NEMESIS














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胎動の章
第六十六話「炎熱と凍結」

「真剣勝負の幕を上げよう」

 暗がりのジムを震わせたのは女の声だった。ヤナギは、また女か、と物思いにふける。こうも立て続けに女のジムリーダーばかりだとポケモンリーグ中枢も分かってやっているのでは、という確信犯めいた部分を疑ってしまう。政府に彩りのないせいで国民的行事に女を担ぎ出すのは二流三流国家のやる事だ。

 ジムに入るとすぐに目に入ったのはヤマブキシティの街のマークだ。岩で荒々しく掘られており、吊り下げられている。こんな大都市でも街のマークはあるのか、とヤナギは感じる。

 自分の立ち振る舞いがあまりにも無礼だったのだろう。青い光が舞い降りるジムの最奥に立つ女が得物の切っ先を向けた。振るい上げられたのは一振りの刀だった。剥き出しの闘志を形にしたように銀色の剣が輝きを放つ。

「貴公、ジムリーダーを前にしてそのような戦意の感じられないところを見ると、私を侮っているな」

 女がからんと雅な音を立てて歩み出た。投光機の光が点き、天井が高く取られたジムの全貌を現す。壁面が岩肌のようにごつごつとしており、ちょっとやそっとの衝撃では崩れるどころか振動が外に伝わる事もないだろうと予想される。

「ヤマブキまで来たのだ。それなりの力量とお見受けする。だが戦いを侮るのでは、それは二流や三流の使い手だな」

 憮然と放たれた言葉には絶対的な自信が見え隠れする。ヤナギは、「そっちこそ」とジムに入ってようやく声を発した。

「随分と偉そうだ」

「偉そうも何も」

 女は刀を薙ぎ払う。役者めいた動きで下駄を止め、流麗な着物姿を晒した。黒い着物である。長髪を白い布で一本に結っており面持ちからは凛々しさが窺えた。シロナやカミツレとは根本的に違う種類の人間だ。

「私はヤマブキジム、格闘タイプ使いのリーダー、チアキ。何を遠慮する事がある?」

 チアキと名乗った女からは一種の清々しささえ感じさせられた。刀を持っているのはどうしてなのかは解せないがお互いに戦うしか感情表現のない人間である事が分かる。

 同類だ、とヤナギは胸中に呟いて、「ここまで来たんだ」とモンスターボールを抜き放った。

「お互いに遠慮するところは何もない」

「その通りだ。崇高なる戦いを!」

 チアキがモンスターボールを袖口から取り出す。放り投げるや否や刀で一閃し、「出でよ!」と雄々しき声が放たれた。

「バシャーモ!」

 その声に呼応して現れたのは赤い身体の痩躯だった。鍛え上げられた肉体と、鳥の意匠を思わせる嘴に手足を持っている。V字型の鶏冠と手首から炎を噴き上がらせそのポケモンは咆哮した。鋭い眼差しからは一歩も退かぬ闘争心が窺える。主の心に近しいポケモンだった。

 ――格闘タイプ……、いや見た目からすれば飛行か?

 ヤナギはバシャーモと呼ばれたポケモンを分析する。鳥ポケモンの姿形からは飛行タイプ付随でもおかしくはないのだが、ポケモンのタイプは二つまでと学説がある。つまり、格闘だと判断したのならばもう一つは炎か飛行かになるのだが、炎だとすると厄介である。とは言っても飛行だとしてもヤナギに不利なのは違いない。問題なのは格闘タイプだ。自分の操るポケモンの不利は分かっている。格闘タイプと炎タイプ、そして草、鋼、水が弱点だ。もし、相手が炎と格闘の使い手だとしたらそれはウリムーにとって最大の敵だった。

「だとしても、俺にはお前しかいない。頼む」

 マイナスドライバーでボタンを緩め、ヤナギはウリムーを出した。ウリムーを見てもチアキは侮るどころか、「見た事のないポケモンだな」と口にした。

「小さいからと言って容赦はせん。私のバシャーモを前にして勝てると思うな」

「お前こそ、俺がポケモンを出す時は、相手を仕留める時と決めている」

 売り言葉に買い言葉の戦場だったがチアキは思いのほか、冷静だった。

「見たところ地面タイプを保有していると見える。バシャーモ、地面系統の攻撃に留意しつつ接近!」

 ウリムーのタイプの一つ、地面を看破された事に驚いたがさらに驚愕すべきはチアキの判断力の素早さだ。バシャーモが駆け抜ける。地を駆ける事から飛行タイプの可能性は早々に捨てた。

