第五十二話「相容れない溝」
カスミの忠告通り、ユキナリは服を着替えて濡れた服を鞄に詰め込んだ。幸いにして服の着替えはある。宿泊施設に辿り着くとナツキが門前で待っていた。ユキナリの影に気づいて彼女が声をかける。
「どうだった?」
その言葉にユキナリは首を横に振る。
「決定的な事は何も」
残念そうにナツキは顔を伏せる。これは自分の胸の中に留めておくべき事だろう。カスミが何らかの組織に属している事。その組織はキクコを疑っている事。それを話してどうする。余計な心配を与えるだけだ。
「マサキさんのは、どうやら手引きがあったみたいだけれど」
問題のない事実だけを告げておく。マサキの一件に関しては隠し立てする必要がないと感じた。
「どういう意味?」とナツキは宿に入り口を一緒に潜りながら尋ねる。
「マサキさんはそれほどまでに重要人物だった。ジムリーダーの情報ルートで警戒しろっていうお触れがあったみたいだよ」
半分は嘘だが半分は本当だ。ジムリーダー間の情報交換の有無は知らないが、少なくともカミツレの事をカスミは知っている様子だったし、タケシとカスミが顔見知りである事もこの言葉を裏付ける要因になってくれた。もちろん、余計な事を喋ってナツキを混乱させるわけにはいかない。タケシとカスミの件に関しては自分も分からない事が多いため、口を閉ざしておく。
「……そうなんだ。でも、確かにマサキさん、一度見ただけだけれど浮世離れしている感じだったもんね。狙われていてもおかしくないかも」
マサキの言動に関しては深く関わっていない分、自分達にとっても謎だ。どうして彼の頭脳がそれほどまでに重要視されたのか。何が、彼を組織とやらに繋ぎ止めていたのか。
途方もない考えにユキナリは頭を悩ませた。その上にキクコが監視されているとなれば、自分達の行動もこれから先、何らかの障害が発生する場合がある。もしかしたら組織のほうから、自分達へとアプローチをかける可能性もあった。
「アデクさんは?」
一番の懸念事項はそれだった。ナツキは、「峠は越えたみたい」と告げる。
「でも、一番にこれから先分からないのは、トレーナーとして戦線復帰出来るかどうか。旅を続ける事は難しいかも、って」
ユキナリはその言葉に責任を感じないでもなかった。自分の身代わりにアデクは傷を負ったのだ。その傷は本来、自分のものだった。
「思い詰めないでよ、ユキナリ」
その胸中を察したようにナツキが言葉を発する。思いもかけないナツキの声にユキナリは、「でも」と狼狽した。
「誰のせいでもないんだよ。みんなで谷間の発電所に向かったんだから、きっと誰のせいでも……」
繰り返したナツキはユキナリに責任を負わせたくないという意思表示が見て取れた。自分とて考えないで済むのならばいい。だが、アデクと次に会った時、どのような顔をすればいいのだろう。それだけが分からない。
「僕は、もうアデクさんに合わせる顔がないのかもしれない」
その言葉にナツキが前に立ち塞がった。「そんな事!」と声が張り上げられる。
「だって、あの場所で最後まで戦ったのはユキナリじゃない。もしサンダーを無力化出来ていなかったらみんなの命だって危うかったんだよ」
そのサンダーの無力化がキクコ一人によるものだとは言い出せなかった。自分は結局、オノンドを制御不能の状態に陥らせただけだ。あの場で一番掻き乱したのは自分である。
「……僕に、誰かの命を救ったなんていうものはないよ。そんな資格ない」
そんな称号は、恐らく一番馴染まないだろう。ユキナリの否定にナツキは、「でもさ」と声を発する。
「オツキミ山で助けてくれたのは、嬉しかったよ」
ラムダとの戦闘は、あの時も、状況が自分をハイにさせただけの話だ。何か予想のつかないものに衝き動かされたに過ぎない。
「あの時は、無我夢中で」
