NEMESIS














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傷跡の章
第三十九話「甘え」

「どういうつもりだ?」

 クチバシティの宿泊施設につくなり、ヤナギは問い詰めた。シロナは涼しい顔で、「どう、とは?」と聞き返す。

「ジムリーダーの事もそうだが、あんたが記者の前で話した事だ」

「ああ、それね」とシロナは大した事に思っていないらしい。しかしヤナギからしてみれば重大な事だった。

「どうして、あんたがジムを制した事になっている?」

 ジムから出るなりカミツレとヤナギ、そしてシロナに目を向けた記者団が問い詰めてきた。結果はどうでしたか、と。ヤナギが口を開く前にシロナは自分がジムを制したのだと記者達に言い放った。

「俺の手柄のはずだ」

「あら、この先の動きやすさを考えれば妥当な答えだと思うけれど?」

 まるで悪びれていないシロナの言葉にヤナギは眉根を寄せた。

「妥当、だと」

「いい? ヤナギ君。あなたは自分の立場を少しばかり自覚すべきだわ。この先、記者達に漏れてはならないのは何?」

 唐突な質問に面食らったがヤナギは冷静に返す。

「ジムリーダーがあんたらの組織に下った事だろう」

 カミツレは今シロナの部屋で休んでいる。シロナはヤナギの部屋にやってきていた。カミツレが下した結論は組織の庇護を求める、というものだった。予想は出来たとはいえ、やり過ぎだとヤナギは感じていた。

「あんたらは何だ? 大所帯にしたいのか、その秘密組織とやらを」

 組織のやり方、ひいてはシロナの思惑をヤナギは知る必要があった。シロナはゆっくりと首を横に振り、「滅相もない」と答える。

「あたし達の組織にカミツレさんが入った事は、実のところさほど重要ではないわ。敗北したジムリーダーの足跡を辿るほど、記者達も暇じゃない。そりゃ、そのジムリーダーが他のジムリーダーに勝って、最終的に玉座を巡る戦いに頭角を現してきたら別だけれどそうじゃないでしょう? 記者達が目を光らせているのはあたしのような優勝候補、それにあなたよ、ヤナギ君」

「俺だと?」

 全くの意想外の言葉にヤナギは戸惑ったがすぐさまその意味するところを理解した。

「俺が、カンザキの家の人間だからか」

 シロナは首肯する。

「あなたが出場しているだけでもスキャンダルになりかねない。それこそポケモンリーグの進行を乱す行為になるわ。しかも、そのご子息がジムバッジを取ったなんて言ってみなさい。記者達の矛先は一斉にカンザキ執行官バッシングの向きへと変わる」

 ヤナギでもそのくらいは理解出来る。しかし、そのためのヤグルマ記者ではないのか。

「ヤグルマとかいうあんたらの一手はどうした? こういう時の根回しは出来ないのか?」

「ヤグルマは優秀だけれど所詮は末端構成員。あたし達が全員であなたの事を隠し立てすれば逆に藪を突こうという輩が出てくる。それをするまでもない事が、あたしがジムを制したという事にすればいいっていう考えなんだけれど」

 間違っている? とシロナは問いかけた。ヤナギは声を詰まらせて文机に腕を置いた。間違ってはいない。むしろ、ヤナギの立場を守っているのだ。

「俺は玉座に就く」

「そのために、障害は少ないほうがいいはずよ」

「だからこその疑問だ。どうして、あんたらは俺の目的を阻止しようとしない?」

 シロナ達の組織が玉座を目指しているのならば余計だ。自分のような些事にはかまっていられないという判断か。それとも自分さえも抱き込んでしまえばいいという浅知恵か。

 シロナの発した言葉はどちらでもなかった。

「それが共通の目的だからよ。あたし達は、組織の誰かが王になればいいとは思っていない」

「支配を嫌うからか?」

「それもあるけれど」とシロナは説明を始めた。

「そもそも王になる事にこだわっていても仕方がないのよ。あたし達は組織。少しでも本気を出せばそれなりの結果が残せる人間ばかり。もし、誰かを王に仕立て上げたいのならば組織の力を結集して、それこそポイントを掻き集めて王になればいい。でもそんな方法は邪道だと分かっているし、それにあたし達の目的はあくまでもこのカントーを動かしている影の存在である彼らを引きずり出す事。そして、先王の崩御の真相を求める事」

 彼ら。その因縁の名前にヤナギは歯噛みする。その彼らの存在を、シロナ達は知っていながら詳細を黙っている。

「……結局、あんたらは玉座に興味がないどころか、玉座を目指す人間は邪魔だという事か」

「理解が早くて助かるわ」

 シロナの返答にヤナギは鼻を鳴らす。

「その論法だと俺も邪魔者だが」

「あなたは違う。違うと分かった。あたしが、この手で相手をして、ね。ただの野心家でない事は明白よ。その先にあるもののために、あなたは手段としての玉座を求めている。結果ではない。その点においてあなたとあたし達は協力し合える関係だという事よ」