 相手は、炎・格闘タイプだ。

 苦味を感じつつヤナギは命令する。

「瞬間冷却、レベル3」

 出し惜しみはしない。相手が炎を持っているのだとしたらなおさらである。水滴が凍てつき一瞬にしてバシャーモの身体を氷の中に閉じ込めようとしたがそれよりも早く、バシャーモの手足に炎が点火した。炎の勢いは弱まる事なくむしろ推進剤のようにバシャーモの手助けをしている。凝固させるつもりだった空間を跳び越えたバシャーモが足を振るい上げる。

「ブレイズキック!」

 炎の踵落としがウリムーへと打ち込まれるかに思われた。しかし、ヤナギは動じずに手を打つ。

「氷壁、レベル3」

 一瞬にして地面から土くれを舞い上げ、それを触媒にして氷の壁を作り上げた。バシャーモは「ブレイズキック」という技を阻まれ、一度距離を取った。賢明だ。今まさに、指示なしの冷却攻撃を打ち込もうとした矢先である。

「育てられているな」

 傍らに降り立ったバシャーモを見やり、チアキは満足気に口にする。刀は戦闘中は仕舞う気がないのか抜き身のまま突き出している。

「私はこのジムの師匠、カラテ大王に見出されし格闘タイプ使い! カラテ大王は山篭りされている。本来ならばあの方がジムリーダーを拝命する事になっていたのだが、本業を忘れたくないとの事で私に手渡された。この栄光のタスキ、弟子である私が枯らすわけにはいかない!」

 その言葉にバシャーモが全身から炎を迸らせた。ヤナギは舌打ちする。

「そういう暑苦しい奴はお呼びじゃないんだ。特に俺の前ではな」

「今の攻撃、氷だな。しかも、氷の壁を作る時、フィールドにある僅かな土を触媒に使った。つまり、そのポケモンは氷・地面だと推測される」

 ヤナギは内心心臓を鷲掴みにされた気分だった。タイプをここまで短時間に見透かされたのは初めてだったからだ。

「だからどうした? お前が有利だと?」

 チアキは、「そこまで自信過剰ではないさ」と口元に笑みを浮かべて見せた。

「ただ、そちらが手を明かした以上、こちらも明かすのが筋。我がバシャーモは炎・格闘タイプ。特性は加速。時間が経てば経つほどにバシャーモは速くなる」

 それを裏付けるようにバシャーモの関節からは赤色の血管が浮き出ている。そこから炎を発するのだろうという事は容易に想像出来た。

「いいのか? そこまで手の内を明かす義理はない」

「なに、我が師匠、カラテ大王に倣っただけの事。カラテ大王は全ての手の内を明かした上で勝利する。それは相手の精神を完全に征服した事に繋がるからだと教えられた。私は未熟なのでな。技までは教えられない」

「みみっちいな。そういうところでけち臭いと後悔するぞ」

「どっちがかな」

 お互いに一歩も退かない言葉の応酬の後、バシャーモが動いた。

「次は当てるぞ!」

 バシャーモが先ほどよりも素早くウリムーの射程へと駆け抜ける。どうやら加速特性は本当のようだ。だとしたら早目に決着をつけねばならない。

「瞬間冷却、レベル3」

「遅い! ブレイズキック!」

 薙ぎ払われた蹴りが冷却の膜を突き破った。一瞬で理解させられる。こちらの凍結速度よりも相手の炎のほうが高温でなおかつ速い。蒸発の煙が棚引き、バシャーモの顔の凄味を引き立たせる。

