第七十六話「シルフの闇」
少女が部屋の中央で正座を組んでいた。スーツを着込んでおり、水色の髪を髷のように結い上げている。
「この子は?」
ユキナリが訊くと、「重要参考人」とナツキが返す。
「……真面目に訊いているんだから真面目に返してよ」
「大真面目よ。こいつは手がかりを持っている。ユキナリ、ゲンジの事よ」
その一言でユキナリは叩き起こされたようにハッとした。少女を見やる。まさか、ゲンジの仲間だとでも言うのか。
「詳しくはご本人から話を聞こうかしら」
「ちょ、ちょっと待って!」
ユキナリが制止の声をかける。どうして、そのような人物をナツキが保護出来たのか。
「何をしたってわけ?」
「戦ったのよ」
ナツキの言葉は素っ気ない。少女が、「で、私が負けた」と言葉を継ぐ。どうやら二人の間では無言の了承が降り立っているようだ。
「何で、そんな……」
「嬢ちゃん、こいつが通じているって言う確信があったわけやな」
狼狽しているユキナリに対してガンテツは冷静だ。ナツキは頷いて、「意外に物分りがいいのね」と口にする。
「昨日の今日で出来すぎてはいるがな。でも捕らえるほどの価値はあるわけや」
「捕らえるって……」
ユキナリは少女を上から下まで見回す。どこも拘束されていない。少女は自主的に正座を組んでいるように見える。
「分からない? ゲンガーの黒い眼差し。ゲンガーが感知する範囲ではこいつは逃げられない」
「だから、得意でもない正座をしているってわけ」
少女はあっけらかんと口にする。自分が捕らえられている自覚などないかのようだ。
「調子に乗らない事ね」とナツキが胡乱そうに声にする。
「でも、私がいない事には話が進まない。違う?」
少女の言葉にナツキは歯噛みした。吐き捨てるように、「説明なさい」と告げた。少女は流麗な佇まいで自己紹介する。
「はじめまして、オーキド・ユキナリ君。私の名前はラン。ホウエンのトレーナーです」
「ホウエン……」
ゲンジと同郷だ。その事を目ざとく感じ取ったのか、「ゲンジとは関係がない」と返す。
「故郷の問題では、だけれど」
「気をつけなさい、ユキナリ。こいつは心を読む」
告げられた言葉の意味が分からず、ユキナリは小首を傾げる。
「心を読むって」
「その通りの意味です。私は、人の心が読める」
にわかには信じられなかったがナツキもいる手前、担いでいるわけではないだろう。重々しい空気の中、ナツキが促す。
「ラン。あんた、どういう組織に属しているのか、説明出来るわよね」
「仰せのままに」とランがおどけて答える。ナツキはその返答さえも気に入らなかったのか眉をひそめた。
「私が属しているのはシルフカンパニーの下部組織。それ以上は言えない」
ナツキが床を叩いて立ち上がる。その音にユキナリはびくりと肩を震わせた。
「何でも言うって言ったはずよね?」
「確かにね。でも、質問の仕方が粗暴よ。そんなのじゃ、聞き出せる事も聞き出せないと思うけれど」
その指摘にナツキも思うところがあったのか、咳払いし、「続けなさい」と言った。
「オーキド・ユキナリ君。君の監視が私の任務だった」
「僕の、監視……」
思わぬ発言にユキナリが戸惑っていると、「あるいは戦闘もあったかもね」とランはフッと微笑む。
「戦闘、だって」
「オーキド・ユキナリ君。君は強くならなくちゃいけない。それこそ、私達の組織のために」
わけが分からなかった。ユキナリの困惑が伝わったのだろう。ナツキが、「要領を得ない発言はやめてもらおうかしら」と脅迫した。
「さもなくば……」
「ゲンガーで私を殺す? でも、大切な人の前で殺しは出来ないよね?」
挑発するランにナツキはぐっと堪えながら、「あたし達を掻き乱して、満足?」と声を発する。
「嫌だな。何もそういう事をしたいわけじゃない」
「さっさと続けなさい。あるいは、こう言ったほうがいいのかしら。ロケット団とは何?」
その言葉に今まで飄々としていたランが表情を変えた。ロケット団。聞いた事のない組織だ、とユキナリは感じた。
「……そうだね。君達に馴染みのあるものならばハナダの拉致事件。あれについて少し説明しようかな」
拉致事件、という言葉にすぐさまマサキの顔が浮かぶ。そして、それを攫ったのがイブキだと言う事を。ユキナリは思わず踏み寄ろうとした。
