NEMESIS














小説トップ
胎動の章
第五十六話「ガンテツという少年」

 ポケモンセンターの医師が言うにはオノンドで戦う事はお勧め出来ないとの事だった。

「ワイルド状態はトレーナーの技量云々でどうこう出来ません。正直、今の医学では解明出来ていない部分でもあるのです」

 博士へと相談すればあるいは、と考えたがユキナリはその考えを却下した。そうでなくとも博士には心労をかけているのだ。自分で解決出来る事ならば乗り越えねばならない、とユキナリは拘束用のモンスターボールを受け取った。

「イワヤマトンネルを抜けてシオンタウンへ行きましょう」

 そう提案したのはナツキだ。ゴールデンボールブリッジから戻るなり、ナツキはどこか他人行儀にそれだけを口にした。

「シオンタウン?」

 確か魂の眠る町だったか。そのような触れ込みのある物静かな町だと聞いている。

「今のあんたにはポケモンと向き合う機会が必要でしょう? それにぴったりだって」

 ナツキの言葉に医師も首肯した。

「確かにシオンタウンには昔ながらの教えが生きています。もしかしたら何か得られるかもしれませんね」

 その言葉を発した後、「ですが……」と語尾を曇らせた。

「シオンタウンに行くにはイワヤマトンネルを抜けねばなりません。正直、手持ちなしでは過酷な条件です」

 医師の言葉にナツキが歩み出た。

「あたしが、責任を持って守りますから」

 思わぬ言葉だったのはユキナリのほうだ。どうして、と声を発すると、「オツキミ山での借りを返すのよ」とナツキは目を見ずに答える。

「それぐらいはしてもいいでしょ。ジムバッジを取れるくらいの実力なんだし」

 今のナツキのほうがユキナリよりもポイントは高い。自分が率先して進むよりかは現実的なプランだろう。ジムバッジを見て医師が、「それならばいいでしょう」と安堵したのが伝わった。

「旅を続けられるかも怪しいのですけれど」

「旅は続けます」

 意地になって答えた言葉に、「命は落とすものじゃありませんよ」と医師は神妙に応じた。この医師はアデクの怪我も診ているらしい。そのせいで自分達が身の程知らずな行いをしているのだと誤解している様子だった。

「私もいるから」

 キクコが控えめに口にする。キクコの手持ちならばイワヤマトンネルを抜ける事も出来そうだった。

「あ、アデク様から言伝を承っております」

 医師が歩み出そうとした三人を呼び止める。アデクから受け取ったという文には達筆でこう書かれていた。

「また見えん事を願う」と。

 ユキナリはその言葉に応ずるように首肯する。

「きっと、また。そう伝えてください」

 イワヤマトンネルまではカスミが責任を持って送り届けてくれるようだった。運河の手前でスターミーと小型の船を用意したカスミへとユキナリは声をかけた。

「カスミさん、旅は」

「やめておくわ。ハナダシティの治安も任されちゃっているしね。人攫いに次いで発電所のダウンとなれば、まぁ当然の措置よ」

 ハナダシティとしては実力のあるトレーナーが離れる事が恐ろしいのだろう。公文書で送られてきた、とカスミは伝えたが、もしかしたらそれは組織の思惑なのかもしれない。そのようなものに個人の夢を潰す権利はない。そう思いつつも、ユキナリは言い出せなかった。自分のような子供にも、何かを言う権利はない。

「イワヤマトンネルはオツキミ山よりも標高は低いけれど、ずっと洞窟が続くわ。シオンタウンまでの道が直通したのもつい最近。それまでは天然の獣道を進んでいくしかなかった。ちなみに太陽は拝めないから、今のうちに太陽の光を身体に取り込んでおくのも大事よ」