 それに気圧されないようにヤナギは矢継ぎ早に指示した。

「氷壁、連鎖循環。レベル3」

 バシャーモの真正面に氷の壁が形作られる。バシャーモは炎熱の足で蹴破ったが、すぐに氷の膜が繋がって生成され、バシャーモの移動を削いだ。

「氷の壁の連鎖生成。バシャーモの動きを止める気か」

 チアキはそう思い込んでいる。そこにつけ入る隙があった。バシャーモが氷の壁を蹴破ろうと足を大きく後ろに引く。その一撃で恐らく三枚分は破られるだろう。

「ブレイズキック!」

 予想通り、バシャーモの蹴りは氷壁三枚を容易く破った。しかし――。

「破られる事は予測済みだ。ウリムー、氷柱落とし」

 氷壁を破った先にあったのは巨大な氷柱だった。それが待ち構えている事をバシャーモは感知出来なかったのだ。当然、ヤナギも感知されないように氷壁に土を混ぜ込み、意図的に視界を悪くした。

「四枚目の氷壁内部で氷柱を形成……」

「この攻撃を避け切れまい」

 氷柱が弾丸のようにバシャーモへと打ち込まれる。バシャーモは全身に傷を負った。寸前で足を止めたため足への致命的な打撃にはならなかったものの充分な成果だ。手で身体を守りながら後退したバシャーモへとさらに追撃を行う。

「ウリムー、地震」

 ウリムーから発せられた茶色の大地の震動がバシャーモの直下を襲った。バシャーモの足元の地面が浮き沈みし、間断のない攻撃を浴びせかける。

「これでバシャーモを破った」

 ヤナギには確信があった。恐ろしい可能性を秘めた敵だったが、弱点を攻めれば何て事はない、と。しかし、粉塵に隠れた射程から声が聞こえてきた。

「……見事」

 たちまち咆哮が発せられ、土煙を引き裂く白い炎が発せられた。ヤナギは瞠目する。バシャーモは健在であったからだ。しかもその身体から放射される炎は尋常ではない。炎熱は白熱の域に達し、バシャーモはまるで灰から蘇った不死鳥だった。

「フレアドライブ、使う時を間違えればもしや、だったな」

 ヤナギはそこで理解する。「フレアドライブ」とやらを展開し、氷柱の一撃を減衰させた。それだけではない。そこから連鎖した「じしん」によるダメージをも軽減させたのだ。

 バシャーモは耐えた。その事実が突きつけられる。

「危うい、綱渡りのような勝負だ。だが、嫌いではない」

 チアキの声にバシャーモが呼応した。V字型の鶏冠から炎が幾重にも拡張する。ヤナギは射程外にありながらも喉がからからに渇いているのを感じ取った。

「……水分を蒸発させている」

 認めたくはないがそれほどの熱エネルギーがバシャーモから放たれているという事だ。チアキがすっと切っ先を掲げる。すると、バシャーモが姿勢を沈ませた。

「ここから先は捉えた側の勝ちだ。いけ、バシャーモ」

 その言葉尻を引き裂くようにバシャーモの姿が掻き消えた。残像すら刻まない白いバシャーモが瞬間移動としか思えない速度で肉迫する。ヤナギはそれを視認するよりも先に習い性で感知した。

「瞬間冷却、レベル3」

 バシャーモの軌道を読んで凍てつかせようとするが空間を凝固するよりもバシャーモの移動速度が尋常ではない。まさしく光速の域に達したバシャーモを捉える事は瞬間冷却では出来なかった。バシャーモの移動してきた後の空間を虚しく凍てつかせるが、それはバシャーモに華を添える結果にしかならない。ウリムーの眼前に迫ったバシャーモの迫力はヤナギでさえ息を呑んだ。

 炎熱の鬼だ。白い炎を鎧のように身に纏った鳥人が拳を振るい上げる。ヤナギは辛うじて残った理性を繋いで声にした。

「氷壁、レベル3」

 土を計算させて舞い上がらせる暇もない。純粋に水分だけで氷壁を作ろうとしたがそれがいけなかった。純度の高い氷壁をバシャーモの拳は軽々と破り、その先にいるウリムーへと叩き込もうとする。ヤナギは舌打ち混じりに指示していた。

「地震で後退」

 ウリムーが発生させた地震は自らを浮き上がらせるためのものだった。浮き上がったウリムーはいとも簡単に地震の振動で後退する。拳一発分を回避するには充分だったが拳の応酬はもちろん一回きりではない。

