスが全身から炎を迸らせ、炎の文字を構築する。ちょうど「大」の文字に固まった炎が噴き出され、モジャンボは転がるように回避した。しかし、草を焼き切り、モジャンボへと延焼する炎までは止められない。モジャンボの身体の一端が燃えていた。それに気づいたモジャンボはツタを切り落とし、それを止める。アデクが舌打ちした。
「当たると思ったんだが」
ユキナリはそれよりもウルガモスのその体躯に似合わない速度が疑問だった。どうして葉緑素の特性で素早さを上げたモジャンボの攻撃を回避出来たのだろう。
「蝶の舞、ですね」
その答えを言うかのようにエリカが口走った。アデクは顎をさすって、「ばれたか」と言った。
「効力は推し量るしか出来ませんが、恐らくは能力変化。素早さを底上げし、モジャンボの攻撃を回避した。そのウルガモスと言うポケモンも、思ったほど重くはないようですね。巨体ですが、動きには優れていると見えます」
エリカの言葉にアデクは賞賛の拍手を送った。
「いやはや、そこまで見抜かれていると清々しいな。それと同時に、やはりジムリーダーなのだと痛感するわい」
「わたくしとて勝つために戦闘を行っているのです。この程度、お褒めに預かるまでもないですわ」
「じゃのう。お互い、誉めそやしても仕方がないし、こいつは一つ」
アデクは指を立てて口にした。
「どっちが三分後に立っているのかで勝負をつけようや」
「望むところ!」
エリカが手を振り払う。モジャンボが弾かれたように動き出し、両手を小脇に構えた。「ソーラービーム」を両手、つまり二発同時に撃つつもりだ。いや、エリカの戦術ならばもしかしたらずらして撃つかもしれない。どちらにせよ、二発分の高密度エネルギーが充填されている。
アデクはどう動くのか、とユキナリが固唾を呑んで見守っていると、「オレはのう」とアデクは口を開く。
「あんまり小難しい事が嫌いな性質でな。虫は草に強い、炎は草に強いと分かっていれば、それで充分!」
白い体毛が一瞬にして赤に染まる。ウルガモスが全身の身体を震わせ、燐光を揺らめかせているのだ。炎で二重像を結んだように映るウルガモスは巨大な蜃気楼だった。
「オーバーヒート!」
赤く染まったウルガモスから炎が噴き出される。巨大な炎はうねりを伴ってモジャンボへと突き刺さろうとした。しかし、モジャンボは即座にツタの手を向ける。
「ソーラービームを一射」
エリカの声にモジャンボの掌で溜められていた「ソーラービーム」が放たれる。蛇のようにのたうつ炎の勢いを削ぎ、その間にモジャンボはウルガモスの間合いへと入ろうとする。
「至近で撃つつもりか」
ユキナリはそう感じたがモジャンボは腕を振り回し、ツタの合間から紫色の微少な粉を噴き出させていた。
「あれは?」
「毒の粉よ。相性上で不利だから、ウルガモスを毒で追い詰めるつもりなんだわ」
ナツキの声にウルガモスの至近距離まで近づいたのはそのためか、とユキナリは理解する。エリカのモジャンボはそれだけではない。「パワーウィップ」もお見舞いしようと言うのだろう。大きく後ろに引かれた腕が振るい落とされる。
だが、ウルガモスを突き飛ばしたかに見えたツタの腕は空振りした。ウルガモスの姿がまさしく蜃気楼のように溶けて消えたのである。赤い残像を居残してウルガモスは視界の隅を浮遊している。モジャンボは外したと見るや否や、中空で股の合間から手を伸ばし、後方へと「ソーラービーム」を放った。全くの予想外の動きにユキナリが戸惑っているとアデクは薄く微笑んだ。
「中ててきたか」
その言葉通り、どこから現れたのかウルガモスの体表が焼けていた。エリカが口を開く。
「炎のフィールドを作り、蜃気楼を発生させ、回避し易くする。さらに炎のフィールドではわたくしのモジャンボの動きも制限され、手数が圧倒的に減らされる。ですがそれは同時に、あなたのウルガモスの出現位置、狙っている位置関係を教えているようなものです」
「上手く立ち回ったつもりなんだがな」とアデクは首をひねった。今の一瞬だけで実力者同士の拮抗が窺えた。エリカが手を開き、「ウルガモスを墜とす事に、わたくしは何の躊躇いもない」とモジャンボへと命じる。