「それでも、助けてくれたじゃない。だから、救う資格がないなんて言わないで」
ナツキの必死の懇願にユキナリは戸惑いさえ浮かべていた。どうしてそこまで自分を擁護してくれるのだろう。自分にそんな価値があるとは思えなかった。
「分かったよ。でも、これから先どうなるのかは分からない」
自分も、ナツキとキクコもそうだ。どこへ進むべきなのか。それとも停滞の道を選ぶべきか。その進退を問うのに、時間をかけるわけにはいかなかった。ナツキとて玉座を目指している。その足枷になる事は許されない。
「キクコは?」
その問いかけに、「もう催眠状態からは醒めたわ」とナツキは答える。
「でも、どうしてそんなに強い催眠状態にあったのか、未だ分からない。ちょっとぼんやりとしているけれど、もう部屋に戻っているわよ」
ならば、とユキナリは宿泊している部屋番号を確認し、キクコの待つ部屋へと歩を進めた。ナツキが後ろから、「話は聞けないと思うけれど」と声をかけるが、ユキナリにはどうしても知らねばならぬ事があった。
キクコの手持ち。ゴースから一瞬で進化したゴースト。彼女は何者なのか。容疑者と見られている以上、これまでのように無害だと断じる事は出来ない。そして何より、ヤナギの事を聞かねばならなかった。あの少年はどうして自分へとあのような敵意を向けたのか。全ての鍵はキクコへと集約している気がした。
戸をノックすると、「はい」とキクコの声が応じた。「入るよ」とユキナリが部屋に入ろうとするとナツキが制する。
「馬鹿。一応、女の子の部屋よ」
ナツキが先に入って確認してから、ユキナリは入る事になった。思っていたよりも物が散らかっておらず、それだけキクコの私物が少ない事を示していた。部屋の奥にあるベッドに、キクコは上体を起き上がらせたまま、中空を眺めていた。
「キクコ」
「ユキナリ君……」
どこか薄ぼんやりとしている様子だったが話が出来るかどうかを確認せねば。
「話せる?」と喉元を押さえる真似をする。キクコも同じ動作をして、「うん」と首肯した。
ユキナリはキクコのベッドへと歩み寄るが、それをナツキが制する。
「一応は」
「女の子の、か」
ユキナリが大人しく下がると、ナツキはユキナリとキクコの間に座った。ちょうどナツキを挟む形でキクコと対面する。
「キクコ。あの手持ち、何だったんだ?」
まず、それを尋ねた。一瞬でサンダーほどのポケモンを無力化する手持ち。それが気になったからだ。
「ゴースだよ。ああ、でももう進化しちゃった。ゴーストだね」
「進化って……」
ナツキが息を呑む。そのように容易く進化するものではない事はトレーナーならば知っている。
「僕は目の前で見た。ナツキも見ているはずだけれど」
「ああ、あのガスのポケモン」
発電所から出たところでナツキも目撃したはずだ。しかし、あれが一進化ポケモンだとは思わなかったのだろう。
「でもまさか。あの時に進化したって言うの」
ユキナリは頷く。何も否定する材料はない。ナツキが、「そんな簡単に」と抗弁を発する。
「だって進化ってのは相当難しい事で。それこそ、色んな材料が合致しなければ達成出来ないものなのよ。ポケモンの何割が進化するのかも分からないし、そもそも進化なんて人間の手でどうこう出来るものじゃ……」
ナツキがニシノモリ博士の下で手に入れた知識で発言するが、ユキナリは、「きちんと目にした」と疑いようのない事実を突きつける。
「ゴースは、キクコの命令でゴーストになった」
他に要素の介在する余地はない。キクコの命令。トレーナーの一言でゴースは最初から形態を理解しているかのようにゴーストへと変貌を遂げた。その後もまた然り、だ。
「キクコの命令を無視する様子もない。あくまで従順に、トレーナーの意思に沿って戦ったとしか」
