第四十九話「次の一歩へ」
「何であんな真似をしたの?」
シロナの声にヤナギは答えない。カミツレはサンダーを捕まえたモンスターボールを陽に翳して眺めている。
「これが伝説なのよね」
確認の意を込めた声に、「そうよ」とミロカロスを駆るシロナが応じる。
「カントーでは伝説とされているわ。でも、そのポケモンに関する文献資料があるかと言えばそうではない」
「どういう意味? つまり、厳密には伝説ではないと?」
「そういう事でもないわ。ただ強力なポケモンを伝説と定義するのならば、それは間違いなく伝説級よ」
カミツレは、「電気タイプでよかった」と呟く。
「他のタイプは専門外だから」
シロナは分かっていてカミツレに捕獲させたのか。ヤナギは勘繰ろうかと考えたが、今はそれどころではなかった。
どうしてキクコがこんな場所にいるのか。どうしてオーキド・ユキナリの手に抱かれていたのか。それだけが知りたい。ヤナギの頭を悩ませるのはその二つだ。
「ねぇ、聞いてる? どうしてあんな真似をしたの?」
シロナの再三の問いかけにヤナギは、「キクコが奴の手にあったからだ」と答える。
「あの灰色の髪の女の子? 知り合いなの?」
ヤナギは仮面の人々の事を話すべきかと感じたがそれを排除して説明する事にした。
「前に、少しだけ、な。幼馴染のようなものだ」
濁した言葉を追及する事なく、シロナは、「あんなに感情を露にしているの、初めて見たから」と口にする。彼女達の前ではそうだろう。
「オーキド・ユキナリがジムリーダー殺しの犯人と決まったわけじゃないわ。だというのに、少し軽率よ」
確かに、一般トレーナーにジムリーダー殺しを勘付かれてはまずい。その点では自分の行動はあってはならないものだろう。
「すまなかった」
「全然、心が篭っていないわね」
シロナはため息をついて、「まぁ、いいけど」とハナダシティの沿岸までミロカロスを前進させ、地上を歩く事にした。ヤナギは、「あんたらこそ、いいのか?」と訊く。
「発電施設が停止しているんじゃ」
「誰かさんのせいでそれどころじゃなくなったわ」
シロナの苦言にヤナギは声を詰まらせる。ぐうの音も出ない。
「あの場にあれだけ人がいれば解決したでしょう。多分、元凶はサンダーの暴走だろうし」
今はサンダーをカミツレが手にしている。この状況さえ作れれば満足、と言った口調だった。
「組織としてはサンダーの確保が第一条件。懸念事項は扱えるトレーナーだったんだけれど、ジムリーダーなら何の心配もいらない」
一般トレーナーに渡るよりかは遥かに安全な手段だろう。ヤナギは、「これからどうする?」と尋ねていた。
「あなたの目的通り、ヤマブキのバッジを取りましょう。ちょうど道中にあるわ」
ハナダシティを掠める形で南下しヤナギ達はゲートの前で足を止めた。ゲートではポケモントレーナーの身分証であるトレーナーカードが必要になったが、三人とも名のあるトレーナーなので最低限の身分証明で済んだ。
「現在、ヤマブキシティには厳戒態勢が敷かれています」
ゲート職員の言葉にシロナは首を傾げる。
「何で?」
「詳しい事は不明ですがシルフカンパニーの職員によるヤマブキシティの一時的な占拠が成されている様子で……」
どうやらゲート職員にはそれ以上の権限が許されていないらしい。シロナとヤナギは視線を交わし合った。
「どうやら自分達で確かめるしかなさそうだな」
「そうね。それにしてもシルフか。またきな臭い」
その言葉の意味を吟味する前に三人はゲートを抜けた。
アデクの火傷は幸いにも大事には至らなかった。
そうポケモンセンターで報告を聞いた時、ユキナリは半分その意味を解する頭がなかった。ようやくアデクは無事だという事を理解したユキナリは、「その、キクコは」と尋ねていた。
「ポケモンの催眠術で眠っているだけです。すぐに起きますよ」
「そう、ですか」
救命医に説明を受け、アデクは二日ほどの検査入院をする事、次いでオノンドについて回答が発せられた。まるで死刑宣告を待つかのように、ユキナリは拳をぎゅっと握りしめ、息を詰めた。
「オノンドの外傷は高圧電流による火傷、それと凍傷が見られましたが、凍傷自体はさほど重くはありません。火傷も時間が経っていないお陰で大事には至りませんでしたが、傷は完全には塞がりません。一生傷になるでしょう」
その宣告は半ば予想出来ただけにユキナリの中で重く響いた。自分のせいでつけてしまったようなものだ。サンダーに立ち向かわなければ。今さらの後悔に胸が締め付けられる。
「傷の範囲ですが、視野に少しばかり支障が出る場合があります。網膜や眼球自体に傷はないのですが、瞼まで至っているため今までのような動きが出来ない場合があると考えてください」
その事よりも救命医はユキナリに隠している事があるはずだった。自分で聞くのも憚られたが、他に誰が聞くというのだ。ユキナリは言葉を紡いだ。
「その、モンスターボールが破壊されて、オノンドは僕のポケモンなんでしょうか……」
最も危惧するべき事態を想定に入れていた。救命医は言い辛そうに口を開く。
「モンスターボールの束縛が解かれ、今、オノンドは誰が主人なのだか分かっていない様子です」
ユキナリは手で顔を覆った。やはり、という念と聞きたくなかったという気持ちがない交ぜになり、自分の中で渦を成す。救命医は、「簡易的な拘束具をつけていますから襲い掛かる事はないでしょうが」と続けた。
「今、オノンドは野生と同じです。拘束具と便宜上のモンスターボールでやっと封じ込めている状態となります。逆に聞いておきたいのですが、どうしてあのオノンドはあれほどまでに強力なのですか?」
ユキナリには知るよしもない。ただ他のトレーナーがそうするように育てただけのつもりだった。それがいつの間にか自分のレベルを超えてしまった。サンダーとの戦闘局面、オノンドの闘争心に自分がついていけなかったのが原因だと思えたがそれは言えなかった。
ゆっくりと頭を振る。
救命医は、「そうですか……」と呟き、「翌日には旅に出られます」とだけ言い置いて離れていった。
「どうして、こんな事になってしまったんだ」
呟いた声に、「でも、大した事がなくってよかったじゃない」とナツキが返した。先ほどから無言を貫いていたナツキはようやく話す材料が見つかったようにユキナリへと語りかける。
「オノンドも無事みたいだし、あたし達はまだ旅を続けられる」
無事? 本当にそうだろうか。今までのように何も知らずに旅をする事など出来るのだろうか。
ヤナギという少年。彼は自分の事を殺人犯だと呼んでいた。
何か窺い知れないものがこのポケモンリーグを支配しているのではないのか。その疑念は深くなった。
ユキナリは立ち上がる。ナツキが、「どうしたの?」と訊いた。
「聞かなきゃいけない。多分、あの場で一番冷静だったのはカスミさんだ」
カスミならば何かを知っているのではないか。ユキナリは無理やりにでも聞き出す必要に駆られた。
「でも、手持ちが……」
「話し合いだけなら、ポケモンはいらないよ」
話し合いだけで済むかどうかは分からない。ただマサキ誘拐とサンダーの捕獲、そしてヤナギという少年。それら全てが無関係の事柄だとは思えなかった。どこかで繋がっている。
その確信にユキナリは歩み出した。
第四章 了