「もう一発!」

 バシャーモが地鳴りのような唸りを上げながらもう一発の拳を叩き込もうとする。ヤナギは手を振り翳して叫んでいた。

「氷壁、氷柱落としで衝撃を減殺する!」

 氷壁を展開すると同時にその裏側に氷柱を構築する。バシャーモの拳はもちろん薄い氷壁を通過するが氷柱を打ち壊した時に力が弱まると踏んだのだ。

 だが、淡い希望は打ち砕かれた。

「バシャーモはやわではない。そのような浅知恵!」

 バシャーモの拳は計算外の攻撃力を叩き出し、氷柱をも叩き割った。しかし、ヤナギとて想定していないわけではない。

「今だ! 割れた氷を触媒にして瞬間冷却、レベル3!」

 ヤナギの指示にウリムーはすぐさま従い氷柱が破壊された瞬間に、瞬間冷却をそれぞれの破片を触媒にして構築した。結果、バシャーモの拳は多方向からの拘束によってウリムーに打ち込まれる直前で固まった。

「なんと……。氷柱の破壊をも予期していたか」

 チアキも驚きを隠せない様子だったがそれよりもヤナギは既に余裕がなかった。氷の手錠で相手を縛り上げた。だが次は? 勝ち筋が浮かんでこない。いつもならば相手の二手三手先が読めるのだがバシャーモの放つプレッシャーの波に呑まれそうになる。

「……だが、それも付け焼刃か。次の指示がない辺り、トレーナーとしての底が見えたぞ!」

 バシャーモが身体の内側から白い炎を点火する。瞬間冷却で作り上げた拘束がぎちぎちと弱まっていく。

「……ここまでか」

 ヤナギの呟きにチアキは、「どうやらそのようだ」と首肯する。

「健闘したほうだ。伊達に戦い抜いていないな」

「お褒めに預かり光栄だが――まだ負けを宣言したわけではない」

 ヤナギの声にチアキは眉根を寄せた。

「見苦しいぞ。戦い抜くのならば潔くあれ」

「既に布石は打った。バシャーモを五秒ほど拘束出来ればこの策は完遂する」

 地面が振動する。浮き上がった地面を目にし、チアキはすぐさま察知した。

「地震か。だが、接地していなければ――」

「地震はそれを放つための準備でしかない」

 遮った言葉にチアキは目を見開く。ヤナギは鋭い戦闘の光をその眼に携えた。

「ウリムーが苦手なんだ。この技は。瞬間冷却、氷壁と違ってあまり実戦で使う事を計算に入れていなかったからな。大抵の相手はそれで沈む。そうでなければ地震を使えばいいのだが、それでも相手が落ちなかった時のための、とっておきだ」

 浮き上がったのは巨大な岩石だった。ジムの床からくりぬかれた丸い岩石に紫色の光が帯びる。

「この技は……」

「原始の力」

 全方位からバシャーモを狙い澄ました岩石が砲撃される。それらは紫色の思念の光を棚引かせた。

「バシャーモ、早く拘束を解いて迎撃!」

 チアキの声に呼応したバシャーモは腕を拘束から解くなり薙ぎ払い、軌道上の岩石を打ち砕いた。

「勝った!」とチアキが声を上げる。しかし、岩石は再び浮き上がった。砕けた部分を継ぎ接ぎして岩石が歪ながらバシャーモを狙う。

「原始の力の欠点は」

 ヤナギの声にチアキは振り返った。

「使っている間、俺とウリムーが築き上げた凍結術が使えなくなる事だ。瞬間冷却も、氷壁も、技ではない。これは俺とウリムーが編み出した常時の攻撃方法だ。だが尋常ではない敵が現れた時、これを使わねばならなくなる。それはウリムーにとって得策ではなかった」

 ウリムーの身体がめきめきと軋みを上げて盛り上がる。光に包まれ、その身体がたちまち巨大になっていった。一対の牙を携え、水色の顔面に分厚い茶色い表皮を思念で揺らしながらその巨躯が持ち上がる。ウリムーの時とは桁違いの大きさに成長したその姿は歴戦の勇士を漂わせそのポケモンが雄叫びを上げる。ウリムーの時のような弱々しさはない。太い前足を一歩踏み出すと地面が凍結した。