それは自分に成し遂げられなかった部分でもある。オノンドをいつの間にか制御したつもりになっていた。だが、その実は自分の実力がキバゴからオノンドへの進化を促したわけなのではない事を実感した。オノンドはああしなければ生存が危うかったから進化したのだ。つまりユキナリの意思など最初から関係がなかった。だがキクコは違う。ゴーストへの進化は、まるで技の一つのように組み込まれていたかのようだった。キクコは自分達では及びもつかない領域に達しているのではないか。ユキナリが目線を振り向けるとキクコは所在なさげに顔を伏せた。
覚えず責めたてるような目つきになっていたのだろう。代わりにナツキがやんわりと尋ねた。
「キクコ。手持ちがゴーストってのは本当?」
まずはそこからだろう。キクコが頷いてから、「じゃあ進化させたのも?」と問いかける。するとキクコは、「危ない時はそうしなさいって」と答えた。
「先生に教えられていて」
またもキクコの口から出た先生とは何者なのだろう。オツキミ山でも耳にしたが、どうにもその先生というのはただの恩師というわけではなさそうだ。
「どういう人なの?」
ナツキの問いかけに、「どういうって……」とキクコは戸惑った。
「研究者だとか、トレーナーズスクールの教員だとか」
「先生は、先生だよ」
キクコの言葉にユキナリとナツキは顔を見合わせるしかない。その先生とやらの糸口さえ見えれば、キクコがどういう行動原理をしているのかも見えてきそうなのだ。
「どうやって、ゴースを進化させたの?」
ユキナリの疑問にキクコは、「そんなに難しい事じゃないよ」と応じた。
「考えている事を重ねてあげれば、ポケモンは進化するよ。そういうものじゃないの?」
その答えにユキナリは閉口する。考えを重ねる。まるで次元の違う言葉にナツキも目を見開いていた。
「それ、具体的にどうするわけ?」
「えっと、分からないけれど、先生が言うには、波長パターンだとか何とかあるらしいけど、私はこうかな、って思っている部分に寄せるっていうのかな」
ナツキが額に手をやって、「ポケモンの考えている事が分かるっての?」と疑問を浮かべていた。キクコは、「分からないの?」と聞き返す。それには二人して瞠目した。
ポケモンの考えが分かる。それは常人には考えられない思考回路であったからだ。
「じゃあ、キクコには、僕やナツキの手持ちが何を考えているのか、分かるの?」
「ボールから出していないとはっきりした事は分からないけれど、出ているのなら何を考えているのか、大体は」
信じられない事だが、キクコはそう続ける。ナツキは、「じゃあ」とストライクを繰り出した。
「ストライクは何を考えているの?」
キクコはストライクの動作もほとんど一顧だにせず、「戦いたいみたい」と答えた。
「一度勝った昂揚感みたいなのがある。今は鎌を磨きたいって言っている。ちょうど、ユキナリ君がもらった鉄の塊、あれが欲しいって」
思わぬ言葉にユキナリは鞄の中から円筒状の鉄の塊を取り出した。オノンドの牙を研ぐために使うつもりだったが、キクコからしてみれば別の使い方があるのだという。
「ストライクに試してみるといいよ。ストライクもそれを気に入っている」
「どうして? だってストライクは何も反応してなかったじゃない」
「だってユキナリ君が欲しいって言ったから、自分が出しゃばるべきじゃないって思ったんだってさ。ナツキさんのストライクはとても控えめな性格。主人の命令外の事はほとんどしないけれど気が回るいい子」
その評にナツキ自身驚いているようだった。ストライクの性格診断まで一目でやってのけたのだ。
「どうして……。ストライクが大人しいのは博士ぐらいの大人じゃないと言い当てられなかったのに……」
キクコがストライクを目にした回数は少ない。だというのにポケモン研究の権威と同じ素養の目を持っているというのか。
「僕の、オノンドは……」