「知っているんですか? イブキさんの事も」
「あれ、随分とご執心だなぁ。イブキっていうドラゴンタイプ使い、淡白そうに見えて意外にそういうところにはきっちり手をつけちゃっているのか」
ユキナリはランへと歩み寄り、胸倉を掴んだ。その行動にナツキとガンテツが制止の声を出す。
「オーキド!」、「ユキナリ、そいつを殴っちゃ駄目!」
ナツキの声で辛うじて踏み止まる。しかし、今にも固めた拳はランの頬を捉えそうだった。
「いい? きちんと話を聞くのよ。あたし達がしたいのは尋問。拷問じゃないって事を理解しないと」
自分も急いた気持ちがある事をナツキは伝えるようだった。ユキナリはゆっくりと白熱化した思考を鎮めていった。
「痛いな」というランの言葉にユキナリは、「ゴメン」と引き下がる。スーツの襟元を直しながら、「女の子にそういう態度取るんだ」とランが挑発する。ユキナリはしかし、もう迂闊な行動に出ようとはしなかった。
「いいよ、話す。イブキは、途中からロケット団に所属したトレーナーだ。最初から属していた私やゲンジとは違う。安心していい。君の懸念事項であるイブキが最初から裏切っていた事はないから」
心の内を読まれ、そういえばナツキが心を読むと言っていたか、と警戒する。
「……気を張ったところで見えるものは見えるんだけれど、まぁいいか。そうだよ、イブキは最初から君を裏切る気はなかった。あの場所で居合わせたのは不運な偶然と言うほかない」
本当だろうか、と勘繰ろうにも相手はこちらの心を読んでくる強敵だ。下手な勘繰りはむしろこちらの腹を見せる事に繋がる。
「俺はオーキドから話を聞いとるだけやが、お前ら相当えげつい真似しとるみたいやないか。ゲンジ、っていう奴も見たが、それだけの戦力を揃えてどうするつもりなんや。戦争でもおっ始めようっていうんか?」
ガンテツの発した戦争という言葉に身が固くなる思いだったがランは首を横に振る。
「戦争? そんな面倒なもの、起こすつもりはない。むしろ、逆だよ。ロケット団はいずれ世界を席巻する。そのために準備を重ねているに過ぎない」
いずれは世界を席巻する。その言葉に既視感を覚えたが思い出せない。誰かが言っていたような気がするのだが。
「ロケット団。その集団が腕利きのトレーナーを集めている意味は? このポケモンリーグでの玉座を目指しているのかしら?」
「まぁね」とランは答える。今までの発言に比べれば随分と呆気ない。何か裏があるのではと勘繰ってしまう。
「裏はないよ。長々と説明するのも疲れるんだ」
心を読まれ、ユキナリは唾を飲み下した。やはりそのような能力があるのか。
「私はゲンガーに見張られている限りはここを動けない。当然、命じられていたオーキド・ユキナリ君の監視も出来ない。つまるところ、今の私には何の力もない。せいぜい、相手の心を読むくらい?」
「ポケモンは……」
当然、持っているはずであろう。ナツキが、「その点の心配はいらないわ」と答えた。
「あたしとゲンガーが倒した」
唐突な事にユキナリが目を丸くしていると、「何よ」とナツキが睨みを利かせる。考えてみればゴーストからゲンガーに進化するきっかけというものがあったはずである。それが戦闘なのだとしたら頷けた。
「でも、意外だな。キクコが進化させるものだとばかり思っていたから」
「あたしじゃ力不足だって言いたいの?」
食ってかかったナツキに、「いや、そういうわけじゃ……」とユキナリは濁す。ランが、「面白い漫才だね」と茶化した。
「漫才じゃないわよ!」
ナツキの声にランは肩を竦めて、「君達が聞きたいのはロケット団についてだろう」と口にした。
「組織構成とかそういうのには詳しくはない。私も所詮は末端団員。私みたいなのが大勢いると考えてもらっていい」
「その大勢の中の一人を下したところで意味がないと暗に言っとるみたいやな」
ガンテツの声にランは、「頭が回るんだ、君」と目を向ける。
「規模は君達も知っての通り巨大と言うほどではない。隠密に動ける人数を考えているから人員にもセーブをかけなきゃいけない部分もあるし」
ランはぺらぺらと内情を話す。本当にランの言う事を信じていいのだろうか。ユキナリが怪訝そうにしていると不意に声が響いた。
――オーキド・ユキナリ君。聞こえるかい?