 カスミの言葉にユキナリは憎々しいほどの晴天を仰ぐ。このような複雑な胸中だというのに、空はお構いなしだった。

「来たわ」とカスミの言葉にユキナリは目を向ける。イワヤマトンネルの洞窟が口を開けていた。内部はほとんど暗がりでユキナリは固唾を呑む。

「こんなに暗いなんて……」

「フラッシュを覚えているポケモンならば問題なく進めるけれど、あなた達の手持ちでフラッシュを覚えるのは」

「いないですね」とナツキが見渡す。すると、キクコが控えめに手を挙げた。

「あの、フラッシュじゃないんですけれど光源程度なら」

 カスミが疑問符を浮かべているとキクコはモンスターボールから手持ちを繰り出した。ゴーストが両手を突き出して細かな光を交差させる。すると中空に赤い炎が浮かび上がった。

「鬼火、です。これなら足元ぐらいは照らせるんじゃないかって」

 ゴーストの技らしい。「おにび」と呼ばれた炎はゆらゆらと揺らめいている。触れようと手を伸ばすと、「危ないよ」とキクコが注意した。

「問答無用で火傷状態にする技だから」

 そのような危険な技を展開しているのだと理解したユキナリとナツキは思わず後ずさった。

「確かにこれくらいならば一応足場確保は出来るか……。あとは先行している人達がどれくらい道を踏み固めてくれるかに期待するしかないわね」

 先行している人間達。恐らくはハナダジムを諦めたトレーナーの中には早くからイワヤマトンネル攻略に向かっている人々もいるはずだ。そう考えればユキナリ達のスタートは少しばかり遅いのかもしれない。

「まぁ、どうせシオンタウンにはジムはないし、気楽に行きなさい。それに、ジム攻略が目当てではないんでしょう?」

 どうやらカスミにはお見通しらしい。ユキナリは深く頷き、「これから旅をするのなら、立ち寄らねばならないんです」と答える。

「いいわ。これ以上わたしは介入しない。ここから先はあなた達で頑張りなさい。応援しているから」

「ありがとうございます、カスミさん」

 ユキナリが礼を言うとカスミは、「アディオス」と片手を振ってスターミーと共に運河を遡っていった。

「どうしてあんたが礼を言うのよ。ジムバッジを取ったのはあたしだからね」

 ナツキの声に思わず口元を押さえる。昨夜の邂逅のせいでカスミと秘密を共有した仲としてはどうしても自分から礼を言いたかったのだ。ナツキがため息をつく。

「まぁいいわ。これから先、色んなジムを回るわけだから。いちいちお礼言ってちゃ進めないからね」

 その言葉にちくりと胸が痛んだ。ジムリーダー殺しの一件を自分だけが知っている。情報は共有するべきではないのか。しかし、ナツキに言ったところでどうなる? もしかしたらカスミが殺されるかもしれないなど、言えるはずがない。

「さぁ、入るわよ」

 ナツキもストライクを繰り出し、既に戦闘態勢に入っていた。ストライクは腰に紐で鉄の塊を巻いている。キクコが、ストライクが好んでいると言っていたので譲ったのだ。鉄の塊が何の役に立つのか分からなかったが、時折ストライクが鎌を自発的に磨いているのに気づく。しかしオノンドの牙に比べれば、ストライクの鎌など強度が弱いように感じるのだが、それでも自分よりも硬いものに対する憧れでもあるのだろうか。

 イワヤマトンネルに入るとほとんど先が見えない。やはり明かりは必須だったのだろう。ゴーストの「おにび」が、ゆらりゆらりと足元を照らしていた。

「出来るだけ三人で固まっておかないとね。はぐれると分からなくなるわよ」

 しかし、通路面で言えば踏み固められておりつまずく危険性は薄いかに思われた。入ってすぐのところに梯子がかけられている。当然の事ながら、ユキナリが最後に降りる事となった。手を滑らせないようにゴーストがしっかりと張ってくれている。

「いい子なのね」とナツキがゴーストを褒めた。キクコは、「しつけだけは、きちとんしておきなさい、って先生が」と答える。

 やはり、先生か、とユキナリは因縁の名前に歯噛みした。どうしてだか、キクコが絶対的に信頼している名前。それを聞き出す事は結局出来なかった。いや、聞く勇気がないからかもしれない。先生というものの存在を問い質すと、今流れているキクコとの関係性が崩れてしまいそうで怖いのだ。