思わず訊いていた。自分の制御を離れたオノンドを、発電所でキクコは冷静に分析していた。キクコにはオノンドも同じように見えていたというのか。
「わんぱくだけれど、少し血の気が多いかな。戦いになると我を忘れる傾向にある。発電所では、サンダーがあまりにも強かったから、自分を鼓舞しようとしてワイルド状態に陥ってしまった。今も、抜け出せていないと思う」
「なに? ワイルド状態って」
「野性に帰ってしまう、って救命医に言われたろ。あれみたいだ」
キクコはポケモンセンターですら慎重を期する状態を一目で言い当てた。それはやはりポケモンの考えが分かっているからこそ出来る芸当なのか。
「たとえばだけれど、野生のポケモンも分かるわけ?」
ナツキの問いかけにキクコは首を横に振った。
「野生は我が強いから、分かりにくいかな。先生から教わったのはトレーナーのポケモンに対するものばかりだったから。野生に関してはそれほど重要視していなかったみたい」
キクコの解答に二人はたじろぐしかない。どれも未知数の答えばかりで、真実であるかは追究出来ないからだ。
「キクコ、先生は、君にだけそういうのを教えたの?」
キクコはその言葉に煮え切らない声を返した。
「……どう、だったかな。私以外は、でも、みんな仕舞っちゃったらしいから。詳しい事は全然分からない」
仕舞っちゃった、という言葉が出るのは三度目だ。それを、遠ざけろ、という意味だと思い込んでいた。しかし、今の言葉は明らかに不自然である。自分以外をその先生とやらが遠ざけた、と解釈するのはおかしい。
ユキナリはしかし、その疑問のしこりを解消しようとは思わなかった。何か、この言葉だけは追及してはいけないような気がしたのだ。
「……じゃあ、次にもう一つ。カンザキ・ヤナギについて訊きたいんだ」
「誰よ、それ」
ナツキが眉をひそめる。そういえばナツキはまだ知らない事実だった。自分の迂闊さを呪いつつ、「僕を無力化、いや……」と首を振る。
「殺そうとした奴だよ」
どうやって名前を知ったのか。その事についてナツキは言及しなかったが、「何か分かったの?」とだけ尋ねた。
「ああ、カンザキ・ヤナギという名前と氷タイプ使いというだけ」
その他は組織の事抜きでは説明出来ない。不自然だったか、と感じたがナツキは何も言わなかった。
「で、そのカンザキ・ヤナギってのは何であの場であんたを殺そうとしたわけ? あたし、全然理解出来なかった。どうして初対面であんなにずけずけと……」
ヤナギの言動はナツキからしてみても異状だったらしい。ユキナリはキクコへと視線を向ける。
「ヤナギと、知り合いなのか?」
キクコは、「大切なお友達」と答える。
「ヤナギ君は、よく私と会ってくれたから。本当は先生からあまり会っちゃいけないって言われていたんだけれど、他の子達はとても無口だったから。ヤナギ君だけが接してくれた。だからマフラーをプレゼントしてあげて」
ユキナリはヤナギが白いマフラーを巻いていた事を思い出す。ヤナギの事を話す時、キクコはとても充実した表情をした。その顔を見ていると胸の奥がちくりと痛んだ。何による痛みなのかは、この時には全く分からなかった。
「じゃあ顔見知りって事? だっていうのに攻撃してきたんだ」
ナツキの声で現実に呼び戻される。ナツキの声音にはキクコを無事に発電所の外まで送り届けたのはユキナリなのに、という不満もあるようだ。
「無礼な奴ね」
「でも何で? どうしてユキナリ君がヤナギ君の事を知っているの?」
そういえばヤナギと対面した時、キクコは眠っていた。二人の溝がどれほど深かったのかを、キクコは知るよしもないのだ。
「殺そうと、って……」
「言葉のあやだよ。ちょっと怒られただけだ」
思わずそう答えたユキナリに、「ちょっと、でもあれは」と声を発しようとするナツキを制する。