その声がどこからともなく聞こえてきてユキナリは周囲を見渡す。
――探したって見つからないよ。私は、喋りながら君の心に話しかけているんだから。
その声にユキナリは目の前のランが自分の心に直接語りかけているのだと分かった。戸惑いながらも平静を装う。
――まぁ、黙って聞いて。この声は君にしか聞こえていない。こういうやり方を試したのは、他の二人が少々邪魔だからだよ。
どういう意味なのだろうか。ユキナリが神妙な顔つきをしているとガンテツが、「どうした?」と顔を振り向けた。
「いや、難しい話だな、と思って」
誤魔化すと、「せやな」とガンテツは納得した様子だった。ランが話しているのは組織の裏事情だが、それはナツキとガンテツの目を集中させる手段でしかない。真の目的は自分にテレパシーで話しかける事なのだとユキナリは感じ取った。
――オーキド・ユキナリ君。組織にはイブキだけじゃない、他にも腕利きのトレーナーがいる。いい? 君だけに教えるよ。だからこの二人が離れてから私に話を聞きに来て。
今の状況で説明出来ないのか、とユキナリはこめかみを突く。ランは視線を振り向けた。
――今は、ちょっと無理かな。それに、君だってテレパシーで伝えられた事よりも直接話したことのほうを信じるでしょう? 大切な事なんだ。君は直接聞くべきなんだよ。
「……つまり、あんたらの組織は相当このカントーを支配している、と考えていいのよね?」
ナツキの確認の声にそのように話が転がっていたのか、とユキナリは現実に思考を戻す。
「まぁ、間違っちゃいない。シルフの権限でカントーのポケモン産業の独占くらいは出来るだろうからね」
「何て事を」
ガンテツが声にすると、「それくらい出来なくっちゃ組織としては未熟だよ」とランがいなす。
「そうやない。お前ら、新型モンスターボールも流通させようとしとるんやろ。どこまで支配すれば気が済むんや」
ガンテツの声音には怒りも混じっていた。自身の一門が危険に晒されている時にシルフカンパニーは手助けするどころか尻尾切りを行おうとしている。その事実が許せなかったのだろう。
「支配だなんて。ただ生きやすい世の中を作るだけだよ」
「そんな一方的な押し付けで、誰が幸せになる言うんや!」
ついに怒りの声を飛ばしたガンテツをユキナリはいさめた。
「まぁ、待って、ガンちゃん」
「オーキド。何故止める?」
「彼女だって末端団員なんだ。一気に色々探ったって、あまり有効な話は聞き出せそうにないだろう」
その言葉にガンテツは怪訝そうな声を向けた。
「庇う必要性なんてないやろ。どうした、オーキド」
早くもばれたかと感じたがユキナリは平静を装う。
「三人で尋問したところでみんなが聞きたい事のベクトルはずれているんだ。また、明日、全員で聞く事を纏めてからにしよう。どうせ、ゲンガーの技で逃げられないんだし」
「まぁ、そうやけど……」とガンテツは渋々承服する。
「ナツキも、いいよね?」
尋ねた声に、「確かに逃げられないんだったら明日でもいいけれど」とユキナリを見やる。
「あんたは、すぐにでも出発したいんじゃないの?」
ナツキの問いかけにユキナリは、「そこまで向こう見ずじゃないよ」と答えた。
「きちんと話を聞いてから、どうするかは決める。今は総意を纏める事のほうが有効だと思う」
これでいいのだろう、とランへと視線を配る。ランは目線で頷いた。
「確かに質問は出来るだけシンプルなほうがいいかもね。じゃあ別室に移動しましょう。あんたらの部屋、借りるわよ」
この部屋にランがいればナツキ達の部屋がない。ユキナリはナツキが先に部屋を出て行くのを見守ってから、「あ、ちょっと忘れ物が」と引き帰した。
「はよ来いよ」とガンテツの声に頷きながらユキナリはランの待つ部屋へと戻る。ランはにやりと口角を吊り上げていた。
「不器用なんだね。もうちょっと上手い事こなせないの?」