 全ては彼らを闇から引きずり出すための、自分とて囮だ。気に入らない、という意思表示のためにヤナギは文机を叩いた。

「俺はあんたらの傀儡になる気はない」

「あたし達だってただの人形には興味はないわ。それこそ、一地方を制するくらいの気構えの人間でないと」

 どうせ利用するのならば強いほうにつく、というわけだ。ヤナギは頬杖をついて、「ほとほと感心するよ」と感想を述べる。

「あんたらは、このポケモンリーグですら手段なのだろう。しかし、だ。彼らを闇から引きずり出した後はどうする? 表の法廷で罰してもらうわけにはいくまい。なにせ、歴史そのものを操ってきた連中だぞ」

「処理するわ」

 その一言に込められた邪悪と残酷さを、どれだけの人間が感じ取れるだろう。ヤナギは背筋が震えた。

「傲慢だな。神の審判を得たつもりか?」

「でもあたし達以外に彼らを追い詰められる人間もいないのよ。悲しい事にね。それに、彼らについて知れば知るほどに、あたし達の組織と関わらざるを得ない」

 畢竟、道は二つ。ポケモンリーグを表で悠々と楽しみたいのならば何も知らない人間になるか。それとも全てを背負い込む王になる覚悟の持ち主ならば、闇もひっくるめて、この地方を牛耳るか。

「……力を求めるのならばあんたらの組織の門を叩かねばならない。力がいらないのならば無知蒙昧な人間を演じよ、か」

 真逆の道だ。少しでも賢しければ組織を利用する事こそがポケモンリーグを制する近道だと判断するだろう。

「あなたは力を求めている。その意志の強さもある。だからこそ、門を叩いた。その判断は勇気ある人間だと賞賛されるわ」

「どうかな」

 力に臆した、臆病者だと蔑む声もあるだろう。組織という、それそのものが力の象徴だ。ヤナギはその力の前に御する事を考えたものの、その力の獣は思っていたよりもずっと大きく、手綱を握っていたつもりが握られている状況に陥っている。

「あんたらに関わってしまった事は、悔やんでも仕方がないな」

「そうね。あたしから接触したんだし」

 ディグダの穴をルートに選ばなければあるいは、と考えた頭もあったがヤナギは早々に切り捨てた。もし、どうだったら、という言葉ほど当てにならないものはない。

「褒めるところを探すわけじゃないけれど、あなたは今のところ順風満帆だと思うわ。記者達からのマークもなし。だというのに恐らくはトップレベルの実力とポイントを稼いでいる」

「目立ちたいわけではないからな」

 ヤナギはポケギアを前に掲げた。ポイント数が表示される。自分が実力で集めたポイントだ。決して家柄やコネで集めたものではない。正真正銘の実力である。

「カンザキ執行官はあなたが参加している事を」

「知らないはずだ。あんたらが余計な事を言っていなければ」

 ポケギアを降ろしヤナギはシロナを見据える。シロナは、「口が堅いのがうちの構成員のとりえよ」と答えた。

「どうかな。カミツレを誘った当たり、戦力に余裕がないようにも思える」

 核心をつくヤナギの言葉にシロナは、「そうね」と素直に認めた。

「戦闘に秀でている人間は少ないわ。情報面で上を行けばいいっていう考えが蔓延しているのよ」

「上は楽観主義だな」

「そう思う?」とシロナは尋ねる。ヤナギは、「ああ」と応じた。

「力がものを言うこの戦いにおいて、情報なんてものは捨て駒だと感じたほうがいい。あるいはゲームを進めるために少しばかり優位に立てるオマケだと。オマケ程度に労力を割いているのならば実戦に力を注いだほうがいい」

「素直なのね」とシロナはヤナギを見やった。ヤナギは、「嘘は言わないのが信条でね」と頷く。

「あなたみたいに冷静に物事を俯瞰出来る人間ばかりじゃないのよ。あたしだってなりふり構っていられなかった。優勝候補だっておだてられてもね」

 シロナは息をつく。ヤナギは、「これ以上、面倒事を抱え込みたくないな」と素直な言葉を漏らす。しかしシロナは、「そう言ってもいられない」と口にした。

「……何かあったのか?」

「鋭いわね。また殺しよ。オツキミ山で」

 ヤナギは前傾姿勢になって、「やはりそちらか」と声にした。

「そうね。ディグダの穴にいればまず間違いなく戦闘になっていただろうから違うとは踏んでいたけれどまた殺しとは恐れ入るわ」

「これで俺の疑いは晴れたのか?」

 口にしてからそう簡単ではないだろうな、と考えた。予想通り、「そう単純に話はいかないのよ」とシロナは口にする。

「確かにアリバイはある。でも、先の殺しはあなたがやって次の殺しは別の人間が、ってのも考えられない話じゃない。逆にあなたは鉄壁のアリバイを持つ事になるから、余計に怪しいわね」

