第八十四話「ガンテツという楔」
「ここまでやるとは思わなかったよ、十代目」
シリュウの声には余裕が満ちている。対して、こちらの戦力では心許なかった。いくら「トリックルーム」で時間を反転させているとはいえ制限がある。ヤドンでは勝てない。ガンテツは痛いほど思い知った。自らの至らなさを。
「いいのかな。私を相手取るよりも相方を助けに行かなくて」
「オーキドは、あれで俺なんかよりも数倍強いんでな。命の心配はしとらんが、この揺れはちとヤバイ。ええんか? 俺とお前、このままじゃ生き埋めやぞ」
ガンテツの言葉に、「そんな事を心配しているから」とシリュウは口にした。
「二流の一門なのだよ。いいか? 本当に一流を目指すのならば場所などにこだわっているようなプライドは邪魔なのだ」
「場所を穢したお前が、偉そうに言うな!」
ヤドンが尻尾を振るってサイコキネシスをクロバットに撃とうとする。だがクロバットは「トリックルーム」の中でもうまく立ち回っている。
「直線的な攻撃だ。ボール作りは一流でもポケモンの扱いは三流以下だな」
クロバットは青い光を回避し、ヤドンへと空気の刃を放った。ヤドンがその身に似合わぬ速度で回避する。「トリックルーム」が生きているからこそ出来る芸当だったが、そろそろ制限時間だ。消耗戦を続けていてもヤドンでは勝ち目がない。
「どうやら、時間切れのようだ」
薄らいでいくピンク色の光にガンテツが、「……チクショウ」と声を漏らす。シリュウは壁に手をついてポケギアへと声を吹き込んだ。
「八階だ。屋上への階段の前にいる」
誰に指示したのか。それを考える前に空間を引き裂いて現れたポケモンに瞠目する。
「何や、それ……」
八つの眼を持つ黒いポケモンが浮遊している。シリュウは、「知らないのか?」と嘲った。
「ネンドール。お前達に接触したフウとランの兄弟が使っていたポケモンだ。このシルフビルを爆破するために数体犠牲にしたが、それも瑣末なものだ」
シリュウが引き裂かれた空間の中に入っていく。逃げるつもりだ、と察したガンテツは、「待てよ!」と声を張り上げる。
「残念だが十代目。お前との決着はいずれつけよう。だが今は逃げに徹しさせてもらう。ロケット団を追うためにな」
その言葉にガンテツは耳を疑った。
「お前、ロケット団と違うんか」
「もう、本隊は逃げおおせている。ここにいる人間達は、捨てられたのだ。私は組織に下る事にしたよ。そのほうが技術も命も長生き出来そうなのでね」
シリュウの言葉にガンテツは思考がついていかない。だが、ここで逃がしてなるものかという意思だけはあった。
「サイコキネシスで引きずり出してやる!」
「もう遅い。さよならだ、十代目」
サイコキネシスが引き裂くように走るが、シリュウの姿は既に消えていた。ガンテツは膝を落とし、呼吸を整える。
「……ちょっと、無茶し過ぎたか」
元々体力に自信のあるほうではない。戦いのための緊張もガンテツからしてみれば重荷だった。
だがユキナリを救わねば。ガンテツはそのために膝に力を込めた。向かうは屋上への階段だった。