「マンムー。原始の力を顕現させたウリムーが進化、いや、一万年前の姿へと戻った姿だ」

「一万年前だと……」

 にわかには信じられないという響きを含むチアキの声にヤナギは返す。

「俺が極めた氷の技、凍結術の中でマンムーが出てくる。元々は生息数が多く、マンムーは一万年前には進化前であるウリムーから当然の帰結として進化していたが、温暖化の影響で姿を消して行った。だが、こいつらは原始の記憶を持ち、その記憶が呼び起こされるとマンムーへと進化する。それまでは一進化先であるイノムーまでの進化だと思われていたのがそれに拍車をかけた。原始の記憶を持つのは全てのウリムーに言える事ではない。俺が持っているウリムーは凍結術を継承する資格を持ち、なおかつ原始の記憶に耐えうる個体であった。通常の個体ならばその記憶の奔流に耐えられず進化を阻害されてもおかしくはない」

 マンムーは鋭角的に尖った一対の牙を突き上げる。その瞬間、バシャーモの手首へと正確無比な凍結が施された。炎を噴き出す地点を理解していなければまず不可能な攻撃である。

「何を……!」

「瞬間冷却、レベル4。これが進化した凍結術だ」

 瞬く間に凍結の根が手首から這い登り肩口に至ろうとする。バシャーモは激しく吼えて内側から炎を点火させた。凍結した腕を振り払い、射程から逃れようとする。しかし、マンムーの放った凍結術は容易には解けなかった。

「先ほどまでならば、距離を取れば解けたのに……」

「マンムーの凍結効果範囲は俺の目の届く全域だ。このジムの中ではまず解除は不可能だろうな」

 ヤナギの言葉にチアキは眼を慄かせたが、やがて鼻を鳴らす。

「それだけの相手だという事か。私も見くびっていたな」

「降参するか? 今ならばまだ致命的な攻撃を受けずに済む」

「降参だと?」

 チアキは振袖を払い、「私は師匠、カラテ大王に誓った!」と叫ぶ。

「決して相手に背中は見せないと! 私もバシャーモも、降参など生ぬるい真似をするつもりはない!」

 チアキが徹底抗戦に打って出るのは分かっていた。同じ部類の人間だ。決して負けは認めないだろう。だからこそ、圧倒的な力量の差で納得させるしかない。

「マンムー、凍結術の制限を解除する。いけるか?」

 確認の声にマンムーが咆哮する。一万年前から変わらぬ鳴き声に主人でありながら背筋が凍る思いだった。

「戯れ言を! バシャーモ、フレアドライブを展開!」

 バシャーモが白熱の炎に包まれ、身体を開いた。姿勢を沈み込ませ、拳を握り締めたかと思うと、その拳で地面を叩いた。バッと血飛沫のように炎が迸り、白い炎がマンムーへと直進する。ヤナギは手を翳した。

「氷壁、レベル4」

 土くれを巻き上げ、形成された氷壁は先ほどまでとは比べ物にならないほどの強度であった。白い炎を遮り、氷壁の表面は全く解けた様子がない。

 しかし、それがヤナギの判断を一拍遅らせる結果になった。氷壁を作ったその瞬間、バシャーモの姿が掻き消えたのだ。

 どこへ、と首を巡らせる前に衝撃波が近場で巻き起こった。目を向けるとマンムーへとバシャーモが上空から蹴りを叩き込んでいた。

「……いつの間に」

 ヤナギの狼狽を他所にバシャーモはすかさず手刀をマンムーの身体に突き刺そうとする。炎の手刀が茶色い体毛へと吸い込まれたが半分は弾き返した。

「炎を遮る?」

「特性は厚い脂肪。炎の技を半減する」

 だが接近されなければまず発動しない特性だ。接近を許した時点で自分達の戦闘スタイルが崩れつつある。バシャーモは両方の拳を固めて打ち下ろす。マンムーは防御にそれほど特化したポケモンではない。格闘と炎の攻撃をさばき続けるのには限界があった。

「マンムー! 瞬間冷却、レベル4」

 眼前のバシャーモへと瞬間冷却が施されようとする前にバシャーモは跳躍して離脱した。だが着地と同時に瞬間凍結は成されるはずである。それを目で追っていたヤナギはバシャーモが到達した場所に目を見開く。