「この先も梯子がきちんと整備してあるところはいいけれど、そうってわけでもなさそうね」

 ゴーストが少し先を行くと、穴が大口を開けている。どうやら下層に降りるためにはその穴を通らねばならぬらしい。

「ポケモンリーグの事務官がきちんと整備してくれればいいのに」

 毒づくナツキに、「これでも充分じゃないかな」とユキナリは洞窟内を見渡した。

「明かりがないと厳しいし、大規模な開発は生態系を崩すし」

「でも、こんな手暗がりじゃ、何も出来ないわ。あんただってスケッチも出来ないでしょう?」

「ああ、うん」と後頭部を掻きながら答える。スケッチの事など、マサキ誘拐の一件から頭の中から消え去っていた。今一度、自分の目指すものをきちんと見据えなければならないのかもしれない。とは言っても、見たポケモンは覚えているので形態模写くらいならば素早く出来る。

 その時、暗がりで人の気配がした。ナツキが立ち止まり、キクコが息を詰める。どうやら想像以上に近くにいるらしい。ユキナリも身構えようとしたが、オノンドは出せない。特にこのような不安定な場所では。その事実に歯噛みしているとふわりと光点が視界に入った。どうやら「フラッシュ」という技を使っているらしい。懐中電灯ほどの光がどんどんと大きくなり、駆け込んでくる足音も次第に比例する。ナツキが、「来るってわけ」と身構えていたが、その人影と光点は自分達の目の前を通り過ぎた。思わず、「へっ?」とナツキが間の抜けた声を出す。

 人影は、「よし、こっちか!」と叫んで穴の中へと落ちていった。光点を発するポケモンが穴の前で立ち止まっている。

「お、落ちた? 人が?」

 その声でようやく事の次第を理解する事が出来た。どれほどの高さかは分からないが穴に落ちたのならば事故だろう。キクコのゴーストを連れ立ってナツキが穴の傍へと歩み寄った。ユキナリも続くと光点を発しているポケモンの顔が大写しになって一瞬うろたえた。

 桃色の体表をした四足のポケモンだった。尻尾をゆらりゆらりと頭の上まで持っていき、先端から光を発しているようだ。顔が間延びしており、開きっぱなしの口と真ん丸な目は間抜け面という言葉がよく似合っていた。

「大丈夫ですかー!」

 ナツキが声を出すと洞窟内に反響する。キクコのゴーストが手から「おにび」を発して下層へと落ちた人影を救出しようとした。すると、「大丈夫や!」とナツキの声に負けない大声が返ってきた。

「ちょっとびっくりしただけやし、怪我もない! にしてもいきなり穴があるなんてなぁ……」

 少しばかり呑気が過ぎるのではないのだろうか。打ちどころによってはまずいのかもしれないので、ナツキはストライクを先行させた。翅のあるストライクならば落ちた人間を持ち上げる事も出来る。ストライクが肩を貸すと、「すまんな」と声が聞こえた。

 先ほどの声と重ねるに、どうやら少年のもののようだ。ストライクが持ち上げてきた少年は、青い衣を纏った奇異な格好の少年だった。腰蓑をつけており、そこに何かが多数入っているのが分かる。背中には大仰な道具を背負っているが何に使うのかは分からない。

「いやー、助かった。俺もまだまだやな」

 訛りからジョウトの人間である事が窺えた。少年は膝小僧を擦りむいていたので、「あの、膝が……」とユキナリが指摘すると、「掠り傷や!」と唾をぺっぺっと両手に吹いて膝に塗った。その様子にナツキとキクコは若干引いている様子だ。ユキナリはとりあえず、「大丈夫ですか?」と尋ねた。