「モジャンボ、ちくちくと攻撃していけば相性上は不利でも倒せる可能性はある」
「だから言うとるだろう。そういうのは性に合わんのだと」
ウルガモスが再び、火炎を纏ってゆらりと消える。モジャンボは狼狽せずにツタの両腕を構えた。脇をしめてファイティングポーズを取ったモジャンボはどこからの攻撃でも対応しそうだった。
「一撃を狙っているのでしょうが、モジャンボはそれほど甘くはありません。どこから攻撃してこようと、その射程ならばモジャンボにも勝機はある」
モジャンボが掌を開く。半透明になったツタから光が放射され、手の内側へと光の球体を凝縮させた。またしても「パワーウィップ」から「ソーラービーム」への連携だ。ウルガモスが立ち現れればモジャンボは確実にその射程へとその身を晒すだろう。ユキナリが息を詰めているとウルガモスがモジャンボの後方へと出現した。モジャンボがそれを察知し、身体を跳ね上げさせる。
「パワーウィップ!」
モジャンボがウルガモスを断ち割ろうと腕を振るい上げた。しかし、その身に至ったかに思われた瞬間、ウルガモスの姿が掻き消える。だが本懐は「パワーウィップ」による一撃ではない。即座に反転したモジャンボは背後へと手を開いた。放たれた光線が射る速度を伴ってウルガモスへと突き刺さる。
「背後を取るしか能がないのですね」
エリカの皮肉にアデクは、「そうかのう」と声を発した。
「背後を取るしか能がないのは、どっちだか」
「何ですって」
エリカが驚愕したのは「ソーラービーム」が命中したはずのウルガモスの像が消滅しようとしているからだ。光が拡散し、ウルガモスの姿を歪ませる。
「これもまた、残像……」
では本体は、とエリカが首を巡らせる。アデクは、「遅い!」と声を発した。その時になってエリカがちりちりと肌を焼くのが陽光ではない事に気づいたようだ。
ウルガモスがいたのは頭上だった。ちょうど天窓を遮るようにウルガモスが展開している。普通ならば気づくところだろう。だが、ウルガモスそのものが発する熱気が、陽射しの強い状態と同等のためにモジャンボとエリカに誤認させた。
「上を取った! オーバーヒート!」
ウルガモスから炎熱の幕が放射される。庭園を押し包んだ攻撃をモジャンボは避ける術がない。火炎がモジャンボの表皮を焼き、ツタが燃え広がる。のたうつ炎熱地獄の中、「これまで」と声を発したのはエリカのほうだった。
アデクも心得たように手を振るい落とす。
「ウルガモス。それまでじゃ」
ウルガモスの体内へと炎が吸収されていく。モジャンボはほとんど黒焦げの状態だったがエリカがボールに戻した。
「お見事でした。挑戦者、アデク様」
モジャンボが戻されてからアデクもウルガモスを戻す。
「なに、実力じゃわい」
ウルガモスが赤い粒子になって戻り、ユキナリはようやく試合結果を実感する。
「勝ったのか……」
「あなたにこれを授けなくっては」
エリカが歩み寄り、虹色に輝くバッジを手渡した。
「レインボーバッジ。タマムシジム攻略の証です」
アデクはレインボーバッジを手にし、ポケギアを翳す。どうやらポイント計算をしているようだ。
「それと勝者にはポイントを」
アデクが勝利分のポイントを受け取る。「しかし……」と彼は鬣のような頭を掻いた。
「庭を無茶苦茶にしてしまった。その事に関しては謝るしかないのう」
アデクの言葉にエリカは微笑む。
「いえ、草木はいずれ芽吹きます。どれだけ炎に晒されても、逆境の中でもそれは同じ。花は咲くべき時を知っているのです」
エリカの言葉にアデクは、「賠償金を請求されるかと思ってヒヤヒヤしたわい」と苦笑する。エリカも口元に手を当てて笑った。ユキナリはエリカへと歩み寄り、「あの」と声をかける。エリカが小首を傾げていると、「ポイントを渡さなくっては」とユキナリはポケギアを突き出した。
「あら。でも、アデク様が割って入ったので敗北ではないですが」
「いいえ、僕は負けました。一応、けじめはつけないと」
ユキナリの言葉にエリカは、「いいでしょう」とポケギアを突き出した。ユキナリは結果的にポイントを奪われる事になったがこれでいいのだ。自分に嘘をつきたくはない。
