NEMESIS














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傷跡の章
第四十四話「ジョーカーT」

 イブキには予想外の連続だった。

 ユキナリのポケモンが進化しているのも予想外ならば、優勝候補のアデクが行動を共にしているのも予想外だ。予め用意されていた黒色のバンに乗り込み、イブキ達はその場から走り去った。切り替わっていく景色を眺めながらイブキは人知れず歯噛みする。

 自分とて、ユキナリとの再戦がこんな形になる事は望んでいなかった。だというのに、自分だけ大人の世界を知った振りをして立ち去るのは卑怯に思えた。酷く矮小な自分を持て余し、イブキは次の行動へと思考をシフトさせる。ユキナリの事をウジウジ考えていても何も始まらない。イブキは車内で拘束されている男へと目をやった。じたばたともがく気配はない。昏倒させられているからか、マサキは大人しかったがイブキはあえて横っ面を叩いて起こした。

「イブキさん、何を――」

「黙っていなさい。これから話す事、聞く事はキシベには漏らさないで」

 そう釘を刺してからマサキの顔を見据える。バンが凸凹のある往路で揺れる。マサキは今しがた夢から起こされたような寝ぼけた視線をイブキに向けた。その視線が敵意に変わる前に、「答えなさい」とイブキはマサキの顔を引っ掴んで尋問した。

「あんたの所属している組織は何?」

 キシベとの会話の中で、何度かマサキがとある組織に属する人間であるという話が出た。マサキは恐らく今の環境に満足いっていないとも。イブキの詰問にマサキは、「答えると思っとるんか……」と強気に出た。

「ワイはなぁ! これでも一端の研究者としてプライドぐらいはあんねん! それをこんな強攻策……、一体どこの誰や! お前ら動かしとるんは?」

 どうやらマサキのバックには相当強力な組織がいるらしい。この状況下で見上げた根性だ。あるいは性根が違うのか。どちらにせよ、イブキはここで吐かせねばキシベに永遠にその機会を奪われる事だけは明らかだった。

「早く答えたほうがいいわよ。あんたの命のために」

 ハクリューが尻尾を突き出し、マサキの首筋に突きつける。マサキは目を慄かせたがそれでも口を割らなかった。イブキは次の交渉のカードに移る事にした。

「私達はシルフカンパニーの手の者よ」

 その言葉に車中がざわめいた。

「イブキさん、それは言ってはならないとキシベ様が……」

「だから、キシベには言うなと言っている」

 有無を言わせぬイブキの口調に黒服達は黙りこくった。マサキだけが、「シルフが……?」と信じられない様子だ。

「あんたの言動を観察していると、どうやらこのカントー地方という場所でさえ掌握出来る組織のようだけれど、シルフの動きは別のようね」

 それだけシルフカンパニーという会社が闇に包まれている証だろう。マサキは答えなかった。イブキは、「いい? 質問しているのは私よ」と前を向かせる。

「あんたの組織。それを割るだけでいい」

 随分と妥協した言葉にもマサキは沈黙を返した。どうやらそれほどまでの秘密らしい。キシベは恐らく自白剤か何かで正体を聞き出すだろう。その後では、マサキは既に廃人で使い物にならない可能性もある。そうなる前に自分の手で押さえておきたかった。イブキの根気が伝わったのか、それとも気紛れか、マサキはぽつりと話し始めた。

「……ワイも、それほど詳しいわけやないけれど」

 イブキはマサキの眼を真っ直ぐに見据え、「分かる範囲でいい」と促した。

「このカントー地方に属している組織やない。むしろ、逆や。このカントーがおかしいという事に着目した組織。それがワイの所属する組織や」

 イブキには意味が分からなかったがマサキは、「ワイの持っていた手紙」とポケットを顎でしゃくった。

「ちゃっかり持ってきとるんやろ? 見てみぃや」

 イブキはその言い分が癇に障ったが黒服に目線をやるとやはり直前に開こうとしていた手紙を持ってきていた。

「ワイとあの子らの出会いは仕組まれておった。それが書かれておるはずや」

 イブキは手紙の文面を見やり、絶句する。そこには何も書かれていなかった。ただ一言「作戦遂行ご苦労」とだけ添えられていた。

「どういう……」

「つまり、それの送り主であるジムリーダーもグルやな」

 イブキは手紙の裏面を見やった。カスミ、というサインが成されている。マサキの話から、それがハナダジムリーダーである事を推測するのは難しくなかった。

「ジムリーダーレベルで進行する話とは何?」

 問いかけるとマサキは、「だから、ワイにも詳しい事は分からんって」と応ずる。

「そもそもワイを雇ったのはハンサムの旦那やし。それ以外の構成員とはほとんど顔も合わせん。ハンサムの旦那もワイそのものよりも、ワイが生み出す利益に興味があったようやし」