「ああ、俺に関しては大丈夫。なにせ、丈夫なだけが取り得やからな!」

 少年は自分を指差して答える。ユキナリはそのどこから来るのか分からない自信がアデクに似ていると感じた。

「それよりも、っと」

 少年が気にしたのは背中に背負った道具と腰蓑の中身だった。袋の上から道具と中身を確認して、「折れてはいないみたいや」と頷いた。

「いやー、すまんな。なんか、驚かしたみたいやさかい」

 少年は既に自分が今しがた穴に落ちたという事実を忘れているようだった。ユキナリは慎重に訊く。

「あの、トレーナーですか?」

「お、おお。俺の名はガンテツ。故あって旅をしている」

 ガンテツ、と名乗った少年は傍にいるパートナーポケモンを示した。

「こいつはヤドン。ヤドンのフラッシュでせっかく道を照らしたのに俺が先走り過ぎたな。イワヤマトンネルはところどころ整備されていないのが悪い」

 ガンテツはヤドンへと屈み込んで頭を撫でる。ヤドンは尻尾を揺らした。

「お前らもトレーナーか? って、この質問は野暮やな」

 ストライクとゴーストを見やってガンテツは笑った。人懐っこい笑みの似合う少年であった。

「トレーナーですけれど、ガンテツさんは」

「さんはいらん。同い年くらいやろ」

「じゃあ、ガンテツ、は、シオンタウンまでの抜け道を分かっているんですか?」

 その言葉にガンテツは、「それやねんなぁ」とうなった。

「どうにも俺は方向音痴でな。こういう暗い場所やと余計に方向感覚が狂う。お前ら、方位磁石は持っているか?」

「ポケギアについているじゃないですか」

 ユキナリはポケギアの方位磁石機能を呼び出し、方向を指し示した。

「ほう、そう使うんか。俺はどうにも機械音痴でもあるみたいでな。こいつの使い方がよう分からん」

 ガンテツの左手首にもポケギアが巻かれている。やはりトレーナーなのだ。

「分からずによくイワヤマトンネルまで来れたわね……」

 ナツキのぼやきに、「ヤドンはすごいんやぞ」とガンテツはヤドンの前足を握ってやった。

「一応、エスパーがついておるさかい、その念動力、つうんか、超能力いうんかは分からんけれど、それで俺を導いてくれた。でも、イワヤマトンネルは雑多な思念が飛び交っとるから、ちょっと道案内は難しいみたいや」

「思念、ですか……」

 ユキナリは周囲を見渡してみるがもちろんそれは可視化されていないものなのだろう。

「こりゃあ、地道に行くしかないわな」

 ガンテツがヤドンと共に歩き出そうとする。ユキナリはその背中を呼び止めていた。

「あ、待ってください」

「どうかしたか?」

 ガンテツが振り返る。ユキナリは一つの提案をした。

「一緒に進みませんか? 幸い、目的地は同じシオンタウンみたいだし」

「え? ええんか?」

 ガンテツは女性陣二人へと視線を配る。アデクと違いその辺には聡いらしい。ナツキが、「別にいいわよ」と応じた。

「明かりは多いほうが助かるし」

 キクコへと目配せすると、「鬼火は元々、そういう用途に使うんじゃないから」と答えた。

「フラッシュがあったほうが助かると思う」

「そうか。じゃあ、ご一緒させてもらうわ。よろしくな」

 ガンテツが手を差し出す。ユキナリが握手をすると、「俺のフラッシュでどこまで行けるか分からんけれど」と彼は苦笑した。

「いえ、助かりますよ」

 ユキナリが歩み出す。ガンテツは、「お前ら、トレーナーやねんな?」と尋ねた。

「ええ、みんな参加選手です」

「じゃあポイント見せ合わへんか? 俺、一人旅やさかい、なかなか平均ポイントっうんが分からんくてな」

 ユキナリは足を止め、ポケギアのポイント表示機能を使った。ナツキとキクコも同様に見せる。

「へぇ、この中では女衆のほうが上か」

「女衆って」とナツキが辟易する。

「僕が低いだけです」とユキナリは微笑んだ。特に驚くべき事だったのはキクコの所持ポイントだ。

「30000……」

 キクコはさほどバトルをした様子もないのに30000ポイント近いポイントを所持していた。ガンテツは、「変わったポケギアの使い方しとるんやな」とポイント自体には興味がなさそうだった。