「随分と素直に話すじゃないか」

 シロナの口ぶりでは自分はまだ重要参考人だと言うのに。シロナは、「そうね」と中空に視線をやった。

「あなたじゃない事はあたしが一番よく分かっている。皮肉だけれど捜査に当たっていた第一線の人間が証人じゃあね。あなたがやったのではないのだと判断せざるを得ない」

「それは早計だ。俺が遠隔で命じた可能性もある」

「不可能よ、そんなの」

 シロナは金髪を掻きながら、「それが嫌というほど分かった」と告げた。

「あなたの戦いを二度も見れば、あなたは他人に重要な戦闘を任せるようなメンタリティじゃないのは理解出来たし、それが何よりも嫌いだって言うのも心底分からせられたわ」

「だが俺の監視を怠るわけにはいかない。違うか?」

「違わない。だからこそ歯がゆい」

 シロナの言葉には本音の苦渋が混じっていた。本来ならば現場であるオツキミ山に出向きたいのだろうが自分の監視があっていけないのだ。その間にも殺人は起こるかもしれない。何が引き金になるのか分からないために気を緩める事も出来ない。

「そのためのジムリーダー、か」

「察しがいいじゃない。そうよ。もしあたしが離れる事になっても、あなたを監視出来るようにカミツレさんを勧誘した」

「酷い勧誘の仕方だった。あれは尋問だ」

 ヤナギが吐き捨てると、「それだけ余裕ないのよ」とシロナは答えた。

「早くにでも戦力を揃えなきゃならない。そうでなくともジムリーダー殺しは続くと仮定されている。正直、今動ける人間だけじゃ足りない」

「猫の手も借りたい状態か」

 ヤナギはシロナがどれほどの苦労に置かれているのかは察するしかなかったが、恐らくは組織に属している以上避けられない悩みなのだろうと考えた。

「なりふり構っていられないのよ。本当に……」

 シロナはその場に寝転がった「居着くつもりか」とヤナギが厳しい声を投げると、「いけない?」とシロナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あんたを見張っている連中がうるさくなるだけだ」

「違いないわね」

 シロナは深く息を吸い込み、「……でも、もう少しだけこうさせて」と呟いた。気苦労が絶えないのだろう。優勝候補とおだてられ、一地方の闇を引きずり出す役目まで背負わされれば当然なのかもしれない。ヤナギは、「昨日のあんたの仮説」と口にしていた。

「面白かった。一考古学者の視点というのも馬鹿にならないものだ」

「なに、急に褒めたって何も出ないわよ」

「言ってみただけさ」

 ヤナギはそう口にして布団に潜った。その様子を察してか、シロナが声をかける。

「もう寝るの?」

 まだ陽は高い。しかしヤナギは、「消耗している」と答えた。

「ウリムーが万全でないのならば俺が動いても邪魔になるだけだ。瞬間冷却も、まだ磐石でない事が分かったからな」

 カミツレとの戦いでの発見だった。絶対に相手を凍結範囲に持っていけると考えていた瞬間冷却にはまだ粗がある。それを突かれれば崩される恐れがあった。

「あれでもまだ満足しないとはねぇ」

「玉座を目指すんだ。そう易々とはいかないだろうさ」

 その点ではいい刺激になった。少なくともカミツレと同じレベルのトレーナーが八人。簡単な旅ではないと考えていたが思っていたよりも厳しいかもしれない。ウリムーの調整も兼ねて一日か二日はジムリーダーとの戦いは避けたほうがよさそうだった。

「俺は寝る。あんたは出て行け」

 ヤナギが目を瞑ろうとすると後ろから体重がかかってきた。シロナのものだと判じたヤナギは、「何を――!」と声を張り上げようとしたが手にシロナの手が重ねられた事でそれが制された。

「あたしだってね、一人で眠るのが怖い時があるのよ」

「俺の動揺を誘うつもりか。俺に対してはそんな姑息な真似は」

「通用しないでしょ。そういう朴念仁だって分かっているもの。だから、これはあなたへの甘え。あたしが、一方的にあなたに寄りかかっているだけよ」

 シロナは手を繋いだまま背中を向けたのが肩越しに分かった。戦力の拡充という重責。組織の任務を遂行するという重荷と優勝候補のプレッシャー。それらが彼女を押し潰そうとしていたのかもしれない。

「少しだけ、眠っていい?」

 シロナの声にヤナギは素っ気なく返した。

「好きにしろ」

 ヤナギは間もなく眠りについた。



オンドゥル大使 ( 2015/01/23(金) 21:02 )