「仕方がないだろう。みんな、警戒しているんだ。君が僕に、おかしな事を吹き込めば、ってね。そうでなくっても僕は独断先行が激しいと思われている」
「だからこそ、君と話せる機会が欲しかった」
ランは正座を崩し胡坐を掻いた。ユキナリはゲンガーの束縛で正座をしているのだと思っていたので、「崩せるんだ」と呟いていた。
「捕虜ならば捕虜らしく振る舞ったまでさ。それにしても慣れない事をすると……」
ランは目の端に涙を溜めて足を揉んだ。
「僕だって慣れない事をしている」
「仲間を騙すのは心苦しい?」
ランの茶化したような声にユキナリは早速本題を突きつけた。
「さっき、テレパシーで話した事、本当なのか」
「本当だよ。私は元々、君にそれを伝えるためにシオンタウンへと遣わされた部分もあるんだ」
ランは、「まぁ捕まっちゃったけど」と頬を掻いた。
「腕利きのトレーナーがいるって」
ユキナリの言葉にランは首肯する。
「そう。多分、君とも縁が深いよ」
「何者なんだ? イブキさんもそうだけれど、お前らはどうして僕達から大切なものを奪っていく……」
歯噛みしていると、「わざとじゃないさ」とランは応じた。
「君が重要なトレーナーに接触するからだよ。いや、逆か。君が彼らに接触するから、私達は彼らを抱き込まずにはいられなかった、というのが正しい」
奇妙な言い回しにユキナリは辟易する。
「どういう意味だ?」
「言葉通りさ。君が接触するから、彼ら彼女らは特別になるんだ。私達のボスは、君にご執心でね。君が接触する事に意味があるのだと感じ取っている」
「誰なんだ?」
当然、ランは答えない。重要事項だからだろう。それとも知らないのだろうか。どちらとも言えずユキナリは直截的な物言いを使った。
「僕と縁の深いトレーナーってのは」
「カンザキ・ヤナギ」
その名前を聞いた瞬間、ユキナリは肌が粟立ったのを感じた。ランはそれすら見越したように、「知っているよね?」とユキナリの眼を覗き込む。
「無人発電所で君を下したトレーナーだもん」
「ヤナギが、どうかしたのか」
「本日を持って私達の傘下に加わった」
ユキナリが目を慄かせる。そのような事、容易に信じられるものか。だって、ヤナギは……。
「別の組織に属しているはず、でしょ?」
自分の考えが読まれユキナリは口を噤んだ。
「その組織がロケット団の内情を探るために表向き手を組んだ。今、シルフの内情を知るにはロケット団傘下に加わる事が最も望ましいからね。トップが賢明なのか、それとも下が賢いのかは分からないけれど、ヤナギを初めとする数人がロケット団で戦う事になっている」
「それを、お前達は知っているのか?」
「さぁ、どうだろうね。少なくとも私はそうとしか聞かされていない」
「本日をもって、って言ったな。そんな情報をいつ?」
ナツキに拘束されたのならばそのような暇はないはずだ。ランはこめかみを突いて、「私は超能力者」と答える。
「私の兄であるフウとは双子の兄弟。特別な絆で繋がっている。フウが見聞きした事が私に伝わるように、私が見聞きした事もフウに伝わる」
「つまり、この状況も筒抜けって事か」
しかし、だとすれば疑問が残る。何故、双子の妹を救いに来ないのか。
「その程度に割くような戦力もないって事だよ」
見透かされユキナリは息を詰まらせる。だが、そうだとすればつけ入る隙はあるのかもしれない。
「驚いた。君、ロケット団に単身で立ち向かうつもり?」
もう心を読まれる事には慣れた。とは言っても、やはり自分の思った事が相手に直接伝わっているというのは奇妙な感触を受けるが。
「ああ。ヤナギがいるって言うんなら、聞かなきゃならない事もある」
キクコの事。そしてどこまでの事をヤナギは掴んでいるのか。それを確かめねばならない。だが、恐らくは穏便な話し合いで済む事はないだろう。お互いに相手を憎悪している。ユキナリはそれこそ命を賭す覚悟が必要だった。