「俺はしかし、それより上やで。ほれ」

 そう言って見せ付けられたのは50000ポイントの大台に達しつつあるガンテツのポイントだった。ユキナリが目を瞠っていると、「やっぱり、俺みたいなのは特殊みたいやな」とガンテツは呟いた。思わず身を強張らせる。カスミから聞いたジムリーダー殺しの一件が思い起こされ、まさか、という神経が沸き立った。しかし、当のガンテツには殺気の類は一切ない。それどころか落ち着いた様子で、「どうやって50000も稼いだのか、知りたいやろ?」と言ってきた。ユキナリは尻尾を掴むために、「ええ、是非」と答えていた。

「これや」とガンテツが差し出したのは球体だった。

「モンスターボール?」

 疑問符を浮かべたのはその形状が見た事のないものだったからだ。黒いモンスターボールは「フラッシュ」の光を受けててらてらと表面を輝かせている。

「びびったやろ? これは手製のボールでな」

「手製、って、手作りって意味ですか?」

 信じられない、とユキナリが口にすると、「何を驚く?」とガンテツは意外そうだ。

「昔はモンスターボールなんて職人の手作りが一般的やったんやぞ。今でこそ、工業生産ラインが敷かれとるが、一つ一つ、職人が魂込めて作るもんやったんや」

 ガンテツは黒いモンスターボールを指で弾く。すると中が空洞なのか、コォン、という軽い音が響いた。

「まだまだやな。まぁ、それでも師匠の許しが出たから、こうやって売って回っとるわけやが」

 ユキナリはガンテツの正体がまるで掴めなくなっていた。突然にモンスターボールを出した辺り、敵意というものは感じられないが。

「何者なんです?」

「俺か? 俺はボール職人。十代目ガンテツを襲名した男や」

 ユキナリはボール職人という職業があまりピンと来なかった。ナツキに目線で問いかけると、「確かに昔は手作りだったってスクールで習ったけれど……」と濁した。

「今も手作りなの? 今は効率を重視してこのボールになったって聞いたけれど」

「いや、今は工場で一気にやな。そこの嬢ちゃん、博識やの」

「……嬢ちゃんって、同い年くらいでしょうに」

 ナツキは嘗められたと感じたのか声を低くさせた。ガンテツはそんな事は気にも留めず、ヤドンを伴って歩き出す。

「まぁ、そういうこって。俺はボール職人目指しとる。一流のな。十代目襲名したと言っても、俺はまだガキや。世間も何も知らん。だから師匠はこれに出ろと俺に言いつけた」

「この、ポケモンリーグにですか?」

「おお。俺はでもバトルは得意やないねん。だからこの50000ポイントはバトルで得たもんやない。モンスターボールを売って得たもんや」

「売って得たって、ポイントとボールを交換したって言うの?」

 ナツキが口を挟んだ。ガンテツは、「何もルール違反やあらへんやろ?」と返す。

「ポイント交換は認められとるし、物と交換してはならんとは誰も言ってへん」

「屁理屈っぽいわね」

 ぼやいたナツキに、「屁理屈だろうがこの勝負はポイントの優劣」とガンテツは胸元を叩いた。

「俺は俺の持ち味で戦う。バトルが得意なら、それでええやろ。でも俺はバトルやない。ボール作り、これもまた一つの勝負や。お眼鏡に適わんと買ってもらえへんし、後々支障が出てもいかん。本当、物作りの道も勝負の道と何ら変わらへんで」