「オレが介入した意味がなかろうが」
「いいんです。僕とエリカさんの戦いはもう決していましたし」
アデクは、「そうか?」と唇を尖らせる。ナツキもナタネへと駆け寄って、「あたしも」とポケギアを突き出した。
「負けちゃったし」
「でも、ユキナリ君があたしには勝ったから、おあいこじゃない?」
「じゃああたしがナタネさんにポイントを払って、ナタネさんはユキナリに払う事になるのね」
その言葉にナタネは後頭部を掻いた。
「何だかややこしいな。でも、ま、いいよ。ポイントをもらって、その分をユキナリ君に渡せばいいんだよね?」
了承したナタネがナツキからポイントを受け取り、そのままユキナリへと手渡す。ユキナリは自身の総ポイント数を確認する。45000ポイントだった。
「これでそれなりにポイントは稼げたかな」
「あたしだってポイント数では負けてないわよ」
ナツキのポイントを見やるとちょうど同程度だった。どうやら自分だけ突出しているわけでもないらしい。
「さて、これでわたくしはジムリーダーの職を辞し、改めて新人トレーナーとして出発出来るわけですね」
エリカの声にユキナリは件のジムリーダー殺しを打ち明けようかと思った。しかし、今はナツキの目がある。アデクでさえも知らない事だろう。カスミから聞かされた事を今さら告げればまたややこしくなる。
「あの、気をつけて」と言うのが精一杯だった。
「ええ」とエリカは微笑んだ。ナタネが、「あの、マスター」と控えめな声を出す。
「マスターはよしなさい。それで、何ですか?」
「あたしもジムトレーナーじゃなくなるって事なの?」
そうだ。ジムトレーナーにも危害が及ぶ可能性がある。エリカだけではなくナタネの身も危ういのだ。ユキナリはやはり言うべきだと決心しようとしたがその前にエリカが口を開いた。
「そうですね。ナタネ、わたくしから学ぶべき事はもうありません。教えられる事は全部教えました」
「でも、あたし、マスターともっと一緒にいたいよ!」
ナタネは目の端に涙を溜めて訴える。エリカはナタネの頭をそっとさすってやりながら、「何も心配は要りませんよ」と口にする。
「あなたならば立派なトレーナーとして戦えます」
「でも、マスターがいないと不安で」
「そうですね。わたくしも、今のままのあなたじゃちょっと不安ではありますが」
エリカがユキナリへと目を向ける。その意味が分からずに小首を傾げていると、「お願いがあります」とエリカが出し抜けに声にした。
「ナタネと、旅をしてやってくれませんか?」
耳を疑ったのはユキナリだけではないらしくナツキも、「えっ」と声を出していた。エリカはナタネの肩を抱きながら、「この子はとても傷つき易いのです」と告げる。
「もしかしたら一人のトレーナーとしての再起には時間がかかるかもしれない。でもあなた方と一緒ならば、ナタネは真の力を発揮出来るでしょう」
「でも、エリカさんが一緒じゃなくってもいいんですか?」
「わたくしはジムリーダー。手続きでしばらくはタマムシシティから離れられないでしょうし、場合によってはこの街に束縛される可能性があります。ですが、ナタネはそうではありません。わたくしはナタネのために、あなた方と一緒にいてやって欲しいのです」
ナタネは潤んだ瞳でユキナリを見やる。「旅の邪魔にならなければ、ですが」とエリカは口にしたがユキナリは、「いえ」と手を振った。
「邪魔になんか」と言おうとするユキナリの手をナツキが引っ張る。
「ちょっと! ユキナリ」
ナツキの声にユキナリは、「何?」と顔をつき合せる。ナツキは、「いい? あたし達は今でも大所帯なのよ」と潜めた声で告げた。
「大所帯って。たった三人じゃないか」
「あんたの事だから、またアデクさんと旅をしたがるでしょう」
痛いところをつかれてユキナリは口ごもった。ナツキはため息を漏らし、「そうなるとナタネさんを加えれば五人。多過ぎるほどよ」と事態を客観視する。ユキナリが返答に困っていると、「オレは迷惑をかけんぞ?」とアデクが覗き込んできた。ユキナリとナツキは同時に、「うわっ!」と後ずさる。