「ハンサム、というのは」

「国際警察のリーダー格、とだけ聞いとる」

 その言葉にイブキは息を呑んだ。まさか国際警察クラスが動いているとは思いもしなかったのだ。しかし、その下で働いていたとなればマサキの研究は暗黙の了解で利益を生み出す事になっただろう。それこそ全国規模で。

「ますます分からないわね……。あんた達の組織は何を考えているのか」

「ワイも知りたいところやけれど、藪を突いて蛇を出すのは嫌やろ? だから極力、触れんようにしとるんや」

 これだ、とイブキは感じ取った。マサキでさえ触れない組織の中核。それに繋がる鍵をキシベは持っている。それこそがアキレス腱なのだ。

 交渉材料としてこれ以上ないだろう。組織の庇護、いや拘束を離れ、自分の研究成果を自分の名で売れるとなればマサキはどこの組織に与するかなど瑣末だと考えているのだろう。自分の技量と技術を最大限に振るえるのならば敵となっても全く厭わないタイプだ。割りきりがよく出来ている。その点、自分は割り切れていないとイブキは感じる。ユキナリとの事もそうだ。未だに、こんな形しかなかったのかと悔やんでいる自分を発見する。

「賢明ね。でも、私達は本当のところを知りたい。あんた達は国際警察まで抱き込んで何のつもりなのか?」

 イブキの質問にマサキは、「おまいさん」と口を開く。

「どうしてもワイの口から組織の内情を知りたいみたいやな。何でや?」

 イブキは答えない。マサキは推論を並べ立てる。

「ワイが思うに、これ以上先にはおまいさんの介入する手段がないんやろ。推し量るにおまいさんは末端や。でも、いや、だからこそか、真実を知りたいと感じている。上から教えられるんやない、自分の目と耳で真相を確かめたいと」

 マサキの言葉に、「だから何?」とイブキは応じた。出来るだけ平静を装ったが、マサキはその心中を読んだように、「迷っとるな」とこぼす。

「ここでワイをダシにむしろ逆におまいさんの組織の内情さえも知ろうとしとる。それは、いわば蛇が自分の毒の強さを知るために自ら牙を自身に突き立てるようなもの。毒に塗れる、覚悟はあるんかいな」

 マサキの問いかけにイブキは、「覚悟なら、とうに持っている」と決意を新たにした眼差しを送った。

「背負っているものだけじゃない。私は私自身が納得出来るために、あんたに尋問している」

 その答えに、「なるほどなぁ」とマサキは満足いったように首肯した。

「気に入った。名前は?」

「フスベタウン、竜の一族のイブキ」

「なら、イブキ姐さん。ワイら、共犯関係を結ばんか?」

「共犯?」

 胡乱な響きにイブキは周囲に視線を配った。他の人間もいるのだぞという無言の主張に、「どうせ姐さんの部下やろ?」とマサキは涼しい様子だ。

「人の口に戸は立てられんが、本当にまずい時、人って無口になるんや。多分、これから先にワイが話す事を聞いたら、部下達は黙りこくるしかないと思うで」

 マサキは拘束された身分でありながら笑みを浮かべてみせる。その豪気さが気に入ったのもあるが、それほどの事実を前にして聞くなというほうが無粋だった。

「話しなさい」

 イブキの言葉にマサキは、「大声で独り言喋るさかい、堪忍な」と前置きした。つまりこれから話す事は自分の口から放たれたのだと公にしないでくれと物語っていた。

「このカントー地方、おかしいと思わんか?」

「おかしいって?」

「相槌打つなや。姐さんは頷いとるだけでええんや」

 マサキの思わぬ忠言にイブキは口を噤んだ。もし、この会話が録音されていた場合、会話の形式を取っているとイブキまで不利になると踏んだ上での声だろう。

「あらゆる地方、あらゆる地域を調べたが、このカントー地方だけ、伝説、神話の類はほぼ一切存在しない」

 イブキは初耳だったが、そういえば自分の故郷であるジョウトには伝説が数多く眠っている事を思い返した。

「だというのに国の興りは古く、ポケモンの目撃例が最初期に報告された地方でもある。でもやで、イッシュやジョウト、シンオウやホウエンにはもっと古くからポケモンと人間の繋がりがあった事を示唆する証拠があるんや。なのに、カントーだけ、それが抹消されたように存在しないのは、奇妙だとは思わんか?」