「壁を、伝って……」

 バシャーモが足を踏み出したのは壁であった。壁に備え付けられている金属パイプと岩壁を足場にして予測不可能な動きで飛び移る。さながら猿か、と思われる俊敏な動きに目がついていかない。バシャーモはジム全体を利用してヤナギとマンムーの凍結術から逃れた。チアキの傍に降り立つ事はなく、再びマンムーへと接近の機会を窺っている。

「そうか。クチバジムでもそうだった。ジム戦は常に挑戦者はアウェーだ。ジムリーダーが自分に有利な地形を見つけ出しているのは当然か」

 このジムでは格闘タイプに有利なように作られているのだ。ヤナギは考えを巡らせる。恐らくバシャーモにはあと一撃の凍結術で事足りる。だが、その一撃すら打ち込む暇がなく、間断のない攻撃にこちらが晒されれば不利に転がるのは明白だった。

「お得意の凍結術、打ち込むための触媒が必要なのだろう? それに貴公は目に見える範囲だと既に口にした。ならば一秒以上視界に留まらなければいい」

 バシャーモは壁を蹴り、金属パイプを使い、一切動きを読ませない。加速特性が働いており、そうでなくとも素早い敵だ。これを捉えるのには至難の業だろう。

「だが、俺のマンムーはそれを可能にする。レベル4の氷壁を両側面に展開、及び前面に氷柱を構築」

 マンムーが構築した氷柱はウリムーであった時の数倍はあった。巨大な氷柱が前面に構築されるがもちろん当たらなければ意味がない。チアキが手を振り翳す。

「お互い、次の一撃で決まる! それが理解しているのだろう? ならば、私は次の一撃を宣言しよう。使用する技は飛び膝蹴り! 失敗すればこちらがダメージを負う諸刃の剣。つまり命中する、しないに関わらず、もう次が最後というわけだ」

 チアキの宣言に恐らく嘘偽りはないのだろう。炎の技が半減されるのならば格闘主体になるのは当然だ。

「ならば、俺も宣言する。次の瞬間冷却でバシャーモは完全に凍結する。戦闘不可能な領域にな」

 チアキは口元に笑みを浮かべた。切っ先を掲げ、「やれるものならば!」と声を張り上げる。

「やってみろ!」

 バシャーモの姿が白い残像さえも掻き消し、ヤナギの目には最早その影すら追えない。加速特性と「フレアドライブ」による膂力の増強に伴い、バシャーモの動きをいちいち目で追っていれば逆に足元をすくわれる。

 予測するのだ。それしかない。ヤナギは目を瞑って考える。マンムーは攻撃姿勢を取り、両側面、前面に氷を張っている。しかし、今のバシャーモならば氷壁程度は打ち砕いてくるだろう。側面の守りは当てにはならない。ならば前面か、と思考を移すが氷柱の一撃を恐れて今さら回避に専念する相手でもないだろう。

 どちらにせよ、懐に入った瞬間に勝負が決する。問題なのは相手の「とびひざげり」が速いか、瞬間凍結が速いかだ。襲ってくる箇所は大きく分けて四箇所。前方、後方、両側面。確実な一撃を期待するのならば後方だろうが後方に瞬間冷却を張るか。

 いや、もし前面であった時のリスクが高い。両側面ならば氷壁が破られた時に氷の破片を触媒に出来るか、と考えたがそれも難しいだろう。氷壁が破られた時は即ち既に相手の蹴りがマンムーに食い込んでいる事だろう。

 ならば前面、と思ったが真正面から勝負を挑んでくるか。瞬間冷却が最も素早いのは前面である事は明白である。ヤナギは自分で目の届く範囲と口にしてしまっているからだ。

 どこだ、と考えを巡らせている時間はない。瞬間冷却から逃れ、なおかつ速く、最も効果的な一撃を加えられる方向は――。

 ヤナギは目を開き叫んだ。

「マンムー、瞬間冷却、レベル5! 方向は――」

 腕を振り上げる。その指の指し示した方向は直上だった。

「真上だ!」

 マンムーが身じろぎし、瞬間冷却を放つ。一瞬にして凍結範囲を蓮の花のように広げたマンムーへと膝を突き出して射程に入ってきたのはバシャーモだった。バシャーモの膝がマンムーの脳天に食い込む前に、バシャーモの全身から迸った白い炎は掻き消され、凍り付いたその姿を晒した。