「そんなにケチケチせんでもよかろう。旅と言ったって、全員の目的が一緒ってわけでもないんやし。もしもの時に助けが出来てよかろう」
「アデクさんは、そりゃ、強いですから言えますけれど、あたし達はそんなに」
「余裕がないってか? でも、お前さんら全員、シルフビルの一件でちょっとした有名人。手数は多いに越した事はないと思うぞ?」
アデクはシルフビルで巻き起こった事を知っているかのようだった。ユキナリとヤナギの因縁を。シルフビルを中心として交錯した人々の思いを。
「……ですね。断るのも悪い」
「ユキナリ?」とナツキが顔を向けるとユキナリは、「大丈夫」と答えた。
「ナタネさんの実力なら、僕らがむしろ足を引っ張るみたいなものだし。それにここから先、仲間は多いほうがいい」
ユキナリはナタネの下へと歩み寄り、「僕らでよければ」と手を差し出した。ナタネは逡巡の間を浮かべてエリカを見やる。エリカは一つ頷いた。
「よろしく」とナタネが手を握る。どこか不安げなのはやはりエリカと離れるのは宿命付けられているからか。
「僕らのほうが弱いから足を引っ張るかもだけれど」
ユキナリの謙遜に、「そんな事ないよ」とナタネは首を振った。
「あたしだって慢心していた。ユキナリ君達と一緒に旅をして、成長出来るならしたい」
「決まりじゃの」とアデクがユキナリとナタネの肩に手を置く。ナタネはアデクの巨体に少しばかり怯えた目を向けている。
「でも、ナタネさん、今何ポイントなんです?」
ユキナリが尋ねると、「ああうん」とナタネはポケギアを翳した。すると、50000ポイントの大台が弾き出された。先ほど突出したわけではないと感じたが、どうやら新たなる仲間は実力者である事は確定のようだ。
「ジムで戦った分と、タマムシシティジムトレーナーを命じられた時にある固定ポイントかな。まぁ、あたしにはさほど実戦経験はないよ」
それが謙遜である事をユキナリは理解していた。先ほどの戦いぶりから相当に熟練者である事は窺える。
「でもナタネさんの草タイプはある意味では戦力ですよ。僕ら、草タイプに関する事は全くの無知なので」
その言葉にナタネが顔を明るくさせて、「草に関する事なら、あたしが教えてあげられるよ」と言ってきた。ユキナリは、「お願い出来ますか?」と尋ねる。ナタネは胸を叩いて、「任せなさい」とウインクする。どうやら少しは気が紛れた様子だった。
「じゃあ、あたしの事も教えてあげるよ。宿屋に戻ろう」
ナタネの勧めでユキナリはジムを後にしようとする。ナツキはなにやら不服そうだったが、何も言わなかった。キクコはどうしてだが先ほどから声を発しない。何か懸念事項でもあるのだろうか。
「マスター!」
ナタネが振り返り、エリカへと頭を下げる。
「あたし、マスターのお陰で今まで戦えて来たんだと思います! だから、マスターはあたしの誇りなんです。これまでも、これからも!」
別れの言葉なのだろう。エリカは手を振って、「頑張っていらっしゃい」と声をかける。
「どうか、元気で」
エリカの言葉にユキナリも自然と頭を下げていた。オノノクスでもどうにもならない相手がいる。まだまだ世界は広いのだ。それを実感させられた。
ナタネは名残惜しそうにエリカを見つめてから、目元を擦った。涙は見せまいとしているのだろう。もう既に巣立つ雛鳥の姿を見せたナタネをエリカはどのような心境で見送っているのか。不意に自分の両親の事が思い出され、ユキナリも、このような心境で見送られたのか、と懐かしさがこみ上げてきた。つい一週間ほど前のつもりなのに、もう随分と経つような気がする。
「行こう、ユキナリ君! あたし達みんなで旅するんだから!」
ナタネはもう旅立つ躍動が身を焦がしている様子であった。ユキナリは微笑んで、「ええ」と頷く。
ジムを出るとナタネは駆け足になっていた。きっと、振り切る意味もあったのだろう。マスターとまで呼び慕っていたのだ。本当の家族以上の繋がりがあったのだと窺える。
「家族、か」
ユキナリは静かに呟いた。この戦いの旅が終われば帰れる場所があるのだろう。自分の経験も含めたその時が訪れる予感に胸が震えた。