「ヤナギってそれほどまでに君と確執があるんだ? でも強いよ、カンザキ・ヤナギは」
言われなくとも分かっている。対峙して自分のトレーナーとしての力量が足りない事も理解出来た。
「でも行くんだ?」
ランの言葉に、「何か、対価でもあるのか?」と問いかける。
「何で?」
「そうでなければここまで教える義理がないだろう」
疑り深い自分に対してランは口元を緩めた。
「それなりに戦ってきたわけだ。無条件に相手を信じ込むほどの甘ちゃんじゃないって事か」
「何がある?」
「私達の身柄の自由」
その言葉にユキナリは目を見開いた。
「望んでロケット団に入ったんじゃないのか?」
「半分は任意だけれど、半分は強制みたいなものだね。それが一番の近道だって思ったら、茨の道だった。誘われた時には待遇のいい組織だと思ったけれどその実は結構面倒くさい。もしかしたらこの先、ロケット団に入っていた事が罪になる時があるかもしれない。そういう経歴は抹消したいってわけ」
ユキナリにはその言葉が真実かどうか判ずる術はない。ランのように心が読めるわけではないのだから。
「だからこれは取引。私達の情報を君に与える代わりに、君にはあいつらを壊滅に追い込んで欲しい」
「僕一人の力で?」
「謙遜する事はないよ。それぐらいには自分の力が膨れ上がっている事の自覚はあるんだろう?」
ユキナリはオノンドの入ったGSボールに手をやる。ゲンジ戦のようにオノンドの力を引き出せれば不可能ではないのかもしれない。何よりも、自分の大切な人をこれ以上危険に晒したくなかった。
「へぇ、優しいんだね。大切な人ってのはどっち?」
心を読んだランが訊いてくる。ユキナリはそれを無視した。
「つまり、ロケット団に攻め入れば、カンザキ・ヤナギの妨害に遭う可能性があるって事か」
「分かりやすく言えばそう。向こうも君が来ると分かればヤナギが前線に出ると思うよ」
ユキナリはポケギアを見やる。時刻は午後五時を回ろうとしていた。斜陽の光が部屋に差し込んでくる。
「行くのなら今だと思うけれど、どうする?」
迷っている暇はない。ユキナリは身を翻した。
ランにはこれ以上話を聞けそうにもない。拳をぎゅっと握り締める。自分一人でやるしかない。
宿から出た時、「待ちぃや」と声がかけられた。振り向くとガンテツが腕を組んで佇んでいる。
「どこへ行く? シオンタウンで夜を明かすんじゃ、ないって顔やな」
ガンテツにはお見通しなのだろう。ユキナリは正直に話した。
「僕は、シルフに襲撃をかける」
その言葉にガンテツが動揺する。
「正気か? 何かを決意しているとは思ったが、そこまでなんて……」
「ナツキ達には言わないで欲しい。僕が決めた事だから」
歩み出そうとするとガンテツが肩を掴んだ。何をするのか、と思っていると振り向かされて拳を頬に叩き込まれた。
ユキナリがよろめいて倒れるとガンテツは肩で息をしながら、「阿呆が!」と叫ぶ。
「独りで背負うなよ! ええか? オーキド。お前は決して独りで戦ってるんやない。確かに嬢ちゃんらを巻き込みたくないんはよう分かる。けどな、俺まで除け者かいな」
ガンテツの言葉にユキナリは顔を上げる。ガンテツは手を差し出した。
「行こうやないか。ロケット団とやらがどれほどのもんか知らんけれどなんぼのもんじゃい。俺らなら出来る」
ガンテツの手を掴み、「でも……」とユキナリは声にした。
「ガンちゃん、ヤドンじゃ……」
「そんな心配は無用や! 俺かて戦いのコツくらいは掴んどる。それに、ボール職人として、そんな無茶をしようとするトレーナーを黙って見てられるかいな」
ガンテツの言葉にユキナリは微笑んで、「これ、ガンちゃんの経歴に泥を塗る事になるかもよ」と脅しつけた。しかし、ガンテツは怯まない。
「知るか! どうせ勝てば官軍のポケモンリーグや。勝てばええ。それだけの話やろ」
「……ああ、その通りだ」
ユキナリはヤマブキシティに向けて歩き出した。