 チアキが驚愕に塗り固められた顔を向ける。

「何故、分かった」

「ジムに入った時だ」

 ヤナギは天井を仰ぐ。そこにはヤマブキシティのマークを象った岩があった。

「あれはただ単にヤマブキのマークを示していたのではない。あれさえも含めてこのジムのギミックだった。あの岩は最後の手段なのだろう。俺はそれが直上にある事を思い出し、賭けてみただけだ」

 確率は五分五分だっただろう。両側面を封じ、前面を氷柱で展開しているとはいえ、相手にはそれを真正面から蹴破るだけの力もあったのだ。だが確実にこちらを仕留める事を考慮した場合、やはり障害物のないほうを選ぶに決まっている。真上、というのは本当に、決死の間際で閃いた事だった。

「……なるほどな。貴公の読みが私よりも一手上だったというわけか」

 凍り付いたバシャーモは動けない様子だった。瞬間冷却において最高レベルのレベル5を使用したのだ。本来エネルギー噴出口である手首と足首、それにV字型の鶏冠は完全に封じられていた。

「しかもこちらが攻撃出来ないようにきちんと調整している辺り、末恐ろしいと感じる」

 チアキはバシャーモをボールに戻す。ヤナギもボールへとマンムーを戻した。既に勝負は決した。

 チアキは刀を鞘に収め、「敗北だ」と呟いた。

「まさか初めての挑戦者に負けるとは。わが師、カラテ大王に面目も立たんな」

 チアキが襟元に留めていたバッジをヤナギへと手渡す。黄金の装飾が施された華美なバッジであった。

「ゴールドバッジ。それを手にする力を得たという事だ。受け取れ」

 ヤナギは輝くバッジを握り締め、「これで二つ」とポケギアを翳した。12000ポイントの固定ポイントが約束されていた。

「これで俺の所持ポイントは50000を超えた」

 もうほとんどポケモンリーグ本戦へと駒を進めたも同義だろう。50000ポイントの大台に達したトレーナーを見かけた事はない。

「それと私の敗北分だ。これで60000を超えるんじゃないか?」

 ポケギアから送られてくるポイントはヤナギに勝利を約束しているかに思われたが逆に多過ぎるポイントは敗北した時に手痛いものとなる。敗北のビジョンなどないに等しかったとしても。

「あんた、これから先はどうする?」

 身を翻したチアキの背中へとヤナギは声をかける。チアキは、「そうだな」と顎に手を添えた。

「カラテ大王の帰宅を待つか。ポケモンリーグの規約では旅立てるようだが、負けた事に関する手続きを行わねばならない」

「今の時間からか?」

 ヤナギは時計機能を呼び出す。既に深夜の時間帯だった。チアキは、「誰のためにこの時間にしたと思っている?」と目配せする。

「貴公が遅くでもいいから挑戦させろと言うからこの時間を調節してやった」

「それは悪かったな」

「少しも悪びれていないようだが、まぁいい。私も楽しませてもらったよ」

 チアキは振り返って手を差し出す。ヤナギが怪訝そうに眺めた。

「何だ?」

「握手だ。これほどに白熱した勝負、そうそう味わえるものではない」

 口元に笑みを浮かべたチアキにヤナギは呆れた声を出す。

「戦闘狂だな」

「お互い様だ」

 固い握手を交わし、ヤナギは口にした。

「あんた、旅に出るのか?」

「それはないだろう。今の戦いでまだ修行不足だと感じた。カラテ大王にまた修行をつけてもらわねば」

「そいつはいつ帰ってくる?」

「分からんな。一年後かもしれないし、もっとかもしれない。少なくともこのポケモンリーグ、玉座には興味がないと仰っていた」

「なら、その間、あんたは待つのか」

「それも弟子の務めだよ」

 チアキの声にヤナギはため息をついて、「あんたさえよければ、だが」と口を開く。

「ちょっと付き合わないか?」

「色恋の類は御免だぞ」

「ああ、違う。そういう意味じゃない」

 口にしてから誤解を生む発言だったと額に手をやる。チアキは笑って、「冗談だ」と告げた。

「あんたの口調では冗談に聞こえない」

「まぁ、半分くらいは本気か。恋愛にうつつを抜かすくらいならば修練する」

 その言葉に嘘偽りはなさそうだ。どちらにせよ、彼女は自分を偽れるほど賢くもなければ狡猾な精神でもない。

「あんた、知っているのか? ジムリーダーが狙われている事を」

 ヤナギはジムリーダー殺しの一件を話題に出していた。これはもしかしたらシロナの提言なしに言ってはならない事だったのかもしれないが彼女だって被害者になりかねない。今、バシャーモが瀕死ならばなおさらだろう。