 自分の戦場に自分で持ってくる。それもまた王道の一つだろう。しかしナツキは気に入っていない様子だった。

「……これはポケモンリーグなのよ。戦いもせずに何かを得るなんて、申し訳ないと思わないの?」

「何でや? 俺は戦っとるし、別に不利益やないやろ」

「でも、勝負みたいに失うものがない」

 ナツキの抗弁にガンテツは、「それならある」と答えた。「何よ」とナツキは負けじと食い下がらない。

「信用や。勝負は勝つか負けるか。勝てば官軍と言うけれど、この商売、信用を地に落としてはならん。それこそ、今までの九代のガンテツの名を辱める事になるからな。俺はガキとはいえ、十代目ガンテツ。ボール作りを極めなならん、宿命にある」

 ガンテツの言葉には自然と重みがあった。少なくとも遊びの延長線上でない事は分かる。

「でも、一応は危ないからな。ヤドンを連れとる」

 その言葉にヤドンは間の抜けた声を出した。どうやら今のが鳴き声らしい。

「勝つ勝たへんの前に自分の目標や。自分は何のために戦うのか。誰のために戦うのか。それが見えてへんと戦ったってしゃあない」

 ユキナリの胸にその言葉は突き刺さった。自分が何になりたいのか。何をしたいのか。それが見えていないのはまさしく自分ではないのか。だからオノンドは暴走した。

「みんな玉座を目指しているわ。それが当然よ」

「かもな。でも、ゴールはそこやない奴もおるってのを嬢ちゃんには分かって欲しいもんやで」

「だから嬢ちゃんってのを――」

 ナツキの声をキクコが指差して遮った。

「また、穴がある」

 今度は梯子がかけてある。どうやら当たりのルートらしい。女性陣が降りてからユキナリとガンテツが降りると間もなく洞窟の終点が見えてきた。

「おお、きちんとしたルートを辿ればそんなに大したもんやなかったの」

 どれだけ迷っていたのだ、と思ったがユキナリは言わないでおく。出口を抜けると看板が立ててあり、視界から望めるのは盆地にそびえる塔だった。塔を中心として町が興っている。ガンテツが口にする。

「あれが、シオンタウンか」

 シオンタウンの瓦屋根は紫苑の色に塗られており、荘厳な意匠を漂わせつつもどこか物悲しい。簡素な町でポケモンセンターと宿泊施設、それと片手で数えるほどしかない住民の家しかない。

「あとはポケモンタワー、というわけか」

 ガンテツは一目でそれと分かる建物を仰いだ。ユキナリも思っていたよりも高い建築物に感嘆の息を漏らす。

「大きいですね。思っていたよりも」

「共同墓地なんやろ? 随分前に建てられたって言っとったなぁ」

「なにでです?」

「旅番組や」

 どうやらジョウトにもカントーの地理はあらかた知れ渡っているらしい。そうでなくてはカントーに渡る人間などいないだろうが。

「向こうさんからも有名なんですかね」

「ジョウトは歴史的建築物が多いさかい、こういう観光名所みたいなところには鋭いところがあってな」

「ジョウトにはないんですか?」

「共同墓地はない、かなぁ。俺が知らんだけかもしれんが」

 ガンテツが顎に手を添えて首をひねっていると、「チェックインしましょう」とナツキが言い出した。

「一日はいるつもりなんでしょう?」

「ああ、うん」

「何でや? シオンタウンなんてポケモンセンターを使うだけ使ってさっさと出払ってしまえばええやろ」

「こっちはそういう事情じゃないのよ」

 売り言葉に買い言葉の体でナツキが返すと、「待ちぃな」とガンテツが三人を呼び止めた。

「俺もチェックインしよう」

「でもガンテツは先を急いでいるんじゃ?」

「別に急いどらんし、それにこれだけポイントがあればわざわざジムバッジを取得するなんていう危ない橋も渡らんで済む」

 それはそうだろうが、とユキナリが言葉をなくしていると、「いいんじゃない?」とナツキが答えた。

「ガンテツさんがそうしたいんなら」

「冷たいなぁ、嬢ちゃん」

「うるさいわね。同い年くらいでしょ」

 ガンテツに囃し立てられ、ナツキが落ち着きなく抗弁を発する。どうやら水と油の関係性らしい。


オンドゥル大使 ( 2015/02/13(金) 22:13 )