今は、という気持ちだった。キクコに自分とヤナギにある因縁を語るのは気が引けた。
ナツキは大人しく引き下がり、「まぁ、ちょっとトラぶっただけよ」と口にする。間違いではないので嘘ではない。
「そっか。でもヤナギ君、会いたかったな」
きっとキクコからしてみればヤナギは重要な人間なのだろう。口元が自然と綻んでいた。ユキナリには異性にそのような表情をさせるような人間には見えなかった。どこまでも冷徹で悪と断じた人間を屠る響きが、ヤナギの口調からは滲み出ていた。
「そうか。大事な友達なんだね」
ユキナリも微笑んで口にしたが、自分でも嘘くさい装飾だと感じた。お互いに憎しみ合っているような存在がどちらかを賛美するなどありえない。自分はオノンドとの繋がりを断たれた。このままではどこへ進むべきなのかも分からない。
「じゃあ、質問攻めはこの辺にして、僕はもう寝るよ。キクコも一応、ポケモンの技の影響を受けたんだから、休むといいよ」
「そうね。あたしも別室にいるわ。何かあったら」
「うん。またね」とキクコは手を振る。ユキナリとナツキは手を振り返して、部屋を出た。廊下を歩きながら、半歩後ろのナツキが口を開く。
「……どうして、あんな事を言ったの?」
ヤナギの事だろう。ユキナリは立ち止まった。
「あれだけヤナギの事を信用しているんだ。僕らが汚すわけにはいかないだろ」
「でも、あのヤナギとかいうの、危険よ。一目見ただけで分かる。あいつ、ユキナリを本気で殺そうとしていた」
傍目にも分かるほどの殺気だったのだろう。ユキナリは、「かもね」と応ずる。ナツキがその言葉に食ってかかった。
「かもね、って、あんた状況分かっているの? あいつのせいでオノンドとの繋がりが切れたんだよ! モンスターボールの破壊なんてルール違反もいいところじゃない!」
ナツキの怒りはもっともだった。しかし、ユキナリは冷静に返す。
「でも、僕にはどうしようもなかった」
「だから、大元に訴えて、あいつの権限を止めてもらって――」
「そんなのは出来ない」
断固として放った言葉にナツキは戸惑ったようだ。
「どうして……」
「キクコの耳にも届く。そうすると、多分、彼女は悲しむ」
「そんなの気にしている場合じゃないでしょう?」
「気にしなくっちゃいけないんだよ。何がなんでも、キクコにだけは僕とヤナギの間に流れた空気を気取られないで欲しい」
思わず、と言った様子でナツキがユキナリの肩に掴みかかった。
「そんな悠長な事を言っている場合? 死にかけたのよ? だったら――」
「それは僕が弱いからだ」
遮って発した言葉は意外だったのだろう。ナツキは指先を硬直させた。
「何を、言って……」
「僕にだって分かる。オノンドをきちんと操れていたら、あんな醜態は晒さなかった」
「醜態って。カッコつけている場合じゃ」
「そういう場合なんだよ!」
ユキナリは振り返って怒声を発していた。自分でも驚くほどの大声だった。ナツキが目を見開いている。肩を荒立たせて、ユキナリは目元を覆った。
「ヤナギと僕は相容れない。多分、一生だ」
その言葉に思うところがあったのだろう。ナツキは尋ねていた。
「カスミさんに、何か言われたの?」
一番気取られてはならない事だ。ユキナリは、「何も」と淡白に返す。
「嘘。だってそうじゃなきゃ」
「頼むから!」
追及の声をユキナリは遮った。これ以上聞かれれば甘えてしまいそうで。ナツキという存在にも重石を与えてしまいそうだった。
「……もう、聞かないでくれ」
ユキナリの懇願にナツキは肩から手を離した。ユキナリは身を翻して自室へと向かう。
その夜は眠れなかった。カスミから言われた事実。ナツキに隠さねばならぬ事。キクコの耳に入れてはならない事。自分の手持ちの事。様々な事が渦巻き、ユキナリは初めて、不安で夜を明かした。