「……どういう意味だ?」

 どうやら知らないらしい、と確認したヤナギはシロナの言う通りの言葉を発した。

「ジムリーダーを狙い、ポイントとバッジを奪う輩が組織立って動いている。そいつらは殺しも厭わない」

「逆に殺し返せばいい」

 強気な発言に、「かもな」とヤナギは一笑に付す。

「だが、今のあんたのように負けたばかりではそれも不可能だろう」

 チアキが眉根を寄せる。痛いところをつかれたと言わんばかりの表情だった。

「違いないな」

「俺達はチームで動いている。そいつらを追い詰めるために、今は優勝候補のシロナとクチバジムのリーダーカミツレを加えた。バックにはそれ相応の規模の組織が動いていると考えてもらっていい」

「貴公らのほうがよっぽど悪の組織めいているが」

 その言葉に、違いないな、とヤナギは感じながら言葉を継ぐ。

「あんたの身の安全のために、旅のつもりがなくっても俺達に同行するか、そうでなければヤマブキを出るまでは一緒にいたほうがいい、という話だ」

「何だ、随分と親切なのだな」

「……ああ、自分でもどうしてなんだか分からない。俺は人が死のうが生きようが構わない性質だが、拮抗した実力の相手が闇討ちされるのは気分のいい話ではない」

「プライド、か」

「嫌ならいい。勝手にしろ」

 ヤナギが身を翻そうとすると、「興味はある」とチアキは返した。

「ジムリーダー殺しの犯人とその組織にはな。どういうつもりなのかは知らないが、私に勝てると思い込んでいるとは」

 チアキは喉の奥で、くっくっ、と笑う。狂人めいているな、とヤナギは感じた。

「いいだろう。案内しろ。ただし、そのシロナとカミツレ、強いのだろうな?」

 確認の声にヤナギは首肯する。

「ああ、二人とも指折りの実力者だ。そう簡単には陥落しないだろう」

「楽しみだ」とチアキは呟いた。






















「おっそーい! ヤナギ君ったらー!」

 宿に戻るなりかけられた声にヤナギは目を白黒させた。部屋の中には衣類や荷物が散乱しており、二人のいい大人がだらけきった声を出していた。

「シロナー。もう一杯飲むわよー」

 カミツレは机に突っ伏してちびちびとチューハイの缶を空けている。シロナは、と言えば上機嫌に笑い声を上げた。

「当たり前でしょー! あたしは飲むわよー」

 シロナは、「あっつーい!」と上着を脱いでほとんど下着姿に近い姿だった。ヤナギを認めるとチューハイの缶を片手に、「おい、青少年!」とガラの悪い声をかけてくる。

「罰としてあたしと飲み比べだー! こんな遅くまで女を待たせるもんじゃないわよー!」

 シロナは肩を引っ掴んでヤナギへと顔を近づかせる。明らかに吐息が酒臭かった。顔も上気しており真っ赤だ。

「……お前ら、何やっているんだ」

「何って飲んでいるのよー。ヤナギ君、それも分からないとかどれだけお坊ちゃまなの?」

 再びシロナが豪快に笑う。股を開けっぴろげに開いてシロナは天井を眺めながら、「飲むぞー」と缶を掲げた。

 カミツレは、「シロナずーるーい」と声を出す。

「私もヤナギ君と飲むー」

「ダーメ! ヤナギ君あたしのー」

「えー、私のー」

 二人の大人が笑い狂いながらヤナギを指差して顔を見合わせる。

「……おい。こいつらが指折りの実力者か?」

 チアキの言葉にヤナギは顔を手で覆った。

「……訂正する。しらふの時は、だ」



オンドゥル大使 ( 2015/03/13(金) 21:31 )