 イブキは黙りながらマサキの言葉を自分の中で咀嚼した。カントーが奇妙な地域であるのは疑いようがない。しかし、そういう場所もあるだろう、という認識だった。マサキはその認識に冷水を浴びせるように声をかける。

「レックウザは数億年間、オゾン層の上を飛び回っているそうや」

 天井を仰いだマサキの視線を追うようにイブキもここからは窺えない空を幻視する。その空のさらに向こう側を飛んでいるポケモンがいるというのか。

「だとしたら数億年前にはポケモンはいた事になる。それどころか、組織の考古学者の調べたデータによると、シンオウの神と呼ばれているポケモンに至っては世界創世、この世の始まりにポケモンがあったとする神話があるそうや。もちろん、それらが実際の現象をなぞるために作られた御伽噺である線も捨てられんが、同時に百年、二百年単位でポケモンは存在していた事になる。でも、ポケモンの公式な発見例はたったの五十年前や。タジリン伯爵言うんがスケッチしたノートがあってな。そこにポケモンが見られるんやけど、今とは全く別の生命体と呼んでも差し支えない。見てもよく分からんのや。これを組織の人間は認識力の差だと判断しておるけどな」

 イブキは目線でそれは何だ、と問いかける。マサキは、「認識力の差、つうんは」と答え始めた。

「つまり、ポケモンという生命体は、人間に認識されて初めて、その姿を顕現させるんやないかっつう、まぁ仮説やな」

 その言葉に緊張の気配が車中を押し包んだ。誰もが黙りこくる。確かに異常な事実の前では凡人は口を開く事さえも出来なかった。

「でも仮説や仮説。実証実験は目下のところ不可能やし、なにぶん生体実験。これはいくら組織に超法規的措置が取られているとはいえ難しいところではあった。だからワイはデータ生命体という観点からアプローチした。データというのはいわば記録。記録いうんは観測者なしでは成り立たん。つまり、人間のための研究として発足したワイの研究を組織にバックアップしてもろうた。これで小うるさいポケモンの権利を主張する団体も黙るやろう、と。実際、ワイの研究は実を結び、多分三十年後くらいには一般に普及する。ただまぁ、我ながら気の長い話やと思うで? でも、十年後の繁栄と一、二年の栄華。どっちが欲しいかつうたら前者やろ?」

 マサキという男は自分が思っているよりもずっと狡猾なのかもしれない。イブキはそのような感想を抱いた。そのためならば鞍替えも厭わない精神がある。

「んで、ワイは歴史に名を刻むために研究に没頭したわけなんやけど、組織はこういうところで融通が利かんくてな。まぁ、言ってまえば研究者として歴史には名を刻ませてもええけど、金の管理は自分達がするってな。つまり、ワイは実質サラリーマンみたいなもんやってわけや。実績や成功は全部上が持っていく。それってちょっと納得いかんなぁ」

 イブキはそこでようやく自分が口を開く権利を得たように、「だから?」と声をかけた。マサキは心得ているように返す。

「そっちのほうが面白い話をしてくれる、って言うんやったら、ワイは喜んでそっちに行かせてもらう」

 イブキは了承するように頷いた。同時にこれは契約でもあった。キシベを出し抜くため、自分とマサキは手を組んだ。もしマサキがこのまま廃人にでもされればそれこそ水の泡だが、もしマサキが人格を保ったまま自分に再接触出来れば、ともすればキシベの目を盗んで真実を知る好機が得られるかもしれない。

 あるかないかも分からない一条の光明に、イブキは全てを賭ける事にした。今さら、キシベの下から去る事など叶わないのかもしれない。だが、もしもの時の切り札にはなるだろう。

 その切り札を得た感触にイブキはフッと口元を綻ばせた。



オンドゥル大使 ( 2015/01/30(金) 21:07 )